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Eはここにある  作者: 剣崎月
第三章

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142/208

【141】太子、自分の初陣予定を聞かされる

 駐在武官補佐の一行はブリタニアス君主国へ赴任する途中、事故に巻き込まれ――国際会議が終わると赴任先へ、船で向かうことになった。


 本来であれば、モルゲンロート財閥が用立てた豪華な蒸気機関車に乗り、女子爵が立てた、旅費を無視した最短で豪華なルートで大陸を抜け、僅かな海峡を船で越えてブリタニアス君主国入りするはずだった。


 それが変更になったのは――


【ブリタニアスに赴任する一行が、乗車することになっている蒸気機関車を譲っていただきたいのだ】


 アディフィン王国大統領府の執務室に呼ばれたヴェルナーは、アーリンゲ大統領に深々と頭を下げられ、武官たちが乗る予定だった蒸気機関車とルート、その他全て譲って欲しいと頼まれた。


【…………】


 アディフィン王国側は大統領の他にアディフィン王国の外務大臣と、軍務副大臣と退役元帥、神聖帝国の大使と会議に参加した高官の中で最も地位が高い人物もおり、彼らも大統領と同じように深々と頭を下げた。

 ヴェルナーに同行した大使とウルライヒ(エサイアス)とルオノヴァーラは、室内で唯一ソファーに腰を下ろし、足を組んで座っているヴェルナーに視線を向けた。

 これほどの面子が揃い、弱小国でしかないロスカネフ王国の一軍人に頭を下げたということは、事態はすでに取り返しが付かない状況になっているということ。

 即ち、蒸気機関車はもうどこかへ行った――


【はぁ……アーリンゲ閣下、正直に言って欲しい。あいつ等(・・・・)は既に、乗ってどこか(・・・)へ行ったのであろう?】


 ヴェルナーの言葉に、大統領は更に深く頭を下げ、


【そうらしい……しか分からないの……です】


 政府もまだ正しい情報を掴めていないのだと――

 通常であれば、こういった弱みは隠すものなのだが、隠してどうにかなる弱みと、隠すと破滅に繋がる弱みというものがある。

 今回の「これ」は後者――間に人を挟んでいるが、蒸気機関車を用立てたのはリリエンタール。

 それを勝手に奪ってどこかに行ってしまったという――それ(・・)自体はいつものことだが、その蒸気機関車にはリリエンタールの妃ことクローヴィスが乗る……と事情を知っている大統領は思っている。

 他の閣僚がクローヴィスのことを知っているかどうか? ヴェルナーは知らない。

 そしてクローヴィスは、ヴェルナーたちと共に帰国することになったのだが、リリエンタールはもちろん、ヴェルナーもわざわざ大統領たちに教えたりはしない。


【そっちの苦労なんて、興味はねえなあ】

【そうでしょう】

【とりあえず、頭を上げてもらおうか。それで、どうして欲しいんだ?】


 大統領は奪われた蒸気機関車ほどのものは無理だが、できる限りの車両を用意し、国外の特別ルートの代金も持つので、それで許して欲しいと頼み込んできた。


【口で言うだけでは信用できないだろうから】


 予算は議会を通す必要がある――だがロスカネフの一行に予算が下りるまで待ってくれとは言えないので、大統領は党内の予備費をあてること書面にしてきた。

 外務大臣から書面を受け取ったヴェルナーに、


【閣僚と党内幹部の署名だけでは信用ならないだろうから、両陛下(国王夫妻)からもサインをいただいてきた】


――大事になってやがる……分からねえわけでもねえが……リトミシュル辺境伯爵の後始末が大統領の仕事と言われてはいるが……


 書面を受け取ったヴェルナーは立ち上がり、


【リリエンタール閣下と話し合ってくる。まぁ悪いようにはならない……大統領、ちょっと耳を】


 大統領を連れて、隣室へと移動し、クローヴィスはブリタニアス君主国へは行かないことを教えた。


【え? 本当に?】

【本当だ】


 大統領は大きく息を吐き出し安堵したが、


【だが、リリエンタール閣下が不問に処すかどうかは分からない】


 ヴェルナーは「安堵するにはまだ早い」と告げる。


【そうだな。あ、そうそう。この予算はアディフィン分で、同額を神聖帝国側も支払うことになっている。こちらは大使と高官の口約束状態だが、保証人としてノークス大司教を挟んでいるので、反故になるようなことはない】

