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Eはここにある  作者: 剣崎月
第三章

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152/208

【151】室長、休暇を勧められる

 リリエンタールに呼ばれたテサジーク侯爵が、呼び出し場所である城を訪れると――


「リヒャル……なにしてるの?」

「来たか、フランシス。なにをしているかという質問についてだが、練習をしている」

「君がわざわざ練習するってことは、クローヴィス大尉を抱き上げる用意をしている? ってことでいいのかな?」


 家令の案内で部屋に通されたテサジーク侯爵の目に飛び込んできたのは、リリエンタールがいつもどおりの不機嫌な表情で、執事をプリンセスホールドしている姿。

 抱き上げられている執事は、少し怯えたような表情をしている。


――原因は、あそこに転がってるヒューバート君だよね。きっとリヒャルトが、投げ捨てた? 気にせず乱暴に置いた? とにかく、まあ……やる事なす事、専制君主だよねぇ


「そうだ」

「そうなんだ」


 リリエンタールは大股で壁際のソファーに執事を転がすようにして置いてから、何ごともなかったかのように振り返り、


「ベルナルド、ヒューバート、行くぞ。付いて来い、フランシス」


 目的の部屋へ向かうと――テサジーク侯爵が連れて来られたのは、謁見の間。ドアが開けられ、


「……うわぁ。久しぶりに見た。もう二度と見なくていいと思ったのに」


 一歩足を踏み入れたテサジーク侯爵は、突如現れたルース皇帝の玉座の間を前に、そう呟いた。


「お前の目からみても、ルース皇帝の玉座の間で間違いないな?」

「わたしに聞かなくても、君なら分かるでしょ?」

「確実を期すためにな」


 リリエンタールはそう言い玉座の脇を通り抜けて消え、執事が後を追う。


「フランシスならば、細部まで覚えているであろう……と」


 残ったハクスリー公爵は、室内を面白そうに見回しているテサジーク侯爵に、謁見の間を再現した理由を伝える。


「そういうこと。まあ、クローヴィス大尉絡みじゃない限り、リヒャルトは謁見受けたりしないもんね」

「そうだと思います」

「それにしても、久しぶりだなあ」


 テサジーク侯爵はそう言いながら玉座へと近づき、躊躇うことなく腰を下ろした。ハクスリー公爵は驚いたが、


ルース玉座(これ)は持ち出したって聞いてたけど、本当だったんだね。懐かしいなあ。ウラジミール宮殿に潜入する都度、腰掛けたものだよ」

「…………」


――さすがメッツァスタヤ……


 いつもの害がない笑顔で肘掛けを摩るテサジーク侯爵を前に、なぜリリエンタールが彼を呼んだのかを理解した。


「どうだ? フランシス」


 リリエンタールは、謁見用の軍服に着替えて戻ってきた。


「それ、仕立てたの?」


 テサジーク侯爵は玉座に腰を下ろしたまま、ルース帝国の軍服に白テンの毛皮で作ったマント。もちろんマントの紋章(アーミン)はルース帝国のもの。


「そうだ。完璧であろう?」


 リリエンタールがこのデザインの軍服を最後に着用したのは、もう二十年近く昔のこと。王族らしく軍服は残っていたが、十代後半の頃に比べて随分と手足が伸びており、とても着用できるものではなかった――体格が変わっていなかったとしても、リリエンタールは新調を命じたであろうが。

 ルース帝国の紋章をあしらわれたマントは、この短期間で作るのは難しかったので、かつて皇帝たちが即位の際に着用したものを使用することに。


 白テンの毛皮そのものは、大量の在庫があるのだが、それはクローヴィス用なので使わなかった――


「うん、完璧にルース皇帝だね」


 テサジーク侯爵はそう言い、玉座から立ち上がって席を譲り、リリエンタールはそこに腰を下ろし、ハクスリー公爵が近づき、マントの裾を広げる。


「座り心地はどうだった?」

「昔と変わらないね」

「そうか。わたしは、座ったことがないのでな」

「持ってるけど、座らなかったんだ」

「わたしが倉庫にわざわざ足を運んで、座ると?」

「君はそんなことしないね」

「そう言えば、フランシス。お前が今まで座った玉座の中で、一番座り心地が良かったのは、どの国の玉座だ?」


 リリエンタールは頬杖をついて尋ねる。


「どこもそんなに変わりはないね。一番座り心地が悪かったのは、異教徒の帝国の皇帝の椅子だね。純金製で宝石が埋め込まれてるの。もちろんクッションを敷いて座るものだけど、あれは座り心地悪いね」

