【165】総督、絶対の信頼を得ている
オープニングは【145】姉弟、付き合いに手を抜かない から
親衛隊隊長に内定したイヴから書状を受け取ったブルーノ――の父コンラッドは、書かれていた通りに、キースへ面会にやってきた。
今回は一人でと書かれていた――
「徴集される跡取り息子のブルーノを、希望部署に配属してやろう」
納入した食器について話し、少しだけ間を置いてからキースはコンラッドに、この話題で話し掛けた。
「ありがとうございます。それで、当商会は何を?」
わざわざ商会の経営者を呼び出して、跡取り息子を安全圏に配置してやると言われたら、誰でもなにか目的があるのだろう――そう考えるのは当然。
「単に小回りがきく商会が欲しいだけだ。アールグレーンは大きすぎで、わたしには使いづらい。それで、戦時下において動けるように用意した」
キースは間にある机に乗せていた封筒を滑らせるように動かし、コンラッドの前に置く。
封のされていない封筒を手に取り、コンラッドは便箋に目を通し、すぐに顔を上げてキースに驚きの表情を向ける。
「アドルフから紹介して欲しいと頼まれたので、勝手に紹介させてもらった。あとはそっちで、上手くやってくれ」
手紙はモルゲンロートのアドルフへの紹介状――アドルフは既にリリエンタールの結婚については聞かされているので、とにかくその結婚相手に繋がる商会と縁が欲しいと、キースに頼み込んできた。
クローヴィスに繋がる商会といえば、サデニエミ商会――
「ありがとうございます」
「ところで、息子のブルーノは配属場所の希望は?」
「デニス・ヤンソン・クローヴィスを、輸送部門に配属なさった閣下ですので、息子も最適な部署に配属していただけること、疑っておりません……まあ親の欲目でも、息子のブルーノはデニス君ほどの、突出した能力を持っているわけではないので、閣下を困らせてしまうかも知れませんが」
「ヤンソン・クローヴィスを輸送部門に配置したのは、間違っていなかったようだな」
**********
デニス・ヤンソン・クローヴィスは早期技術者徴兵され、准尉として兵站総監部の輸送部門に配属された。
母親が准尉の階級章を縫い付けてくれた、支給された中古の軍服姿のデニスは、誰が見ても似合っていなかった。
軍服は母親が細部まで手直ししてくれたので、支給された軍服は体にぴったりと合っているのだが、どう見ても襟元から裾までちぐはぐ感が漂っている。
輸送部門に徴兵で配属されたのは、デニス一人だけ――その輸送部門のオフィスで出迎えられたデニスは、顔見知りと全く久しぶりではない再会を果たす。
「ペルットゥラさん……大尉がいれば、充分なのでは?」
兵站総監部のトップはニールセン少佐で、そこに属する輸送部門を預かっているのが、キースと同年代のペルットゥラ大尉。
デニスから「臨時編成くらい、簡単では?」と言われたペルットゥラ大尉だが、
「デニス君……じゃなくて、ヤンソン・クローヴィス准尉に認めてもらえるのは嬉しいのだが、わたしは軍人なので、指揮官に阿り、作戦を成功させるために無理してしまう可能性があるのだ」
いざ戦争となれば、指揮官が望むように輸送を組んでしまう――そこかしこが無理をして作戦を推し進めた結果、大敗を喫することは、過去にあった。
誰かが止めなくてはならないのだが、上に従うことを教え込まれ、作戦というものを知っている者たちばかりだと、引き返せなくなる。
その点、職業軍人ではないデニスは、
「そういうことですか。ではわたしは作戦などを一切無視して、ダイヤグラムを組むために、招集されたのですね」
そういった配慮は一切ない。
「そうだ。是非とも軍人に惑わされず、冷静に輸送計画を立ててくれ」
「はい」
「もちろん間に人が入ると、手を加えられてしまう可能性があるので、ヤンソン・クローヴィス准尉は総司令官閣下から直に命令を拝し、ヤンソン・クローヴィス准尉も直接総司令官閣下に、命令に従ったダイヤグラムを渡す形になる」
配属はペルットゥラ大尉の部下だが、命令は総司令官であるキースが直接行う。
「…………過去に、なにか大失敗でもあったんですか?」
