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Eはここにある  作者: 剣崎月
第三章

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177/208

【176】閣下、愛人の処理に関して助言する

 クローヴィスの誕生日を祝うという、夢のような一時が終わり――


「もう結婚したい」


 街の人々に一切気付かれることなく城へと戻ったリリエンタールは、ソファーに寝っ転がり、初めての幸せを噛み締めるとともに、クローヴィスと離れたくなかったという気持ちに押しつぶされていた。


「そうだね」


 クローヴィスのことに関して限りだが、長い付き合いの執事でも見たことがないリリエンタールの言動――最近はやや慣れてきたが、それでもらしからぬ(・・・・・)言動。

 こうなるのは分かっていたので、放置していた執事だが、リリエンタールに指示を仰ぐ必要がある手紙が届いたので、それを持って部屋を訪れたのだ。


「イヴも帰りたくないと言っていたのだから、もう結婚してもいいと思うのだが」

「妃殿下は王族のような面倒な階級の出身ではないので、こんなに長い婚約期間に躊躇っても仕方ないでしょう。でもあなたは、婚約期間が必要なことは知っているでしょう」

「この期間を設けることが大事なのは知っている……だが!」

「気軽に妃殿下の自宅を訪れることができる身分じゃありませんからね。あなたが気軽に訪れると、妃殿下のご実家のみならず、妃殿下のご親戚全てにご迷惑をかけてしまいますから……あなたの父ゲオルグなら、目立ちはしても不審がられなかったでしょうが、あなたはねえ」


 リリエンタールの父ゲオルグ大公は、庶民の愛人も大勢おり、彼女たちの家を訪れることもあったので、気付かれても「いつものことだ」と思われ、微笑ましく流されたであろうが、リリエンタールはそんなことを一度もしたことがないので目立ち詮索されるのは、火を見るより明らかだった。


 余談だがゲオルグが愛人の元を訪れるのが”微笑ましく流された”についてだが、ゲオルグは政治を得意として結果を残し、実業家として個人資産を上手く運用し、その個人資産の範囲内で多くの愛人を囲ったものの、正妃の扱いは完璧だったので、遊ぶことに関して王侯だけではなく庶民も寛容だった。

 二番目の正妃は正妃として申し分ない扱いをされていたが、上手くいかなかったが、そこは個人の資質もあるので、仕方のないこととして、こちらもほぼ全ての人々に受け入れられていた。


「なぜわたしは、王族として生まれてしまったのだ」


 ゲオルグの女遊びが全く遺伝しなかったと言われるリリエンタール――だが、ゲオルグのような浮き名に次ぐ浮き名を流していたら、クローヴィスが心を開くことはなかった、もしくは、今以上に時間がかかっただろう。それを回避することができたので、生き方として間違ってはいないと自負しているリリエンタールだが、その生き方を打ち消すほどに生まれが最悪(最高)だった。


「主の御心でしょうねえ」

「主の御心な……ならば仕方ないな。ところで、イヴのドレスの進捗はどうだ?」

「気になるのなら、自分の目で確かめなさい。髪を直してあげますから、さあ、体を起こして」


 執事はそう言い、軽くリリエンタールを引っ張ると、言われた通りに起き上がり――


「ところでベルナルド。何をしにきたのだ?」


 髪を梳いている執事に、足を運んだ理由を尋ねた。


「ああ、それね。はい」


 執事は上着の大きめなポケットから、高級紙で折り曲げにくかったので雑に二つ折りにした手紙を取り出し、放り投げるようにリリエンタールに渡した。

 上流階級にあるまじき行為だが、


「……読まずとも良いな」


 リリエンタールは封筒を一瞥すると、鏡のように磨かれた大理石の床に捨てた。


「そうするとは思ったけど……それで、そのまま廃棄? それとも送り返し? どこかへ転送する?」


 髪は整ったよと軽く肩を叩いてから、執事はリリエンタールが捨てた手紙を拾い上げる。

 扱いはともかく、執事が直接持ってきた格の高い手紙。差出人はエジテージュ二世だった。列強の実権を所有している皇帝直筆の手紙なのだが、リリエンタールにとっては価値など一つもない手紙。

