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Eはここにある  作者: 剣崎月
第三章

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171/208

【170】八月、詐欺師が捕まる

”お前の休暇が終わった頃には、全て片が付いているはずだ。その時委細を教える”


 国王ガイドリクスが襲撃された後、夏期休暇に入る前のクローヴィスにこう(・・)語ったキースだが、


「クルンペンハウエル共が動かないな」


 犯人たちに後一歩とどかないまま、八月に入っていた――八月半ばに休暇を終えて登庁してくるクローヴィスに、委細を伝えるのはまず無理。

 逮捕に関しては無理矢理できるが――

 この一件には、ルース帝国の間諜ツェツィーリア・マチュヒナが関わっているので、それに対応するべくメッツァスタヤに任せていたのだが、どうにも敵の動きが鈍く、これといった証拠が挙がらなかった。


 のんびりとコーヒーを飲んでいるテサジーク侯爵。彼はいつもと変わらず――


「そうだねえ。証拠の偽造ならいくらでも出来るんだけど、する?」


 捕らえるだけならば、いくらでも証拠を偽造できるし、司法の場も上手く回すことができるのだが、


「それをやる(・・)と、マチュヒナというのに逃げられるのだろう?」


 彼らとしては国王の暗殺を計画し実行したクルンペンハウエル家はもちろん、その背後にいるルース帝国の間諜マチュヒナを出来ることなら捕らえたい。


「そうだねえ」


 マチュヒナを捕らえられなかった場合、証拠の捏造は警戒を強められる恐れがある――クルンペンハウエル一家が捕らえられ、マチュヒナ自身が逃げ延びていたら、その裏事情を調べるのは確実だった。

 そこ(・・)を狙って捕らえるのはどうだろうか? という案もあったが、捕獲作戦が今ひとつ上手く詰められず流れた。


「レイモンド君が使えるなら、上手くいくけど。ほら、彼はオディロン君を捕まえる方に回すから」


 ヒースコートを専任で配置すれば、捕まえることはできるのだが、マチュヒナはそれ(・・)を警戒して、どの国の()にも属さずに強く、尚且つ殺害は誰もが避けるレアンドルを連れ出した。


「殺すと面倒になるからな」


 出自や経歴、今までしでかした数々の事件についての詳細に目を通したキースは「罪に問わないのなら、しっかりと管理しろ! 外に出すな! ボナヴェントゥーラ」と思うも、同時にこれから起こる、戦争を含むさまざまな厄介ごとを片付けなくてはならない筆頭枢機卿ボナヴェントゥーラ。彼が幾ら優秀でも、一修道士にかまけていられるほど、暇でもないのだろうなとも。


 それでも「教皇領から出すな」というのが、キースの本音である。


「まあね。でも、気にくわなかったら、殺してもいいってリヒャルトが言ってた。文句を言うなら、ニーダーハウゼン枢機卿ごと処分しちゃうって。恐いよねえ」


 ホテルマンに成り代わり給仕をしていたヤンネの手が、思わず止まる。


「いや、あの人にとっては些細なことかも知れないが、国家としては出来ることならば避けたい」


 ワイングラスに口をつけていたキースだが、思わず動きが止まり――国家防衛を預かる身として、それは絶対に(・・・)避けたい事案だった。


「普通は考えもしないよねー。ニーダーハウゼン枢機卿は、教皇にはなれないだろうけれど、教皇選挙のメンバーに必ず選出される程には、選ばれた枢機卿だからねえ。そうであってもリヒャルトなら、簡単に殺せるんだろうけど」


 息子のヤンネに空のコップの把手に指を入れて、ぷらぷらと揺すりながら「もう一杯」――と、随分と行儀の悪いことをしているテサジーク侯爵だが、さすがは生まれながらの貴族、その手の仕草をしても行儀が悪く見えたりしない。


「聖職者は殺害しない。テサジーク、絶対に殺害するな」


 キースはワインがまだ残っているグラスを、そっとテーブルに置き、軍としての方針を明言する。


出来る限り(・・・・・・)、総司令官閣下のご意志に従います」

「お前……」


 テサジーク侯爵の無害さを装った笑顔に、キースが眉をひそめる。そのやり取りの最中、ヤンネはコーヒーをカップへと注ぐ。


「もっとも、今回の一件に関してはうち(メッツァスタヤ)では無理。リヒャルトがレイモンド君に直接命じるくらいだから、うちの戦闘員程度じゃあ勝ち目はない。無駄死に以下になるね」

「無駄死に以下なぁ……」

「マイトアンバッハ一族の邸に散らばってた、共産連邦の間諜の死体は、見るも無惨だったって。あのヴィルヘルム君が”二目と見られないってヤツだ”って、リヒャルト宛の手紙に書いてた」


