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Eはここにある  作者: 剣崎月
第三章

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193/208

【192】総司令官誘拐阻止戦・後処理3

 娘がなんの連絡もなく帰ってこない――

 中産階級の普通の娘ならば問題だが、


「連絡が取れないくらい、重要な仕事があったんだよ」


 総司令官の親衛隊隊長職を担っているクローヴィスなら、そういうことがあってもおかしくはない。


「そうなのだけれども」


 クローヴィスがただの(・・・)親衛隊隊長ならば、デニスが言う通りなのだが、両親はクローヴィスがリリエンタールと婚約していることを知っている。

 その関係で、さまざまな配慮がなされていることも。

 それだけの特別扱いがありながら、連絡が全く無かったことに、両親はかなり気を揉んでいた。

 両親も、クローヴィスの実力は知っている――軍人としてのクローヴィスに関しては、ヴェルナーよりは知らないが、それでも、士官学校在籍中の実科の優秀な成績や、大会での優勝の数々など。軍人ではない親が心配するのも烏滸がましい程の才能を持っているが、親の心配というのは尽きないもの。


「あれ? 兄ちゃん?」


 いつも通り起きてリビングへとやってきたカリナは、すでに軍服に着替えているデニスを見て驚いた。

 ここでなぜ自分が早くに出かける準備をしているのかを誤魔化すと、あとあと面倒になることを知っているデニスは、ローズに用意してもらったサンドイッチを頬張りながら、クローヴィスが何の連絡もなしに帰ってきていないことを教え、


「早めに本部にいって、なにがあったのか確認してくる」


 コーヒーでサンドイッチを流し込む。

 話を聞いたカリナはというと、


「ずるい。兄ちゃんだけ、ずるい。カリナだって姉ちゃんのこと、心配なのに……カリナは聞きに行くこともできない」


 司令本部で情報収集するといったデニスが羨ましいと。


「カリナはちゃんと学校行くんだよ」

「うん……」


 不服を隠さず頬を膨らませて答えたカリナ――そしてやや遅れてリビングにやってきた父親のポールは、タクシー馬車代(キャブリオレ)だけにしては多めの金額を渡す。


「クライブにタクシー馬車(キャブリオレ)を呼びにいってもらった」

「分かった」


 クローヴィス家のある区画は、タクシー馬車(キャブリオレ)に乗る人が多いので、見つけるのは簡単なのだが、


「お待たせしました」


 今日は随分と時間がかかった。馭者に聞くと、いつもタクシー馬車(キャブリオレ)が待機しているところではなく、普段ならば使わないような待合場所まで向かったカールソンが、空車状態で走っていた馬車を両手を振って止め、目的地を告げて急いで欲しいとチップを渡し――タクシー馬車(キャブリオレ)が到着した。


 デニスはクローヴィスへの差し入れのサンドイッチと、ジャムクッキー二箱、そして水筒を入れた袋を持ち乗り込み――家族に見送られ、司令本部へタクシー馬車で向かう。


「夜になにかあったらしいですよ」


 馭者は馬を操りながら――深夜から明け方あたりにかけて、政府の自家用馬車を所有していない高官たちが次々とタクシー馬車を呼びつけ、ベルバリアス宮殿へと急いでいたこと。それ(・・)がやっと一段落ついたところで、カールソンに声を掛けられクローヴィス家へとやってきたことを告げた。


