【146】小隊、採用に至る前のはなし
クローヴィスの帰国直後――
「クローヴィス、お前、どうして……」
帰国に驚いたキース――彼に事前連絡は入っていなかった。
事情を知っている者たちにとって、クローヴィスの帰国は真っ先に総司令官であるキースに伝えたい……ところだが、クローヴィスの階級と役職は、キースに急ぎ連絡をいれるほどではない。
もちろんリリエンタールが人事に介入するという、報告するべきことが起こってはいるが、現場で一応、ヴェルナーを通していることで、終わっていた。
ヴェルナーはアディフィン王国へ向かう際、キースから国外にいるロスカネフ軍人に関する全権を預かってきた。
ブリタニアス君主国へと向かう一行も含まれる。
なので一大尉でしかないクローヴィスの帰国について、わざわざ連絡を入れる必要がない。
むしろ連絡を入れたほうが不自然になる。
港に到着した際、テサジーク侯爵からクローヴィスとリリエンタールの結婚について報告を受けていた南方司令部のミルヴェーデンは、帰国者リストにその名があって驚き――キースに連絡しようかと一瞬思ったが、上記の理由から、通常の処理に留め情報を守ることを優先した。
テサジーク侯爵も同じく――彼の場合はミルヴェーデンのように、職責に則っただけかどうかは不明だが、キースも”メッツァスタヤはそんなものだろう”で終わらせた。
いきなり司令本部に顔を出したクローヴィスを帰してから、キースは溜息をついて、
「それで?」
ヴェルナーに、もっとも重要なところを尋ねた。
「お前の護衛にするという名目で連れ帰った」
ヴェルナーは執務机に腰を下ろし、鞄から書類を取り出す。
「名目な。わたしの護衛にするのは構わない。目が届く範囲にいてくれたほうが、安心できる」
安心というだけならば、史料編纂室にもう一度異動させるのも手だが、あそこは左遷部署――クローヴィスが結婚を機に退役するのであれば、そちらに異動させるが、そうではない。となれば、キースの目の届く範囲に配属するのがもっとも良い案だった。
「親衛隊隊長に就任させる」
キースは目の前に置かれた一枚の書類を手に取り、ざっと目を通す。
「……相変わらず、仕事が速くていらっしゃる」
キースの呟きに、ヴェルナーが微かに笑い、
「俺も当人を前にそう呟いたら”数少ない特技なのでな”とのこと。まったく、謙虚でいらっしゃる」
そう言われた――と。
キースはヴェルナーに書類を返す。
「数少ないなあ……それで、数少ない特技の中でも、最も得意な戦争については、なにか仰っていたか?」
「共産連邦の特命全権大使スヴィーニンを、ぶっ殺したそうだ」
ヴェルナーは書類を鞄にしまいながら、事も無げに――
「…………ツェサレーヴィチは、”ぶっ殺した”とは言わんだろう」
大使の殺害となれば、驚く内容なのだが、リリエンタールならば「そういうことも、できるだろうな」と――話を聞いた時、ヴェルナーも殺害に関して疑うことはなかった。
「”わたし自ら、串刺す栄誉を与えてやった”と仰っていたので、意訳させてもらった」
自ら手を下したのはやや驚いたが、
「本当にぶっ殺したのかよ。会議にやってきた大国の大使を殺害なんて、常人には思いつきもしないな」
「まあな。ついでと言ってはなんだが”案ずるな。殺害したのはわたしだと、ネスタたちでも分かるよう、紋章旗を掲げ紋章入りの剣を使ってやった”とのことだ」
最後まで聞いて――やはり驚きはしたが、それ以上に裏が気になった。
大使の殺害は通常であれば宣戦布告だが、
「なにを考えているのか、ほとんど分からんから怖ろしい。共産連邦の奴等からしたら、怖ろしいなんてもんじゃないだろうな」
共産連邦の上層部が、このあからさまな挑発に乗るとは、到底思えない。
「あいつらが怖がっているのは、こっちとしては愉快だが」
「まあな。大使の殺害か……会ったときに、もう少し突っ込んで聞いてみるとする」
「頑張って、あの天才の話についていけよ、アデル。それでクローヴィスの護衛だが、ヒースコートの部下十名にあたらせるそうだ。人選は奴に一任するとのこと」
リリエンタールはクローヴィスの護衛の中軸になる人員を、ヒースコートに「ロスカネフ軍内」から選ばせることにした。
「ヒースコートなら、最良の人選をするだろう。他の親衛隊隊員の人選はどうする?」
それ以外はキースに任せる――あまり介入すると、キースがいい顔をしないことは分かっているので。
キースはリリエンタールの予想どおり、軍の人事を弄られているので良い気分ではない――それ以上に気分が良くないのは、いつもながら軍規に抵触しないギリギリのラインで関与してくる巧みさ。
リリエンタールが得意としているのは分かっているが、それでもキースにとっては腹立たしい。
