【119】永遠、止まる
リリエンタールとデニスの運行表を見比べ、許可を出したキースは、デニスに無線室へ案内するよう命じたが、
「本部から、ダイヤグラム編成以外の連絡は受けておりませんので、お断りいたします」
物の見事に断られた。
トロイ以外のキースの部下たちや、アーリンゲなどは「総司令官に?!」と驚いたが、
――キース閣下が、総司令官だと、知らないんだろうな。興味なさそう……いや、全くないだろうなあ……
トロイはなんとなく推察することができた。
現時点でキースは、デニスについて詳しいことは知らないが、自分が元は北方司令部の司令官で、つい最近中央に戻ってきて総司令官の座についたばかりなので、顔を知らなくても当然のことだと判断した。
顔も知らなければ、世代も違う。
いきなり大勢の軍人を引き連れてやってきた、怪しい人物。
――こいつとわたしの間には、信頼関係もなにもないのだから、警戒されて然るべきだな
立場が上の相手に対し、はっきりと拒絶を言える態度に、
「そうだな。無線室の話はなかったことに」
キースはいい感情を持って引き下がる。
「失礼な物言いに対して、寛大なお言葉、感謝いたします…………閣下」
キースたちはデニスたち駅員に見送られ、中央駅を後にした。
キースたちが乗った馬車が見えなくなるまで見送った、デニスともう一人の宿直――最初に頭を上げたデニスの第一声。
「あの人、なに閣下なんだろう」
声を掛けられた同僚の宿直も顔を上げ、
「普通に考えたら、総司令官閣下なんじゃないのか? 将官の制服……だったはず」
二人は話しながら駅舎に戻り、ゆるく見回る。
「総司令官? ……ってもう少し、繊細な感じの人なんじゃないの?」
「なんで、そんなことを?」
同僚はデニスが蒸気機関車以外に、興味のないことを知っているので、将官の制服を着用している人物を見て首を傾げても、不思議に思わなかった――それはそれで、どうか? だが、そんなデニスが総司令官が繊細などと言い出したので、同僚は思わず聞き返してしまった。
「俺の姉さん、総司令官の副官をしてたんだけど、あんな凜々しい男だって言ってなかった。前の総司令官だった殿下、いまは国王であらせられるガイドリクス陛下のことは、”華やかさばかりに目が行くけど、軍人としての訓練もなされているので、がっしりしてるんだよ”と……次の総司令官は、期間が短いにしても……陛下よりずっと、こう……軍人だよね」
同僚もデニスの姉が、総司令官の副官を拝命していたことは知っているので――本物を間近で見ていた人の意見のほうが、正しいと考えるのは、普通のこと。
「陛下より軍人だな。いや、その……ええ? デニスのお姉さん、繊細って言ってたのか?」
「はっきり繊細とは言わなかったけど、ピンクのボタニカル柄の食器が似合うって言ってた。さっきの閣下と名乗っ……てなかったけど、閣下らしい男性は、似合わないと思うな」
二人の足音だけが響くがらんとした駅のホームで、デニスが同僚に語る。
「ピンクのボタニカル柄…………ああ! そうだ! あの総司令官、女性にはそういう風に見えるって、聞いたことがある!」
「そういう風?」
「華奢で儚げで、守ってあげたくなるだって!」
同僚が見送りの際に見たキースの姿は、儚げとは全くの無縁で、聞いたことはあったが、まったく思い出せなかった。
「どう見ても、違う人だろ、それ。さっきの閣下の、どこにそんな要素が?」
「アルペルッティは繊細」「オッシは美形」など蒸気機関車の車両に名前をつけて、容姿を評価している人間が、言って良い台詞ではないような気もするが――
「女性にはそう見えるんだって」
「そうなんだ…………ま、いいか。そうそう、特別編成列車の誘導と、各所への無線連絡、どっち受け持つ?」
「誘導はデニスに任せる。見回り終えたら朝飯食って、動こうぜ」
「うん。夜勤明けまで忙しくなるな」
駅員である彼らは、いきなり持ち込まれた、数時間後に発車する特別編成列車への対応に取りかからなくてはならない。
デニスに無線室の許可をもらえなかったキースは、中央司令部に戻り、自ら無線室へと足を運び、自ら北方司令部に連絡を入れた。
