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Eはここにある  作者: 剣崎月
第三章

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125/208

【124】中将、依頼を断る

――皆さんが言う通り、室内の匂いとか空気とか……やっぱり女性がいると、違ったなあ。実家じゃ感じたことなかったけど


 部屋の主であるキースが腕を組んで椅子に座っている側で、副官のリーツマンはそんなことを思っていた。


 彼が言っている皆さんというのは、北方司令部から伴った三名で、彼らは口々に「クローヴィス大尉がいると、空気が違う」と言っていた。

 リーツマンもクローヴィスが居ると、キースの空気が少し緩むのは感じていたが、


――良い匂いしてたなあ


 クローヴィスがいなくなってから、室内の空気の匂いが変わったことに気付いた。クローヴィスが居た頃は、執務室は仄かに良い香りがしていた。


――元に戻ったってのが、正しいんだろうなあ。クローヴィス中尉……じゃなくて、大尉がいたときは、本当に良い香りだった


 部屋に出入りするのが、北方司令部の頃と同じく男だけになったこともあり――クローヴィスが副官を務めていた時は、本人が毎日風呂に入っているのはもちろん、キースにも風呂を勧め、自分の制服はもちろん、キースの着衣一式をこまめにクリーニングに出し、戻ってきたシャツや下着、靴などに、整髪料の香りと喧嘩しない、お手製の微かに薫る程度のアロマミストを吹きかけたり、よれた部分にアイロンをあてて、手直しなどしていた。


 それらが全てなくなり――


 リーツマンの言う通り、元通りになっただけなのだが――執務室にはキースと副官のリーツマンとウルライヒ(エサイアス)の他、ヒースコートと彼の部下が三名ほどで、当然ながら(・・・・・)全員男性。


「お忙しいなか、ご苦労様です、総司令官閣下」

「……」

「総司令官閣下の声は素敵でずっと聞いていられると、王女は言っていたそうです」

「飽きるほど聞いた台詞だ。独創性のない王女だな」

「王女ですから。独創性などというものは、必要ないのでしょう。リリエンタール閣下も、王族にはそのようなものは必要無い、そう仰っていました」

「リリエンタール閣下な……。あの人はどうでもいいが、あの王女を交えて話すのは、嫌なのだが」

「そうですねえ」


 協力要請なのか、亡命希望なのか? キースに一目惚れしてから、セシルは故国について触れることは全くなくなり――キースを見ては、恋する女の顔でうっとりと見つめるだけ。

 慣れきっているキースは、相手が王女であろうが無視を決め込んでいるが、優しくしようが冷たくしようが、好かれてしまうのがキース。

 キースとしては望んではいないが、セシルは思いを募らせている。

 一方的な思慕の対処法は、会わないことが一番なのだが、立場上、会って話をつめなくてはならない。

 使い物にならないセシルの代わりに、部下の一人と話すが、その部下も突出した能力があるわけでもなかった。

 もちろん王位継承権すら持たないセシルの部下に、目を見張るような能力を持つ人物がいるなど、あるはずないことも分かっているが、キースの正直な気持ちとしては、


「なにより、あいつらに関わりたくねえなあ」


 その一言につきた。

 ただ関わり合いたくなかろうとも、総司令官としてはそうも言ってはいられない。不穏な情勢の国の王女など、国内から追い出したいが――追い出すにしても、近隣諸国に根回しは必要。


「ルース帝国のような超大国の王族であれば、追い出すのも簡単ですが」


 ヒースコートが言っているのは、アレクセイ皇子のこと。

 国力が違い過ぎるので、とても匿うことはできない……ということで、メッツァスタヤはリリエンタールに連絡を取り、アレクセイを保護してもらった。


「国力がさほど変わらないと、恩を売っておきたいと考えるやつが多すぎる」


 フォルズベーグ王国はルース帝国とは違い、ロスカネフ王国も恐れはせず――故国の平定のために軍を出して欲しいという要求を受けた場合、ロスカネフ王国としては、政治経済がずたずたの状態の国から受け取る報酬としては、領土を受け取るのが、もっとも確実だが、実権を持たないセシルと契約を結んだところで……ということもある。


「まあ、なんと言いますか……小官はリリエンタール閣下ほど、支配できる者かどうかを見分けられるわけではありませんが、あのセシル王女は無理でしょうな」

「それは、誰でも分かるだろう」

「そうですな。ところで、本日のガルデオ主催の晩餐会、ご出席なさるのでしたら、そろそろ準備を始めたほうがよろしいのでは?」


 重苦しいとまでは言わないが、殺伐感が漂う室内――原因は、セシルがキースに晩餐会のエスコートを依頼してきたこと。この晩餐会はセシルを労うためのものなので、セシルは当然出席し、キースは付き合いで出席しなくてはならない。

