【193】総司令官誘拐阻止戦・後処理4
司令本部襲撃事件のあと――後手に回ったメッツァスタヤは連絡を受けてから、テサジーク侯爵の指示で動き出した。
”最終的にクローヴィスは病院へと向かい、そこで本日の任務は終了し帰宅する”
ヴェルナーからの連絡を受けてすぐに、リドホルム男爵はヤンネにクローヴィスを実家まで送り届けるよう指示を出した。
ヤンネはクローヴィスに存在を知られていないメッツァスタヤ――クローヴィスが存在を知っているほうが少ないのだが、とにかく知られていない者として上手く立ち回る必要がある。
ヤンネはクローヴィスを送り届けるために、タクシー馬車の馭者に成りすました――特定の人間をさりげなく回収するのに、ヤンネは自信があり、リドホルム男爵はホーコンも、その能力を疑っていなかったので、その作戦を実行したのだが、彼らが思っていた以上にクローヴィスは丈夫で体力が残っていた。
クローヴィスは病院で手続き書類を書き上げ、診察を受けたあと、タクシー馬車を拾うなどということは、微塵も考えず。
”ちょっと帰宅が遅くなったから、急いだほうがいいかな”くらいの気持ちで、軽く走って帰った――軽くとは言っているが、普通の人、たとえばヤンネ辺りでは、全速力でも追いつけないくらいの速さだが。
「あれだけのことをして、走って帰るなど、考えもしませんでした」
任務失敗でテサジーク侯爵に呼び出され、ヤンネはそのように証言した。
「本物の軍人って、凄いよね」
しっかりと日勤をこなし、急な残業も終え、帰宅する途中で襲撃犯から知人を守り、自動車の不調で成人男性を背負って引き返し、脱出計画の指揮を執り、襲撃犯を撃破し、司令本部内部の半分以上を見て周り、葬列の先導を務めたあと、山ほどの書類を仕上げ――クローヴィスと直接会ったことがあり、生粋の職業軍人たちとのやり取りが多いテサジーク侯爵ならば「これでも、徒歩帰宅を選択することがありそうだな」とは思い注意を払うが、
「はい」
ヤンネの人生経験では、そこまで思い至らなかった。
「とりあえず処分は保留にしておくよ」
「よろしいのですか?」
「この一件でなにか問題が起こって、生贄が必要になったら、お前にするから」
――そうだよな
責任を問われないと言われた時には恐怖したが、生贄にすると言われて、ヤンネは納得し、足取りも軽くテサジーク侯爵のもとを去った。
「なんで、生贄にされるって言われて、あんなに安堵するのかな?」
「失態を犯したのにも関わらず、室長から無罪放免と言われるほど、怖ろしいことはありませんから」
「なんで?」
護衛として付いているベックマンの室長に対する答えは、全てのメッツァスタヤの答えだった。
ヤンネが退出したあと、ドアがノックされ、
「入っていいよ」
一人の秘書官がやってきて、会議に出席するよう、
「総司令官閣下からの通達です」
キースから直に命令が下された。
「わたし、行かないと思われてるのかな?」
「今までの行動を鑑みれば、そうかと」
「えー。わたし、仕事はちゃんとしているよ。ちょっと人に任せることもあるけど」
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ペルットゥラ大尉と共に人事局へと向かったデニスは、普段よりも厳重なボディチェックを受け、武装している兵士三名の同行の元、人事局局長室へ案内された。
「アンセルミ・ペルットゥラ大尉とデニス・ヤンソン・クローヴィス准尉をお連れいたしました」
兵士の一人が自らの氏名と階級を名乗ったあと、二人を連れてきたドアの前で大きな声で叫び――ドアが開けられ、副官が許可を出した。
「二人を通せ」
執務机に向かっているヒースコートが、書類から視線を上げて二人を見た。ペルットゥラ大尉は軍人らしい挨拶をして執務室へと入室し、デニスは民間人らしい挨拶をして入室した。
案内の兵士たちは廊下に待機し――ドアが閉められる。
「そこのソファーに座ってくれ」
執務机の前に用意された一人掛けのソファーに腰を降ろすように指示をし、二人は二つ並んでいる側に腰を降ろし、ヒースコートはその向かい側に置かれているソファーに座った。
「俺はレイモンド・ヴァン・ヒースコートだ。よろしくな」
ヒースコートは上着、いわゆる軍服を脱ぎ、ワイシャツ姿で腕をまくっていた。この時代、ワイシャツ姿で人と会うのは失礼なことなのだが、ヒースコートは自然にワイシャツ姿のまま、腕を軽く上げて挨拶をした。
――あとでデニス君に、この方はこういうお方だと説明しておかなくては
ペルットゥラ大尉はヒースコートが悪気なく、こういう行動を取ることを知っている。そしてデニスが気にしないことも知っているが、それでもフォローを入れるのが”自分の役目”だと――ちなみにヒースコートの副官は、上着を抱きかかえるようにして困った表情を浮かべている。
「……はい、こちらこそ」
「どうした? 准尉。俺の腕に見惚れたか」
ヒースコートが誰もが魅力的としか言えない笑顔を浮かべ、あまりかっちりとまとめていないアッシュグレイの髪をかき上げる。顔にうっすらと殴打痕があるのだが、それがまた彼を魅力的にしていた。
――閣下が男相手に、こういう仕草をするのは珍しいな
上着を持ったまま側に立っていた副官が”らしくないな”と。
