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Eはここにある  作者: 剣崎月
第三章

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124/208

【123】中将、好きな色を教えない

 ヴェルナーが別件をキースに持ち込んだ頃――


「郷土料理、美味しいです、大佐!」

「それは良かった」


 クローヴィスは既に意識を取り戻し、一応「三日間絶食状態だったので」と、医者の勧めにより、少量ずつ食べて胃を慣らす期間も過ぎ、バイエラント大公国の郷土料理に舌鼓を打っていた。

 クローヴィスの体調を気遣うサーシャ――他の随員たちには、大尉に優しい眼差しを向ける大佐としか映らなかった。


**********


「熊と?」


 急ぎの案件を持ち込んだヴェルナーだが、キースに制され――クローヴィスについての報告を聞かされた。


「怪我人もいるらしい」

「熊と接近戦でやり合って怪我、となれば、ただじゃ済まないぞ」

「そうだな……今回ばかりは、辺境伯のお遊びと言い切れないからな」

「…………ちっ!」


 ヴェルナーは舌打ちし――ちらりとヘラクレスのほうを見る。

 視線を向けられたヘラクレスは、曖昧な表情で、彼らの怒りを適度に受け流した。


「どうするつもりだ、キース?」

「正確な情報を知りたいから、テサジークの息子の誰かを送る。幸い(・・)クローヴィスが一行にいるからな」


 クローヴィスに関し、テサジーク侯爵は「王家よりも優先する」と部下たちに宣言しているため、王家の影を送ることができる――通常であれば、王家の影を動かすことはできず、正しい情報が入ってくるまで、相当な時間が掛かる案件。

 おそらく、通常であればやっと「事故に遭ったらしい(・・・)」という報告が届く頃。


「それが一番、手っ取り早いか。あれ(王家の影)を動かせるのは、たしかに幸いだが」


 詳しい情報など望むべくもない。


「辺境伯に会うのは難しいが、アーリンゲの兄なら会えるだろう。サインを頼むぞ、アーリンゲ」

「もちろん。喜んで協力させていただきます」


 声を掛けられたヘラクレスは、軽く頭を下げる。


「陛下からの紹介状もつけよう」


 ガイドリクスもクローヴィスが事故に遭ったことは、既に聞かされており、詳細を知りたいと、日々、情報を仕入れてくるよう指示を出していた――キースが直接、報告に上がるわけにもいかないので、毎日のようにヴェルナーやオースルンド、元はヴィクトリアについていたメッツァスタヤたちなどが、交代で訪れては情報を仕入れ、届けていた。

 ガイドリクスはクローヴィスのことを心配しており――キースもそうだが、彼らはクローヴィスがリリエンタールの妻になるから心配しているわけではなく、そうでなくとも、心から心配する性質だった。


「そうするか……それで、フェル。お前がやって来た理由はなんだ? どうせ良いことじゃないんだろう?」


 ガイドリクスに心痛の原因を届けるのは心苦しいが、国王からの紹介状は、確実な情報を得るためには、どうしても必要なので、事実を包み隠さず報告しなくてはならない。

 それらの算段を考えながら、キースはヴェルナーに「どうせ悪い報告だろう?」という空気を隠さず尋ねる。


「ああ。フォルズベーグの王女一行がやってきた」


 ヴェルナーは持ってきた書類――入国書類をキースの前に置き、そう告げた。


「…………は?」


 キースは隣国フォルズベーグの王女に関して、何も知らなかった。

 王女が居ることは知っていたが、それだけ。ロスカネフ王国にやってきたセシルという名の王女は、近隣にその名を馳せるような「なにか」を持っているわけではないので、キースは名前すら聞いたこともなかった。


 机に置かれた入国書類にざっと目を通し――そんなセシルたち一行の訪問理由だが、フォルズベーグ王国の治安を取り戻すための協力依頼。早い話が軍隊を出して欲しいというもの。

 退室していないため、話を聞くことになってしまったヘラクレスは、フォルズベーグ王国の治安悪化が、リリエンタールの策略によるものだと知っているので「それは無理だ」と内心で呟いた。


「共産連邦絡みじゃないから、頼れるのは国家間の同盟だけ。近隣で軍を出してくれそうなところを捜したら、ロスカネフしかなかったようだ」


 セシルたち一行がロスカネフ王国にやってきた頃、まだフォルズベーグの地には新生ルース帝国が興っておらず、共産連邦の影が見えなかったため、逃げた先のノーセロート帝国は、生活費は出してくれたが軍を出すことを渋った。

 そのため、セシルたちは独自に軍を出してくれる国を捜さなくてはならず――婚姻という伝手を手繰り、ロスカネフ王国へ。


「ガルデオ公を頼ってやってきた……ということか?」


 ロスカネフ王国有数の貴族ガルデオ公爵の妻は、セシルの叔母にあたる。


「そうらしい。異国の王族と婚姻なんて、結ぶもんじゃないな」


 セシルは王族らしく、姻族であるガルデオ公爵から、王家へ働きかけて欲しいと頼みにやってきた。


「そうだな、ヴェルナー。陛下が即位前にマリーチェ(アディフィン)王女と離婚したのは、英断だったな。もっとも、王女の実家の軍は、共産連邦とやり合えるほどだが」


――いろいろ、済みません。マリーチェ王女が本当に済みません。フリオ(異母兄妹)がいなくて良かった。居たたまれないよな


 ヘラクレスは全く関係ないのだが、なんとなく詫びていた。


「あとロスカネフにはツェサレーヴィチが居るからな。あわよくば、総指揮を頼みたいとでも思ってんじゃねえのか? 同行者は若い軍人が二名だから、あれ(・・)の強さは知ってるだろうよ。知らなかったら、バカだ」


