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Eはここにある  作者: 剣崎月
第三章

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154/208

【153】間諜、素早く動く

オープニングに関する出来事は、「閣下が退却を命じぬ限り」登場人物分類・Twitterまとめ「Eはここにある――【140】と【141】の間の話/3」のラスト十行あたりで触れています。読まなくても問題なし



[見つからない……か]

[申し訳ございません]


 プラチドから「ニーダーハウゼン枢機卿の子息、オディロン・レアンドルが女子修道院を訪ねた」と報告を受けたボナヴェントゥーラ枢機卿は、彼――レアンドルの行方を子飼いの間諜に探らせたのだが、結果は芳しくなかった。


[引き続き調査を続けます]


 枢機卿を表すオレンジ色のストラを弄る手を止め、


[調査はもう要らぬ]


 調査の中止を命じた。


[そして、今回の調査に関しては忘れろ。この部屋を出たら、もう覚えていない。いいな?]


 子飼いの間諜に命じ――彼は静かに部屋を出て、ただの修道士に戻った。

 間諜を下がらせた後、ボナヴェントゥーラ枢機卿は数珠(ロザリオ)を手に取り、珠を数えながら部屋の隅で控えているプラチドと、オリンド司祭に話し掛ける。


[あれが誰かに使われるとは、思いもしなかった]

[それに関しては同意いたしますが、本当に調査を終了させてよろしいのですか?]


 答えたのはオリンド司祭。プラチドは黙っていた――


[あれの消息を追えないのは危険だが、あれが間諜の目を潜り、足跡(そくせき)を残さず消えるなど出来る筈がない。……何らかが関与していない限りな]


 レアンドルという修道士は、自分が悪いことをしているとは全く思っていないため、行き先を誤魔化したり、人の目に触れず移動するようなことはしない。

 その彼が、足跡を追うのを特技とする間諜でも行方を掴むことができなかった……となれば、彼の側に「誰か」がいるのは明らか。

 その「誰か」がどこに属しているかによって、対応が変わる――レアンドルの行方そのものは、ボナヴェントゥーラ枢機卿にとってそれほど重要なことではない。

 彼に誰が接触したのかが、問題だった。


[何処の誰がか、全く想像がつきません。唯一分かるのは、身代金目的の誘拐ではないということだけですが]


 ニーダーハウゼン枢機卿の私生児であるレアンドル。

 私生児とはいえ枢機卿の愛息なので、誘拐して身代金を要求するということも――レアンドル以外ならばあり得るが、彼だけはなかった。

 オディロン・レアンドル、彼は非常に強い。聖籍を持つ者の中で、もっとも戦闘能力が高い。その強さは彼一人で、それも武器を一切使わず素手で一つの村を滅ぼしたほど。


[あれの強さが目的で、言葉巧みに連れ去った……と考えるべきだろうな。あれを納得させることができたということは、古帝国語が堪能で、主の御言葉についても詳しいのだけは確かだ]


 レアンドルは視野狭窄なので、彼が信じる人間がどのような人物なのかは、容易に分かるが、彼をどう使うつもりなのか? を推測するのが難しい。


[知識人が直接接触するとは、考え辛いのですが]


 オリンド司祭も話し掛けたことはない――


アウグスティヌス(フォルクヴァルツ)なら上手く連れ出せるだろうが、アウグスティヌス(フォルクヴァルツ)があれを、わたしに隠れて連れ出すことは絶対にないからなあ]


 当時、教皇領にいた人間で該当するのは唯一人――神聖帝国の諜報を握る、天才と名高い外務大臣。


[あの方は、連絡が偶に遅れますので……あの方が連れ出したのでしたら、宜しい…………あまり話が通じないので、あの方にもしものことがありましたら……]


 オリンド司祭としては、未来の神聖皇帝の側にレアンドル……は、出来ることなら避けたい事態だった。


――全く通じません


 オリンド司祭が「あまり」と濁したが、捕らえる際に身内から数名の死者を出したプラチドは、内心で「それは違う」と。


[そう言うな、オリンド。しっかりと聖職者として話せば、話は通じるぞ。現代にはそぐわない、原理主義者なだけで。もっともそれが困るんだがな]


 レアンドルと会話したことがあるボナヴェントゥーラ枢機卿は、特性を理解し――努力して使うよりは、当人の好きなことをさせておいたほうが楽だと判断し、戒律が厳し()な修道院に預けた。

 厳格な修道院ではないのは、ニーダーハウゼン枢機卿に対しての配慮。


――レアンドルは厳しい修道院に入れても、自力で抜け出せるからなあ。緩かろうが厳しかろうが、物ともしないのが


[レアンドルのことは閣下にお任せいたしますが、少しばかりお伝えしたいことが]

[なんだ?]

