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Eはここにある  作者: 剣崎月
第三章

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【162】中将、政治家として動く

 ”この戦いにかかる費用は返さずともよい”

 リリエンタールにそう言われたロスカネフ王国の面々――「はい、ありがとうございます」で引き下がるようなのは一人もいない。

 そもそもロスカネフ王国は主権国家。国債を発行して戦費を集めるべきところなのだが――


 キースは軍務大臣として財務大臣モント伯爵と、主席事務官を司令本部の執務室に呼び出し、戦争が起こった際、戦費は返金不要な潤沢な資金が投入されることを伝えた。


「気にせずともよい、の一言だ」

「流石としか言いようがありませんな」


 キースの向かい側に腰を下ろしている財務大臣は、困惑の表情を浮かべる。彼は戦時国債の発行について話し合うために呼ばれたと思い、部下を伴い司令本部までやってきたのだ。


「要らんと言われても返したいのが、軍の総意であり、陛下の御心だ」

「畏まりました」

「この額を返すのに、どれほどかかる?」


 大臣同士の間にある机に乗せられていた、三枚ほどの書類をキースが財務大臣に手渡す。


 財務大臣がまず書類を手に取り目を通し――指差しで桁数を確認してから、斜め後に立っている主席事務官に渡す。

 渡された方も同じように、桁数を確認してから机に書類を置き、持参したアタッシュケースを開いて書類の束を取り出して、キースの前に置いたが、


「長々とした説明は要らん。年数だけでいい」


 回りくどいことが嫌いなキースは、答えだけを求めた。


「は、はい。現状のままですと、約二五○年かかります」

「やはりそうか。わたしも、優秀な部下に計算させていたが……専門ではないから、間違っていて欲しかったが」


 先に書類に目を通していたキースは自分で計算し、次にウルライヒ少尉にも計算させ――同じ年数が出ていた。


「専門家でもないのに、はじき出すとは。閣下の部下は優秀でございますな」


 現在のロスカネフ王国の国家予算では、リリエンタールから借りた戦費を最短で返金しようとしても、約二五○年かかる――もちろん戦死者家族への補償など、諸々の福祉を切り捨て、充実してきた全市民への教育を廃止し、税金を限界まで引き上げ、国家の貯蓄や備蓄を一切行わなければ、五十年くらいで返済は終わる……かもしれないが、そんなことをしたら、三十年ほどで国がなくなる可能性のほうが高いが。


「これは現状維持での年数です。戦争により国力が低下した場合は、さらなる長期化が予測されます」


 主席事務官が言う通り、これは前の戦いから十数年かけて国力が戻って来た状態での計算。これから戦争が起こり、戦死者が出て寡婦が増え、国家の歳入が減り――返済に二五○年以上かかるのは、キースにも分かっていた。


「十年、二十年の延長では済まないことだけは断言できます」


 主席事務官の言葉にキースは軽く頷き、


――ツェサレーヴィチは三七八年と試算しているがな


 リリエンタールによるロスカネフ王国内だけではなく、国外情勢込みの返還年数を思い出し……なんとも腹立たしい気分になった。


――よく分からんが、近々アディフィン王国や異教徒の帝国がなくなるとか……異教徒の帝国は離れているから、それほど影響はないと思うが、アディフィン王国は近場だから、国内のダメージが大きい……リトミシュルか? リトミシュルなのか?


 財務大臣が到着する前に、国家消失について書かれた文章を読んでいたキース。

 詳しいことを知りたいし、聞けば答えてくれるのは分かっているが、国防戦の準備と政治に忙しく、また聞いたところで自分が国の消失を止められるわけではないことも知っている。


――だが普通の人間は、気になるんだよ……思わせぶりじゃないのが、腹立たしい


 下手な占い師のように、思わせぶりに「大陸のどこかの国が」等と書いているのならば、キースはすぐに捨てるが、国家名も消える順番もはっきりと書かれており――キースも執事と同じく、リリエンタールの能力に疑いは一切持っていないので、この物騒な未来図をすんなりと受け入れた。


