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Eはここにある  作者: 剣崎月
第三章

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【149】の男、準備に取りかかる

 リリエンタールは一人、部屋で恋愛小説を読破していた。


――骨子は同じだな


 どれほど読もうが情緒の欠片もない、感想と表現するのも烏滸がましいような「なにか(・・・)」しか湧いてこないリリエンタールだが、


――他の女に接触しているだけで勘違いされる。連絡の不備により事件が起こる……か


 それなりに「他者がその行動を、どのように受け取るか」については、かなり考察することができた。

 執事が知れば「骨子とか考察とか、恋愛小説を読んだ感想としては、もっとも縁遠いものですけどね」と言うであろうが。


――会話する相手が恋人の知らない親族でも拗れる…………か。出頭命令を出さねば、あれたちに会うこともないが、細心の注意は払っておこう


 リリエンタールは親族の女性とクローヴィスを会わせたくはないので、出来る限り呼ばないようにすることに決めたが、もともと呼んだことなどないので、これは今までと特に変わらない。


――戦争と同じく、情報の伝達は大事だな。伝令使を複数用意すべきであろうか


 戦争と同じとする辺りは、執事が知れば「あんたらしい」と言うであろうことを考え――リリエンタールは読み終えた本を、テーブルに乗せ目を閉じた。


――この本はデビュタントだが、貴族絡みの恋愛物語は、例外なく舞踏会が出てくるな……庶民の憧れなのだろうか? 


 リリエンタールが作家を「庶民」と断言したのは、文章から。

 小説は貴族が使わない単語や言い回し「しか」ない。

 貴族が貴族らしさを隠して書いた可能性も、ないわけではないが、そういう不自然さはなかった――各国の訓練を積んだ間諜(スパイ)が、細心の注意を払い、己の過去を消して書いた文でも、一行読めば「出身国、性別、年齢、経歴」を易々と見破ることのできるリリエンタールにとっては、造作のないことだった。


 執事が知れば目頭を揉みほぐしながら「そこまで丸裸にしなくていい」と――もちろん執事は、リリエンタールの推察が正解であることは、疑っていない。


 リリエンタールが読んでいる小説を書いている作家たちは、この時代の識字率から分かるとおり、裕福な家の生まれで学校に通い卒業し、地方規模の舞踏会には参加しているのだが、リリエンタールの目線では「庶民」


――話の内容はともかく、地方の舞踏会の資料としては使えそうだな


 リリエンタールは地方の舞踏会――格式の低いものには参加しない。

 参加する気もないが、なによりリリエンタールのような「最上級の格式そのもの」は、そういう場に赴いてはいけない。


――フェリシエンヌ事件とバレンシア惨劇、イーグル獄死の真相は、完璧に隠蔽できたようだな


 小説には、様々な噂話を脚色して、中央の華やかな舞踏会が多く書かれており――その中で起きる事件は、現実に起こった事件がベースになっている……が、その事件が「そうではないこと」をリリエンタールは知っている。

 そう思わせるように情報操作したことも。


――何にせよ庶民の憧れか。イヴは憧れるであろうか…………きっと憧れるであろうな。ただ身長が、肩幅が、顔が……と及び腰になりそうだが。他者の目が気になるならば、舞踏会は……だがイヴと舞踏会を楽しみたい。二人きりで舞踏会というのはどうだ? ……ん? 待て。イヴはデビュタントはしていなかったな……


 再び目を開けて、先ほどまで読んでいた本の表紙を眺める。


――シャルルはいま、忙しいから話し掛けるなと言われているから


 執事ことシャルルは、クローヴィスの誕生祝いに向け、役に立つサーシャとフリオと共に「絶対に成功させる」を合い言葉に、少ない準備期間と戦っていた。

 リリエンタールに対しては「恋愛小説読んで、臨時政府の代表として、得意の(まつりごと)に精を出していなさい!」と――ほんのりリリエンタールが排除された原因だが、クローヴィスの誕生日にあわせて贈る婚約指輪に、88カラットのダイヤモンドを使うつもりだったのがバレたのが原因である。

 「バレる」といっても、リリエンタールは隠しもしていなかったし、悪いとは微塵も思っていなかった。

 そもそもこの発想は、恋愛小説の内にあった「素敵な指輪」を贈られるシーンが元になっている。

 ヒロインは大きな宝石がはめ込まれた指輪に、驚きつつも喜ぶので、リリエンタールにとっても(・・・・)「大きめな」宝石を用意させたのだ。


 庶民が考える大きい宝石と、五百カラット以上のダイヤモンドで飾られた王冠を被るために生まれてきた男が考える「大きい宝石」のサイズが違うのは当然のことではあるが。


――デビュタントの仕上げはシャルルに任せるとして、下準備は……ゲイルはこれ以上は無理だと音を上げた……


 ”金さえ貰えばなんでもする”と豪語していた宝石商のヒューズ・ゲイル。

 彼は現在、城にいる――カッティングされた88カラットのダイヤモンドを、リリエンタールにおさめるべく、出向いたのだ。

 そのヒューズ・ゲイルだが、豪語するだけあって、その才能は優れていたが、リリエンタールに次々用事を言いつけられ、ついに金を貰っても無理ですと断った。


【ああ。そういえば一人いたな】


 リリエンタールはマンハイムの男のことを思い出し、呼びつけた。


**********


 マンハイムの男はロスカネフ王国へ戻ってすぐに、リリエンタールに呼び出された。


[リリエンタール閣下がお呼びです]