「はい」
見惚れたのかと問われたデニスだが、彼は素直に答えた。
「お前さんに言われるとは思わなかったな」
男に見惚れられることにも慣れているヒースコートだが、さすがに「イヴ・クローヴィス」を見慣れているデニスから、そんな返事が返ってくるとは思ってもいなかった。
「わたし、いや、小官も驚いております……そう仰るということは…………閣下も小官の姉のことはご存じで」
出頭命令の書類にヒースコートのサインがあり、読み上げられていたのだが、デニスの記憶に留まることはできなかった。
「知っている。同じ士官だと知らなければ、天使が紛れ込んでいるとしか思わない容姿だな」
「はい。姉は実家で、いま閣下がまくり上げているような状態の時も多々あります。見慣れているので美しいと一々驚きはしませんが、ふと他者と並んだ時、その美しさが桁違いだなと。ですが閣下は姉と並ぶほど美しい筋肉の付き方をなさっています」
デニスのもともとの職場は駅。
整備士や機関助士がタンクトップ姿で仕事をしているので、腕を直接見る機会は多い。
「なるほどな」
「おそらく、閣下はとてもお強いのでしょう」
「そうだ。折角褒めてもらったから、このままの恰好で話を続けよう」
”着て下さるつもり、あったんですか?”という副官の内心を余所に、ヒースコートは総司令官狙いの襲撃事件があったこと、
「襲撃犯はとある枢機卿の愛息でな」
号外が出ない理由を教えたあと――一度捕らえたのだが、異端審問官が逃がしてしまったことや、クローヴィスがその後に捕らえたことなどを教えた。
「ほぼ無傷で准尉の姉が捕らえてくれたので、国家として感謝していることを伝えたかった」
表立って褒められないことは、デニスも分かったので、
「ありがとうございます」
わざわざ時間を作って教えてくれたのだな……と、軽く頭を下げた。
デニスの隣で聞いていたペルットゥラ大尉は、こんな重要なことを尉官にわざわざ伝えるか?……と驚いたが、目の前にいるヒースコートは型破りで有名なので”そういうこともあるか”とすぐに納得した。
「それはそれとして、ちょっとお前さんにクローヴィス大尉について聞きたいんだが」
「小官に答えられることでしたら」
「准尉はクローヴィス大尉が、軍人に向いていると思うか?」
ヒースコートに聞かれたデニスは、視線を逸らさず堂々と返した。
「向き不向きを語れるほど、小官は軍人について詳しくはありませんので、お答えしかねます」
「それもそうだな。率直なよい返事だ」
「お褒めに与り光栄です」
「質問の仕方を変えよう。昨日の襲撃で少佐が一人死んだのは、先ほど説明したな。よって軍としては一名の大尉を少佐に昇格させることになる。今回は権限を持っている将官が、相応しいと思う大尉を推薦し、話し合いが持たれる。それで俺は、今回の一件の最大の功労者クローヴィス大尉を推薦しようと考えている。だから准尉に聞きたい。クローヴィス大尉は”どうだ”」
ヒースコートの話を聞き終えたデニスは、やはり悩むことはせずにすらすらと答える。
「姉は単身でも強い。ですが誰かを守る時、誰よりも強くなる。先ほど閣下が教えてくださった、襲撃犯との戦い。その時も周囲には大勢部下たちがいたと。姉はその時、誰よりも強かったのは疑いの余地もありません。だから勝利を収めた。それで、姉が軍務を全うするかどうか? 先ほどと同じ返答になりますが、小官は軍人ではないので分かりません。ですが小官は、姉は人として正しく責務を全うする人間だと断言できます」
デニスの「姉」に対する評価に、ヒースコートの心は震えた。
[わたしは主に自らを助けるよう願ったが、あの金髪の男は、自分以外の者のことを祈った。あの時のわたしの言葉は祈りではなかった。金髪の男は正しく祈った。だからわたしが敗北するのは当然のこと。あの金髪の男が十字を切る姿は、力強く真摯だった]
レアンドルの言葉を思い出し――クローヴィスが捧げた祈りについて、ヒースコートはデニスに語ってはいない。
「参考にさせてもらう」
満足げに頷いたヒースコートの姿に、ペルットゥラ大尉と副官は、推薦を決めたことを確信した。
そして話は亡くなったコールハース少佐の仕事に関して――
「ペルットゥラ。当面の間、お前が仕事を受け持て」
人員の補充までに時間は掛かるが、それまで手つかずにしておくわけにはいかないので代理を立てる。その代理に選ばれたのがペルットゥラ大尉。
「畏まりました」
ペルットゥラ大尉はクローヴィスの弟という、無自覚最重要人物を預けるために精査された士官ということで、事情を知っている上層部からの信頼は篤く、そのクローヴィスの弟ことデニスは、ダイヤグラムなど輸送関連業務に関しては仕事が早く、少しくらい他の仕事を任せても問題ないだろうとキースが判断して、ヒースコートに一任した――ペルットゥラ大尉よりも仕事ができる士官はいるが、人格や性格も必要となるので、彼が適任だった。
「准尉も、ペルットゥラを手伝ってやってくれ。早いこと後任を決めるつもりだが、後任への引き継ぎ書類なども作らなくてはならないからな。頼むぞペルットゥラ」
ヒースコートは上着を持ったままの副官に指示を出し――二人は簡素ながら既に人事局に作られていた臨時の事務所に連れていかれ、仕事をすることになった。




