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Eはここにある  作者: 剣崎月
第三章

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184/208

【183】総司令官誘拐阻止戦・1

「…………」


 ガイドリクスとの会談を終え「本部まで同行させていただきたい!」と訴えるクローヴィスを帰宅させ――高級な馬車内で、心地の良いクッションに体を預けながら、少しだけ元女王のこの先について考えていた。


――陛下が仰るとおりになるとは思えない。もちろん、仰ったとおりになるのだろうが……退位した王の後始末(・・・)に関しては、アルドバルド(テサジーク)が全権を握っているから、たとえ陛下でも口だしはできな…………小姑が戻ってきたら、それはそれで面倒か。もと女王で王族となれば、陛下の妃にとっては厄介このうえないだろうからな


 国王であるガイドリクスの将来をのことを考えれば、この計画が最良なのは分かるものの、裏になにかあるのだろうなとしか思えなかった。

 それを阻止する権力を、キースは持ち合わせていない。

 例え総司令官になろうとも、軍務大臣であろうとも、それは手の届かない世界の出来事。


――なんにせよ、クローヴィスの心の広さに助けられたな。元女王も陛下も、そしておそらくアルドバルドも


 そんなことを考えながら、司令本部に戻ってきたキースは、


「リリエンタール閣下から?」


 ガイドリクスとの会食に向かった際、入れ違いに届いたリリエンタールからの手紙が届いたとの報告を受けた。他の手紙は明日に回してもいいが、リリエンタールからの手紙は早めに目を通したほうが良いだろうと、すぐに開封させ、


――…………面倒くせえなあ。会う機会を作るのはいいんだが、いいのだが


 内容に目を通しての第一声は、周囲に人がいるので内心に留めたが、それが正直な気持ちだった。

 最高級の紙に金箔押し、文字を認めているインクの色はフルーブラック――もちろんリリエンタール専用の品。

 見る人が見れば、リリエンタールのものだとすぐに分かる。もちろんキースもすぐに分かる。

 文字は几帳面さとは違う正確さ、乱れない程度に力強く気品が漂う。そんな皇帝らしい文字を操りながら、文章はどこまでも簡潔。


”イヴに会いたいからお前と会食という形を取りたい。新鮮なフルーツもあるので、早めに予定を組め”


 人に命じることに慣れ、相手の予定を聞くなどということをしなくてよい皇帝の最大限の譲歩……文面からそう(・・)と分かるが、分かっていても苛つくのがキースだった。


 封筒はその招待しているのかどうか、甚だ分かり辛い、いかにも皇帝が差し出したと分かる招待状と共に、新鮮なフルーツを持ち込むために必要な書類の数々が同封されていた。


「……ユルハイネン。キウイってのを食ったことはあるか?」

「ありません……なんですか、それは?」

「さあな」


 リリエンタールはクローヴィスのために、新鮮なフルーツを輸入したい……というより持ち込んだ。

 この時代はさほど検疫は厳しくはなく、また地続きということもあり、農作物の輸入に関してはそれほど厳しくはない。

 更に現在は戦時下にあるため、特例として食糧に関しては議会の許可や、複雑な手続きをすることなく、臨時宰相の権限で輸入することができる状態になっている。

 食糧不足で餓死者が出ている時に「手続きが、検疫が」などと言っていては、手遅れになるために作られた法案――を使って、リリエンタールは高級食材を次々と輸入していた。


――新鮮なトマトにマスカット、レモンにオリーブ、オレンジにバ、ナナ? バナナ?……聞いたことはねえが、高級食材なんだろうな。遅れてキウイ? が届く、だと。なんだ、キウイって? 果物なんだろうな。南半球からわざわざ運んでくるのか


 ロスカネフ王国では、缶詰やジャムなら見かけることもあるが、これらの新鮮なものは、ほとんどお目に掛からない。そんな新鮮な果物たちのリストに目を通してから、


――ツェサレーヴィチのことだ、書類や手続きに関しては完璧だろうな


 返事は明日でもいいだろうと、手紙を執務机に乗せておくようにと指示を出し、キースは風呂へと向かった。


**********


「まずい」


 クリスタルガラスをふんだんに使用したシャンデリアの下、東洋の純白の磁器に飾られるようにして盛られた輸入品の一つ――トマトをフォークで口へと運び咀嚼したリリエンタールの一言。


 それを聞いたマスカットの皮を剥くなど給仕をしていた執事と、新鮮な野菜や果物を時間をおかずに切ってすぐ出せるように控えていた、料理長のジャン=マリーは顔を見合わせる。


 リリエンタールが「まずい」と明言したのは、この時が初めて。

 クローヴィスに出すための新鮮な野菜や果物の試食を終えたリリエンタールは、すぐに部屋を出ていった――トマトが最後の品だった。


「作り甲斐が出てきたな」

「はい」


 リリエンタールは何を食べても何も言わない――そんな彼が食材に対して「まずい」とはっきり言った。

 ということは、美味しい料理を作れば「うまい」と明言する……とまでジャン=マリーは思わないが、不味かったら食べ残し、美味しければおかわりを所望されるかもしれない。

 今までどおり、出されたものを食べて終わってくれたほうが楽ではあるが、やはり料理人としては、何らかのアクションは欲しい。


「とりあえず、近日中に開かれる妃殿下ご臨席の食事会に全力を。あの人の料理は適当でいいです。妃殿下にお前の最高の腕をふるって下さい」

「はい、殿下」


 その思いは確かだが、いまはリリエンタールがもっとも喜ぶクローヴィスの料理に全力を尽くす――


「それにしても、マスカットの皮を剥くの面倒だった。手袋をはめたまま、果物の皮を剥くのって、ほんと面倒。マックスって本当に上手いんですねえ」


 執事はそう呟きながら、果汁を吸った白い手袋を脱ぎ、空の皿へと乗せる――普段であれば、水菓子は家令のスパーダが担当するのだが、本日は”そろそろレアンドルが動きそう”ということで、街中の拠点に移動していた。