 マンハイムの男の本心としては、会いたくはないのだが、この城の主に呼ばれて出向かないといなどあり得ないので、すぐさまリリエンタールの元へ参じる。


 それほど会いたくないのであれば、城に戻ってこなければ良いのでは? と言われそうだが、既にマンハイムの男に対する一部上流階級の認識は「リリエンタールの家臣」

 幸か不幸かと問われたら不幸なのだろうが、マンハイムの男の一族は上流階級に属しているため、実家もそう認識している……はずだと、確かめてはいないが、この予想は外していないことに、マンハイムの男は自信があった。


 上流社会に生まれた彼にとって、情報がどのような速さで伝わるかなど、手に取るように分かるというもの。自分が属する社会で、この認識が共有された以上、襟を正して「家臣」を務めなくてはならないことも――またリリエンタールの直臣は数が少ないので、非常に目立つ。


[着替えはこちらで]


 リリエンタールからの呼び出しなので、別室へと連れていかれ、謁見に相応しい恰好に着替える。

 もちろんマンハイムの男が自分で着るのではなく、召使いを使って。

 着替え終わり、家令の案内のもと謁見の間へ。


[どうぞ、お入りください]


 荘厳なドアが開くと、富める権力者に相応しい謁見の間が、マンハイムの男の目の前に広がった。

 家令に促されたので足を踏み入れ――ドアが閉まる。

 謁見の間にはマンハイムの男一人だけ。歴史の浅い貴族であれば、どうしていいか分からない場面だが、


――あの柱から数えて、いち、にっと……位置はここだな


 彼は名家の出身で高度な貴族教育を受けているので、謁見の間において、玉座からどれほど離れた位置で跪けばいいのかは、すぐにはじき出すことができるため、そこは問題なかった――王と自分の間柄によって距離は異なる。

 「王宮の面倒なしきたり」というものの一つ、とも言える。


――この人は、最大級だから楽ちゃあ楽


 リリエンタールは教皇やグロリア、シャルルと同じく最高の礼儀を尽くせばよいだけ(・・)なので、躾が行き届いているマンハイムの男にとっては簡単なもの。

 ケッセルリング公爵から命令を下された時よりも、さらに玉座から距離を取り、跪いて上着の裾を直して頭を下げる。


 マンハイムの男が所定の位置について少しして、大理石の床に一人分の足音が響いた。この時点でマンハイムの男は、他者には分からない程度に気を抜いた。

 足音が一人分しかないので「リリエンタールの名代」がやってきて、勅命を伝えるのだろうと。マンハイムの男は上流社会をよく理解していた。


――ん? 座った? 名代はド・パレか


 なので――頭は下げたまま、やってきた人物が、玉座に腰を下ろしたことを音で聞き分けたとき、この城でリリエンタール以外に玉座に座ることができる人物・執事だろうと判断した。


【顔は上げずともよい】

【!!!!】


 頭上からリリエンタールの抑揚がないのに、刺さってくるような声が降り注いだとき、咄嗟に立ち上がって逃げそうになった。

 おそらくリリエンタールがマンハイムの男の本名をフルネームで呼ばなければ、貴族の矜持もなにもかも捨てて逃走したことだろう。

 驚きのなか命令を下され、


【以上を秘密理に行え】

【我が一族の家名にかけて、完遂いたします】


 リリエンタールはすぐに立ち上がり、謁見の間を出ていった。

 マンハイムの男は床に崩れそうになったが、なんとか持ちこたえ――謁見の間のドア側にあるベルを鳴らし、ドアを開けてもらった。

 マンハイムの男を案内してきた家令は、そのまま異端審問官たちの礼拝堂へと伴う。


[これはシシリアーナ(リリエンタール)閣下直筆の、猊下への紹介状。こちらはクリフォード(リリエンタール)殿下直筆の、グロリア陛下への紹介状になります。他に必要な紹介状は?]


 たしかにこの二人は、自力で会おうとするとかなりの時間が掛かってしまう――マンハイムの男は名家の出なので、会える伝手はある。


[少々金を動かすことになりそうなので]

[ではマクシーネ宛の紹介状を書きます]


 家令はそう言い、異端審問官を表す紋様がついた便箋と封筒を使い紹介状を書いた――リリエンタール直筆の紹介状とは少々違う意味で、マンハイムの男は意識が遠のきかけた。


 こうして紹介状を手に、マンハイムの男はロスカネフ王国から船で旅立った。


――世界でもっとも格式あるデビュタントよりも遙かに金をかけて、ロスカネフに用意する会場を飾れ……か。ヴィーナー・オーパンバルの会場以上って指示。資金面では問題ないから、手配をどうするか


 マンハイムの男はデビュタントする女性のパートナー役を、三回ほど務めたことがあるので、会場のことはよく分かっている。

 その資金がどこから出ているのかも――


――極秘裏に……ってことは、戦争の一環なんだろうか? たしか連合軍で、死の舞踏会……みたいな作戦があったと聞いたことがある。戦争は分からないが……真冬のロスカネフ王国でヴィーナー・オーパンバルか。何するんだろうな…………考えても無駄だな


 こうして執事の知らないところで、ヴィーナー・オーパンバルがなんたるかを知っていて、各所にそれなり(・・・・)に顔がきくマンハイムの男によって、イヴ・クローヴィスの為だけのデビュタントの準備が始まった。

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