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Eはここにある  作者: 剣崎月
第三章

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132/208

【131】臣下、準備を整える

 ”殺された共産連邦のエヴゲーニー・スヴィーニン特命大使を、蒸気機関車で運び共産連邦の路線に放置してくる”という任務を命じられたアイヒベルク伯爵。

 彼はその命をリリエンタールから受けたとき「御意」の一言を返しただけだった。

 アイヒベルク伯爵にとって、死体の運搬、工作(・・)、敵地からの部隊を率いての帰還は、特に難しいことではなく、すでに準備はあらかた終わっている。


 そのアイヒベルク伯爵は現在、リリエンタールの代理として新生ルース帝国の処遇を決める会議の開催を取り仕切っていた。

 もちろん表向きは開催国の王であるコンラート二世と、アーリンゲ大統領が主催だが、コンラート二世よりも遙かに格が高く、アディフィン王国の正式な王位継承権を持っているリリエンタールがいるのに、無視するわけにはいかない。


 ちなみにだが、現在アディフィン王国は「アンディルファード=ベッケンバウアー王朝」と、王妃と国王(・・・・・)の家名を合わせた、前王朝より幾らか格が落ちたものになっている。

 このベッケンバウアーが付いていない前王朝アンディルファードの名を持つのが、ゲオルグ大公の男児――即ちリリエンタールやケッセルリング公爵。神聖皇帝やノークス大司教も、もちろん所持している。

 アンディルファード家の血は、アブスブルゴル帝室にも流れているが、マリエンブルク家の彼らが「格下」のアンディルファードを名乗ることはない。アンディルファード家としては面白くないし、認めてはいない。ただそんな両家でも、リリエンタールと執事は自分たちよりも格上の家柄だと認めている。


 各王家に認められたところで、二人とも嬉しくないどころか、何も感じはしないが――


【アイヒベルク閣下。アディフィンの大統領がお越しです】

【通せ】


 リリエンタールを無視できないのでご機嫌伺いをするが、リリエンタールが直接仕事にあたるわけはなく、アイヒベルク伯爵が請け負っていた。

 彼は首都の官公庁街に建つ瀟洒な邸で、会議の雑事を片付ける。


【アイヒベルク閣下】

【大統領】


 部屋に入ってきた大統領を見てから、アイヒベルク伯爵は椅子から立ち上がり、部屋の中心に移動し、握手を交わしてから、中央に設置されているテーブルを挟んで向かい合って設置されているソファーに、向かい合って座る。


 大統領は会議に掛かる費用のうち、リリエンタールに払ってもらいたい分の明細が書かれた書類をテーブルに乗せた。

 アイヒベルク伯爵が手を叩くと、彼が座っていた机の側に控えていた、ハンフリー銀行からやってきた四名が書類を手に取り、深々と頭を下げてそれを持って退出する。

 この間、おおよそ一分――会議に掛かる莫大な費用の、七割の肩代わりが終わった。

 書類を運んできた財務省の役人は、総額を知っているので、アイヒベルク伯爵が一切確認せずに受理したことに驚き、さらに大統領も財務大臣も全く驚いていないのを見て「これが当たり前なのか」と戦いた。

 アイヒベルク伯爵は役人の驚きに気付いていたが、こちらも慣れているので気にすることなく――大統領に目配せし供を下げるよう指示する。

 大統領はそれを受けて供を下げ、アイヒベルク伯爵も同じように指示を出し、広い室内に二人きり。


【万が一、共産連邦が攻めてきた場合、どこまで欲しいか決まったか】


 共産連邦の大使エヴゲーニー・スヴィーニンの殺害を宣戦布告と受け取り、攻め込んできた場合、防衛し、そのまま侵攻する――


【ヴィルヘルム閣下は”共産連邦全土とでも言っておけ”と仰っていたが】

【それが政府の決定ということでいいのか?】

【全土をいただいたところで、統治するのはわたしたち(アディフィン)なのだろう?】


 リリエンタールは領地を獲って、支配して欲しいと頼まれた場合は引き受けない――当初連合軍の総司令官の打診した際「国家(ルース)の再建を承認・援助いたします」と申し出たが、全く聞いてもらえず、結局「国土は要りません。国家(ルース)再建などに口を挟みません。大打撃を与えて返してください」という条件で出陣してもらった。大統領もその当時のことは覚えていた。