 リリエンタールは確かに強いが、


「あれが指揮したら、簡単に勝つだろうが、引き受けてもらえるものか」


 総指揮官にするのは難しい。

 連合軍総司令官を引き受けるまで、各国の実権(・・)を所有している者たちが、三年以上の歳月を掛け交渉したという、裏の話がある。

 若いセシルと年齢が近い護衛たちは、裏話については知らない。


「ツェサレーヴィチは金では動かない……ってのを、勘違いしてたら笑うな」


 たしかにリリエンタールは金銭では動かないが、金銭で動かせないということは、交渉が格段に難しいということ。

 連合軍総司令官に就任してもらうために、各国首脳は教皇に働きかけたり、所有権が曖昧だった海域を、正式に領海として承認させてもらった(・・・・・・・)り――金銭に換算したら、まさに天文学的な金額になるものを渡し、やっとの思いで交渉テーブルについてもらったという経緯がある。


「だとしたら、バカだな。あれは金では動かないんじゃなくて、なんでも動かないだけだ。……まあ、クローヴィスのことでは、動きまくるが。あんなにフットワークが軽いとは、思わなかった」

「そうだな……いや、そうでもねえだろ。シャルル王子を救う時、凄まじく動いた……んだよな」


 退室するタイミングを失ったままのヘラクレスに、ヴェルナーが視線を向けると、軽く頷いた。


――あの時のオデッサ大公の動きは速かった。進軍速度が最後まで落ちなかった……恐怖……だよなあ


 そう呟くヘラクレスだが、彼自身、リトミシュル辺境伯爵の部下として、ノーセロート帝国の花の都と呼ばれる首都を、まあまあ(・・・・)破壊していた。


「出兵要請ってことは、わたしが会う必要があるんだな」


 机の上の書類をヴェルナーに突き返し、キースは溜息交じりにそう言う。


「総司令官閣下に、話を通さないわけにはいかないからな」


 ヴェルナーは書類を受け取り笑う。


「陛下の御心は?」

「一兵も出すつもりはない、とのこと。陛下はアデルの前任だ。軍のことはよく分かっていらっしゃる」


 キースは椅子から立ち上がり、


「だよな。さて、王女たちの対策という名目で、陛下にお目通りして、クローヴィスのことを報告するか。王女たちはどうでもいいが、クローヴィスだ。熊とナイフ一本で戦いそうなタイプ……だよな? フェル」

「残念ながら、あいつはそういうタイプだ。民間人はもちろん、仲間やルースの小僧(サーシャ)が襲われそうになっても、体を張るタイプだ」

「もう少し、野生動物とやり合わない……ってか、人を見捨てるように育てられなかったのかよ、フェル」

「残念ながら、クローヴィスは士官学校に入学した時点で、そういう性質だった」

「……だろうな。行くぞ、アーリンゲ」


 ヴェルナーとアーリンゲを連れ執務室を出て、戻ってきたウルライヒを伴い王宮へと向かった。


 ウルライヒから連絡を受け、詳細を聞かされたテサジーク侯爵は、


「うわーたーいへーん。分かった、ヤンネを送るね」


 息子の一人をその日のうちに送り出した。

 この頃テサジーク侯爵は、クローヴィスのことを知らない司令官二人に、事情(結婚)を説明しに出向いたり、クローヴィスの実家周辺の治安を守るため、アンブロシュに指示を出すなど、中々に忙しい日々を送っていた。


**********


「あいつ等は、なにをしに、来やがったんだ」


 報告を受けてから少し経った頃、セシルたち一行が首都へとやってきて、軍の最高司令官ことキースと面談し、


「分かりきっていたことでは、ありませんか」


 呼ばれて北方司令部からやってきたヒースコートが、からかいを含んだ声で、当たり前のことを告げた。


「……」


 キースは不機嫌さを隠さず、ヒースコートを後から蹴りつけ……ようとしたが、上手くかわされてしまう。


「ちっ!」


 キースの不機嫌の理由は、クローヴィスの続報が入ってこないことと、


「相変わらず、もてますなあ、総司令官閣下。いやいや、羨ましくない(・・)限りですが」

「ほっとけよ、ヒースコート」


 セシルと、ろくな話し合いにならなかったこと――セシルは一瞬でキースに落ちた。

 セシルにとっては、初めての一目惚れだが、キースにとっては、珍しいことではない。一目惚れも、したければすればいい……慣れているキースは一目惚れした王女の感情を無視し、出兵等について話をしようとしたのだが、セシルから故国の治安維持になんら関係のない、覚えがあり過ぎる質問を矢継ぎ早に受け――溜息すら出なかった。


「わたしの好きな色と、復権になんの関係があるっていうんだ」

「ありませんな。下手したら、故国すら捨てるかもしれませんな。あなたが居るロスカネフ王国に居を構えると、言い出しそうな勢いでしたしな」

「…………ふざけんな」

「ふざけていないのは、あなたもよくお分かりでしょう?」


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