【121】閣下、見抜く
【えっと……えっと……だいじょうぶ、かれはしはいしゃ】
子どもたちに対する、クローヴィスの全く安心できないリリエンタールに関する説明を聞きながら――
【閣下。お待ちしておりました】
【ジーク】
サーシャが深く頭を下げる。
本来ならば跪くところだが、ここにいるサーシャは、ロスカネフ王国軍所属となっているので、周囲の目を考え、ロスカネフ軍人として、対応する必要がある。
周囲の目とは、騎兵よりも子どもたち――騎兵のほうは、命令や勝手な解釈で納得するが、クローヴィスにまとわりついている村の子どもたちは、誤魔化しようがない。
まだ世の中を知らない子どもというのは、聞かれたことに正直に答えてしまう。
クローヴィスの足にぎゅっと抱きつきながら、リリエンタールのことをうかがっている子どもも、二人ほどいる。
彼らは聞かれたら、素直に答えてしまうだろう。
【かれは、いいひと】
【かお、こわいよ】
【しはいしゃ、こわくない】
怪しいアディフィン語で、子どもたちの警戒心を解こうとするクローヴィス――低く通る声で真面目に【かれは、いいひと】【しはいしゃ、こわくない】と。
吹き出しそうになりながら、サーシャは必死に堪えつつ、
【閣下がお越しになる前に、猟苑に不備がないかどうか確認を……という名目を使わせていただきました】
リリエンタールに「現状設定」を伝えた。
クローヴィスが事故に遭ったという連絡を受けて、ロスカネフ王国を飛び出したリリエンタール。
彼の身分であれば、とくに理由がなくとも、特別列車を走らせたところで、誰も不思議には感じない――権力と金の両方を持つ王侯貴族というのは、そういうものだと、庶民は知っており、それ以上深く追求することはない。
同じ階級の者たちも、概ね同じことしか思わない。
ただ、特別列車でバイエラント大公国へと足を運び、城のエントランスで着替えすぐさま猟苑に馬を走らせたのだから「猟をしにやってきた」とするのが、もっとも妥当だった。
【そうなるか】
【ロスカネフ軍の者たちには、そのように伝えております】
【分かった。ここは狩りの名所ゆえ妥当だな】
【はい】
狩りは上流階級の社交の場の一つ。
上流階級の中でも、とくに上流の者たちは、昔ながらの土地でのゆったりとした生活を好む。
このバイエラント大公国は、大陸縦断貿易鉄道計画の本拠地であり、上流階級にあって、最上に属する男性たちの理想の国。
中世さながらの、緩やかな時間が流れる、広大な猟苑で狩りをして交流を深め、計画を進めていた。
政変により大陸縦断貿易鉄道計画が中断したあとも、理想の猟苑は残ったが、跡を継いだリリエンタールが、全く人を招かないので、社交場として使われることは「ほとんど」なくなった。
全く無い……とならなかったのは、閣下の自称親友たちがやってきて、自由気ままに遊んで帰るので――
【そう言えば、先ほど幼子たちが、肉と叫んでいたようだが】
【ここで獲ったうさぎを、あげてもいい……と、わたしの一存で許可を出してしまったのですが】
【そういうことか。それは構わぬ】
リリエンタールにとって誰もが憧れる猟苑など、全く興味の対象はなかったが、銃の名手であるクローヴィスの遊び場になると考えた。
【うさぎのしょり、たのむ】
そのクローヴィスは、うさぎを猟苑管理者に突き出す。
【畏まりました……「あーかしこまりました。つうじますか?」
【つうじてる】
【習ったかいがありました、「たいい」
猟苑の管理を任されている男は、クローヴィスが何者かは分かっていないが、猟苑の使用許可をもらっているクローヴィスを、賓客として遇する――管理者の人生が約束された瞬間でもあった。
「見事な成果だな、大尉」
サーシャとの話を終えて、リリエンタールはクローヴィスに近づくと、子どもたちが「このおじさん、こわいぃぃ……」といった表情を隠さない。
リリエンタールは自分が子どもたちに好かれないのは分かっているし、怯えられるのも慣れたものだが、
【だいじょうぶ。かおじゃない。かおはかお】
【ぶほっ!】
クローヴィスが必死に「大丈夫だよ」と子どもたちの、恐怖心を解こうとしている姿に、なんとも表現しがたい気持ちになった。
クローヴィスを見ていると、言語化できない感情が次から次へと、自らの中にわき上がり、かなり疲れるのだが嫌ではなかった――それとサーシャの笑い声も、全く気にならなかった。
それどころか、
――そこは、笑うところなのだろうな
クローヴィスとサーシャの近さに、嫉妬はしなかったが、自分はどうやっても無理なのだろうなと感じた。
【おじさん、こわくない?】
うさぎを捌きにクローヴィスが子どもたちから離れ――刃物を使うので、万が一があってはいけないと、サーシャに任せたのだが、サーシャの隣にはリリエンタールもいるので、子どもたちは今度はサーシャの影にかくれつつ、だが子どもらしい好奇心で声をかける。
【お前たちに危害を加えるつもりはない】
答える必要はないのだが、ここで子どもたちを無視したり、サーシャを間に入れたりしては、子どもたちが更に怖がるだろうと考え、返事を返してやった。
もっとも声質も喋り方も変えていないので、子どもたちを怯えさせるには充分で、安心させる要素は皆無だが、
【きがい?】
害意もないので――子どもたちは、敏感に感じ取った。
【殴ったり、蹴ったりしないということだ】
【そんなことしたら、ブリュンヒルデさまに叱られるよ! おじさん】
【そうか】
【ブリュンヒルデさまは、そういうやつ、たいほもすんだぞ!】
【ほぉ。なかなかやるな。わたしはブリュンヒルデの知り合いだから、そんなことはしない】
