【191】総司令官誘拐阻止戦・後処理2
前世を思い出したクローヴィスにとって、殺人現場を撮影して証拠を残すのは、自然なことだった。前世でそういった職業に従事していなくとも、目に入ってきて、いつの間にか覚えている知識。
だがこの世界のこの時代において、それは奇異に映った。
撮影を命じられた者たちは「なんでこんなものを撮影するのだろう?」と――クローヴィスもそれを感じ「そういえば、この時代に殺害現場を撮影するって、なかったような……」自分が命じたことの意味を、この場にいるほとんどの者が理解していないことに気付く。
本当は撮影を任せて、引き返すつもりだったが、一々指示を出さなければ、まともな証拠写真が残らないのでは? ということで、付きっきりで指示を出した。
むろんクローヴィスも、詳しい知識は持っていないのだが、
「現像したあと、部屋を完全再現できるように。天井や床を撮影しろ。調度品は全ての角度をおさめる」
とにかく、あとで資料として使えるように撮影させ、
「できるだけ、血は踏まないように。あ……食堂から空の麻袋と紐を持ってこい」
少し遅くなったが、床の上を踏み荒らさないように靴を覆うなど手を打ったり、残っていた服を、同じく麻袋に一着ずつ保管するよう指示を出していると、
「クローヴィス大尉」
ヴェルナーの副官オクサラ中尉が、三名ほどの部下を伴い現れ――ヴェルナーが到着したことを知る。
「クローヴィス大尉の任を引き継いでくるよう、閣下より命じられております」
そう言ってオクサラ中尉が、ヴェルナーのサイン入りの指令書を差し出してきた。
「了解した。いま行っている作業だが――」
クローヴィスは写真撮影を行っていることと、その目的をノートに書いて渡す。
「現場を撮影するという規則はないので、切り上げても結構。ただ、いままで撮影した分の現像だけは、徹底して欲しい」
オクサラ中尉は完璧に仕事をしてくれるのは分かっている――ので、いまの発言は、部屋を撮影している者たちに聞かせる意味合いのほうが強い。
「了解いたしました」
大雑把な説明を聞いたオクサラ中尉だが、クローヴィスの能力の高さを知っていることと、
――現場写真を使って、閣下たちに説明するのかもな。ヴェルナー大佐は追求も厳しいから、状況をしっかり残しておくのは大事だな。大尉のご命令に、全面的に乗っかるか
士官の処分に関わる事件に関し、おざなりな報告をしたら、自分が降格されかねない――オクサラ中尉はクローヴィス以上に、ヴェルナーの厳しさを知っていた。
なにより彼も優秀なので、
「士官一人を、減給、降格、除隊させるのには、しっかりと証拠を揃えなければいけない。お前らだって嫌だろう? 深夜に遊んで負傷したくせに、退職金を貰ったうえに負傷者年金を貰われたら」
理解した上で、人を動かす術をよく知っていた。
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事件現場をオクサラ中尉に引き渡したクローヴィスは、普通の人ならば、走っているような速度の早歩きで正面玄関へと引き返す。
いまだに人の出入りが激しく、重厚なドアが開きっぱなしになっているホールを抜ける。そこには先ほどまでなかった軍用の天幕が張られ、その下には急遽呼び出されたとは到底思えない、かっちりとしたオールバックに、糊のきいた軍服を着たヴェルナーが、足を組んで椅子に座っていた。
クローヴィスはヴェルナーの元へと駆け寄り敬礼し、挨拶をする。
「あとはわたしが預かる」
その青く冷たさを感じる瞳は「なんでお前が、ここにいやがる」と物語っていたが。
「はっ!」
現場の指揮権をヴェルナーに渡し、クローヴィスはキースとガイドリクスの会食後から、いままでの出来事を、出来る限り短く、だが不足なく伝える。
話を聞き終えたヴェルナーは、椅子から立ち上がり、
「よくやった」
褒めながらクローヴィスの頭を叩いた。
「ありがとうございます」
全力で努力し最善の結果を出してはいるが、クローヴィス自身殴られる覚えもあるので――例え”覚え”がなくても殴られるような世界なので、クローヴィスもこの程度のことは気にはしない。
運転手付の軍用車で家に送り届けられた筈の皇后が、徒歩で司令本部に戻ってきて、脱出作戦の指揮を執ったあと、捕獲作戦で咆哮を上げ賊と戦っていた――ヴェルナーでなくとも、殴りたくなる案件。
