【178】中将、案を受け入れる
ヒースコートからの提案を聞いたリリエンタールは、マルチェミヤーノフの殺害が簡単過ぎるので「他にも」と、
「モルゲンロートの、ウスターシュ・カミュと言ったな。何かないか」
ずっと跪き頭を垂れているカミュにも意見を述べるよう指示する。
「欲張りですね」
「マルチェミヤーノフの殺害など、簡単だからな」
「あなたにとっては……ね。うん、まあ、そうだよね。世間的にはとっても難しいことだと思うけど」
言いながら執事はクローヴィスのドレスに布を被せる。被せる布は、勿論ドレスと同じ高級なシルク。
「マルチェミヤーノフ殺害より、わたしの殺害のほうが面倒だろうな」
「あなたの暗殺なんて、グレゴールしか考えないでしょうに。それで、カミュに聞くのはいいんですが、直答を許すって言わない限り、口開けるわけないでしょう。そういうのは、財閥総帥直々に注意されている筈だから」
カミュを無視し王族同士が軽口をたたき合っている……ように見えるが、これは直答を許可されていないカミュに、リリエンタールがいきなり意見を求めたので、執事が少しばかり時間を稼いでやったのだ。
もちろんリリエンタールも執事の意図を理解している――そのことを、退室してからネクルチェンコ少尉たちは、”無言でも良かったが、あの状態で無言は、モルゲンロート総帥が選び抜いた図太い男でも、耐えられんからなあ。殿下がいなかったら、わたしが時間を稼いでいたさ”と、ヒースコートから聞かされた。
「直答を許す。それで?」
聞かれたカミュは、頭は下げたまま、はっきりとした口調で答える。
「あ……サプライズではないのですが、三月戦争の際、双頭の鷲が我々庶民の遺体を厚く遇して下さいました」
リリエンタールは共産連邦と連合軍の戦いの後、戦死した連合軍兵士たちの遺体をほぼ全て回収し、故国へと送り返したのだが、これはリリエンタールの発案ではない。
新北大陸で起こった奴隷解放戦争の際、戦死した兵士たちの遺体を全て家族の元に返した女性が、大陸最大の戦いにも乗り込んできたのだ。
「あれか」
新北大陸の総督ロックハートからの奏上を受け「効果がありそうだ」ということで、許可を出した作戦の一つだった。
「いまだに遺族から感謝の手紙が、年に三百通以上届きますからね」
高名な将軍や、貴族の遺体以外は、異国の戦地に放置されて帰ってこないのが当たり前――歴史上初めて、異国の地で戦死した庶民の遺体を回収し、家族の元に送り届けることを指示したのがリリエンタール。
彼は遺体返還にかかる莫大な費用を、自らの資産から出した。それにより、リリエンタールの聖職者としての名声も高まったが、本人はそれらに全く興味を持ってはいない。
「イヴの親族は誰一人として戦死などさせぬから、それは要らぬであろう」
リリエンタールという男は非常に優秀で、人がどのような行動でどのように感謝するのか、それにより人がどう動くのかは分かっているが、当人には感情ががほぼ存在せす、肉親に対する情というものを理解しているが感じたことはないので、このような答えに帰結する。
「妃殿下はお優しいから、全くの無関係な人間であろうとも遺体が家族の元に帰れたら、喜ばれるよ」
「そういうものなのか?」
「妃殿下はあのシュテルンという男であっても、戦死して遺体が戻ってきたら良かったって思うような御方ですよ、きっと」
「優しすぎるな」
「だから、あなたのお妃になって下さるんだよ。心が広くて優しい御方だからこそ。そんな御方じゃなければ、あなたのお妃なんて無理ですからね」
「そうか……そうかも知れんな。そうなると、少しばかり手間がかかるな」
「マルチェミヤーノフの暗殺より難しいの?」
「遙かに難しい。マルチェミヤーノフはわたしの一存で殺害できるが、この一件はロスカネフ王国軍人の戦死者が対象だ。奴隷戦争や共産連邦戦とは違う」
この二つの戦死者回収、どちらもリリエンタールが全権を握っていたので、費用の面を含め、好きにすることができた。だが今回は――
「キースか」