軍事に興味のないデニスだが、徴兵された一准尉が、総司令官と直接会ってやり取りするということになっている状況に、流石に思うところがあった。
「詳しく教えられないが、あったのだ。あまり聞いてくれるな、デニス君。わたしくらいの年齢の軍人にとっては、恥というか……」
「あ、はい、アンセルミさん」
「だがその経験は総司令官閣下が生かす。今の総司令官閣下は、ヤンソン・クローヴィス准尉が立てた運行計画を却下することもないから、安心して欲しい」
――戦争中に鉄道関連に関し、徴集専門家が組んだのを無視して敗北したんだなーきっと
「分かりました」
「デニス君、戦争が終わったら、また一緒に蒸気機関車を見に行こうな」
「はい! アンセルミさん」
アンセルミ・ペルットゥラ大尉はデニスの蒸気機関車仲間――年齢も職業も全く違う二人は、両者とも何時仲良くなったのかは覚えていないが、蒸気機関車を通して仲良くなったことは間違いなかった。
**********
デニス・ヤンソン・クローヴィスの姉が、親衛隊隊長のイヴ・クローヴィスであることは、ほどほどに知られている――
ほどほどと言うのは、クローヴィスと士官学校の在学期間が重なっている士官と、その時期教官を務めていた者たち。
射撃や乗馬の競技会が行われる日は、選抜に漏れて競技会に出場しない在校生(士官候補生)の家族であろうとも、士官学校を訪れることができる。
ちなみに選抜選手の家族は軍から招かれる。
クローヴィスは初年度から実科で抜群の成績を収めており、学年の選抜選手となり――女性士官初の五連覇という快挙を成し遂げるのだが、その応援に来たはずの弟は決勝戦になるまで、麓から士官学校がある山中を繋ぐ鋼索鉄道に乗り続けていた。
本当にずっと乗り続けているため、初年度から「なんだ、あれは。一年のクローヴィスの弟? おお弟……弟か」と目立ち、三年目には「彼? 絶対王者クローヴィス士官候補生の弟だよ」と知られ、クローヴィスの卒業後は「なんか寂しくなったね」と言われるくらい、知られていた。
鋼索鉄道に行儀良く乗り続けていただけで、そこまで印象を残し――後にも先にも鋼索鉄道に乗り続ける家族はいないので、覚えられて当然のことなのだが。
だが士官学校時代に見かけていなければ、姓が違うことと、見た目が全く似ていないので、分からない人の方が多い。
「ん?」
登庁し、自分の机についたデニスは、机の引き出しが微かに開いていることに気付いた。
鍵がかかる引き出しではないが、微かに開いた状態で帰った覚えのないデニスは、
「…………」
少し考えてオフィスを出て、正面入り口にいる受け付けへと向かい、
「室内に異変があったので、指示を仰ぎたいのですが、宜しいでしょうか?」
異変を伝えた。
受け付けは詳しく話しを聞き――詳しく話しても「机の引き出しがうっすら開いてる」しかないので、
「そのくらいは……」
受け付けは気にしなくてもいいのでは? と言いかけたところに、
「ああ、デニス君」
「アーレルスマイアー……大佐殿」
登庁したアーレルスマイアー大佐が声を掛けてきた。
蒸気機関車に関係しないことは、覚えないと言われるデニスだが、家族に関わりのあることは、難なく覚える。
アーレルスマイアー家のリーゼロッテと、妹のカリナが仲良しなので――マナー教室で年下のリーゼロッテ相手に、カリナがちょっとお姉さんぶっていると母親から聞き、偶にカリナが「今日、リーゼロッテちゃんと会ったんだ」と聞かされたり……家族との会話を大事にしているデニスにとって、アーレルスマイアー大佐を覚えているのは当然だった。
「机の引き出しが?」
「はい。帰宅前に引き出しが開いていないのは、指差称呼いたしました。姉に絶対そうしろと言われたので。そして異変があった場合は、すぐに上に報告しろとも」
どこでもそうだが、軍の施設は特に異変に注意を払っている。
机の引き出しに何かを仕込まれている可能性。
徴兵でしかないデニスの机に、何か仕込まれる可能性があるのか? ――軍人として慣れていない徴兵を狙うのは、可能性として有る。
