【135】の男、過去を暴露される
リリエンタールの蒸気機関車に荷物を運び込み――気付いたら発車し、そのままアディフィン王国へやってきたマンハイムの男。
リリエンタールが蒸気機関車を乗り換え、バイエラント公国へ向かい――乗ってきた蒸気機関車はリリエンタール所有の車両基地に。
積み込んだ荷物は、首都にある治外法権城へ移動させることになり――城に荷物を運び込み、彼はそのまま城に滞在することに。
基本、全く説明がなく――街に出てバーで黒ビールを飲んだり、城の喫煙室で紙煙草を吸ったりして過ごしていると、
「…………」
ある日、アイヒベルク伯爵と目が合い、軽く手招きする仕草――マンハイムの男は黙ってついていき、官公庁街に建つ、ひときわ瀟洒な邸でアイヒベルク伯爵の仕事を手伝っていた。
【高級娼婦に値段を付けろ】
アイヒベルク伯爵はマンハイムの男にそう命じ――作戦行動のため、リトミシュル辺境伯爵領へと発った。
もちろんマンハイムの男に、一つも説明はない。もっともこれについては、極秘作戦なので、マンハイムの男は知らないほうが良い。
更に言えば、リリエンタールの命令系統はこうなので、間諜はとても探り辛い。
マンハイムの男はアイヒベルク伯爵に命じられたとおり、会議の合間に行われるパーティー、その際、単身でやってきた高官たちのパートナーを務める高級娼婦に、値段をつけてゆく。
丸一日かけて値段付け――教養にマナー、そして美貌を適切に判断し、高すぎず、安すぎず、高官たちがチップを上乗せできる額の設定を終えたマンハイムの男が、椅子に座ったまま背伸びをし、
【さて、晩飯にするか】
リストを机の引き出しにしまい、邸内の食堂へと向かった。
この邸に来てから、城には一度も戻ってはいないが、戻りたいとも思わないので、どうでも良かった。
――多分逃げ出しても、追われはしないと思うんだが……
自分が置かれた状況が、今ひとつ分からないマンハイムの男は、夕食を取って、ゆったりと煙草を吸って過ごし――翌日、昨日作ったリストを見直してから、執務室へ持っていくと、昨日までアイヒベルク伯爵が座っていた場所に、フュルヒテゴットがいた。
マンハイムの男はフュルヒテゴットにリストを差し出す。
【アイヒベルク閣下は、こういうのは、あまりお得意ではないから、手つかずだと思ったが、そうかお前がな】
リストをざっと見たフュルヒテゴットは、
【良いだろう】
マンハイムの男の仕事に合格を出し――
【付いて来い】
命じられたので、マンハイムの男はまた黙って付き従った。彼はフュルヒテゴットがアディフィン国王の庶子であること、センスの良い小物やドレスを、世話になった王妃に贈っていることなどは知っている。
――王宮にを訪れるのに、なんで俺を伴う?
なのでフュルヒテゴットが荷物を持って、王宮に足を運ぶのは不思議ではないが、なぜ荷物運びに自分が選ばれるのか? よく分からなかった。
マンハイムの男が運んでいるのは、美しい水色の帽子ケース。
【マルガレータ陛下にお会いできるだろうか? ああ、約束はしていない。お会いできなければ、この帽子だけでも】
フュルヒテゴットが侍従に声を掛け――
――王妃に会うのに、面会予約取ってないのかよ。無理だろ?
普通ならば無理なのだが、侍従は「どうぞ」と案内し、王族たちの私的スペースに易々と通された。
――何故?! そして、俺の身元確認しなくていいのか?!
通されたのは王妃が私的な面会を行う小部屋で、王妃は既に別の人物と面会中だった。
【フュルヒテゴットか】
王妃に相応しいドレスを着た、目つきの鋭い老女と、彼女よりも十歳前後若い、これまた目つきの鋭い、聖職者に到底見えない聖職者――王妃マルガレータの弟で、神聖帝国の選帝侯の一人でもあるノークス大司教が、険しい表情で向かい合い、語らっていた。
部屋にはもう一人、アディフィン大統領も同席しており、
【マイヤー子爵。うしろの帽子持ちは誰だ?】
普段は単身でやってくるフュルヒテゴットが、見るからに使用人ではない恰好の人物を連れてやってきたので、少しばかり驚き、何者かを尋ねた。
【彼の身元は確かですので、ご安心ください、大統領閣下】
【安心と言われても】
【彼はケッセルリング公の直属となり、最新のヴュルテンベルク公暗殺未遂事件の現場責任者だった男です】
――俺、ここで殺される?
フュルヒテゴットの包み隠さぬ、あまりにも正しい自分の紹介に、死を覚悟したマンハイムの男だったが、
【そうか。なら安心か】
――はあ?! あたま大丈夫か? 大統領! あれか? 疲れてるんか! リトミシュルのせいで! 困らされてるんか! フォルクヴァルツに!
安心できる要素が一つもない紹介なのに「安心」と言った大統領に、内心で叫んだが、もちろん口にはなにも出さなかった。
フュルヒテゴットが持ってきた帽子を王妃に見せ――室内でもっとも王妃から離れた位置にいるマンハイムの男からも分かる、美しい宝石がついたハットピンがついた帽子。
王妃はその帽子を気に入ったようで、マンハイムの男から見ても、王妃に似合っていた。
【今回は従者を伴ったのも良いぞ、フュルヒテゴット。これからも、単身で出歩くような真似は控えるように。お前は王家の縁者なのだからな。下がってよいぞ】
普段から単身で出歩いているのを、王妃に咎められ――世話になった王妃の意に沿うために、自分を連れてきたのだとマンハイムの男は理解した……が、
――俺じゃなくてもよくねえか?
