【182】総司令官誘拐阻止戦・0
帰国したサーシャは、
「上手くいったようですね。まあ、あの人の自己申告だから、怪しいところもありますけどね」
クローヴィスの誕生祝いが無事に終わったことを、執事から教えられた。ちなみに執事はサプライズを仕掛けようとしたことに関しては触れなかった。
執事に労われてからサーシャは、次の任務として、オディロン・レアンドルを捕らえるための話し合いに参加している。指揮官はヒースコート。
ベルバリアス宮殿の奥まったところにある小部屋――小部屋といっても、それは貴族にとってのことで、調度品が置かれても五人がゆったりと過ごすことができる程の広さを持っている。
その部屋にある上質でほどほどのサイズのテーブルに精巧な首都の地図を広げ――おそらく潜伏しているであろう、首都のクルンペンハウエル邸に印をつけて、道路を指でなぞる。
「ロス人は身長が高いからな」
「そうですね」
ロスカネフ王国を形成しているロス人は、人種的に身長が高い。
レアンドルは教皇領の修道院やニーダーハウゼン枢機卿の教区では、驚かれるほどの高身長でがっしりとした体型だが、ロスカネフ王国では身長に限っていえば「高めの人」程度。
”がっしりとした体格”に関しては少々目立つだろうが、身長に見合った体格の人も多いので、全身像ではすぐに判別できない。
幸いながら極北の小国とアバローブ大陸近く生まれのレアンドルは、顔だちが全く違うので、しっかりと顔を見るとすぐに分かる。
その顔をゆっくりと見る時間があるかどうか? そして異変に気付いたとき、反応して勝てるかどうか? が問題なのだが。
「救いなのは、本人が隠れて動くことを得意としていないことだ」
ヒースコートは教皇庁から届いた極秘書類の、レアンドルの人相書きを人差し指で叩きながら――レアンドル本人は、悪いことをしているという気持ちは皆無なので、こそこそとはしないため、裏道などを警戒する必要はない。
「街中で捕らえなくてはならないので、被害が拡大することも考えられます」
ただ通常の犯罪者とは考え辛いということは「犯罪に向かうとき」人が取る行動を、レアンドルが取るとは考え辛い。そうなると事前に「あたり」をつけるのが難しくなる。
もっとも彼は徹頭徹尾、悪いことをしているとは思っていないので、目的地まで最短ルートを取るのではないかと思われているが、ルートをレアンドルに接触したマチュヒナ、もしくはフロゲッセルが用意するかもしれない。
それならば、ヒースコートにとっては慣れたものだが、リリエンタールは「そうはならないだろう」と告げた。
「そうだな。できることなら、被害は最小限に抑えたいところだが」
「ところで、狙いの特定は」
狙いはシャルル・ド・パレかアーダルベルト・キース――レアンドルの背後にルース帝国の残党がいるのは、パルシャコフたちの惨殺により判明しており、リリエンタールが「狙いはわたしを戦いに引きずり出すこと」と明言していることから、この二人に危害を加えて、リリエンタールが戦争の指揮を執らざるを得ないようにするのが目的。
「キース狙いで間違いないだろう、との御言葉だ」
「キース閣下ですか」
ヒースコートから聞かされた答えを疑ってはいないサーシャだが、キースよりもシャルルのほうが、確実ではないか? と考えてしまうのは、ごく普通のことだった。
正しく表現するのならば、シャルルを狙えば確実にリリエンタールを戦争に引きずり出すことができる。
対するキースの地位は、ヴェルナーやいまサーシャの目の前にいるヒースコートなど、継げる者はいる――ルース皇帝になるはずだった男に、軍事権を渡すのは、忌避する国民も多いだろう。
就くか就かないか? 状態よりならば、シャルルを狙ったほうが確実――シャルルを狙うのは難しいが、その為に教皇領からレアンドルを連れてきたのでは? と、サーシャは思ったのだが、
「キースを殺すつもりはないと仰っていた」
「捕らえるのですか?」
ヒースコートの話を聞き、サーシャはますます分からなかった。天涯孤独の平民男性を捕らえてどうするのか?