 目を通してはいないが、書かれている内容は完璧に予想がつき――それは当たっていた。

 当たったところで、リリエンタールにとっては、いつものことなので、なんの感動もなければ意味もない。


「……」


 普段であれば捨てておくところだが、イヴのドレスの進捗状況の確認という大事な仕事――その前に些事は片付けておくべきだろうなと思い直し、足を止めて目を閉じて顎に純白の手袋をはめた手を当てて考え抜き、


ネスタ(書記長)に届けるよう、ザメーニスに伝えておけ」


 目蓋を開き、鋭い眼差しで執事に告げた。


「封を開けなくていいの?」


 リリエンタールがわざわざ足を止めて、一分以上考えるなど、滅多にないこと。


「構わん。ネスタの部下で愛人のソフィーヤ・コロメンキナを殺害してから、胸にナイフで刺し止めておくように。そうすれば、鈍いネスタでも自分宛だと気付くであろうよ」


 リリエンタールはそう言うと歩き出し――執事は肩を並べて歩く。


「……もしかしてコロメンキナって、ノーセロートの間諜?」

「そうだ。なかなか察しが良いではないか、ベルナルド」

「さすがに、そのくらいは分かるよ」

「ネスタは気付いていないようだが」

「生きているから、そうなんだろうね……それにしてもリヴィンスキーの愛人まで網羅してるんだ」


 リヴィンスキーは書記長の座に就いてから、大勢の愛人を持った。成り上がりには珍しいことではない。

 ただ普通に愛人として囲うのは、貴族のようだと、貴族を嫌う共産連邦同志という名の部下たちが反発しかねないので、愛人は皆、部下にしていた――そのために、共産連邦は女性を軍人として登用するようになった。

 ただ書記長や元帥の愛人だけを軍人として登用するのは……ということくらいは理解しているので、多くの女性軍人を採用していた。


「ああ。次の書記長となるセリョージェニカに、愛人リストを渡してやろうと思ってな。それと助言もしてやるつもりだ。先代の愛人はさっさと片付けねば、面倒だぞ……とな」


 愛人文化を極めた王侯貴族の中でも選りすぐりのゲオルグ。その彼の遺産である愛人たち。ゲオルグが選んだだけあって「愛人」としては問題は少なかったが、遺産になった瞬間に厄介ごととなり――跡を継いだリリエンタールが即座に処理したのだが、彼らが生きている限りは面倒が起こり、未だに厄介ごとが起こり、対処している。

 それはリリエンタールにとっては些細なことだが、


「…………殺すように仕向けるんだ」


 聞かされたヤンヴァリョフが、愛人たちを即座に殺害するだろうことは、執事にも予想がついた。


「なかなかに、猜疑心の強い男だからな」


 もっともリリエンタールから聞かされなくても、ヤンヴァリョフは前の書記長の愛人などは粛清するタイプだった。

 おそらくリヴィンスキーの家族も――

 その猜疑心の強さから、愛人ではなかった、愛人隠しのために採用された女性軍人たちまでもが殺害される可能性が極めて高い。

 今までのリリエンタールであれば、放置しておくところなのだが、ここで無関係な女性軍人たちを救っておけば、後々クローヴィスに「戦争の裏側」を説明した際に喜ばれそうなので……という、クローヴィスとの会話の話題作りのためでしかない。


 ただこのリストのお陰で助かった女性兵士の数は、千人を下らなかった――


「ヤンヴァリョフには、愛人はいないの?」

「いないな。特定の娼婦すらいない。隙のない男だ」

「馬鹿にしているようにしか聞こえない」


 そんな話をしながら、クローヴィスのドレスが飾られている部屋へと向かった。



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