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Eはここにある  作者: 剣崎月
第三章

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162/208

【161】アミドレーネ出版社/2

 イデオン・ヴァン・ノシュテットが通っている王立学習院が一時休校となった――寮も閉鎖となり、イデオンは父が住んでいるホテルへと身を寄せた。

 モルゲンロートホテルのような超高級ホテルではないが、有爵貴族の当主が住まいにしてもおかしな目で見られることはない、それなりのホテルで、部屋も最高ランクではないが中の上――


 ノシュテット子爵家は多くの貴族と同じように没落し、領地も城も失い、爵位も手放すところだったが、ある日「王家の影」と名乗ることで、生活費を補償してくれるという話を持ちかけられた。

 当時十五歳だったイデオンでも、引き受けてはいけないと分かるような、あまりにもリスクの高いそれ(・・)

 だが破産目前だったノシュテット子爵は、引き受けた――絶対に引き受けると分かって、テサジーク(アルドバルド)侯爵(子爵)が自ら話を持ちかけたのだが。


 ノシュテット子爵は、テサジーク(アルドバルド)侯爵(子爵)王家の影(メッツァスタヤ)だとは知らない。

 シーグリットが思っているのと同じく、ノシュテット子爵もテサジーク(アルドバルド)侯爵(子爵)は無害な貴族だと、信じて疑っていなかった。


「…………」


 休校が解除され、学習院へと戻ったイデオンは、生徒が随分と減っていることに気付き――自分を王家の影(メッツァスタヤ)だと信じて話し掛けてきた、上級貴族の面々が姿を消していることに戦いた。

 恐怖を感じるのは当然だが、だからといって探る気持ちにもなれない。

 学習院が休校になる直前、憲兵が大挙してやってきて、当時の宰相の娘が捕らえられ――彼女の行方は杳として知れない。


 かなりの大事があった筈なのに、誰も詳細を知らない。

 教師たちも知らないようで、子爵の息子ということで、イデオンにまで「何か知らないか」と声を掛けてきたほど。


 新聞にこの一件が掲載されることもなく。

 庶民の間にも噂は流れたが「お貴族様が通う学校で起こったことだから」と醜聞をもみ消したがる貴族たちの、いつもの性質によるものだろうとして、さらりと流す。

 ついこの間まで、専制君主国家だったロスカネフ王国では、当たり前のこと――最近は国体が変わったが、人々の考えがすぐに切り替わるわけではない。



 誰にも知られず、気付けば消えて、いつしか存在ごと――



 学習院にいることが怖ろしくなったイデオンだが、ホテルで父親と暮らすのも息苦しい。

 もともと性質の合わない親子だったが、王家の影(メッツァスタヤ)と関わりを持ったことで、なんの実力もないのに、偉くなったと勘違いしはじめた父親が、イデオンはどうしても受け入れられなかった。


 本当に父親はなにもしていない。

 ホテルの部屋で届けられた新聞を読み、部屋で食事を取り、散歩をして、偶に夜会や観劇、クラブに出向き社交を行うだけ。


 イデオンは本物の王家の影(メッツァスタヤ)たちが、自分たちを隠れ蓑にして、なにかしているのだろうと思っていたが、何をしているのか、分かりはしなかった。


 学習院は怖ろしく、また国体変更により貴族に掛かる税が上がったことで、資金難によって生徒数がまた減って寂しくなり、実家は父親の虚栄を目の当たりにしなくてはならず気詰まり――イデオンはどこにいても居心地が悪く、冬の終わり、底冷えする公園のベンチに腰を下ろした。

 イデオンが腰を下ろしたベンチと背を合わせて、もう一つのベンチが置かれている。

 腰を下ろしたベンチは、どうということはなく――反対側のベンチには、顔は見えないが、帽子を被り暖かそうな柔らかい茶色のコートを羽織った男性が座り、雑誌を開いていた。


「はぁ……」

「お疲れさま」


 背合わせのベンチに座っている男性が、突然話し始めた――たった今、腰を下ろしたときには、反対側のベンチには誰もいなかったはず……そう思い後を振り返る。

 そこにはやはり、一人の男性しか座っていなかった。


「もうメッツァスタヤと名乗らなくていいよ。むしろ、名乗らないで欲しいな」

「っ!!」


 イデオンの体は凍り付いたが、寒さは感じなくなった。


――どうして、ここに座った……


 イデオンは眼球だけ動かし辺りを見る。誰も座っていないベンチは、他にもあった。誰かが座っているベンチもある。


「ベンチに座っているメッツァスタヤは、わたししかいないよ」


 どうして自分が考えていることが分かるのか? イデオンは声を発することもできず――助けを呼ぶこともできなかった。


「君がこのベンチに座るのは、分かっていたよ。うん、うん。この公園に来たのは、数えるくらいしかないんだよね? 君が首都に出てきたのは、学園に入ってからだもんね。知ってる。ベンチに座ったこともないんだよね。知ってるよ」


 目を開けていたのに、意識を失っていなかったのに――男が立ち去ったのに、イデオンは気付けなかった。


――いや、見ていた。たしかに見ていた。でも思い出せない


 極限の恐怖のせいなのか、別の理由なのか――イデオンの記憶に、男が立ち去る姿はなかった。

 体が動くようになり、全身に冷や汗が吹き出す。男が去ったベンチには、読んでいた雑誌の奥付が開かれたまま置かれていた。


 アミドレーネ出版社――


 本を手に取ることもなく、走るほどの気力はなく、だがゆっくりと歩くのは怖ろしく――速歩で寮へと戻ったイデオンは、寮入り口の衛兵室の、粗末な椅子に腰を下ろすように命じられ、待っていた教師に、