「とりあえず、わたしたちが生きている間に、返済が終わらないことだけは確かなようだ」

「そうですな、閣下」

「あの閣下、失礼ですが、この費用は確かなのでしょうか?」

「間違いない。戦費の出所(リリエンタール)が計算した。多めに見積もっているように見えるだろうが戦争は、始める時は希望的少額で、終わってみたら当初の予定の十倍、百倍なんてザラだ。最初から、それらを見越して算出できるのは、リリエンタール閣下以外には無理だろう」

「失礼いたしました」

「言いたくなるのも分かる。ところで財務大臣。リリエンタール閣下から、株を買わないかというお誘いがきている」

「株……ですか?」

「新大陸で建設途中で放棄された運河を、リリエンタール閣下が買い取り、本腰を入れて開通させるそうだ」


 いきなりのことに驚いている彼らの前に、キースは地図を取り出して広げ指差す。クローヴィスがその地点を見れば「パナマ運河だ!」と――


「”どうせお前たちのことだから、戦費をどうやっても返そうとするであろう。ならば、この株を買っておけ”とな。なにからなにまで、お膳立てされて腹立たしいが、株を持っている国の船籍を持つ船は、通行料を下げてもらえるそうだ。あの王族特権があるBk118(スエズ)運河のように」

「……詳しいお話を聞かせていただけますか? 閣下」


 財務大臣はキースが持っている情報を聞き、リリエンタールの元へと赴き――その秘書官と会談し、株を買うための根回しと、資金繰りに動き出した。


**********


 戦費の返済計画は、おおっぴらにすることはできるが、王女輿入れ時の、金の延べ棒の偽装は公にするわけにはいかない。

 上記とは別の日に、キースはガイドリクスから晩餐に誘われた。

 この時、既にクローヴィスは夏期休暇に入っており……というよりも、クローヴィスが休暇に入ったために呼ばれたのだ。

 晩餐の席にはテサジーク侯爵もいた。

 室内には侍従長のヘルツェンバインとヴェルナーが控えている。


「リヒャルトに返す純金30kg、購入の目処がついたよ」


 テサジーク侯爵が非合法組織を突いたり、安値で取り扱っているところを探したり、アミドレーネ出版社の活動資金を引きずり出したりして、金30kgを購入する費用は工面でき、購入先も目処がついた……が、


「どのようにして、リリエンタール閣下に返すのですか?」


 ”納めて貰う”のが最大の難関。


「正攻法では、無理だとおもっている」

「陛下のご意見に同意いたします」

「無断で城に置いてくることくらいはできるけどね」


 成婚当時、先代のテサジーク侯爵に事前に話を通していたら、金が調達出来しだい入れ替えてもらえただろうが、アレクサンドラの兄だったヴェルロンデス王は、それを望まなかった。

 ヴェルロンデス王の心中については誰も分からないが、おそらく「そういった事に金を使うより、自分で使いたい」――だったのだろうと、息子であるガイドリクスは思っている。


「そんなこと、出来るのか?」

「リヒャルトの持ち城なんて、無数にあるから。リヒャルトがいない城の金庫に、押し込むことはできるよ。リヒャルトの金庫は、開け閉め自由だからね。そこにたどり着ければ……だけど」


 例の三人――フォルクヴァルツ選帝侯、リトミシュル辺境伯爵、ボナヴェントゥーラ枢機卿などは、勝手に金庫から小切手などを取り出して使っているのだが、普通の人は城の敷地に迷い込んだだけで射殺され、城内にたどり着いたとしても、金庫の暗証番号も分からない。運良く開けることができても……など様々ある。

 テサジーク侯爵は、リリエンタールの幾つかの城の金庫の暗証番号を知っているし、前述の三人に「金庫に入れておいて」と頼めば、面白がってやってくれる。


「それは返しているとは言わないと思うのだが」


 だが、それでは意味がないのだ。


「アーダルベルト君が言いたいことは分かるまあね。実際問題、無断でリヒャルトの城に金塊30kgを持ち込むことはできるけど、リヒャルト当人が受け取ったと認識してくれるかどうか? となると、難しいね」