その疑問は当然だが、それがアーダルベルト・キースという男になると少しばかり違ってくる。
「捕らえるというか、飼う……監禁しようとしているのではないかと」
「……誰を?」
「キースだ。アーダルベルト・キースをだ」
「…………」
黙って監禁されるような男ではないことはサーシャも、机を挟んで向かい側にいるヒースコートも知っている。
大人しく檻に入っている姿が、全く想像できない。
それがキースに対する、サーシャたちの意見だった。だが――
「そんな顔をするなサーシャ。綺麗な顔が台無しだぞ」
ヒースコートが手を伸ばし、サーシャの癖の強い髪を軽く引っ張る。
「いや、あの。なぜ?」
情けない表情を浮かべている時に、よくされているので、髪を触れたことには驚かないが、どうしてもキースを監禁する意味が分からない。
「オディロンの背後にいるのが、マチュヒナとフロゲッセルだからだ。二人は女だ。そしてキースは最低でも一度、このどちらかの女と会っている」
男性から見れば「そいつを監禁して、どうするんだ? 黙って監禁されているようなヤツじゃないぞ」だが、女性からするとそうではない。ウィルバシーの実家で行われた夜会で、”イーナ”と目される愛人――キースはルース人ならば絶対に判別がつくので、その時違和感を覚えなかったことから、その愛人はフロゲッセルのほうだろうと思われるが、会ったことがある。
「好きに、なった、ということですか」
キースにとっては、女性に好かれてもいつものことだと気にすることもないが、キースを好きになった女がどう動くかは千差万別。
「キースだから驚くことではない。そして、正攻法では手に入らないことは理解している。となれば、キースの意志を無視して監禁するだろうと」
「……」
サーシャの琥珀色の瞳が、揺らめく。それは不安だとかではなく「いや、あの人監禁とか、無謀というか。なにを考えて……」だったのは、ヒースコートではなくともすぐに分かる。
「思い出したくもないだろうが、サーシャも監禁されかけただろう? あのアディフィンの王女に。あの王女に監禁を唆したのが”イーナ”だと、ランゲンバッハが証言した」
ヒースコートの説明によると、マチュヒナは男性に近づく能力は長けているが、女性に近づく能力はさほどではない。
マリーチェに直接近づけない、間に人を挟む……その間に入る人が男性のランゲンバッハだったのが、この場合、悪い方に働いた。
「すぐに好意を持ったそうだ。安心できると思った、とも言っていたな」
「そういう能力に長けていたのですか」
「ランゲンバッハが簡単に堕ちただけのような気もするが。それで、話を聞くと監禁用の邸なども用意してくれていたとのこと。また、あの阿片を融通してくれたのも”イーナ”だったそうだ」
少しは疑え。だから現状が悲惨なことになってるんだぞ……そう思ったサーシャだが、王女と伯爵位を持つ貴族の子弟だったことを思い出し、人に準備されることが当たり前の人種だったなと、すぐに納得する。
「連れ出す際は、少々暴力的だろうが、その先は阿片で眠らせて、監禁場所へ……ということらしい。キースを監禁してなにをするつもりかは分からないが……昔付き合った女性に”あの人は争いごとに向いていないと思う。きっと彼は無理をしている”と言われたことはある。”イーナ”もそう考えていたとしても、おかしくはないが……キースを見てそう思うこと自体がおかしいが」
「…………」
キースが無理をしていないかどうか、サーシャは分からないが、向いていないかどうか? と言われると、どちらかと言えば「向き」だなと思う。それはサーシャが身を以て経験したことが多分に含まれている。
「オディロンという聖職者は、殺すことは好まないそうだ。仕方なく神の御許へ送っているだけであって、殺害しなくてもよいのならば、したくはないと」
「資料を読むと、そうですね」
その考えは良いのだが、資料に書かれている殺害数が、全くもって伴っていない――この資料をまとめた人間は、どんな表情でまとめたのだろう? と、誰もが問いたくなるような内容だった。
「殺害ではなく誘拐……この場合、身柄を預かるなのか? 分からないが、”イーナ”は平和的な話として、持ちかけたのだろう」
「平和的ですか」
誘拐は平和的ではないのだが、殺すよりは良いのは、何となく分かるが――監禁しようとしている”イーナ”が、キースになにをしようとしているのか? と考え、サーシャは肩を震わせる。
「リリエンタール閣下ならば、共産連邦も倒せる……と言われたら、興味は持つだろうしな。なにより事実だ、説明も簡単だろう」
嘘をつくよりも簡単な、真理といっても過言ではないこと。
上手な嘘を重ねるよりも、狂信者と呼ばれるレアンドルの心に響き、そしていま、ロスカネフ王国にレアンドルが居る。
「さて、捕らえに行こうか。無理はするなよ、サーシャ」




