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Eはここにある  作者: 剣崎月
第三章

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114/208

【113】軍務、出迎える

 リリエンタールはロスカネフ王国を発った――そこから少し時を遡る。


 ヘラクレスの元に凶報を届けにやって来た配達人は、ヘラクレスに軍の総司令官にも直接会って伝えるよう、大統領から指示されていると告げた。


 ヘラクレスは配達人を伴い、リリエンタールの紋章が描かれた、リリエンタールからの使者用の馬車に乗り込み、キースの元へ急ぎ向かう。

 手綱を握ったのは、ヘラクレス本人。

 人気の無い深夜の街に響く馬蹄と、車輪の音。

 門が閉ざされている正面入り口に乗り付け、衛兵にリリエンタールからの、火急の知らせだと偽り――


「火急? 使者は誰だ?」

「マーストリヒト子爵と名乗りました。あと随員が一名」


 深夜二時近くに、起こされる形になったキースだが、


――アーリンゲか…………嫌な予感がする


 生来の勘が働き、すぐに覚醒し、通すよう指示を出した。

 厳重な身体検査を受けていた二人は、面会許可が下りたと聞くと「急いでいるので、案内は全速力でお願いします」と頼み――ヘラクレスはキースがどこにいるのか知っているのだが、部外者が案内を差し置いて走り出せば、当然警戒され、ややこしいことになるので、案内の後について走った。

 二人を案内した隊を率いていたのは、ジークフリート・トロイ中尉。


 ヘラクレスたちが到着した時には、


「髪をセットする時間はなかった。悪いな」


 髪こそ下りているが、キースは軍服に着替えて執務机についていた。

 その表情には眠気などは一切なく――トロイは咄嗟に「聞いてはいけない類いの話だ」と悟り、


「全員下がれ」


 キースの言葉に瞬時に従い、トロイは部屋をあとにした。


「耳元で囁くよう指示されているので」


 ドアが閉まるよりも早く、配達人がそのように告げ、


「分かった」


 余裕など一切感じられない配達人が側に寄ることを許可し――キースはもっとも聞きたくない報告を受けることに。


「……はあ? おい、冗談じゃないよな」

「もちろん、冗談ではございません。ヴィルヘルムさまは、一切関わっておりません」


――ヴィルヘルムの負の信頼度が……他の国の総司令官にまで……その、分かるけどな 


 リトミシュル辺境伯爵を知っていたら、まっさきにソレを確認するだろうな……と――

 報告を受けたキースは、一瞬で考えをまとめ、自ら無線室へと足を運ぶ。

 配達人が持ってきた情報を確かめるべく、リリエンタール本人が国を出るとキースは予測した。

 現時点でクローヴィスの所へ、最も速く向かうことができるのは、蒸気機関車。

 蒸気機関車を走らせるためには線路が必要になる――線路を使用するとなると、国内を走る蒸気機関車にも影響が出る。

 その為にダイヤグラムを変更する必要があるので、それを提出しろと――提出しなければ、線路の使用を許可しないということを無線で伝え、また中央駅にも連絡を入れ、トロイ隊と二人を伴い中央駅へ。

 司令本部から中央駅はさほど遠くないため、キースたちはリリエンタールからのダイヤグラムよりも先に到着し、出迎えた車両整備士に、


「ダイヤグラムの進捗は分かるか?」


 厳しい口調で尋ねる。

 軍の高官と会うことのない車両整備士は、


「もう終わっているはずです」


 びくびくしながら答えた。


「そうか」


――随分と早いな


 キースはそのまま貴賓室に入り、トロイは無線を受けて取りかかった駅員が作ったダイヤグラムを取りに行った。


「リリエンタール閣下のダイヤグラムに、間違いがないのは分かっているが、それを我が国の駅員が理解できるかどうか? となると、話は異なる」


 同席しているヘラクレスに、キースはそう説明をする。


「総司令官閣下としては、当然の確認かと……まあ、総司令官閣下直々に確認することでもないが」


 キースに話を持ってきたヘラクレスが、しれっと言う――あくまでもこの会話は、キースの部下に聞かせるものであって、互いの本心からの言葉ではないことは、両者とも分かっている。

 そしてキースの心配は当然だろうとも。

 普段の(・・・)リリエンタールであれば、間違いはないだろうが、今回はクローヴィスの安否がかかっている。

 そういう精神に負荷がかかった状態で計画を立てたことは、リリエンタールにはない――


「リリエンタール閣下からとなれば、必ずわたしが判断を下さなくてはならないのだ。間の人を排除しても問題はない」

「こちらとしても、ありがたい」


 そんな会話をしていると、トロイが「本日の特別編成ダイヤグラム」を手に、編成した職員を連れ戻ってきた。


「編成を担当した、デニス・ヤンソン・クローヴィスです」


 トロイがキースに紹介し、デニスは駅帽を脱ぎ一礼する――夜勤だったデニスが、連絡を受けてダイヤグラムを作成していた。


 キースにヘラクレス、そしてトロイも、デニスがクローヴィスの弟だと知っているが、蒸気機関車の知識と技能について詳しく知らない。


「質問するかもしれないから、室内で待機しろ」


 姉に関することだが、詳しいことは分からないので、キースは現時点では事故について教えないことを選んだ――できれば誤報であって欲しいという思いが、キースにはあった。


「はい、分かりました…………閣下」


――キース閣下だって教え忘れた


 デニスが「そういう人間だ」と知っている、クローヴィスの先輩にあたるトロイは「誰ですか? あの人」と聞かれなかったことに安堵しながら、デニスの隣に立ちダイヤグラムが届くのを待った。