[教皇軍総司令官を押しつける、貧乏邦領君主についてですが]


――なんというか……押しつけるなんですね。ひでぇ……


[候補に挙げていた一人と、シシリアーナ枢機卿の家臣が接触いたしました]

[なに? アントニウスの家臣? 誰だ]

[シシリアーナ枢機卿暗殺未遂事件を取り仕切った人物です]

[…………グレゴールの部下だったヤツか?]

[はい。接触したのは、長年資金援助を受けていた商人に切られた邦領君主です」


――ああ、あいつかー。嫁探しを依頼したら、商人が嫁にして、人脈も嫁側にあるからって二代目に切られたアイツな


 その邦領君主についての報告書に目を通していたプラチドは、良くあることだと――


[大学の同期か。ほうほう、貴族が通う名門大学だな]


 邦領君主とマンハイムの男は、名門大学で同期だった。彼らは人脈を築くために学校という社交場へ進学しているということもあり、ほとんどの学生と顔見知りになっている。


[はい。邦領君主の位返上に必要な経費など、シシリアーナ枢機卿の家臣ともなれば、簡単に融通できてしまいます]

[そいつは困るな]


 教皇軍の総司令官になるには、王家の血筋であることが条件――目を付けている邦領君主が、金を得て位を返上して、一貴族になられては困る。


 もちろん、他にも候補はいるが、


[アントニウスの部下と繋がりがあるのならば、これ幸い。いま、そいつ等はどこにいる?]


 繋がりがある方が使いやすい……ということで、ボナヴェントゥーラ枢機卿は彼に決めてしまった。


[ノーセロートへ向かうのではないか? という報告が]

[よし。教皇庁に招待しろ]

[畏まりました。教皇軍の総司令官代理……ということで?]

[副司令官でいいだろう。プラチド、フィオレンツァと共に、ノーセロートへ出向きご招待してこい]

[御意]


 こうしてプラチドは命令を受け、城の手入れを途中で切り上げ「やってらんねーぜ! 王さまってそういうもんだって、知ってるけどよ!」と、帰国後に夜空に向かって吠えたフィオレンツァと共に、ノーセロート帝国へと向かった。


 二人とも聖職者の恰好ではなく、プラチドは仕立ての良い、濃いめのネイビー色の背広姿で、フィオレンツァはモカ色のワンピーススーツ姿。

 二人は二等車両の個室で、顔を付き合わせて書類に目を通す。


<……うわあ、坊ちゃんじゃん!>


 まだ顔写真が一般的ではない時代のため、間違いなく対象に接触するためには、ありとあらゆる知識を詰め込んでおく必要があった。


<そりゃ、坊ちゃんだよ。なんたって、ケッセルリングの部下になれたくらいだからな>

<全く憧れない例を出されても困るんだけど。いや、分かるけど。分かり易いけど、その例を出されても。逆に萎える? っていうか>


 プラチドもフィオレンツァが言いたいことは、何となく分かった。言語に出来ない部分で、充分に理解できるそれ(・・)――


<シシリアーナ枢機卿の部下は、血筋は関係ないからな。坊ちゃんに対応する相手は、ケッセルリングだろう?>

<まあね。シシリアーナ枢機卿は、本当に全く生まれを気にしないもんね…………嫁、綺麗なんだって? 女子爵閣下から聞いたよ>


 リリエンタールに城の手入れを任されていたフィオレンツァは、ブリタニアス君主国にやってきたテーグリヒスベック女子爵と会って、話をし――リリエンタールの妃が「凜々しく、今まで見たことがないほどに美しい」と聞いていた。


<綺麗というか…………シシリアーナ枢機卿の守護天使と言われたら”そう思いました”と返事するしかないような姿形だった>


 プラチドは思い出し――想像しうる戦う天使の姿そのものだったなと、書類を手に頷く。


<守護天使……ああ、グリズリーを一人で討ち取ったんだって?>

<おう。あの妃なら、出来るだろうな>

<…………綺麗なんだよな?>


 フィオレンツァには、どうしても「美しい守護天使のような女性」と「グリズリーを倒した女性」をつなげることができなかった。


 そんな想像力の限界を感じながら、フィオレンツァはプラチドと車内で段取りを話し合い、情報を交換し――


<そうだ、ボナヴェントゥーラ枢機卿が”今回の詫びとして、ノーセロートで好きな物を好きなだけ買っていいぞ”と仰っていたぞ>

<それ、資金の出所はシシリアーナ枢機卿だよな>

<そりゃそうだ>


 ノーセロート帝国の王宮で、無事マンハイムの男と貧乏邦領君主の二人組と接触し、無理矢理教皇庁へと連行した。

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