 この金は謂わば謝罪。謝罪というのは受け取ってもらって、初めて謝罪となる――相手が存在しない場所で行ったそれは、決して謝罪にはならない。


「以前ド・パレが”困ったことがあったら、言いなさい”と仰って下さったのだが……あの人は、あの人で……やや浮き世離れしているからな」


 ド・パレこと執事は、様々な苦労をした廃太子――キースたち庶民では決して体験することのない苦労を経験し、酸いも甘いもかみ分けてきた人物だが、少しばかり判定がずれているところがある。


「シャルル君は庶民に優しいし、自分の血縁じゃない王族にも、優しさを見せてくれるからね」

「テサジークが言う通り、間違いなくド・パレは”気にしなくていい”と受け取ってくれないだろう」


 執事にとっても、金が30kg足りないくらい誤差のようなもの――なんなら最近のリリエンタールの行動に「迷惑かけてるから、迷惑料(お祝い)としてもらって。あ、足りない? 足りないよね」と言って足してきそうな勢いだ。


 これが本当にリリエンタールがロスカネフ王国に迷惑をかけているのならば、貰いはしないが話し合いの突破口にもなるが、実際のところ、ロスカネフ王国は一切迷惑をかけられていないどころか、恩恵を受けているだけ。

 クローヴィス絡みでリリエンタールが奇抜な動きをすることが、所々で発生しているが、そもそもリリエンタールは「凡人に天才の考えは分からない」という存在。


 更に外側から見れば、ロスカネフ王国に迷惑は何一つかけていない。


 大体リリエンタールという存在は、その国にいるだけで、他の国が戦争を仕掛けてこない絶対的な存在(もの)。リリエンタールによって起こった出来事など、国家防衛という観点からすれば、何もないに等しい。


「それで、クローヴィスの結婚祝いとして、返そうと思っている」

「陛下、それは」

「ヴェルナーから聞いている。クローヴィスを決して使ってはならないと。それを逆手に取る」

「どのように?」

「キースやヴェルナーも聞いたことがあるだろう。王侯貴族の賄賂は、金銭ではなく芸術品であると」

「はい」


 料理を口へと運んでいるキースの表情は、いつもと変わらないが――


「キースが言いたいことは分かる。あのリリエンタールに贈れる、純金の芸術品など我が国の宝物庫にはない。新たに30kgの金を使用し作らせたところで、それがリリエンタールに贈るに値するものになるかどうか、ほとんど博打……まあ、無理だな。ただ一つだけ、受け取ってくれ可能性があるものが思いついた。金糸だ」

「金を蒸着させた糸のことですか?」

「そうだ、キース。ドレスや靴などの刺繍に使われるものだ。クローヴィスのドレスを作るのに、幾らでも必要だろう」

「ああ……たしかに。あれば幾らでも使うでしょうね」

「それと装飾用の純金ビーズを作り、リリエンタールが枢機卿の間に、再来年(・・・)新調する僧衣に使って下さいと金糸を献上する」


 来年には聖籍を返還し、クローヴィスと結婚することを知っている(・・・・・)この面子から、再来年の僧衣用として贈られる――クローヴィスには贈っていないが、クローヴィスに使える物なので受け取る可能性が高い。


「さすが陛下。庶民のわたしには、思いつきませんでした」

「王族間でのやり取りをするのが、わたしの責務だ」

「加工料金は陛下が私財で賄うんだって。わたしも少しくらいは出す予定。それでさアーダルベルト君、頼みたいんだ」

「分かった。議会のほうはお任せください、陛下」


 トップにいる枢機卿へ王からの贈り物となれば、それが私財であろうとも、普通の教会への寄付とは訳が違うので、少しばかり話し合わなくてはならない。


 キースは教会関係に強い議員たちと話し、教会関係者に渡りを付けてもらい――返金の目処はついた。

 一度には返しきれず、全量を返し切れた頃には、リリエンタールは既に結婚していて聖職者ではなくなっていたが、受け取ることを拒否しなかった。


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