【リリエンタール閣下の統治はない】

【断言するとは珍しい】

【妃殿下が好まれない】

【あ…………妃殿下が皇妃を望んだ場合は?】

【獲られるであろう。妃殿下が女帝になりたいと仰ったら、そのようになさるはずだ】

【そうか、妃殿下が好まれないのか。…………軍務大臣をのぞく、我ら閣僚の才覚では旧ルース(共産連邦)の全領土統治は無理なので、半分くらいでお願いしておこう】


 軍務大臣(リトミシュル)ならば共産連邦の全領土でも、統治できるであろうが――彼の性格上、統治に絡んでこないのは火を見るより明らかだった。


【そうか。ではそのように整えておく】

【整える?】

【希望する領土によって、死亡したスヴィーニンを乗せた蒸気機関車を放置するポイント、運ぶ機材などが変わる。下準備をして帰ってくる。今回使わずとも、いずれ使うときが来るので、気にする必要はない】


 大統領も軍事に疎いわけではないが、何をするのか全く見当がつかなかった。


【そ、それは。ちなみに何時使うか、フォン・ヴュルテンベルクの中では定まっているのか?】

【この一年以内に書記長を】

【…………】

【リリエンタール閣下いわく”領土を獲るとなれば、ネスタ(書記長)の殺害は必須だからな”とのこと。殺害するおつもりのようだ】

【お……おお。聞かなかったことにしておく】


 リリエンタールは掛かってきた火の粉に対し、容赦することはないが、自ら火を付けるようなことをしたことはなかったので、大統領は驚いた――が、アイヒベルク伯爵は気することはなく、ドアの方へと視線を向ける。

 壊れるのではないかというほど乱暴にドアが叩かれ、入出許可を出す前にドアを開けて入って来たのはリトミシュル辺境伯爵。

 その後には煌びやかな高級娼婦(クルチザンヌ)たち。

 彼女たちは各国の要人たちの為に開かれるパーティーの、パートナーを務める。

 掛かる費用は全てリリエンタール持ち――これには、ちょっとした理由があった。


【待ったか】


 リトミシュル辺境伯爵は彼女たちを廊下に残してドアを閉め、大統領は立ち上がったソファーに腰を下ろして、


【イワン・イーゴレヴィッチ・ストラレブスキーが来たぞ】


 新生ルース帝国の大使の名を告げた。


【数ヶ月前、リリエンタール閣下の命令でフュルヒテゴット(フリオ)がノーセロートに赴き、ストラレブスキーの妻エカチェリーナを探ったが、特に何もなかったので、あちらは放置しても良いそうだ】

【さすがアントン、仕事が早い。そうか、その頃から疑っていたのか】


 リトミシュル辺境伯爵は笑い――大統領はリリエンタールがそうだと分かっているが、一体どこまで先を見ているのかと、いつもながら恐怖した。


【”共産連邦が使え、共産連邦と手を組もうとするようなのはイワンくらいであろう”……とのこと。さすがの共産連邦の重鎮共も、ケッセルリング公には接触しないだろうとも仰っていた】

【共産連邦も手を結ぼうとしないか。そういう意味ではアントンの兄。ところでリーンハルト、そろそろウチに向けて出発するのか?】


 リーンハルトは頷いた――


**********


 大統領を恐怖させたリリエンタールは、ガウン姿で、


【シャルルよ】

【なに?】

【なぜ、スコーンはほろほろしているのだ】

【スコーンって、そういう食べものだから】

【一粒も残さず食べたいのに、崩れるとは……】

【一口で食べればいいじゃない。そのサイズなら、いけるだろう。一口で食べたことないから分からないけど】

【イヴの手作りを一口で食べるなど……ゆっくりと味わいたい】

【スコーンを分けて食べたら崩れるのは、仕方ないだろう】

[主よ、なぜスコーンは脆いのだ]

【スコーンってそういうものだから。主じゃなくても答えられるものを、主に聞かない】

【なぜ崩れるのだ】

【スコーンは二度焼きしてないからじゃないか?】


 食べる決意はできたが、食べ方で悩んでいた。

 側で聞いているルッツは「皿の上で分けて食べて、崩れた欠片は皿を舐めたら……」と思ったが――育ちのよい二人は、そんなことは全く思いつかなかった。


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