「政府の高官が」

「はい。軍の高官たちも、続々と集まっているとか」

「総司令官閣下も?」

「おそらく」


 馭者からの思わぬ情報に、司令本部にクローヴィスはいないかも知れないな……と思ったデニスだが、


――俺がベルバリアス宮殿に行っても、入れないしなあ


 まずは司令本部へ行ってみようと、タクシー馬車(キャブリオレ)に目的地変更は告げなかった。


「お客さん、随分と物々しいですけど、大丈夫ですか?」


 司令本部の門の前に、普段とは比べ物にならないほど大勢の武装した兵士たちがいるのが見えた馭者が、声をかけてくる。


「ここでいいよ」


 デニスは料金に少々色をつけて渡し、遠ざかる馬車の車輪と馬蹄の音を聞きながら、司令本部前へ。


「本日は閉鎖だ」


 門のところで呼び止められ、立ち入り禁止を告げられた。


「司令本部に、親衛隊隊長はいますか?」

「クローヴィス大尉に何の用だ?」

「弟なんです。姉がいたら、差し入れをしたいなと」

「弟…………」


 門を守っている兵士たちは、クローヴィスの事は知っていたが、デニスのことは知らず――見た目がまったく違うので怪しんだ。

 デニスも怪しまれているのは分かっていたが、


鋼索鉄道(ケーブルカー)じゃないか」


 門の内側、建物の中から出てきた、クローヴィスの先輩に当たる士官が、デニスに気付き、士官学校時代の学内でのデニスの呼び名で声を掛けてきた。

 デニスは自分が「鋼索鉄道(ケーブルカー)の少年」と呼ばれていたことは知らないが、好意的な表情で近づいてきた士官が、


「イヴを探しにきたのか?」


 門から出て話し掛けてきた――建物内に入れるのは、禁止されているためだ。


「はい。昨晩帰宅しなかったので、隊長として司令本部に詰めているだろうから……ということで、差し入れを持ってきたのですが」

「イヴはいないぞ」


 門から少し離れたところへと移動して、士官は自己紹介をし、頭を掻きながら、分かっている情報を教えた。


「実は俺も詳しいことは分からないんだ。ただ、本部で死者がでるような事件があって、こうなっている」


 士官は独身寮住まい。早朝、士官の寮の全員が叩き起こされ、三分の一は寮の警備、三分の一は司令本部の警備、残りの三分の一はベルバリアス宮殿の警備へ向かうよう説明なく命じられた。


「そしていまに至るというわけだ。詳しいことは分からないが、現在、司令本部はヴェルナー閣下が指揮権を握っていらっしゃる。キース閣下は政府庁舎の方へ」

「そうでしたか。姉はキース閣下と一緒に行動を?」

「いや、本部内で出た死者を、教会に連れていったと聞いた。葬列の先導をしたらしい。イヴが居たら、誰だって任せるから、この話は信憑性が高いと思う。教会から先は分からないが」

「そうでしたか。情報ありがとうございます、では教会に行ってみます」


 司令本部の敷地内に入れないので、遺体が運ばれた教会へ行こうとしたデニスの元に、先ほど門を守り立ち入らせてくれなかった兵士が駆け寄ってきた。


「ヤンソン・クローヴィス准尉。ヒースコート准将閣下からの出頭命令です」


 デニスと話をしていた士官が兵士の手から指令書を取り上げ、


「ペルットゥラ大尉と共に、人事局へ……か」


 目を通して、書類に不備がないこと、偽造ではないことを確認し、ペルットゥラ大尉が来るまでの間、座っているといいと椅子まで用意してくれた――座らせたのは、目立たせ、ペルットゥラ大尉にすぐに気付かせる目的もある。


「ありがとうございます。これ、よかったらどうぞ」


 椅子を用意してもらい、意図の説明も受けたデニスは、持参したサンドイッチと、クッキー二箱を袋ごと渡した。


「ありがとう。昨晩から働いているトロイに差し入れるわ」


 彼はそれを受け取り仕事へと戻り、デニスは指令書を手に門の側で待機――それから少しして、やってきたペルットゥラ大尉は士官の予想通り、すぐにデニスを見つけて「なぜ座っているのだい?」と声をかけてきた。