 キースは出席するが、エスコートはもちろん断った……が、


「会場入り口前で張っているでしょうね」

「だろうな」


 行動の予測はできていた――これが外れることはほぼ無く、今回も予想どおりセシルは待っている。

 分かっていても、キースは欠席を選ばなかった。


「ヒースコート、部下を貸せ」

「一小隊で宜しいでしょうか?」

「それでいい。リーツマン、わたしが晩餐会に出席している間に、ヒースコートの部下を連れて、わたしの私物を司令本部へ運び込め」


 だが、この先も面倒が続きそうなので、司令本部で寝起きすることにした。

 北方司令部からついて来たリーツマンは、キースの私物について詳しいので――


「お前たち。総司令官閣下の私物を盗まれるような、間抜けなことはするなよ」


 ヒースコートは伴ってきた部下たちにそのように告げ、リーツマンは一度で、私物全てを無事、司令本部に運び込むことに成功した。


**********


 晩餐会の翌日――


「…………」


 キースはさらに不機嫌になっていた。

 その理由は、やはりセシル。

 フォルズベーグ王国の面々は、セシルの保護を申し出てきた。

 セシルに国を統治する能力がないのは明らかだが――彼らはセシルが、いかに苦労して生きてきたか? セシルには幸せになって欲しいと……今のセシルの幸せは「アーダルベルト・キース」と共にいること。


いつもの事(・・・・・)ですが総司令官閣下には、なんら関係のないことですな」


 別の筋(メッツァスタヤ)から晩餐会での会話を聞いたヒースコートは、楽しそうに――クローヴィスに言わせれば殴りたくなる笑顔を浮かべながら。


「まったくだ。なぜ王女の幸せのために、わたしが、王女と結婚しなければならないのか……まあ、王女さまとその高貴な部下たちにしてみれば、栄誉だろうということだろうが」


 青い血にしてみれば、庶民などそんなもの……と分かってはいるが、だからといってキースが受け入れる訳がない。


「そうですなあ。メッツァスタヤの情報では、王子よりは扱いは悪かったそうですが、そこまで苦しい生活をしていたわけでもないとのこと」

「だろうな」

「寂しい思いをして育った王女は、総司令官閣下に包容力を求めているのでしょう」

「わたしに、そんなものあると思うか?」


 そう言うキースだが、年下の女性が自分に「包容力(それ)」を求めているのは、理解していた――ただし、キース自身は自分に包容力があるなどとは、思っていない。


「おありでしょう。わたしは存じ上げませんが、女性にはそう見えるのですから、仕方ありません」

「…………はあ。ヒースコート」

「なんでしょう? 総司令官閣下」

「殴らせろ」

「王女とそのご一行の代わりですか?」

「そうだ。それをわたしが殴ると、外交問題になるからな……クローヴィスは殴っても問題にならんが」


 ピヴォヴァロフに付いていったクローヴィスを、キースは強めに叩いたが、リリエンタールはそれに関し「イヴが避けなかったのだから、わたしが口を挟む問題ではない」と――


どちらも(・・・・)総司令官閣下のことを、信頼なさっているのでしょう」

男の方(リリエンタール)に信頼されるのは複雑だが、女の方(クローヴィス)に信頼されるのは、単純に嬉しいものだ」

男の方(リリエンタール)はわかりますが、あなたが、女性に対しそのように仰るのは珍しいですな。……さて、小官は黙って殴られる趣味はないので、訓練にお付き合い、で宜しいでしょうか?」

「お前が本気で避けたら、殴れんのだが」


 ピヴォヴァロフはもちろん、クローヴィスでも捉えるのが難しいヒースコートは、


「あとで、小官の部下と組み手なり、殴り合いなりご自由に」

「殴られるつもりはない、と?」

「もちろんです」


 そう言って、キースの不満解消に付き合った――そうこうしているうちに、フォルズベーグ王国に新勢力が攻め込み、新生ルース帝国が樹立し、


「ナイフ一本は嘘でした。でも、一対一で戦ったのは事実でした。詳細は不明ですが、一対一は確実とのこと」

「クローヴィス!」


 ヤンネが持ち帰った正しい情報に、キースは机の天板に拳を落とし――副官二人は顔を見合わせ、予備の執務机の手入れをこっそりと従卒に指示した。


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