 家令のスパーダこと異端審問官のマクシミリアンは、司令本部とクルンペンハウエル邸の中間地点にある邸を借り上げ、そこに他の異端審問官たちとともに待機していた。


〔今夜は動くでしょうか?〕

〔そろそろ動くでしょうね〕


 マクシミリアンがロドリックとそんな話をしていると、タイミングを見計らったかのように、レアンドルが現れヒースコートの部隊が追っているとの連絡が入った。


〔では行ってきます〕

〔気を付けて下さいね〕


 マクシミリアンは捕縛を若い異端審問官ロドリックに任せた――正確にいえば、任せたというより、ロドリックの親の現聖王から、責任者を務めさせるよう連絡が届いていた。

 そのため、ロドリックが聖王の息の掛かった部下たちと共に、レアンドルの捕縛へと向かったのだが、ロドリックたちが一度レアンドルを逃がしたことにより「クローヴィスに危害が及ぶ」という大事になり――すでに限りなく権力を失っていた聖王は更に失い、財政的にも厳しくなり、最終的に餓死することになる。


**********


「いたぞ!」


 大方の予想通りの場所に現れたレアンドル。

 彼を目視で確認したヒースコート率いる部隊は手順通りに包囲網をつくり、追い詰めるのだが、レアンドルは普通の包囲網などものともせず――窓枠の僅かな窪みに足をかけて、屋根へと飛び乗りそのまま走っていく。


「大柄だが身軽だな。屋根が壊れそうな音を立てて走っているが」


 ヒースコートは屋根を伝って、司令本部へと向かおうとしているレアンドルを視界におさめると、窓の窪みなどを使わず、壁を蹴って屋根へと飛び乗りレアンドルの後を追う。


 部下たちはそんな芸当はできないので、屋根を見上げながら地面を蹴りあげて後を追う。


〔……!!〕


 自分の以外の振動を足に感じ”まさか”と思いながら振り返ったオディロンは、追ってきたヒースコートの姿に驚く。いままでこの逃走法についてくることができた人はいなかったので、驚きはかなりのものだった。

 ヒースコートはその一瞬の隙を見逃さず――距離を縮めレアンドルの足を刈り、体勢を崩したところで胸を押して屋根から突き落とした。


 普通であれば地面に叩きつけられ動けなくなるところだが、レアンドルは空中で体勢を立て直し着地。

 そこからすぐに走り出そうとしたが、突き落としたヒースコートがほぼ同時に着地し、レアンドルの腰の辺りを鷲掴み体勢を崩す。

 ヒースコートは相手の体勢を崩すのを得意としているので――その彼からすると、鍛えてはいるが戦闘訓練を受けていないレアンドルの体勢を崩すのは、非常に簡単なことだった。


 対するレアンドルは、相手がそれほど力を込めていないのに、自分の体がいいように振り回されることに、屋根でヒースコートを見た時同様に驚き――とにかく距離を取る必要があると攻撃に転じるが、相手は格闘の専門家の中でも一二を争う巧者。

 攻撃を当てる前にヒースコートの攻撃が当たり――


〔聞いてはいたが、丈夫だな〕


 捕らえることが前提のため、ヒースコートは込める力を調節して殴り――そこから、振り下ろすように五発ほど殴り付けた。

 殴り合いの急所というものは知らなかったレアンドルだが、ヒースコートが的確に自分の急所を狙っていることを理解し――殴られた反動を使い距離を取り、目的地へと向かって駆け出す。

 レアンドルはここでヒースコートと戦うのが目的ではない。

 彼の目的は司令本部にいるキースを攫うこと――屋根の上を走ることを諦め、道路を走っていたレアンドルは、横から突然体当たりをされて足を止める。


〔先ほどのヤツではないな〕


 衝撃の軽さから”先ほどのヤツ(ヒースコート)”ではないと判断し、足を止めて殴りかかった。


〔素直に捕まったほうが、身のためだ〕


 レアンドルに体当たりし足止めをしたサーシャが、辞めるように促すが、レアンドルは聞き入れる素振りもなく、殴り掛かってきた。


 レアンドルの拳は大ぶりだがかなりの速さがあり――サーシャは躱しそびれた拳に引っ張られて体勢を崩し、舗装された道路に腹ばいになる。


「ぐっ!」


 レアンドルの体重が乗った足が背中を圧迫し、呼吸が止まる。


〔主よ〕


 レアンドルが声を発し、拳を振り下ろし、乗せている足に更に体重が掛かり、サーシャの胸部を圧迫する。それは心臓にも及ぶような圧迫。


「かっ……は」


 そんなサーシャの姿を発見したヒースコートは、腰に下げているナイフを抜き、レアンドルの心臓に目がけて投げつけた――頭なら首を動かして回避される可能性があり、他の箇所ならば手で払いのけられる可能性があった。

 だから心臓を狙い――レアンドルは自分の体に刺さる前にナイフの柄を掴む。

 サーシャに乗せている足の体重が少しだけ軽くなり、サーシャの呼吸が僅かながらに楽になる。

 レアンドルは自分が掴んだものがナイフだと分かると、それを放り投げるために手を上げた――ヒースコートの目的は、レアンドルにナイフを持たせて動きを止めること。彼は聖職者なので、その戒律に則り刃物で人を傷つけることはない。


 それを見越してのことだったのだが――突然そのナイフが砕け散った。


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