「クローヴィス、まだ動けるか?」
「動けます、大佐。いまから士官学校の入学実科試験を受けて、トップで合格できることを、ここで大佐に確約できるくらいには」
「上等だ」
ヴェルナーから下された命令は、最終的には軍病院で診察を受けそのまま帰宅すること――その前に教会へ、遺体を運ぶ任をまかされた。
「拝命いたします」
国旗で包まれた遺体がおさめられた棺が乗せられた、特別仕様の馬車が正面玄関へとやってきた。
先導と後方につく騎兵が乗る馬の準備も整えられ、
「お前なら、どんな馬でもいけるだろう? クローヴィス」
「はい」
クローヴィスは馬の首を軽く叩く。
もう一人の騎兵は既に馬上で、後方が担当する軍旗を手にしている。顔なじみの騎兵にクローヴィスは軽く挨拶を返した。
「櫛は?」
馬に乗る前に、ヴェルナーに身だしなみを整えろと言われたが、
「持っておりません」
髪を梳く櫛を持っておらず、クローヴィスは再びヴェルナーに叩かれてから”持っていたとしても、戦いでバキバキになってたと思いますよ”と内心で呟きながら、ヴェルナーの櫛を借りて髪を撫でつけ整える。
この頃には、空は白み始めていた。
クローヴィスは整え終え櫛をヴェルナーに返し、重さが五Kg以上ある国旗を片手で受け取り、そんな重いものを持っているとは感じさせない、軽やかな身のこなしで馬に乗り葬列の先頭につく。
「総員、整列!」
ヴェルナーの号令にその場にいた全員が、葬列を送るために司令本部の敷地から駆け出し、道路へと出て両側に並ぶ。
「敬礼!」
再びのヴェルナーの号令に、全員が一斉に敬礼をし――”すぅ……”とヴェルナーが息を吸い、夜が明け始めた空にロスカネフ王国の国歌が木霊する。
それを合図にクローヴィスは馬の手綱を一瞬だけ引き進み出す。
時より風が吹き、重い国旗が僅かに揺れ、まとめたクローヴィスの金髪も揺れる。
ヴェルナーが歌う国歌を背に、国旗を手に夜明けへと向かってゆくクローヴィスの後姿は、完全に独り立ちした軍人の姿だった。
国歌を歌い終えたヴェルナーは、遠ざかってゆく葬列を見つめ――葬列が雲の切れ間から差し込む朝日で見えなくなった時、光に消えた教え子に敬礼をして目を閉じた。
「敬礼、終わり! 戻れ!」
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クローヴィス先導の、遺体を運ぶ馬車の馭者を務めた兵士たち。彼らがクローヴィスと組んだのは、これが最初で最後だったが――ヴェルナーの圧巻の歌と朝日を受けて輝くクローヴィスの後姿の美しさ、そこに自分が居たことを、生涯自慢していた。
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教会へ遺体を運び込み、国旗を司祭に渡し後を任せ――遺体を運んで来た馬車を扱っていた者たちは、そのまま司令本部へと帰り、
「大変な任務だが、頑張ってくれ」
「ああ、頑張って来るよ、クローヴィス大尉」
葬列の最後尾についていた騎兵が、死亡したコールハース少佐たちの自宅へ、死亡報告を届けに向かう。
クローヴィスも重要で早急に知らせたほうが良いことだとは分かっているが、辛い任務だな……と。だが声を掛けるしかできなかった。
憂鬱な任務へと向かう知り合いを敬礼して見送り――
「病院までご一緒させてください」
「オルフハードさん!」
ヴェルナーと話をつけて、教会に先回りしていたサーシャに声を掛けられ、
「オルフハードさんは、このあと、どうするんですか?」
「大尉と病院で別れて、自分の治療に向かうよ」
「わざわざ済みません」
乗ってきた馬で軍病院へと行き、近くでサーシャと別れ、馬を司令本部に返すように言付けてから、診察室を目指し――部下たちの入院関係の未記入の書類が積み上がっていたので、自分の診察を後回しにして、入院関係の代理記入を始めた。
強さだけで選んだ隊員たちは、読み書きができない者も多く――まさかここまで、一度に大量の負傷者が出るとは、想定していなかったこともあり、クローヴィスは己の認識不足を反省しながら、全ての書類を埋めてから診察を受けて、帰途に就いた。