「さすがクローヴィス大尉、そういう細かい所まで気が付き注意を促せるところは、さすが親衛隊隊長。デニス君……ではなく、ヤンソン・クローヴィス准尉、案内を」
「はい、大佐殿」
”きりっ”と敬礼した筈のデニスだが、全く”きりっ”としていなかった――
アーレルスマイアー大佐が途中で部下を伴い、罠解除を専門としている部下にデニスの机の引き出しを確認させ、
「この封筒に見覚えは?」
一通の封がされた手紙が出てきた。
「ありません。姉……いえ、クローヴィス大尉に”徴兵中は手紙には一切手を出すな”と注意されており、もしも封がされた手紙が机に乗っていた場合は、即座に複数名立ち会いの下、開封せよ”と。大尉からのアドバイスを無為にする自分では、ありません」
「うん。この手紙については、わたしが責任を持って片付ける。あとでペルットゥラ大尉から聞いてくれ」
「ありがとうございます、大佐殿」
「これからも、注意深く日々の職務を果たしてくれ、ヤンソン・クローヴィス准尉」
デニスの机に仕込まれていた手紙は、こうしてアーレルスマイアー大佐の手に渡り――諸事情があって、午後から登庁したペルットゥラ大尉は、受け付けから職務が終わってからキースの元へ来るよう出頭命令書を手渡された。
「ラブレター……ですか」
何ごとだろうかと思い、職務が終了してから急ぎキースの元へ向かったペルットゥラ大尉は、デニスの机の引き出しに入れられていた、手紙についての説明を受けた。
「読んでみろ」
「失礼いたします」
キースから手紙を受け取り――「一目惚れした。いきなり付き合って欲しいと言っても無理だし、自分も言えないので、しばらく文通してくれないか」という内容だった。
「若い者のやり取りを禁止するつもりはないが、ヤンソン・クローヴィスだけは別だ。姉がわたしの親衛隊の隊長を務め、同居している以上、こういったやり取りに関しても注意を払う必要がある」
「はい、閣下」
「委細は任せる、ペルットゥラ。相手を除隊させる必要があれば、ニールセンに言え。即時除隊の命を発令する権限は与えておいた」
「御意」
ペルットゥラ大尉は翌日デニスに、ラブレターだったということ、
「……というわけで、手紙は全てこちらで預かる」
親衛隊隊長と同居しているので、出来れば関わらないで欲しいと伝えると、デニスはすぐに頷き、そしてすぐに忘れた。
**********
「スカーレット・チェンバレン少尉だったよ」
デニスの机に恋文を忍ばせたのは、スカーレット・チェンバレン少尉。
「たしか、大卒女性士官だったな」
「うん」
アーレルスマイアー大佐から手紙について報告を受けたキースは、すぐに手紙の差出人を探るようテサジーク侯爵に命じ、ペルットゥラ大尉がやってくる前には、正体は判明していた。
「近づけないように、注意を払っておくね」
それは当然のことだが、
「テサジーク」
「なに? アーダルベルト君」
「その女、背後に男がいる」
キースはチェンバレンの手紙に違和感を覚えた。
「ん? どういうこと?」
「クローヴィスを嵌めるために、弟を使おうとしている……と思われる」
「それは、困るなあ。皇妃になにかあったら、リヒャルトが何をするか、分かったもんじゃない」
「クローヴィスの弟にもな。おそらくチェンバレンの後にいる男……が、属しているのはゾンネフェルト閥だ。ゾンネフェルト閥でクローヴィスに恨みを持っている男を捜せ。そうだな、射撃か乗馬、どちらかでクローヴィスに敗北を喫し続けた男……だから、クローヴィスに年齢は近いだろう」
「そこまでヒントを貰えたら、すぐに掴めるよ。ちなみにさ、なんでそう考えたの?」
「わたしが分かるのだ、お前も手紙を読めばすぐに分かる」
言われて手紙に目を通したテサジーク侯爵は、
「うん、なんとなく分かるね。うーん、なるほどねえ……あーそういうこと」
キースが言った意味を理解したテサジーク侯爵は、翌日ブルクハルト・ハインミュラーの存在を突き止めた。
ハインミュラーが最初立てた計画は、デニスを巻き込むものだった――失敗したのは、ハインミュラーにとって幸いだった。