そんなリリエンタールが、完全に軍規を無視して、自分の感情を押し出し権力を振りかざし、クローヴィスを連れて帰ってきたことは、キースにとって驚きだった。
その人間のような行動、キース個人としては嫌いではなかった。ただ公人としては最悪――
「軍内にいる、腕が立つ下っ端ををかき集める」
「下っ端な」
「陛下の近衛やツェサレーヴィチの警護には使えないが、お前の護衛なら育ちが悪くとも、構わないだろう」
ここでヴェルナーがいう「育ちの悪さ」とはクローヴィスのような中産階級の庶民などではなく、貧民街育ちを指す。
おおよそ親衛隊に抜擢されるような身の上ではないが、どこそこの貴族と縁戚関係にあるだとか、実はどこぞの貴族の隠し子……のくせに、隠れておらず当たり前のように配慮を求めてくるだとか――下手に上流階級を入れるよりは、はるかにまとめやすい。
「殴って躾けてやるから問題はねえな。身元の調査はテサジークに一任するか」
唯一厄介なのは、彼らの身元。
貴族や上流階級は、身元だけはしっかりしているので、そのリストから選抜するだけでよいが、キースたちが選ぼうとしている隊員たちは、下っ端なので詳細な身元調査などはされていない――ヒースコートの部下はルース人コミュニティで、そこを取りまとめている者が推薦しているので、身元がしっかりとしている部類に入る。
「”忙しくて、死んじゃう”とか言い出しそうだが」
「言うだけな。あいつは、どれほど仕事をさせても、平気だろう」
「ツェサレーヴィチほどじゃあ、ねぇだろうがな」
「仕事が速すぎて、ロスカネフの政治に混乱を招いたくらいだからな」
「あれでも、本気は出していなかったらしいが」
「あれの本気なあ…………本当に本気を出したら、どうなるか、見てみたい気もするが……まあいい。隊員はいいとして、小隊長はある程度、目星をつけておく必要はあるな」
二人は小隊長候補を数名リストアップし、その日の話し合いを終えて、あとは酒を飲みながら、仕事以外の話に興じた。
**********
士官学校を退学したユルハイネンは、大学に進学し卒業後、政府機関に入庁した。
士官学校でも次席、大学でも主席で、教授から大学に残ることを勧められるほど優秀なユルハイネンは、政府機関でもその優秀さで一目おかれていた。
その日ユルハイネンは、庁舎の廊下で他部署の者たちと、休憩がてらに雑談していた。
「士官学校は、性に合わなかったんだ」
話の流れでユルハイネンは、士官学校に進学したが、退学したことを軽く語る。
親にも「性に合わない」と言い――ユルハイネンの性格を知っている親も、不審には思わなかった。
「そう言う人、いるらしいわね」
「なにより、女性が少ないのが辛かった」
「あら」
政府機関も女性職員は少ないが、士官学校ほどではない。
そんな会話をしていると、
「ミカ・ユルハイネン」
大きく通る声が廊下に響き、雑談していたユルハイネンたちは一瞬にして会話が止まり――ユルハイネンは声がした方に視線を向けた。
その時にはすでにユルハイネンに肉薄しており、
――かわしきれない!
ユルハイネンは出来るだけダメージを少なくするために、後に飛んだ。
相手はそれも見越しており、最初の踏み込みに全体重を掛けておらず、すぐに追撃のために踏み込んできた。
踏み込みの割には軽い音が響き――ユルハイネンは廊下の壁に、叩きつけられるほどではなく、だが押されたとは言えない強さでぶつかった。
どこを叩かれたのか? ユルハイネンにはわからなかった。
「ま、いいだろう」
静まり返った廊下に響く声は、さきほどユルハイネンの名を呼んだもの――
「ネクルチェンコ」
「はい、閣下」
「書類を渡せ」
ヒースコートだった。
ユルハイネンを含む政府役人は、なにが起こっているのか全く分からない――困惑している彼らを無視し、ネクルチェンコはユルハイネンに書類が入った封筒を差し出した。
状況は理解できていないが、動けないわけではないので、ユルハイネンは封筒を受け取り立ち上がった。
「親衛隊の採用試験の要項だ」
ヒースコートはそれだけ言うと背を向けて、去っていった。ネクルチェンコは「必ず参加するように。参加しないと、おそらく何らかの処分が下る」と、少しだけ説明して、ヒースコートを追っていった。
「…………」
ユルハイネンは頭の回転がよいので、なにが起こったのか大まかに理解した――親衛隊の採用試験を受けられる程度に、体が動くかどうかを確認され、一定ラインに到達していたので、要項を置いていったことを。
「親衛隊って……たしか隊長は……」
今朝の新聞に載っていた、士官学校時代の同期――ユルハイネンにしか分からない、彼の退学理由。