同時にそういう疑問も懐いた。もちろん尋ねはしなかったが。
そして瀟洒な邸に戻り、パーティー関連の細々とした仕事をこなしていると、
【マイヤー閣下が、執務室に来るようにと】
伝言係に呼ばれ――
【仕事を頼みたいのだが】
執務室にはアディフィン大統領一行がおり、その大統領直々に「フォルズベーグ王女一行の通訳」を依頼された。
どこからどう見ても断れる案件ではないのだが、
【わたしの経歴で宜しいのでしょうか?】
暗殺未遂事件を起こした人間でいいのかと――未遂事件の現場指揮官自ら尋ねる内容ではないが、
【全く問題はない】
大統領は全く問題にしなかった。
――なんでだよ! 問題しかないだろ! お前はリトミシュルか!
問題がない理由が分からなかったマンハイムの男だったが、大統領はアーリンゲ一族の特性なのかどうかは分からないが、弟のヘラクレスと同じくマンハイムの男に説明してくれた。
【ケッセルリング公直属の部下だったのだろう?】
【傭兵のようなものですが】
【それでも、ケッセルリング公が許可を出し、実行するよう命じたのだよな】
【はい】
【ケッセルリング公に近づけるのは、八代続く領地持ち有爵貴族出身、庶子ではなく、教会の出生証明を提出でき、古帝国語とノーセロート語を使える男児であることが絶対条件だ。これだけの条件が揃う人間はそう居ない。さらにフォルズベーグ王国で、実行犯に接触して作戦を授けたということは、フォルズベーグ語が使えるということだろう? お前の出自なら、上流階級の言葉も網羅しているはずだ】
ケッセルリング公爵に採用されたというのは、それだけで「名家の正妻の子」という確かな証明になる。
【我が国の身分ある人間で、フォルズベーグの上流階級の言葉を使えるものがいないのだ】
フォルズベーグ語はロスカネフ語と同じくマイナー言語――上流階級は社交界の共通語であるノーセロート語を操るのが、ステイタスであり嗜みなのだが、フォルズベーグの王女たち一行は、誰も使えない。
そしてフォルズベーグ王国には、フォルズベーグ王国特有の上流階級の言葉がある……のだが、弱小国家の上流階級の言語など、他国にとっては覚える価値もない。
【ノーセロート語は使えないのですか?】
【使えないそうだ。ロスカネフ王国に滞在していた時は、フォルズベーグ王女を娶ったガルデオ公爵家の執事が対応したそうだ】
【その人ほど使えるかは分かりませんが、一通りは使えます】
――ガルデオ……聞き覚えあるな……ああ、ガルデオがどうこう言ってたアイツ……は死んだけど、共産連邦に行った部下はどうなったんだろうなあ……
【あと、ケッセルリング公のところに居たのなら、多少性格が悪くても、耐えられるだろう? わたしはケッセルリング公に直に接したことはないから分からないが……フォルクヴァルツ選帝侯から聞いただけだから、盛られてるかもしれないが】
【会ったことがないのですか?】
それもケッセルリング公爵に縁のある国の大統領なら、会って話す機会もあるのでは? マンハイムの男がそう思うのは普通だが、
【あの貴種中の貴種が、地主貴族の倅なんかに、お目通りを許すと思うか? 生家はお前のほうが格段に良いだろう】
ケッセルリング公爵にとって、大統領などという役職など何の価値もなく――マンハイムの男は、彼らと共に大統領府に向かうことになった。
【明日から、ここの責任者はハクスリー公爵になる】
今日、この場を仕切ったフュルヒテゴットだが、明日はリリエンタールの城で「妃殿下の衣装合わせ」に立ち会うという、世界で一番重要な任務に就く必要があった――クローヴィスが黒ビールを飲みに行く際に着用したカット・アウェイ・フロックコートと、着用されなかったドレスは、フュルヒテゴットの手によるもの。
最後の仕上げは、試着してもらわなくてはならないので、フュルヒテゴットは城に控えることになっている。
【ブリタニアスの、ハクスリー公ヒューバート?】
【そうだ。顔は知ってるよな】
【はい】
ブリタニアス君主国のハクスリー公爵といえば、社交界で知らぬ者はいないほどの大貴族。リリエンタールの代理を務めるには充分な身分の持ち主――疎いクローヴィスは、全く気付かなかったが。
【そういうことだ。じゃあ、王女さまご一行の通訳、頑張ってくれ】
マンハイムの男は大統領府の一角で保護されている、フォルズベーグ王国の一行の通訳について、アディフィン王国の高官の提案を訳して伝え、
――金切り声が凄え……リリエンタールと結婚したくないって、多分出来ないぞ。キースってあれか? ロスカネフ王国の司令官
泣き叫ぶセシルの言葉は翻訳できず、黙って頭を振るのみ。高官のほうも、あきれ顔で頷くだけ。
そして会議当日、マンハイムの男はセシルのロビー活動紛いの翻訳をし、演説をノーセロート語に翻訳するなど、様々な翻訳業務を任され――気付けば、リリエンタールたちは船でロスカネフ王国へと帰っていた。
――解放された? いや、忘れられた? そもそも、覚えられていたのか?
大統領から「王女の世話はもういいぞ。ありがとう。弟に宜しく」と言われ、リリエンタールの城に顔を出したところ、家令のグレッグに「お疲れ様」と労られ、
【アイヒベルク閣下がお戻りになったら、ロスカネフ王国に蒸気機関車で戻るから、その際一緒に戻るといいよ】
”戻ることになっているなら、戻ったほうがいいよな”と……共産連邦から戻ってきたアイヒベルク伯爵と共に、再びロスカネフ王国へ――