「なるほどな。機会がある(・・・・・)から、座ってみるとするか」

「機会、あるんだ」

「滅ぼすのだから、当然あるだろう。財宝を持ち逃げる暇など与えぬ」

「へー。でも財宝を持たせないってことは、殺しちゃうの?」

皇太子(スレイマン)は殺す。皇帝は野に放つが共産連邦の、おそらくわたしの狗(レオニード)に殺害されるであろう」

「そこまで決まってるんだ」


 テサジーク侯爵はリリエンタールの側を三回ほど回り、


「うん。どの角度から見ても、間違いなく宮殿で謁見を受けてやる、ルース皇帝だよ」


 太鼓判を押した――記録上は、一度もルース皇帝に会ったことなどないテサジーク侯爵の意見を、


「そうか」


 謁見を一度も受けたことのない、十八代ルース皇帝は採用した。


「君と彼らの謁見、面白そうだから、観に来てもいい?」

「構わぬが」

「やった。それでさ、リヒャルト。さっきの練習についてなんだけどさ――」


 テサジーク侯爵に聞かれたリリエンタールは――はクローヴィスの誕生日にしたいことを、ヒースコートに告げ、


「”それは練習なさったほうが、よろしいでしょうな”と言われたのだ。あれの女性に関する助言は無視できぬのでな」


 そういう流れになったのだと語った。


「なるほどねえ。じゃあ、レイモンド君に教えを請うたら良かったんじゃないの? 君は臣下に教えを請うのも、厭わないだろう?」


 単に今まで、教えを請う出来事がなかっただけで、必要であれば気にはしない――リリエンタールはそこら辺は無頓着だった。


「レイモンドに教えろと言ったのだが、あれ曰く”小官は女性を口説くこと、エスコートすること悦ばせることは、習わずとも出来たので。リリエンタール閣下の軍略と同じようなものですよ。いや、もしかしたら、それ以上かもしれませんな”……と、断られた」

「ああ。そうだね、ヒースコート君はその辺り()天性だもんねえ。ヒースコート君からしたら、女性を満足に抱き上げることができないって、謎だろうね」

「おそらく。なので、地道に練習してみようと思ったのだが……こう、つまらんのだ。というか”わたしは何をしているのだろう”という、虚無感に襲われた」

「あー」


 男性ではなく女性を練習台にすべきだとか、なんなら女性を貸すよ……そうテサジーク侯爵も言いたいところなのだが、残念ながらテサジーク侯爵の部下に、クローヴィスのような体型の女性はいなかった。


――シャルル君はもちろん、少しは鍛えているヒューバート君でも、練習台にならないくらいの体格だもんねえ。皇妃と体格が似ている人……陛下がもっとも近いけど……


 王家の影を統べる男として、国王を練習台にしてみたらなどとは、言ってはいけないのだが、


「クローヴィス大尉と体格がもっとも近いのは、うちの陛下(ガイドリクス)だと思うよ」


 テサジーク侯爵フランシスが、言わないはずがなかった。


「ガイドリクスか」

「陛下は良い人だから、引き受けてくれると思うよ」

「たしかに、あれは事情を話せば引き受けるであろうが」


――わたしを床に転がしていいから、それはおやめ下さい


 ハクスリー公爵は一人、ひっそりと悶絶していた――ちなみに執事は「それ、いいかも」と思っていた。


「そうそう、ついでだから、報告しちゃうね。フロゲッセルのことなんだけどさ」


 リリエンタールに言われていた、フロゲッセル領近辺の調査について、


「……っていう感じ。君の予想どおりだったね、リヒャルト。いつもの事だけどね」


 答え合わせは全問正解だったよと報告した。


「それほど難しいことではないからな」

「かなり難しいんだけどね」

「そうか。ところで、フランシス。忙しいか?」


 玉座で頬杖をつき、足を組んで話すリリエンタールの姿は、テサジーク侯爵が見たことのある皇帝たちよりも、遙かに皇帝だった。


「忙しいよ。ほら親衛隊の身辺調査とかも振られてさあ」

「そうか。では休んでいいぞ」

「え? どうしたの?」

「金さえ貰えばなんでもすると、豪語していたゲイルが、金を積んだのにもかかわらず、断ってきたのだ」

「へえ……ちなみに、どんな仕事を追加しようとしたの?」


 ヒューズ・ゲイルのことはテサジーク侯爵も知っている。

 豪語するだけあって、才能はある――


「イワンが入手しようとしている、ダイヤモンド鉱山を、わたしが手中に収めて開発することにしたので、開発準備に取りかかれと命じたのだ」

「彼ってアバローブ大陸の、リヒャルト所有のダイヤモンド鉱山採掘の、責任者だよね」

「そうだ。ノウハウを持っているから、出来るだろうと思ったのだが、たかが一大陸でダイヤモンド鉱山開発一つに、都市計画一つ程度で音を上げた」


 ただ世の中には上には上がいる……その「上」の頂点のようなリリエンタール。

 彼は金さえ払えば、自分と同じくらい出来るのだろうと仕事を振ったのだが、残念ながら彼の才能はリリエンタールほどではなかった。


「そうなんだ」

「そうだ。それでベルナルドに、たしかに忙しすぎる、休暇を与えてやれ……と言われた。で、フランシス。お前とゲイルを比較すれば、お前のほうが遙かに忙しい。お前自身、忙しいと言っていた。だから休むか? と聞いたのだ」


 リリエンタールは頬杖を止め、足を組み直した。


「何時だって暇で、休憩で外出するとなかなか帰ってこないけど、特に問題ないのが史料編纂室の室長だよ」


 忙しいと思う?――と言われ、


「そうか。では――」


 忙しいとは思っていなかったリリエンタールは、次の一手の先の先――その更に先について、準備をするよう指示した。

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