【195】総司令官誘拐阻止戦・後処理6
「そうか。では、行こうか、ヤンソン・クローヴィス准尉」
「はい、ペルットゥラ大尉」
門を守っている兵士に椅子を返し、司令本部から程近い人事局へ二人が向かった後――デニスに椅子を勧め、代わりにサンドイッチとクッキーを貰った中尉は、
「トロイ、飯だ」
昨晩から現場に残って指示を出し、また指示を出されて動いているトロイ中尉の元へ。
「差し入れ? どこから」
鍛えていて尚且つ、世情からいつ緊急事態が発生しても大丈夫なように体調を整えているトロイ中尉は、今のところ疲労などは感じていなかったが、腹は減る。
自分と同じ名前の中尉が差し出した、きっちとした縫い目と、綺麗でしっかりとした布で作られた袋をのぞき込む。
中には大きな包みと、ロスカネフ王国では男女問わず人気のジャムクッキーが二箱。
「鋼索鉄道の少年。今はもう青年か」
「クローヴィス大尉の弟か」
――クローヴィスに差し入れ? もう帰宅していても、良さそうなものだが……入院書類か?
姉の差し入れに持って来たという話を聞いたトロイ中尉は、クローヴィスの足の速さを知っているので、既に帰宅して……と途中まで考えたが、病院に向かった者たちの手続きを代理で行っているのかも知れないなと。
「鋼索鉄道准尉から親衛隊隊長への差し入れだから、間違いはないだろう」
「そうだな」
二人のジークフリートがデニスについて知っているのはほとんどないが、裏切りだとか陰謀だとか、毒殺だとか――そういったこととは、全く無縁だと確信していた。
「完璧だな」
中尉は包みを取り出し開く。
そこにはライ麦パンのサンドイッチ。具材は均等で、一口にちょうどいいサイズにカットされている。
「ナッツと蜂蜜が混ぜられたクリームチーズのやつ、美味いな」
「ハムと無塩バターもいいぞ」
二人が味の感想を言いながら食べていると、
「いいもの食ってやがるな」
「ヴェルナー閣下!」
ヴェルナーが現れ――話を聞いて、
「あいつか。なら問題ないな。全種類、一つずつ寄越せ」
彼らと同じ判断をし、五種類のサンドイッチを口へと運び、ジャムクッキーの箱を一つ手に取り、容赦なく袋を開けて鷲掴みにし、中尉に書類を差し出し、
「トロイは運び出しが終わったら、他の棟責任者たちと共に帰寮しろ」
「はっ!」
命じてから馬車に乗り込んで、司令本部を出て――入れ替わりにヒースコートがやってきた。
「運び出しが終わったら……って、……なあ」
「まあなあ」
”寮に帰れるのは、夜だよな”という言葉をトロイ中尉は飲み込み、そして中尉は”俺が帰れるのは、明日の夜だ”と――
彼らに割り振られた運び出しとは、司令本部内にある食糧全てを廃棄の為に運び出すこと。
司令本部が襲撃され――侵入者が一人という確証がなく、レアンドルが暴れている間に何者かが侵入し、食糧に毒を仕込んだ可能性があるので、備蓄食糧は全て廃棄される。
レアンドルの性質から、食糧に毒を仕込むことはしないのは分かっている――軍の食糧備蓄は、古くなったものを教会に寄付し、それが日曜学校にやってきた子どもたちに振る舞われたり、炊き出しの材料になる。
そのことを知っているレアンドルが、毒を仕込むことはない。そうでなくとも、食糧に毒を混ぜるようなことはしないだろうが、レアンドルをロスカネフ王国まで連れてきた人物が問題だった。
フロゲッセルとマチュヒナ。とくに後者マチュヒナは、ルース帝国の間諜、いわゆる闇に隠れて蠢く者たち。彼らは毒を使うことに長けている。
今回の一件でも「ついで」とばかりに毒を仕込んでいる可能性もある。
マチュヒナやフロゲッセルの一件は、明かすことはできないが、襲撃があったこと、士官が娼婦を招き入れていたこと――この二件だけで、備蓄食糧の全廃棄は確定だった。
「戦争に向けて食糧の備蓄を増やしていたから、被害が多い……大丈夫なのか」
「それな。俺たちは運び出しを監督してりゃあ良いだけだが、ヴェルナー大佐は食糧を集め直されるために、商人たちと話し合ったりするんだろうから」
彼らは食糧を確実に運び出すよう監督し、廃棄場所に届けるために武装しながらついていき、降ろすのを再び監督するだけだが、ヴェルナーは新たな食糧の確保のために手を尽くさなくてはならない。
「…………」
「…………」
食糧庫から運び出された食糧を眺めていると、
「飼い葉、お届けにあがりました」
軍馬の餌を積んだ大型の荷馬車を八台伴ったシュルヤニエミ中尉が、司令本部に到着した。
「この荷馬車も使えるのか?」
「もちろん」
「馬に餌を与えるぞ!」
司令本部の食糧――馬の餌に毒が混入されている可能性もあるので、こちらも全て廃棄になった。その為、軍馬はいままで餌を与えられていなかった。
馬が好きな中尉は積まれている飼い葉をおろす作業に混ざりながら、指示を出して飼い葉を行き渡らせる。
「よくこの短時間で、この量を集めてこられたな、シュルヤニエミ」
