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Eはここにある  作者: 剣崎月
第三章

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【167】選択、ジークフリート

 シュルヤニエミは人事局局長のヒースコートから、中尉昇進の辞令を受けた。

 シュルヤニエミは、お決まりの口上を述べ――簡単に辞令交付式は終わった。


「面白みの欠片もない、堅実な昇進だな、シュルヤニエミ」


 辞令交付が終わってから、ヒースコートに話し掛けられた。あまり褒められているような言葉ではないが、悪意や嘲りも一切感じられなかった。


「はい。面白みのなさが、小官の持ち味であります」


――ヒースコート閣下の経歴からしたら、わたしの昇進なんて、面白みがなさ過ぎて、逆に驚くだろうなあ


 ロスカネフ王国の士官学校に余裕で進学できたのにもかかわらず、入学するのが難しいルース帝国の士官学校へと進学し、優秀な成績で卒業したのにもかかわらず、ルース帝国に士官せず、リリエンタールの配下になり、ロスカネフ王国へと戻ってきた――詳しいことはシュルヤニエミは知らないが、簡単な触りだけでも、こんな変わった経歴を持つ人物からしたら、確かに面白みはないだろうな……としか、言えなかった。


「持ち味があるのは、良いことだ」

「はい!」

「面白みのなさと、その堅実さに期待している。下がっていいぞ」


 そう言われ、シュルヤニエミはヒースコートの前を辞した。


――まさか局長直々に辞令を渡されると……ん? 二枚目…………軍務省に移動! …………ま、まあいいや。いつもの事だしな


 人事局から軍務省への忍ばされた異動辞令に、


「……たしかに、こういうこと、わたしは軽くできないもんな。たしかに面白みがないな」


 自分には思いつかないな……と、しみじみと思いながら、私物を整理するために自分の机へ向かうと、机にメモが乗っていた。


 ”今日、ウチで昇進祝いしないか? 二人だけだが 『男爵』より”


 メモを読んだシュルヤニエミは「18:00頃にうかがいます、『少将』」と書いたメモを従卒に届けさせ――再び戻ってきた従卒から渡された「了解」のメモを受け取ってから、上官と同僚に挨拶をして、軍用馬車で軍務省へと向かった。


 シュルヤニエミは部署を転々とする男だった。

 持て余されているのではなく、経験を積むために。更にシュルヤニエミは人当たりもよく――目を見張るほど優秀というわけではないが、無能でもないので、どの部署に送られても、部署に馴染み仕事をこなせる。

 シュルヤニエミの同期で、同じく部署を点々としていたのがウルライヒ。

 彼も優秀なので、色々な部署に送られ、仕事を覚えさせられ――ついに総司令官の副官になり、本格的に中枢入りを果たした。

 シュルヤニエミはウルライヒほど優秀ではないので、まだしばらく、各部署を点々として仕事を覚え、いずれ相応しい地位に就く。


「『男爵』先輩。お待たせしました!」


 新たな配属先で手続きを終え、寮に外泊届けを出し、馴染みの店で酒とつまみと食料を買って、誘ってくれた『男爵』が住むアパートへ。


「きたか『少将』。待ってたぞ」


 一人暮らしの『男爵』が出迎え――シュルヤニエミは買ってきた酒を、既に酒瓶が置かれているテーブルに並べた。


 シュルヤニエミを誘った先輩の名はジークフリート――軍人にはよくある名前なので、ジークフリートという名前の軍人は、近しい職場仲間には渾名で呼ばれることが多い。

 この二人の渾名は『少将』と『男爵』


 シュルヤニエミの『少将』は言わずと知れた、偉大な祖父の階級――ただし使用されているのはブリタニアス語。

 尉官をロスカネフ語で「少将」と呼ぶわけにはいかないので、別の国の言葉を用いていた。

 先輩の『男爵』も同じくブリタニアス語――彼は伯爵家の四男。従属爵位を一つしか持たない家だったので、跡取りとスペアこと従属爵位を継ぐ二男以外の息子たちは、全員ジークフリートと付け、自立を促した。

 士官になることができたのは、この『男爵』だけだったが。


「昇進、おめでとう」

「『男爵』も、おめでとう!」


 グラスにウィスキーを注ぎ、乾杯し――『男爵』もシュルヤニエミと同じく、昨日付で中尉に昇進した。


「ヒースコート閣下、恰好良いな」


 『男爵』も人事局配属なので、辞令は局長であるヒースコートから直々に受けた。


「ほんと、恰好いい。あの貴族感が……流石だなあと、二代目男爵の息子でしかない、わたしは思ったなあ」


 シュルヤニエミの実家は、祖父が少将に昇進した際に授爵し、男爵になっている。少将就任と共に、爵位を授かるのはロスカネフ軍の慣習でもある。


「うちも、兄で六代目だからなあ。ヒースコート子爵家は十代以上続いているから、名門よ」


 『男爵』は伯爵家の出だが、貴族は何代続いたかも重要なので、例え爵位が上でも代が明確に劣っている場合は、素直に認める。


「十代とか、凄いなあ……」


 「うちの十代前って、誰なんだろうなあ」とシュルヤニエミは、ウィスキーを口へと運んだ。シュルヤニエミは祖父の代で貴族になったのだが、生まれた時から貴族なのは、それこそシュルヤニエミの代から。