 食後――テサジーク侯爵が定宿に使っているホテルでの晩餐での会話として、相応しくないように思えるが、キースとしては楽しく食事をしにきた訳ではないので、話がどれほど陰惨でも問題はない。


「身体能力は優れているが、これならばヒースコートには勝てないだろうな」


 報告書に目を通したキースは、リトミシュル辺境伯爵と同じ判断を下す。

 レアンドルは無力化や殺害の専門家ではないので、必要以上の労力を使っている。それが隙となり――戦い慣れた身体能力的に同格の者には負ける。


「その身体能力が、厄介らしいよ。それこそ、レイモンド君じゃなければ、捕らえるのは無理。殺害するだけなら、どうにでもなるけどさ」


 二杯目のコーヒーを飲んでいるテサジーク侯爵――殺すだけならば、テサジークはレアンドルが口にするものに毒を盛り殺害することができる。

 これが聖職者同士で……というのならば、キースの知ったところではないが、国としては避けたほうが無難――これはキースが特段弱腰なのではなく、国益を考えてのこと。


「聖職者という身分と、父親の地位と、本人の身体能力が合わさって、厄介な修道士になっているということか」

「そうなるね」

「こればかりは、ヒースコートに裁量を与えるしかないな……だが、本当に捕らえられるのか?」

「リヒャルトが言うには、マチュヒナはオディロン君を使ってシャルル君を殺害するつもりだから、待ち構えていれば捕らえられるって言ってたよ」

「ド・パレが狙い……ああ、殿下に何かあれば、自動的に戦争が始まるんだったな」


 リリエンタールは幾つもの策を講じ、執事ことシャルルが政治の舞台に引き出されないようにしたのだが、マチュヒナはそれを逆手に取り――


「うん」

「何にせよ、枢機卿閣下の愛息には、早々にお取引願いたいものだ」


 キースにしてみれば、心から出来る限り無傷で引き取って欲しい相手だった。


 この二人の会合の翌日――


「聖職者を騙る男を捕まえました」


 ヒースコートが笑いながら、キースの元へ修道士の恰好をした、詐欺師特有の空気を隠しきれない男ジャンルイジ・クリオーネが届けられた。


[わたしは、聖職者だ!]


 教皇領とその周辺国で使われる言語を使用しているが、


「昨晩かの城の家令(スパーダ)殿に面通しをしたので、間違いありません」


 異端審問官のスパーダが違うと明言したので、彼は聖職者ではない――


「連絡の行き違いや、知らない新人ということはないのか?」


 キースもコレは偽物だろうな……とは思うが、偽物の証明がないことには、どうすることもできない。

 万が一にも聖職者だった場合、既にこの扱いは問題になる――ヒースコートはリリエンタールの命令で動いているので、問題にはならないが、ロスカネフ王国側の代表であるキースが間違うと国際問題になる。


「リリエンタール閣下やシャルル殿下も”偽物”と仰ったので、偽物で間違いないでしょう。大体、総司令官閣下だって、これを本物だとは思っていないでしょう?」


 捕まった男クリオーネは、ロスカネフ語は分からないが、流石にリリエンタールやシャルルは聞き分けられ――二人の名前が出たとき、表情を強ばらせた。


「思うわけないだろう。どう見ても詐欺師の部類だ。それも小者のな」


 彼らが目の前の男を聖職者ではないと判断したのは”姿勢”

 軍人には軍人特有の姿勢や歩き方があるように、聖職者は聖職者特有の姿勢がある――とくに聖職者は姿勢が良いのだと、聖職者にも成りすますことがあるテサジーク侯爵が、語っていたことがあった。

 クリオーネは背筋こそ伸びているが、姿勢が良いかと言われると――聖職者は立ち姿もそうだが、跪く姿も祈りの姿勢なので、無理矢理膝を付かせても、体に染みついた動きで独特になるのだが、このクリオーネはそれが再現できていなかった。


「というわけで、お好きにしていいそうです。もしかしたら、マチュヒナと接触しているかも知れないので、なにか聞き出せるかも……と、家令殿は仰っておりました」

「リリエンタール閣下はなんと?」

「誕生日に全身全霊を傾けたいので、こんな小物に一切の労力を割きたくないということで」

「そうか……たしかにそれは大事だな。そいつは営倉にぶち込んでおけ」


 どう誘われて、聖職者の恰好をしてロスカネフ王国にやってきたのか? を調べるためと、もしかしたら口封じの為にマチュヒナがやってくるかもしれないので、見張りを付け、クリオーネはしばらく放置されることになった。


 幸い……といって良いのかどうかは不明だが、クリオーネは口封じされることなく生き延びた。



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