【123】中将、好きな色を教えない
ヴェルナーが別件をキースに持ち込んだ頃――
「郷土料理、美味しいです、大佐!」
「それは良かった」
クローヴィスは既に意識を取り戻し、一応「三日間絶食状態だったので」と、医者の勧めにより、少量ずつ食べて胃を慣らす期間も過ぎ、バイエラント大公国の郷土料理に舌鼓を打っていた。
クローヴィスの体調を気遣うサーシャ――他の随員たちには、大尉に優しい眼差しを向ける大佐としか映らなかった。
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「熊と?」
急ぎの案件を持ち込んだヴェルナーだが、キースに制され――クローヴィスについての報告を聞かされた。
「怪我人もいるらしい」
「熊と接近戦でやり合って怪我、となれば、ただじゃ済まないぞ」
「そうだな……今回ばかりは、辺境伯のお遊びと言い切れないからな」
「…………ちっ!」
ヴェルナーは舌打ちし――ちらりとヘラクレスのほうを見る。
視線を向けられたヘラクレスは、曖昧な表情で、彼らの怒りを適度に受け流した。
「どうするつもりだ、キース?」
「正確な情報を知りたいから、テサジークの息子の誰かを送る。幸いクローヴィスが一行にいるからな」
クローヴィスに関し、テサジーク侯爵は「王家よりも優先する」と部下たちに宣言しているため、王家の影を送ることができる――通常であれば、王家の影を動かすことはできず、正しい情報が入ってくるまで、相当な時間が掛かる案件。
おそらく、通常であればやっと「事故に遭ったらしい」という報告が届く頃。
「それが一番、手っ取り早いか。あれを動かせるのは、たしかに幸いだが」
詳しい情報など望むべくもない。
「辺境伯に会うのは難しいが、アーリンゲの兄なら会えるだろう。サインを頼むぞ、アーリンゲ」
「もちろん。喜んで協力させていただきます」
声を掛けられたヘラクレスは、軽く頭を下げる。
「陛下からの紹介状もつけよう」
ガイドリクスもクローヴィスが事故に遭ったことは、既に聞かされており、詳細を知りたいと、日々、情報を仕入れてくるよう指示を出していた――キースが直接、報告に上がるわけにもいかないので、毎日のようにヴェルナーやオースルンド、元はヴィクトリアについていたメッツァスタヤたちなどが、交代で訪れては情報を仕入れ、届けていた。
ガイドリクスはクローヴィスのことを心配しており――キースもそうだが、彼らはクローヴィスがリリエンタールの妻になるから心配しているわけではなく、そうでなくとも、心から心配する性質だった。
「そうするか……それで、フェル。お前がやって来た理由はなんだ? どうせ良いことじゃないんだろう?」
ガイドリクスに心痛の原因を届けるのは心苦しいが、国王からの紹介状は、確実な情報を得るためには、どうしても必要なので、事実を包み隠さず報告しなくてはならない。
それらの算段を考えながら、キースはヴェルナーに「どうせ悪い報告だろう?」という空気を隠さず尋ねる。
「ああ。フォルズベーグの王女一行がやってきた」
ヴェルナーは持ってきた書類――入国書類をキースの前に置き、そう告げた。
「…………は?」
キースは隣国フォルズベーグの王女に関して、何も知らなかった。
王女が居ることは知っていたが、それだけ。ロスカネフ王国にやってきたセシルという名の王女は、近隣にその名を馳せるような「なにか」を持っているわけではないので、キースは名前すら聞いたこともなかった。
机に置かれた入国書類にざっと目を通し――そんなセシルたち一行の訪問理由だが、フォルズベーグ王国の治安を取り戻すための協力依頼。早い話が軍隊を出して欲しいというもの。
退室していないため、話を聞くことになってしまったヘラクレスは、フォルズベーグ王国の治安悪化が、リリエンタールの策略によるものだと知っているので「それは無理だ」と内心で呟いた。
「共産連邦絡みじゃないから、頼れるのは国家間の同盟だけ。近隣で軍を出してくれそうなところを捜したら、ロスカネフしかなかったようだ」
セシルたち一行がロスカネフ王国にやってきた頃、まだフォルズベーグの地には新生ルース帝国が興っておらず、共産連邦の影が見えなかったため、逃げた先のノーセロート帝国は、生活費は出してくれたが軍を出すことを渋った。
そのため、セシルたちは独自に軍を出してくれる国を捜さなくてはならず――婚姻という伝手を手繰り、ロスカネフ王国へ。
「ガルデオ公を頼ってやってきた……ということか?」
ロスカネフ王国有数の貴族ガルデオ公爵の妻は、セシルの叔母にあたる。
「そうらしい。異国の王族と婚姻なんて、結ぶもんじゃないな」
セシルは王族らしく、姻族であるガルデオ公爵から、王家へ働きかけて欲しいと頼みにやってきた。
「そうだな、ヴェルナー。陛下が即位前にマリーチェ王女と離婚したのは、英断だったな。もっとも、王女の実家の軍は、共産連邦とやり合えるほどだが」
――いろいろ、済みません。マリーチェ王女が本当に済みません。フリオがいなくて良かった。居たたまれないよな