 祖父はある程度の年齢になってから授爵し、父は祖父の授爵を受けて成人をはるかに過ぎてから貴族の跡取りになり、親族は庶民だけ――実家は、今だに庶民感が抜けていない。

 貴族らしくなろう……という気持ちが、あまりないのも事実だが。


「本当になあ」


 この二人、仲が良いのは名前が同じというのもあるが、有爵貴族の息子同士というのも、かなり大きなポイントだった。

 士官学校にジークフリートは多いが、有爵貴族の息子のジークフリートは全学年で数えても、片手で済む程度。

 士官学校が貴族のものだった頃は、貴族のジークフリートは大勢いたが、今は庶民のジークフリートのほうが、遙かに多い。


 シュルヤニエミ自身は「自分は庶民枠ですけどね」という気持ちだが、数が少ない有爵貴族が「仲間」と声を掛けてきたら――拒否をしないのがシュルヤニエミだった。

 なにより声を掛けてきたということは「女性士官の道」を開いた祖父を嫌っていない。要するに女性士官を認めている人に他ならない。

 教官たちもそれ(・・)を見ている気配を、シュルヤニエミははっきりと感じていた。


 ちなみにシュルヤニエミは、士官学校入学当初から女性士官と共にゾンネフェルト閥から弾かれている。

 それに関してシュルヤニエミは「光栄です」とはっきり言う――人の良い男ではあるが、そういう所は流石だなと『男爵』は思い、その気質を気に入り話し掛け仲良くなった。


「そう言えば、キース閣下は爵位を受けられないのかねえ」


 中将のキースも爵位を受ける権利はあるのだが、


「あの人は、貴族嫌いだろうからな。嫌いでも、公平に扱って下さるのが……立派でなあ」


 貴族嫌いもあり、授爵する気配は全くなかった。

 ただあくまでも個人に留めており、こうして『男爵』が昇進試験を受けて、合格ラインを超えれば、ちゃんと昇進させてくれる――当然のことだが、私情が入り交じり、昇進を阻む……ということも、かつてはよくあった。

 庶民にも公平さがもたらされるようになったのは、ガイドリクスが軍の総司令官になってから――ガイドリクスの父親である王が死んでからとも言える。


「貴族を全員一階級降格とか、出来る立場なのにねえ。貴族嫌いという面では、ゾンネフェルト少佐と話が合うらしいね」


 女性士官嫌いのゾンネフェルトは、貴族も好まず――キースたちの世代は、貴族というだけで楽に軍で高い地位に就けたこともあり、ほとんどの平民出の士官は無能が上役になるのを腹立たしく思い、今でも思っている。


「俺たち、最高に嫌われてるけどな」

「『男爵』先輩は今から宗旨替えしたら、行けると思うよ。わたしは、もう祖父がねえ」

「ゾンネフェルト少佐はちょっと……キース中将よりも優しいらしいが、人間性がちょっと。怖くても人間性がいい方が」


 二人は夜遅くまで酒を片手に上官の面白い話や、実に下らない話をしながら過ごした。


**********


 ここ十年以内の士官学校の卒業生で、もっとも優秀なジークフリートは、独身寮でベッドに横になりながら本を読んでいる、ジークフリート・トロイだった。

 彼は元々、学校に通っていなかった。

 親も周り近所も、学校を大事だと思っていなかったので――ただ、善良な市民だったので、お祈りに通い、教会の休日学校に子どもたちを通わせた。

 奉仕活動として基礎知識を教えていた神父は、トロイの優秀さを目の当たりにし、進学することを勧めた。

 神父が親に掛け合い――”神父さまの御言葉だから”と親は進学を認めてくれ、神父から話を聞いた篤志家からの援助を受けて、三年ほど遅れて学校に入学し、士官学校まで上り詰めた。

 学校に通える環境にいたなら、クローヴィスやウルライヒのように、十五歳で士官学校に入学できていただろう。


 トロイはそれに関して、悔しく思うことはない。


――出世と抱き合わせの縁談なんて、無縁だと思っていたのだが


 トロイは今日、ヴェルナーから「女性士官との縁談」を持ちかけられ――実は本を読んでいるが、内容は頭に入ってきていない。


――良いところのご令嬢とかとは、話しが合わないから、そのつもりはなかったが


 上官からの紹介で結婚……という考えは、トロイにはなかった。

 なにせ士官の妻ともなれば、学校を卒業したそれなりに良家の女性を紹介される――そういった女性とは住む世界が違うので、歩みよれるかどうかも分からない上に、相手は上官の紹介……となれば、後々大問題が起こるのは必至だなということで、キースと同じく独身ルートを選んだのだが、ここに来て意外な結婚相手が提示された。


――いや、待て……女性士官は総じて、良い家の出身だったな……女子に教育を施す意識のある家庭じゃなければ、士官学校に入学できないのだから、普通に紹介される相手よりも…………平民士官なら大丈夫だろうか? 平民士官でお願いしますと申し出てみるか


 トロイはサンドラ・ラハテーンマキの相手に選ばれた――クローヴィスの同期の相手はかなり慎重に、選ばれたのは言うまでもない。


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