リリエンタールが強権を使うのは避けたい相手――遺体の回収費用を盛り込んでいない戦争費用の借金だけで、頭を抱えているところに、この案を持っていっても「やりたいが、金がない」で突き返されてしまう。
「そうだ。わたしとしては、費用を全額出しても構わぬのだが、キースがな」
上記二つと比べれば、この先起こる戦争の死亡者はずっと数が少なく、費用もリリエンタールにとっては微々たるものだが、それを受けるかとなると――戦死者に関しては、キース以下ロスカネフ王国の軍人の実力をリリエンタールは理解しているので、大凡の戦死者数は既に想像がついていた。
「全額負担を申し出たら、絶対拒否されるだろうね。キースの気持ち、分からないでもないんだけど」
そう言う執事の美しい顔には「お前女子寮のリフォームも、まだ許可とれてないよな」と書かれているのを、リリエンタールははっきりと見て取った。
「ウスターシュ・カミュよ、明日キースにこう伝えよ――」
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翌日、カミュはリリエンタールに言われた通り、司令本部のキースの元へと向かい、伝言を伝えた
「”お前もそろそろ君のお父上が……と諭す立場になったであろうからな。五十八をオブザーバーとして貸し出してやろう”……です」
カミュの口からリリエンタールの伝言を聞いたキースは、大まかなことをすぐに理解し、
「相変わらず、腹立たしい男だ」
眉間に皺を寄せ不快感をあらわにしたが、すぐにその前後を話すように指示し――
「何処までも、ツェサレーヴィチだ」
聞き終えると撫でつけ、しっかりとまとめているアッシュブロンド髪を乱さない程度に、頭を掻いた。
伝言を伝えたカミュは、この伝言の意味が分かっていなかった。もちろん話の流れから、戦死者の回収に関することなのは分かっているのだが、伝えた言葉に一切心当たりがなかった。
――隣にいたフルール・ド・リス(シャルル)やヒースコート閣下は理解していたな。部下たちは、俺と同じで全く理解できていなかったキース総司令官も分かっているのだから、そのくらいの世代の話……
カミュは若く――年齢はクローヴィスに近いので、彼らの世代の共通認識は分からなかった。特にカミュは軍関係に弱く、それを克服すべくこの難しい任務に名乗りを挙げ、財閥内のプレゼンテーションでこの地位を得た。
この話が見えていないカミュと、理解したキース――
「面会を許可して下さり、ありがとうございます。総司令官閣下」
カミュの話を聞いたあと、キースは本日の面会希望者の一人と会った。それはクローヴィスと同い年の青年。
父親はロウス議員――キースが「徴兵を免除しておくか」と考えた議員の息子。
彼は議員である父親の縁故で、キースと面会する機会を得た。
「用件を聞こう」
公職についていない若い青年ながら、行動力があり人脈もあるロウス議員の息子。彼は愛国心の強い青年で、いずれは父と同じく議員になるつもりで日々研鑽を積んでいる。
――しっかりと訓練を終えているなんて、誰が思うか
その一環として、彼は有事の際には前線に出られるよう、軍が一般人相手に行っている訓練に参加し、単位を全て取得し修了証書を得ていた。
この証書を持っている人は、准尉待遇で迎えられ、前線へと送られる――それを分かって訓練に参加して、修了証書を取得していたのだ。
「……前線で、銃を持って戦いたいと」
「はい」
彼は愛国心に溢れる、優秀な青年だった。
なので、徴兵から外されたのは彼にとってはショックで――だがショックで考えることができなくなるような性質ではない。
持てる縁故を全て使って、前線へ行けるようにして欲しいと、軍の全権を握っているキースの所へやってきたのだ。
その行動力にキースは感心し――
「前線も大事なのだが、是非ともやって欲しいことがある」
内心で”ツェサレーヴィチめ”と悪態をつきながら、それをおくびにも出さずに、愛国心に燃え前線行きを希望する議員の息子の説得に取りかかる。
「なんでしょうか?」