ヘラクレスは全く関係ないのだが、なんとなく詫びていた。
「あとロスカネフにはツェサレーヴィチが居るからな。あわよくば、総指揮を頼みたいとでも思ってんじゃねえのか? 同行者は若い軍人が二名だから、あれの強さは知ってるだろうよ。知らなかったら、バカだ」
リリエンタールは確かに強いが、
「あれが指揮したら、簡単に勝つだろうが、引き受けてもらえるものか」
総指揮官にするのは難しい。
連合軍総司令官を引き受けるまで、各国の実権を所有している者たちが、三年以上の歳月を掛け交渉したという、裏の話がある。
若いセシルと年齢が近い護衛たちは、裏話については知らない。
「ツェサレーヴィチは金では動かない……ってのを、勘違いしてたら笑うな」
たしかにリリエンタールは金銭では動かないが、金銭で動かせないということは、交渉が格段に難しいということ。
連合軍総司令官に就任してもらうために、各国首脳は教皇に働きかけたり、所有権が曖昧だった海域を、正式に領海として承認させてもらったり――金銭に換算したら、まさに天文学的な金額になるものを渡し、やっとの思いで交渉テーブルについてもらったという経緯がある。
「だとしたら、バカだな。あれは金では動かないんじゃなくて、なんでも動かないだけだ。……まあ、クローヴィスのことでは、動きまくるが。あんなにフットワークが軽いとは、思わなかった」
「そうだな……いや、そうでもねえだろ。シャルル王子を救う時、凄まじく動いた……んだよな」
退室するタイミングを失ったままのヘラクレスに、ヴェルナーが視線を向けると、軽く頷いた。
――あの時のオデッサ大公の動きは速かった。進軍速度が最後まで落ちなかった……恐怖……だよなあ
そう呟くヘラクレスだが、彼自身、リトミシュル辺境伯爵の部下として、ノーセロート帝国の花の都と呼ばれる首都を、まあまあ破壊していた。
「出兵要請ってことは、わたしが会う必要があるんだな」
机の上の書類をヴェルナーに突き返し、キースは溜息交じりにそう言う。
「総司令官閣下に、話を通さないわけにはいかないからな」
ヴェルナーは書類を受け取り笑う。
「陛下の御心は?」
「一兵も出すつもりはない、とのこと。陛下はアデルの前任だ。軍のことはよく分かっていらっしゃる」
キースは椅子から立ち上がり、
「だよな。さて、王女たちの対策という名目で、陛下にお目通りして、クローヴィスのことを報告するか。王女たちはどうでもいいが、クローヴィスだ。熊とナイフ一本で戦いそうなタイプ……だよな? フェル」
「残念ながら、あいつはそういうタイプだ。民間人はもちろん、仲間やルースの小僧が襲われそうになっても、体を張るタイプだ」
「もう少し、野生動物とやり合わない……ってか、人を見捨てるように育てられなかったのかよ、フェル」
「残念ながら、クローヴィスは士官学校に入学した時点で、そういう性質だった」
「……だろうな。行くぞ、アーリンゲ」
ヴェルナーとアーリンゲを連れ執務室を出て、戻ってきたウルライヒを伴い王宮へと向かった。
ウルライヒから連絡を受け、詳細を聞かされたテサジーク侯爵は、
「うわーたーいへーん。分かった、ヤンネを送るね」
息子の一人をその日のうちに送り出した。
この頃テサジーク侯爵は、クローヴィスのことを知らない司令官二人に、事情を説明しに出向いたり、クローヴィスの実家周辺の治安を守るため、アンブロシュに指示を出すなど、中々に忙しい日々を送っていた。
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「あいつ等は、なにをしに、来やがったんだ」
報告を受けてから少し経った頃、セシルたち一行が首都へとやってきて、軍の最高司令官ことキースと面談し、
「分かりきっていたことでは、ありませんか」
呼ばれて北方司令部からやってきたヒースコートが、からかいを含んだ声で、当たり前のことを告げた。
「……」
キースは不機嫌さを隠さず、ヒースコートを後から蹴りつけ……ようとしたが、上手くかわされてしまう。
「ちっ!」
キースの不機嫌の理由は、クローヴィスの続報が入ってこないことと、
「相変わらず、もてますなあ、総司令官閣下。いやいや、羨ましくない限りですが」
「ほっとけよ、ヒースコート」
セシルと、ろくな話し合いにならなかったこと――セシルは一瞬でキースに落ちた。
セシルにとっては、初めての一目惚れだが、キースにとっては、珍しいことではない。一目惚れも、したければすればいい……慣れているキースは一目惚れした王女の感情を無視し、出兵等について話をしようとしたのだが、セシルから故国の治安維持になんら関係のない、覚えがあり過ぎる質問を矢継ぎ早に受け――溜息すら出なかった。
「わたしの好きな色と、復権になんの関係があるっていうんだ」
「ありませんな。下手したら、故国すら捨てるかもしれませんな。あなたが居るロスカネフ王国に居を構えると、言い出しそうな勢いでしたしな」
「…………ふざけんな」
「ふざけていないのは、あなたもよくお分かりでしょう?」