 勤務し、駅員の力量を理解している職員が作るダイヤグラムと、リリエンタールが作ったダイヤグラムを見比べ、異なる部分があった場合、理由を聞き調整する必要がある……はずだったのだが、


「……全く同じだな」


 届いたダイヤグラムとデニスのダイヤグラムを見比べ、ヘラクレスものぞき込み、


「そうですね」


 同意する――こうして、リリエンタールが乗った特別車両は、国内線路を使ってフォルズベーグ王国へ向かう許可が下りた。


 留守はアーリンゲに任せられ、また、


「アディフィンの兄から届く暗号無線は、この配達人が解読してご報告いたしますので」


 配達人も残った。


**********


 リリエンタールたちが乗った特別蒸気機関車だが、フォルズベーグ王国を抜ける際は、ロスカネフ王国のような手続きや、許可は必要としなかった。

 すでにフォルズベーグ王国は末期――ウィレムに成りすましたハーゲンが、よく国を乱しているため、通常線も遅延や欠便が相次ぎ、予測を立てるのはほぼ(・・)不可能――リリエンタールは、治安が悪くなりやすいルートを選んだ。


「治安もほどよく(・・・・)悪くなっているようだな」


 物資補給のために停車したリリエンタールの蒸気機関車に、想定通り強盗が乗り込んで来ようとしたがリリエンタールが伴った小銃部隊により、原形が残らぬ程度(・・)に撃たれて終わった。

 軍がすでに機能しなくなっているので、こういったルートは蒸気機関車を走らせないという対応しかできなくなっている――


 車中で一方的な銃撃音を聞くハメになったマンハイムの男――荷物を運び込んでいたら、そのまま車両が発車してしまい、どこへ行くのか分からないまま、気付けば荷物整理を任されることに。


【…………】


 唯一話し掛けてくれ、事情を説明してくれるヘラクレスが乗っていないため、マンハイムの男は事情をなにひとつ知らないまま。


 情勢不安なフォルズベーグ王国を横断している時は、全くといっていいほど情報が届かず――特別列車はフォルズベーグ王国とアディフィン王国の国境を抜けた。

 アディフィン王国側の国境警備隊は、リトミシュル辺境伯爵の命を受けていたので、通り過ぎるリリエンタールの蒸気機関車を、いつも通り(・・・・・)見送った。


「減速せよ」


 リリエンタールは駅もなにもない場所で、減速を命じた。


「来てる?」


 連絡など一切取り合っていないのだが、この辺りにリトミシュル辺境伯爵が、乗り替えの蒸気機関車を用意している――それは確信だった。


「来ている」


 執事の問いにリリエンタールが窓の外を指差すと、そこには立ち上る煙。


「リーンハルト、シャルル(・・・・)を任せたぞ。シャルル(・・・・)、注意しろ」


 リリエンタールは二人に告げてフロックコート姿で、減速した蒸気機関車から飛び降り、勢いを殺すために地面を転がるが、すぐに起き上がり――


【アントン!】


 馬に乗っているリトミシュル辺境伯爵が声を掛けてきた。


【ヴィルヘルム】

【サーシャから良い返事が来てるぞ!】

【そうか】 


 周囲にいる兵士はほとんど事情を知らないので、はっきりと「クローヴィスは無事だ」と言わなかったが。

 リリエンタールはそれを聞きながら走り、鞍の乗った馬に飛び乗り、動き出した蒸気機関車と馬を併走させ――車両に飛び移った。


【相変わらず、あの恰好で、よくあれほど動けるもんだ】


 騎手がいなくなったので、足を緩め蒸気機関車から離れる馬。それとは対照的にスピードを上げる蒸気機関車。

 兵士が馬を二頭回収し――リリエンタールと共に、ルッツも車両に飛び移っていた。


 リリエンタールが移動した蒸気機関車を見送るリトミシュル辺境伯爵の隣に、執事たちが乗っている蒸気機関車が停まり――


【無事なんですね】


 執事が下り――リトミシュル辺境伯爵に、その後に入った情報を尋ねた。


【ああ。……で、一応聞くんだが、グリズリーを一人で屠れるくらい強い……のか? そういう報告を受けたんだが】


 色々と情報を集めていたリトミシュル辺境伯爵は「どう見ても男にしか見えないロスカネフ王国の女性士官が、グリズリーと一対一で勝負して勝った」と聞かされ――「一人でグリズリーを倒すのは無理だろう」と、最初は誤報かと思ったが、どうもそれが正しいらしいと分かったあと、その男にしか見えない女性士官が武官補佐として、ブリタニアス君主国に赴任する途中だったとの情報が届いた。

 「え、もしかしてアントンの妃なのか?」――悩んだが、側にギュンター・ディートリッヒ大佐が付いていると聞き、確信した。


【レイモンドが文句なしに強いって言うくらいだから、あの人より強いかもね】

【…………ぶ、ぶはははは! そりゃあ強ぇなあ! そんな逸材かよ! いや、逸材だろうとは思ってたが!】



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