「君は三月戦争の連合軍総司令官付第五十八副官、という人物を知っているか?」
「不勉強ゆえ存じ上げません」
議員の息子もクローヴィスと同年代で、職業軍人でもない。更に言えば――
「これは通称だ。あの時副官は第三十五副官までしかいなかった」
それはあの場にいた人間しか、知らない番号だった。
「閣下は筆頭副官でいらっしゃったのですよね」
「ああ。わたしは番号でいえば一番だ。ところで君は一から三十五までの間にある、不吉な数字は分かるな?」
「十三ですね」
「そうだ。連合軍総司令官閣下の大勢いた副官と従卒、彼らに振られた番号からも十三は排除されていた。だが欠番にはせず、そこを埋めるように配置された人物がいた。従卒は違うが、副官の方は十三番目が五十八番と呼ばれていた」
議員の息子は「十三回避は分かるが、四十五はなんだ?」という表情に――だがカミュはそれに思い当たる節があった。
「何故でしょうか?」
「リリエンタール閣下の血縁に、通称”斜め四十五度の男”という人がいてな。詳しい説明は君のお父上……に聞くといい。その人物の通称四十五に欠番の十三を足して五十八と呼ばれていた」
――うわぁ”君のお父上”だ……ずっと避けてたんだろうけど、回避しきれなかったんだなあ
「はい」
「この第五十八副官殿は――」
第五十八副官は、遺体回収を行っていた新北大陸から来たエラ・バーリーという女性と共に動いており、休戦後も死体回収業務を任せられ、現在は回収に関する感謝の手紙の窓口となり、リリエンタールに読まれることのない手紙をまとめて、管理している。
「故国の為に戦って亡くなられた方の遺体の回収し、家族の元へと返す任務ですか」
「そうだ。君も故国の為に戦ってくれた英雄たちを、家族の元へと返したいだろう?」
「はい」
「その任を君に担って欲しいのだ」
「わたしが、ですか?」
「君はアディフィン語と古帝国語、そしてノーセロート語が使えるな?」
「はい」
「第五十八副官殿はロスカネフ語を使えない」
「なるほど」
他にも議員を父親に持っていることや、上流階級のマナーに詳しいことなど、ざっと条件を挙げ――さらには予算確保の為に「君のお父上」にも協力を仰ぐので、その仲立ちをして欲しいなど。
「分かりました! 総司令官閣下のご期待にそえるよう、粉骨砕身いたします」
最終的に「職務そのものは、前線基地で行う」という条件を聞いて、議員の息子はその任を引き受けた。
議員の息子が去ったあと、キースは肩をかるく回し、
「リリエンタール閣下に、資金援助は受けないが五十八副官殿には、是非来ていただきたいと伝えてこい」
「はい」
カミュにそう命じた。
ロウス議員の息子との面会を終えたキースの元に、今度はヴェルナーがやってきた。
「クローヴィス絡みなぁ……まあクローヴィスのヤツは”良かった”と言うだろうな」
話を聞いたヴェルナーは、寂しそうな表情を浮かべながらも胸をなで下ろすクローヴィスの表情が思い浮かんだ。
「まあな」
「それにしても、ロウスの息子の説得とは、面倒くせえな」
「あのくらいの年齢のヤツは、親の言うことなんざ、聞かねえだろ。フェルにも思い当たる節はあるだろう」
キースは両親を早くに亡くし、叔父に引き取られ、その叔父とも十五歳で死に別れているので、家族に対して反抗した記憶はない。
「俺は十歳になる前から、親の言うことなんざ聞かなかったな。二十過ぎて、親の”お前の為を思って”なんざ、まともに聞くわけもねえ」
対するヴェルナーは親の期待以上の才能を持っていたが、反発して親が望む道を歩まなかった。
「そのくらいじゃなけりゃ、使えねえがな。というわけで、リリエンタール閣下と血はつながっているが、全くの他人がいらっしゃる。おそらく、生活に関してはあちらが全部整えるだろうが、こっちが全くのノータッチともいかないから頼む」
「分かった。陛下にもお知らせしておく。それにしても、相変わらず面倒な血筋だな。血がつながっている他人が多すぎる」
「深く考えんな」
キースとヴェルナーは大事な情報を共有したのち、本題に入った――