【…………大事だな】


 ヴェルナーは書面を城へと持ち帰り、家令に渡し事情を伝える。

 家令はヴェルナーの話を聞き――リリエンタールの城の家令らしく、表情には一切出さなかったが、内心は「いつものことですけど! いつものことだけど!」だった。


 家令から報告を受けた執事は、


【国王と王妃のサインは本物のようですね。ふーん……】


 自分が分かる範囲を確認すると、家令を連れてすぐにリリエンタールの元へ向かい――家令に再度説明をさせる。


【どうするの? 同グレードの蒸気機関車を仕立てることはできるけど】

【そうだな……ブリタニアス行きの一行は、船に乗せるか】

【客船を用意させればいいの?】


――”客室”じゃなくて”客船”を用意なのが、このお二人だよなあ


 説明を終え、書類挟みになっている家令は、二人のやり取りを黙って聞いている。


【イヴを連れて帰るために船を呼んだであろう。万が一に備えて、二隻呼んでおいたから、その一隻に乗せよう】


 リリエンタールの命でアディフィンの港へとやって来た船は、全長が190mで最大幅が20mほどの豪華客船。

 二隻呼んだのは、船内の装飾が全く違うものなので、どちらか好きな方をクローヴィスに選ばせようと――庶民には全く考えの及ばないものだった。


【今度から、万が一に備えて、三隻くらいは呼びなさい】

【アディフィン王国の港は大きいので、それも可能だが、ロスカネフ王国がな】

【早く港湾開発しなさいよ】

【予算の問題だ。ロスカネフには、そこまでの予算がないのだ】

【そうなの…………まあ、あんたのことだから、どうにかするんでしょ?】

【港湾は近々フォルズベーグを借り上げるから良いのだが、イヴに頼まれた女性士官寮のリフォームのほうが問題だ。イヴの頼みゆえ、絶対に叶えるが……キースがな】

【キースか……それはねぇ……頑張りなさい。で、ヴェルナーにはどう伝えるの?】


 キースと女子寮のリフォームについては、だれも助言できないので「頑張れ」で打ち切り、家令にルート変更を伝え――詳しい計画書は、あとで渡すと伝えることと、アディフィン政府に対してはリリエンタールの方から伝えておくということも伝えさせた。


 ヴェルナーに伝えるために、家令が部屋を出たあと、


【それで、あの二人は何処へ行ったの?】


 執事は全く役に立たない一言書き置きを残し、どこかへ消えた二人の行方を尋ねる。


【わたしはなにも聞いてはおらぬが】

【あんたなら、聞いてなくても、分かるでしょ? 分からないとは言わせないよ】

【あの二人の最終目的地は教皇領。イヴァーノと会って、今後について話し合うつもりであろう】

【なにその悪人会議】


 執事の的確すぎる会議の名称に、リリエンタールは口元を微かに動かし――嘲りのお手本としか表現しようのない表情を浮かべる。


【たしかに悪人会議だな。ただし世界の趨勢を決める鼎談でもある】

【最悪だ】

【戦争に関する話を幾つかするのであろう】

【戦争か……世界の行く末にかかわる問題だから、戦争が絡むよね】

【お前には、全体的なことは分からぬであろうが】

【あんたの、そのはっきり言うところ、腹立たしいけど好きだよ】

【そうか。お前が戦争に関わるとしたら……遠征の際に、総司令官として号令を出してもらうくらいだ】

【そういえばイヴァーノと、遠征軍について話をしていましたね。六○一年振りに異教徒と戦うって…………ああ、そうだった! わたし総司令官だった】


 執事ことシャルル・ド・パレはその高貴な身分と、聖籍から、教皇軍の総司令官の座に就いていた――本人も忘れるくらいに、何もしていない地位だが。


【イヴァーノが教皇(パパ)に奏上し、教皇(パパ)からお前が命を拝する……という形になるはずだ。詳しいことは、いま、イヴァーノが調べている】


 五世紀ほど遠征軍を出していないため、教皇領でも、出征儀式はほぼ失われている――だが教皇領はこの五世紀の間、一度も途切れることなく続き、また知識人の集団だったこともあり、儀式に関する本や絵画は残っていた。

 ボナヴェントゥーラ枢機卿は、それらを調べ、かつてと同じような出征の儀式を行おうとしていた。


【ああー。わたしが出撃の号令を掛けるとか、みんなが不安になるじゃないですか】


 執事は軍事に疎い――それは執事自身がもっともよく知っているのだが、


【意外と大丈夫らしいぞ。お前は今まで指揮を執ったことがないので、実は才能があるかもしれない……と思われているようだ】


 指揮したことがないので、そう(・・)思われてもいた。

 リリエンタールから他人がそんなことを思っていると聞かされた執事は、


【…………馬鹿め! そういう希望的観測で総指揮官を決めるから、負けるんだよ。想像と現実は違うんだよ】


 感情が抜け落ちた表情で、冷たく言い放った。

 彼もまた、支配者の血を引き、王の座に就くはずだった男である。


【お前が指揮するわけではないから、心配することはない】

【当たり前だろ! 兵士が無駄死にするだけだろうが! ちゃんと、お前が指揮するんだよね?】

【…………】

【なんだよ、その沈黙! 遠征軍の全容を教えろ! 今すぐにだ!】


 第三者がここにいたら「総司令官なのに、何も分からないの?」と首を傾げたくなる会話だが――


【分かった。教えてやる。だが、その前に政府に断りを入れる使者を立てる。大司教あたりに、手紙を運ばせろ】

【分かったよ! もう! わたしを使うなら、一応説明くらいしてくださいよ!】


 執事はそう言いながら「ヴィルヘルムとアウグストは、地中海にバカンス(ヒンメル)に行ったのだろうと、あの人が言ってたよ」――教皇領へと赴き、ボナヴェントゥーラ枢機卿に会い、教皇に拝謁する……ということを迂遠に、だが大統領に分かるよう認め、大司教を呼び出し手紙を届けさせた。


 受け取った大統領は執事の手紙の内容は分かったが、何をしに行ったのか? 非常に気になった……が、


――帰国したら教えてもらえるか……どうか


 リリエンタールならば分かるだろうが、これ以上の答えは貰えないのは分かっていたので、行き先が分かっただけでも良かった……と無理矢理自分を納得させた。


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