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Eはここにある  作者: 剣崎月
第三章

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178/208

【177】子爵、サプライズについて案を出す

 リリエンタールと執事が向かった、ドレスが飾られている舞踏会ホール。天井は高く優美な曲線を描き、煌めくシャンデリアが幾つも吊り下げられている。

 華やかな夜会が開かれるそのホールは、幾つものドレスが飾られ、やや異様な雰囲気となっていた。

 クローヴィスが聞けば「ドレスが大きいから! デカイから!」と叫ぶであろうが――サイズなど些細なこと。

 その部屋が異様なのは、ドレスは床よりも高い位置にある――階段状の台にトルソーが置かれている。

 それもトルソー一つに対して一つの台。台は赤い絨毯が掛けられ、その台に登ることができるのは赦された者だけ。

 掃除の際には布を掛けられ、台ごと運びだされる。


「ベルナルド。ドレスは何着完成した?」

 

 ホールに飾られているこれらのドレスは、このホールで執事のチェックを受け、許可が出ると、用途別に別の部屋へと運ばれる。


「残念ながら、まだ百三十着だよ」

「早くしろ。なんのための婚約期間だと」


 ホールに到着したリリエンタールは、執事にドレスの進捗を尋ねる――ドレスというものは、ドレスだけ完成すれば終わりではなく、帽子やバック、靴などの小物類が全て揃って初めて本当の完成となる。

 ドレスだけならば、既に二百着は完成したが、他にも必要な品が完成していなかった。

 リリエンタールのいう「なんのための婚約期間だと」――必要最低限のドレスを作る期間でも(・・)ある。


 ドレスが二百着も完成しているのならば問題なさそうだが、王侯貴族は日に最低五回は着替える。

 一年が三六五日なので一八二五着は最低限必要。

 この他に結婚式のドレスなどを準備しなくてはならないので、作業が思ったより進んでいない――もちろん、傍目から見ると怖ろしい程の速さで見事な仕事のドレスが完成しているのだが、リリエンタールが求めている最低限には、全く届いていない。


 ちなみに一日の着替えの回数だが、クローヴィスのような庶民でも、パジャマから着替えて朝食を取り、仕事に行く際に着替え、ここで軍服を着用しなかった場合は職場で着替えて、帰宅して眠るまでは同じことをするので、着替えの回数そのものは、さほど貴族とは変わらない。


 ただ一着の額が違うだけで――

 

「婚礼衣装の準備もあるから、なかなか進まないんだよ。あんたは宝飾品とか合わせるの得意じゃないし」


 ドレス以外の小物類を整えるのは、執事が担当している。


「イヴは何を着せても似合い、どんな宝飾品であろうとも似合う」

「妃殿下のお美しさに関しては同意するけど、あんたが役に立たないのも事実。あれほどお美しいのだから、もっと美しさを引き立てるように組み合わせたいじゃないですか」

「イヴが美し過ぎて、死んでしまうかも知れない」

「死ぬわけないじゃない。他の人ならともかく、あんただよ」


 そんな話をしていると、ホールのドアが開き、


「少々お願い事があって参りました」

「良いところに来てくれましたね、レイモンド」


 入室を許可されているヒースコートが、許可されていない部下たち――ネクルチェンコ少尉とカムスキー軍曹他、キースの親衛隊という名目でクローヴィスの警護に選ばれた面々を伴い現れた。

 その他にもう一人、


「モルゲンロートの所のカミュでしたっけ?」


 軍属としてキースの元へとリリエンタールが送り込んだ、モルゲンロート財閥のウスターシュ・カミュが伴われていた。

 カミュはキャラメルブロンドで、髪はもちろんしっかりと撫でつけている。

 瞳は濃いめのグレーで、目つきは良くないのだが、この場においては普通――執事を除けば歴戦の軍人ゆえ、目つきが鋭い者ばかりで、カミュの目つきの悪さなど取るに足りない程度になってしまっている。