「お褒めに与り光栄ですトロイ先輩……まあ、その、とある筋から……こう……」
シュルヤニエミ中尉が言葉を濁した「とある筋」とは、確保した身柄を受け取っておきながら、逃がしてしまった異端審問官が所属している検邪聖省を預かっているシシリアーナ。
「あまり詳しい経緯は聞かないが、大体予想はつく。この前、この荷馬車を引く馬たちを寄付して下さった御方だろう」
リリエンタールが馬を多数寄付したことを、トロイ中尉も聞いていた。
「あ、はい。なんというか、あるところには、あるんだな……と」
シュルヤニエミは徹夜明け、政府高官を務めている父親がいきなりやってきて「この場所へ向かえ。馬車を引ける者と護衛も伴って。複数だ、複数! 急げ!」と言われ、部下に現場を任せ、最低限の警邏を残して、父親に言われた場所へと向かった。
指定された場所には、飼い葉を山積みにした荷馬車八台。
その場に天幕を張り、フロックコート姿で椅子に腰を降ろして本を読んでいたヘラクレスが顔を上げ「お持ち下さい」と。そして「人が足りなければ貸します」とも――ヘラクレスの天幕のうしろにフォークを持った異端審問官たちが別の馬車に飼い葉を積み込んでいたが、見なかったことにしたし、借りもしなかった。
ヘラクレスの周囲にいたのは、全て異端審問官だったので遠慮させてもらった。
説明しておくと、ヘラクレスが嫌がらせをしたわけではなく、今回の一件のあと、食糧の廃棄が行われることを知った異端審問官側が「大事になったのはこちらの落ち度」ということで、飼い葉の準備などを自分たちで行い、引き渡す交渉も行っていたのだが、執事が「いくら政府高官とは言え、お前たちと交渉とか。無駄なプレッシャーを与えるのは止めなさい。ヘラクレス、悪いけど代わりにいって」と……ということで、シュルヤニエミとの窓口担当になった。
「食糧も、そちらに頼むのか?」
飼い葉に関しては、しばらく融通してもらうことになっていた。
「どうでしょう……食糧も用立てていただけるとは思いますが、代わりに何を差し出すかが。正直、我が国が差し出せるもので、あの御方が持っていないものって」
”こう”言っているシュルヤニエミ中尉だが、リリエンタールについて詳しくはない。その知識量はクローヴィスと同程度。
「…………ないだろうな」
答えているトロイ中尉も漠然と”洒落にならん金持ち”程度だが。
「おそらく借りることはできるでしょうが、返せなかったら、国を獲られかね……領土を担保にしてもらえるかどうか」
「お前の親父さん、なにを担保にして、飼い葉を融通してもらったんだ?」
「なんでしょう。爵位じゃないのだけは、確かですが」
そんな話をしながらも、二人は空になった荷馬車に食糧が運び込まれるのを監視し、運んできたペルシュロンたちにも餌と水を与え、
「鋼索鉄道の少年から姉への差し入れの残りだ。お前も食っておけ」
「ありがとうございます、トロイ先輩」
残ったクッキーが入った袋をシュルヤニエミ中尉に渡したトロイ中尉は、先頭の荷馬車の御者台に乗り込み、馬に飼い葉を与えていた中尉は最後尾の荷馬車に乗り込み廃棄場所へと急いだ。
廃棄食糧は今だ残っており、
――三往復くらいすることになりそうだ
終わるのはやはり夜だと思いながら、手綱を軽く握る。
この食糧が毒などに汚染されているかどうか? 彼らには分からないが、その可能性がある以上、確実に処理しなくてはならない。
なぜならばこういった食糧が捨てられた場所は、貧しい人たちの情報網に乗ると、盗みにやってくる。「これは毒が仕込まれている可能性がある」と言ったところで聞きはしない。
さらに言えば盗んだ者だけが食べているのならば、まだマシだが、これを安値で売りかねない――毒が混入していたとしたら、いきなりあちらこちらで毒殺事件が発生する。
――唯でさえ人手不足だというのに、完全に処理が終わるまで人員を割くはめになるのか。戦争が始まる前に処理を終わらせ……焼却処分だろうが、戦争前に燃料の余剰があるのか? 石炭の採掘量だって簡単には増やせない……司令本部をしっかり守り切れていたら、こんな面倒なことにならなかったんだが……そうは言っても襲撃犯はクローヴィスと同格だったというのだから、無理か
この損害をどうするのだろうか? そんなことを考えながら、周囲に注意を払いつつ地図を見ながら廃棄処分場所へ――
「ここって、リリエンタール閣下の車両基地だよな」
「そうだな」
高い壁に取り囲まれた、リリエンタールの車両基地内にあるコンテナに運び込むよう指示された。
「どう、処分するんだろうな」
全て積み終え車両基地から出て、司令本部へと引き返す彼らは並んで座り、どのように廃棄されるのだろうかと。
「さあ……見当も付かない。ただ……」
「ただ、なんだ? トロイ」
「鋼索鉄道の少年が、これを知ったら羨ましがるだろう」
「あー蒸気機関車好きだったな」