「落ち着いて聞いてほしい、ノシュテット君。君のお父さまが亡くなった。物取りの犯行らしい」


 告げられ――そのまま意識を失った。


 イデオンが意識を取り戻すと、捜査官が寮へとやってきていた。彼との面会で、父のノシュテット子爵が美術商に絵を売りに行き、高値で取引され、現金を鞄にいれて店を出た。

 それを見ていた少年が、ノシュテット子爵を刺して金が入っている鞄を持って逃走した。


「犯人は既に捕まえている。だが奪った金は、既にどこかに隠してしまって、口を割らないのだ」

「そう……ですか」


 イデオンはどうやって自分の父親が金を得ていたのかは知らなかったが、どこからか入手した美術品を美術商に売っていたのだと――自ら売りに行くなど、貴族らしからぬ行動だが、使用人はもういなかったので、仕方なかったのだろうとも。


「犯人は出版社の給仕兼雑用係をしていたのだが、その出版社が潰れて蓄えがなくなり凶行に出たらしい」

「出版社? どこですか」

「アミドレーネ出版という、零細出版社だ」

「…………」


 イデオンの父親を殺害した少年は、捕まった翌日独房で自殺したと、寮にやってきた捜査官が伝えにきた。


「申し訳ない」


 金の在処は吐かなかった――そして調査は、これで終わりだった。


「気にしないでください。金は戻ってこないと思っていたので」

「だが」

「本当に」

「そうか」

「いろいろお世話になりました、ダール捜査官」


 調査官の名はケネト・ダールといった。


 イデオンは父が借りていたホテルを引き払い、王立学習院も退学し、軍に入隊して前線へと送られた――


**********


 アミドレーネ出版の給仕の少年――東洋人の血を引いているので、小柄で若く見られるだけで、実際は少年ではない。

 国土が広い共産連邦は、西側と東側では人種が異なるので、こういった組み合わせも珍しいものではない。

 

 給仕は捕らえにきたメッツァスタヤから逃れることに成功したが――正体がバレた間諜など、帰国したところで処刑される未来しかない。

 殺害されるのは嫌なので、逃走したいところだが、消えた間諜を追跡する間諜もいる。給仕は永遠に逃げ続ける自信もなければ、そんな生活をしたくもなかった。


 ならば――スサンナ・ヤグディンが王立学習院で掴んだ、メッツァスタヤのトップ「ノシュテット子爵」を葬り、それを手土産にして、アディフィン王国か神聖帝国の軍の保護下に置かれる道を選んだ。


 ホテル住まいのノシュテット子爵――ホテルはさすがに、警備体勢が整っているので、外出中に襲うことにし、易々と成功することができた。

 あまりに呆気なかったが、メッツァスタヤのトップは、それほど強くないと言われているので「こんなもんか」と――給仕は暗殺も出来るよう仕込まれていたこともあり、強さを見誤った。


「うちの店の前で、なにしてんだよ、ガキ……じゃねえ、おっさん」


 ノシュテット子爵が出てきた美術商の店のオーナーらしき男が、姿を現した――血を流し道路に倒れている、先ほど取引した客をみつけ、


「物取りか。ここで物取りするってことは、流れものか」


 金が入っている鞄を持っているのに気付き、どこの組織にも属していない流れ者のチンピラだと判断し――アンブロシュは持ち歩いているナイフを手にとり、給仕に切りかかった。

 避けきれなかった給仕の頬が、縦に切られる。


 一般人やチンピラ相手なら、一撃で殺せる自信のあるアンブロシュは、回避した給仕の動きに、既視感があり――倒れている顧客が何者なのかも知っているので、相手がどこの国に属しているかはまでは分からないが、間諜なのは理解し、落ちていた金が入っている鞄を拾い給仕に投げつけ、


「行けよ。俺はなにも見てねえ。死体がそこに転がってると面倒だから、三十分後には連絡入れるがな。だから、さっさと行けよ」


 店に戻った。

 給仕は手早くノシュテット子爵の顔の皮を剥ぎ、往来をあとにした。


「顔の皮、剥がされてるんだが」


 三十分後、店の奥にある電話でリドホルム男爵を呼び出し――やってきたリドホルム男爵は、顔の皮が剥がれた変わり果てたノシュテット子爵と対面した。


「知らんがな」


 顔がなくなっても、アンブロシュの証言で誰かは分かるので、問題なく――


「まあ、親父だと勘違いして襲ったんだろうから、顔の皮はどこかへの手土産のつもりなんだろうな」

「グロい手土産だな。どこにそんなもん、持っていくんだよ」

「どこかの軍務大臣(ヴィルヘルム)とか、あちらの外務大臣(アウグスト)とか」

「あー、どっちも軍人だな。軍人はやべぇな。でも逃げ込むなら、そこか」


 給仕が追われている身だと教えられたアンブロシュは、逃げ込むならそこしかないな……と、給仕と同じ考えだった。


「あの人たちも、お前に言われるのは……いや、まあ、向こうのほうがヤバイか…………きっと、あの人たち顔の皮を見て、大笑いするだろうな」

「笑うのかよ」

「親父だと出された顔が、親父と似ても似つかない皮とか……あの人たち、絶対笑う」

「…………死体回収、頼むな」


 そう言って店へと戻った。

 給仕の行く末を憐れむアンブロシュではないが、


「ロクな死に方できねえだろうなあ」


 普通に死ねるのか? 死なせてくれるのか? ……などと考え、背筋をふるわせてから、ノシュテット子爵が持ってきた、金と交換するためだけに用意された、価値のない素人絵を暖炉にくべた。

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