「はい、殿下」


 カミュの顔を見た執事は「そういえば、紹介を受けたな」と思い出し声を掛けると、カミュではなくヒースコートが答える。


「どうしたんですか?」


 ヒースコートと執事が話をしている間、リリエンタールは黙ってドレスの縫い目を確認していた。


「お願いがありまして」

「なんですか?」


 ヒースコートの頼みとは、ネクルチェンコ少尉にもカミュに物品の購入依頼ができるようにして欲しいとのこと。


「大尉の性格上”ここは我慢しよう”と思うこともあるでしょうから、そこを部下にカバーさせるのが目的です」

「妃殿下は無駄使いとか、しないでしょうからね」

「本来であれば、ネクルチェンコが軍属の事務員に依頼するのは問題ないのですが、大尉絡みなので、リリエンタール閣下に許可を取るべきだと思いまして」


 執事はヒースコートの言葉にドレスの端や縫い目を睨みつけている……ようにしか見えないリリエンタールを一瞥してから、


「レイモンドらしい良い判断だ。いいですよね?」


 ドレスの刺繍をじっと見ているリリエンタールの上着の裾を引っ張って尋ねる。


「構わぬ。イヴに一切不自由をさせぬように、取り計らえ。モルゲンロートの、貴様もだ」


 イヴのドレスから手を離し、振り返ったリリエンタールがヒースコートたちへと視線を向ける。

 好意的という言葉とは程遠く、ただ蔑むのとも全く違う――冷たい視線と評するのがもっとも分かり易い視線を受けたレイモンド以外の者たちは戦く。


「そういえば、お前たちはイヴに近い階級の生まれだったな」


 戦かれ、引きつった表情を浮かべられることに慣れきっているリリエンタールは気にせず――


「リリエンタール閣下に比べれば、誰でも大尉と近い生まれになります。貴族であるわたしですら」

「そうだな。レイモンドよ、イヴが喜ぶ軍略、できればサプライズがいいのだが、何か案はあるか?」

「サプライズですか」

「ああ。普通にサプライズをしようとしたのだが、シャルルから許可が下りなくてな。軍事であれば、シャルルも許可を出すので」

「あんたに普通のサプライズは無理ですよ」


 普通のサプライズを止めて軍事サプライズにしろと、厳重注意した執事だが、執事は軍事に疎いので、軍事サプライズに関してはアドバイスをすることはできない。

 リリエンタール直属で事情を知っている中で、もっとも生まれが庶民に近く階級が低い軍人であるマーストリヒト子爵に尋ねたものの、彼はサプライズを思いつくような性格ではないので「無理です」と――


「なるほど。そうですね……誰も想像できない殺し方で、共産連邦の元帥を殺害してみてはいかがでしょうか?」

「そんなことでいいのか?」

「普通は驚きます。そして誰も想像できない殺害方法と申しましたが、リリエンタール閣下にしかできない殺害方法に変更させていただきます」

「イヴにも見せれば尚良し、ということか?」

「大尉は軍人ですので、それもよろしいかと」

「分かった」

「分かったって……どの元帥を殺害するの」


 執事は呆れたように――だが問題なく殺害できることは分かっているので、執事はどれを標的にするのかと。


「マルチェミヤーノフ。もとより殺害する予定だったので、殺害方法を変えるだけだが」

「マルチェミヤーノフってそんなに簡単に殺せるものなの? そんなに簡単に殺害方法って変えられるものなの? いや、あんただからできるんでしょうけど……見せるの?」

「お前も見るか? シャルル」

「見ないよ! ねえ、マルチェミヤーノフを暗殺するとしたら、何日くらい掛かるものなの?」


 クローヴィスのドレスが乗っている台から降りて、雑談程度に執事が尋ねる。


「二週間」


 リリエンタールも台から降り、ヒースコート以外の者たちは膝を折り頭を下げた。


「え? 二週間もかかるの?」


 カミュは軍人ではないが、それでもその迅速さに驚いたのだが、執事は時間が掛かりすぎだと驚いた。


――二週間でマルチェミヤーノフを殺害できるというのは、神速といっていいレベルなのですが


 同じく話を聞いていたネクルチェンコ少尉は、軍人ということもありカミュよりも遙かに驚いた。それは他の隊員たちも同じ。

 彼らは国外の軍事作戦を行っているので、それ(・・)がどれほど難しいことか知っている。


「そのくらいは掛かるな」

「やっぱり、共産連邦の元帥ともなると難しいんだ」

「難しいと言えば難しいが、あれたちの周囲に暗殺できる人員を配置していないから、二週間ほど掛かる」

「ん? …………現在の実際の配置で二週間ってこと?」

「当たり前だろう」


 リリエンタールは「現時点」で命令を下せば……という事で考えていた。即ちここで命令を下せば、二週間後にマルチェミヤーノフは確実に殺害される。


「暗殺専門は配置していないんだ」

「そうだ。情報収集にまあまあ長け、潜入能力に優れた者しか配置していない」


 リリエンタールは共産連邦の中枢の寝首を掻くつもりはないので、無駄な人員は一切配置していなかった。

 その代わり情報を抜くこと、撹乱することに重点を置いていた。


「ふーん。そういうことか……暗殺専門じゃない者たちを使って、二週間で首を取れるなら早いってことでいいのか」

「さほど早くはないだろう」

「レイモンドが配置されていたら、何日くらいでマルチェミヤーノフの首取れるの?」

「四日」

「うわっ! 早っ!」

「急げば二日まで短縮できるが、確実を期するのであれば準備に二日、痕跡を消すのに一日、作戦に一時間、退却に半日が最良だ。もっともレイモンド限定だがな。他の者ではこうはいかぬ」

「お前、凄いね」

「もちろんです」

「相変わらずお前らしいな。それにしても作戦一時間かあ。最終目的以外は、なにをどうするのか、全く分からないな」


 軍事行動は慣れている親衛隊に所属した彼らも、執事と同じく何をどうしたら、結果にたどり着けるのか全く思い浮かばなかった。

 ”もちろんです”と返したヒースコートすらも――ただ誰も作戦も成功も疑いはしなかった。




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