【おじさん、知り合いなんだ】
【…………】
子どもたちが悪気一つなく、リリエンタールを「おじさん」と呼び――一生、そんな呼び方を聞くとは思っていなかったサーシャは、笑いがこみ上げてきて、必死に耐える。
【眼帯おじさんとともだち?】
【三輪車おじさんのともだち?】
【ぐっ……ふ…………】
サーシャは耐えきれず――
【……知り合いではある】
ここで「知らん」や「関係ない」だとか言っては、子どもたちがまた怯え――信頼を取り戻す術を知らないリリエンタールは「甚だ不本意だが」という言葉を飲み込み、認めた。
【面白いよね、三輪車おじさん】
正式名称は分からないが、この辺にやってくる眼帯をしておらず、三輪車に乗ってそうなのは、リリエンタールにはフォルクヴァルツ選帝侯しか心当たりがなかった――もちろん当たっている。
【昔から面白かった……気がする】
子どもたちによると、三輪車おじさんは、子どもたちを三輪車の籠に乗せて漕いでくれるのだと――リリエンタールは「なにをしているのだ、アウグスト」と思いはしなかった。
【どこにいても、アウグストはアウグストだな】
【はい】
三輪車おじさんことフォルクヴァルツ選帝侯は、そういう人間だと――
【ジーク。あれが三輪車を漕いでいるところ、見たことはあるか】
【ないです】
【そうか。見る必要もないが】
【おじさん! ひろばのくまみた?】
【おねえちゃんが、倒したんだよ】
【おねえちゃん、おんなの人だかんな! まちがうなよ、おじさん】
捌き終えたうさぎを持ち、クローヴィスと共に子どもたちを家へと送り届けたのだが、途中で子どもが「馬に乗りたい」と言いだした。
普段であれば、全く無視するところだが、子どもたちに三輪車おじさんの評判が高かったので、
――馬に子どもを乗せれば、イヴが喜ぶかもしれぬ
普通の感性ならば、ここは子どもの願いを叶えるところだろう……そう判断し、子どもたちを交互に馬に乗せてやった。
どの子も喜び、そして、
【くまねえちゃんのおかお、みえるー!】
【くまねえちゃんの、かおみたいぃぃ!!】
【くまねぇ、かお、しゅごい!!】
【かおが、きらきらしてるぅ】
視線が高くなったことでクローヴィスの顔が見やすくなり、子どもたちはその顔の美しさに大はしゃぎした。
猟苑では、ほぼ脚しか見えなかったので。
【美しいから当然だな】
リリエンタールは良い気分というものを味わい――すぐに、クローヴィスの落馬で心痛というものも味わうことになった。
その後、ドレスに着替えたクローヴィスとの楽しい食事を終え、
「大尉ともっと話をしたいのだが、大佐と仕事の話があるのだ。名残惜しいが、今日はこれでお別れだ」
クローヴィスが去ったあと、ハイドリッヒとルッツが部屋へとやってきた。
【閣下】
【なんだ? サーシャ】
【あの、女性の体型については、触れないほうが賢明です。とくに好意を抱いている女性に対しては】
【…………】
【顔色が悪いなどでしたら、心配しているで済みますが……痩せた太ったは、女性は触れられるのを厭いますので】
ルッツとハイドリッヒは、会話は聞いていないが「この人が、女性の体型に触れたのか……」と、半ば感動すら覚えた。
【失敗したか……】
リリエンタールが額に手をあてて、うつむく。
【いいえ、あの、見た目は痩せておられましたが、実体重は増えているので、一概に失敗とは言えないので】
――どういうこと?
――どういうことだ?
クローヴィスが筋力をつけ、体を絞ったとは二人は考えもしなかったので――この時代の女性がする動きではないので、分からなくて当たり前のことなので、仕方が無いともいえる。
【分かった。あとでシャルルに説明して、叱られながら対処方法を聞いておく】
人生において、失敗してこなかったリリエンタールだが、クローヴィスに関しては、クローヴィスが考えていることが読めずに失敗続きだった。
ただ――クローヴィス以外ならば、苦もなく読める。
【そうか】
三人から報告を受けたリリエンタールは頷き、そして、
【サーシャ】
【はい】
【イヴの唇に触れたな?】
【……!】
サーシャの些細な動きから、クローヴィスの唇に唇を重ねたことを当てた。
もともとそうだと言われてきたし、三人とも目の当たりにしてきたが、今回のこれは、背筋が凍る案件――だがリリエンタールは手を軽く振り、
【怒っているわけではない。わたしは気にしておらぬ。仕方ない状況だったのであろう?】
【はい】
【ならばよい。気にするな……イヴを口説いた時にも、キスをしたのであろう?】
クローヴィスに口止めをしたサーシャだったが、クローヴィスからではなく、自分から既に知られていたことに愕然とするが、リリエンタールはもともとそういう存在であることを思い出した。
いままでサーシャ自身の事柄を、当てられたことがほとんどなかったので、どこか対岸の出来事だった……ということもある。
【身構えずともよい。お前が触れる時は、必要な時だ。この先、同じ場面に遭遇した場合も、躊躇うことなく触れてよい】
【は、はい。あの、今回の件についての委細は】
【あとで聞かせてもらう。わたしは知っている、だから気にすることはない。なにも気に病まずに、誠心誠意仕えろ。それだけだ、サーシャ】
【御意】
膝をついて頭を下げるサーシャと、
――俺は理由があっても、殺されるなあ。サーシャ以外なら、キースも許されるんだろうけど
自分は殺されるなと、適切な判断を下すハイドリッヒと、
――俺は串刺しだろうな。サーシャが許されたってことは、キースも……まあ、アレはなあ
同じく自らに適切な判断を下すルッツだった。