「ヒースコートに大至急、中央司令本部に出頭するよう伝えろ。ただし伝えるのは、登庁してからでいい」
了承の声を聞くと、無線室に備え付けのメモ用紙にペンを走らせ、
「トロイ中尉、部下二名を伴い、フェルディナント・ヴェルナー大佐を叩き起こして、大至急わたしの所へ連れてこい。一応命令書だ」
「御意」
トロイに渡す。
受け取ったトロイは、キースの護衛に当たっている隊を部下に任せて、無線室から駆け出していった。
そのあと、キースは幾つか指示を出し、執務室の椅子に腰を降ろして、腕を組んで目を閉じた。
中央駅に同行したアーリンゲと配達人だが、駅を出た際にキースたちと別れ、新たな情報が入っていないかを確認するため、一度リリエンタール城に戻った。
腕を組み椅子に腰を降ろしたままのキースの元に、ヴェルナーがやってきたのは、命令を出してから一時間半後のこと。
「よぉ、アデル」
急ぎ呼び出されたヴェルナーも、キースと同じく髪が下りたまま。
「来たか。とりあえず悪い知らせだ。そこに座れ。ヴェルナー以外は下がれ」
ヴェルナーが椅子に腰を下ろすか否やのタイミングで、
「クローヴィスが乗った蒸気機関車が、事故に遭ったらしい。詳しいことは、まだ分かっていない」
呼び出した理由を告げた。
椅子に腰を下ろしたヴェルナーは、しばらくキースの顔をまじまじと眺め、
「部隊を率いて、向かえばいいのか?」
外国で貴族ではない自国民が事故に遭っても、軍が出ることはない――貴族であれば、身内の捜索を頼むこともできるが、その際の資金は貴族持ちになる。
今回の一行に、表向きは裕福な貴族の一門は含まれていない――エーベルゴードの実家は、捜索隊を組んで捜してくれと依頼できるような伝手もなければ、資金もない。
だが今回は、裏が存在する――事故に遭ったクローヴィスを放置しておくわけにはいかないので、軍を出す必要があったのだが、ロスカネフ軍よりも素早く動ける、治外法権にキースは譲った。
「それは要らない。ツェサレーヴィチがそろそろ出る」
キースがちらりと室内時計に視線を向け、軽く舌打ちをする。
「情報はツェサレーヴィチの方から?」
「アディフィン大統領が、弟に人を送ってきた」
「事故はアディフィンで?」
「いいや。バイエラントでだ。いつ事故に遭ったのか、まだはっきりとしたことは分からないが、まず”事故に遭ったらしい”という一報が届いたので、ロスカネフまで人を送ってきたそうだ」
「分かっているのは、それだけなのか?」
「それだけだ」
「普通は、もう少し詳細が分かってから、人を送るもんだろう」
「そう言うなよ、フェル。アディフィン大統領にとっちゃあ、一つの判断ミスで国家存亡の危機だぞ」
「誤報でも、飛ばされそうだが。それよりも…………」
ふとヴェルナーの口が止まった。ヴェルナー自身、なぜ止まったのか分からないが――
キースは急かすことはしなかった。
キースとクローヴィスの付き合いは短いが、ヴェルナーとクローヴィスの付き合いは長い――大事に育てた部下が、事故に遭ったと聞けば、言葉に詰まってもおかしいことではない。
しばらくの沈黙の後、ヴェルナーは息を吐き出し、
「誤報であることを願いたいが、ツェサレーヴィチから事情を聞かされている連中が、無能だとは到底思えないからな」
そう、言葉をまとめた。
「ああ。…………クローヴィスは無事だと思うが、あいつの性格上、事故で困っているヤツがいたら、頑張って助けそうなのがな。それがアイツの長所だが」
「周りを見捨てて、自分だけというのが、出来ないタイプだからな。俺たちと違って」
「同意する」
二人は朝食が運ばれてきたので、給仕が終わるまで一旦無言に。
また二人きりになってから、食事を取りながら、これからについて話し合い、なにも知らずに登庁してきた各々の副官を、とりあえず蹴ってから事故について伝え、本日の予定を全て白紙にして、
「陛下にお伝えしてくる」
「頼んだぞ、ヴェルナー」
ヴェルナーはガイドリクスへ報告するために、副官のオクサラを伴い王宮へ向かった――