 デニスは書類を手渡し、先ほどの士官が偽造ではないと言っていたことなどを伝えた。


「そうか。では、行こうか、ヤンソン・クローヴィス准尉」

「はい、ペルットゥラ大尉」


 門を守っている兵士に椅子を返し、司令本部から程近い人事局へと向かう。その道中、


「かなりの大事件があったようだね」


 ペルットゥラ大尉が道ばたの新聞売りを見て、軽く首を振る。


「号外もなにも、出ていませんが」

「号外も出せないほどの、出来事ということだよ、デニス君」


 隣国の侵攻、国王の襲撃などでも、出る号外が今回に限っては”出ていない”。それが意味するのは――


**********


 デニスが乗るためのタクシー馬車(キャブリオレ)を探すために、少々遠出したカールソン。

 彼はやっと見つけたタクシー馬車(キャブリオレ)の馭者に声を掛けたとき、緊張し、また恐怖しながら期待もしていた。


 ”この馭者はメッツァスタヤで、皇妃のことを教えてくれるのではないか”


「よろしく」


 だがカールソンの期待は外れ、チップを受け取った馭者は手綱を握り――遠ざかるタクシー馬車(キャブリオレ)を見送ってから、徒歩でクローヴィス邸へと引き返した。

 その道すがら、やはり声を掛けられるのではないかと注意していたカールソンだが、情報を得られないままクローヴィス邸にたどり着いてしまった。


――…………首都で開戦よりも大事があったってことか


 ここまで自分に情報が届かないことに、何ごとかが起こったこと、それが未曾有の事態であることに、陰鬱な気持ちになりながら裏口から家へ入った。

 用意されていた朝食を大急ぎで取り――食器を下げて、メイドの二人に「今日も美味しかった」と伝え、ポールに頼み外出許可をもらって情報収集に出た。


 まずは司令本部へ向かうと、朝早くデニスが登庁した際と同じように、物々しい警備体制が敷かれ続けており、下手に近づかないほうがいいだろうと早々に離れ――今度は商業会議所(ギルド)へと向かった。

 だがここでも、メッツァスタヤに声を掛けられることはなく、


――司令本部があれほどの警備体制を敷いているのだから、何ごとかあったのは確実なのに


 次は何処へ行こうかと頭を悩ませながら歩いていると、


「済まん、済まん」 


 ロヴネル准尉が声を掛けてきた……が、カールソンはロヴネル准尉とは会ったことがないので、いきなり近しく声を掛けてきた彼を警戒する。


「あの……」

「あーこれなら分かるか?」


 往来のど真ん中で、ロヴネル准尉ことリドホルム男爵が、従兄のカールソンに「変わった」――リドホルム男爵は、自分の父親のことを”恐怖”と呼ぶが、息子の彼も普通の人間から見れば、変わりはない。


「…………お、お待ちしており、ました」


 会いたいと思って探していたカールソンだが、目の前でこれ(・・)をされるのは慣れないし、恐怖を感じ、思わず言葉を失い口をぱくぱくさせてしまうのも仕方のないこと。

 やっとの思いで声を絞り出したカールソンに、リドホルム男爵は簡単に「枢機卿の息子が、大暴れして死者が出た」と説明する。


「あ、はい。あの、皇妃がまだご帰宅されておりません」

「は? 皇妃はとっくに……」


 カールソンが家を出た時には、まだ帰宅していなかった――その時刻を告げると、リドホルム男爵は左眉の端を釣り上げ、


「とっくに帰っているものだとばかり。まだ病院にいるのか?……分かった。あとはお前は帰宅して、皇妃が帰宅していない場合は両親に無事を伝えておけ」


 指示を出し配下のタクシー馬車(キャブリオレ)を呼び、カールソンを乗せて帰した。


――ホーコンを陛下から離すわけにはいかないからということで、皇妃にヤンネを配置したが……あいつ、弱いからなあ……親父と違って、本当に弱いからな。親父も公称弱いだけど、ヤンネは本当に弱いからな


 リドホルム男爵はその馬車を見送る余裕もなく、軍病院へと急いだ。


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