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それから、日々は過ぎていくんだ。
特別なことが起こる事もなく、日常が繰り返されていくだけ。
けれども、凄く幸せなんだ。
これが、私の日常なんだよ?
幸せすぎて、どうしたらいいのかわからなくなるんだ。
朝は必ずデュークさんと食べるようになった。
だって、2人で食べると美味しいもの。
朝食の内容は、毎日、変わる。
柔らかくて白いパン、程よく焼いたベーコン、スクランブルエッグ、サラダ、果物のジュースだったり。
サンドイッチ、ミルク、果物だったり。
ホテルのバイキングみたいに出てくることも、ある。
メニューは前日までに考えて決めてる。
デュークさんが食べたい物が多い。
だってね、それが合った時に「凄いな、俺の食べたい物が並んでるぞ?」って嬉しそうな顔をしてくれるの。
その顔が見たくて、ね。
でも、毎日そうならなくても平気。
一緒に食事が出来るだけで楽しいんだから。
それに、ね、健康のためには野菜や乳製品も食べてもらわないと。
どうやら苦手みたいだけど、食べてくれるんだ。
私の為に、だって。
可愛いんだから。
だから私は食事に関しては五月蝿くしてる。
だって、美味しいもの食べたいでしょ?
品質改善だから、許してね?
本日、機嫌のいいデュークさんが朝食の時に言う。
「今日は、珍しい人間が来るぞ?」
「誰?」
「お楽しみだ」
一体、誰だろう?
まぁ、いいか。
「うん、わかった」
「よし、可愛いな」
そう言って軽いキスをしてくれる。
少しミルクの味がする。
これは朝だけのキスの味だ。
と言うことは?
今日は護身術の稽古はお休みでいいんだ!
嬉しい!
あ、こんな怠け者の生徒ですみません、隊長…。
食事が終わり、デュークさんは仕事に行く。
この屋敷にある執務室に、毎日、籠もる。
ポポロが来たり、トーマスが来たり、とにかく、毎日来客がある。
王様は、とても忙しい。
それに輪を掛けて、ポポロとトーマスは忙しいみたいだ。
彼等は毎日のように城とここを往復してるんだもの。
で、デュークさんがお仕事している時。
こんなとき、私はこの屋敷の厨房に遊びに行く。
「テッド、今、いても大丈夫?」
「カナコ様、いいですよ」
テッドはこの屋敷のコック長だ。
と言っても、この屋敷には総勢で10名しかいない。
だから、テッドの下には若い男の子のエディがいるだけ。
テッドは太っている人の料理は美味いという説を体現している。
で、声を荒げたり、人を怒鳴ったりしない。
私、思うんだけど、優しい人は優しい味をつくるんじゃないかって。
叱ると怒鳴るは違う、よね?
「今日のパン、凄く美味しかったわ」
「それは、よかったです。やはり小麦の質と配合を変えたかいがありました」
「陛下も喜んでいらしたのよ」
最近、人前では陛下と言うようにしてる。
もう、子供じゃないし。
あ、私、実際には何歳だろう…、考えないようにする。
「それで、けど、はありますか?」
ニコヤカにデットが聞いてくる。
「ごめんね、あるの」
いつも私が美味しいって言ってから、駄目出しをするので、こんな会話になるんだ。
「サラダが、水っぽかったの。せっかくのドレッシングが美味しくなかったわ」
「なるほど、サラダですか、…」
「野菜を水洗いした後に、キチンと水を切ったのかしら?」
「足りなかったのかもしれません。昼からやり方を変えてみます」
「お願い。もし良かったら、なんだけど…」
いつも、そう言って日本にあったものや、やったことを伝える。
「野菜をザルに入れて、何度も回転させると、良く水が切れるんじゃないかしら?」
「カナコ様、爺に頼んでみたらいかがでしょう?」
「そうね、そうしましょう!」
爺は、なんでも知ってて、何でも作る器用な人。
私の無理な注文にも答えてくれるスーパーマンだ。
爺はデュークさんを子供の頃から知っているそうだ。
その爺は、なんの爺かわからないけど、爺と呼ばれている。
この屋敷で、私が2人きりでいていい男性は、デュークさんとテッドと爺の3人だけ。
だって、それ以外だと、デュークさんが怒るから。
私は下絵を描いてから爺の元へと急ぐ。
爺は屋敷の庭に小さな小屋を建てて、そこに住んでいる。
だから、私は、爺のところに行って、つたない下絵を見せて説明をしてる。
「爺?わかる?」
「これは、なんじゃいな、カナコ様?」
「野菜を洗った後に、水を切るもの。ザルがクルクル回れば、水が飛んでいくでしょ?」
「なるほど。面白い。しばらく考えますな」
「急いでないから、ゆっくりでいいからね」
「はいはい、しかし、カナコ様は面白いことばかり思いつきますな?」
「まぁ、正確には思い出しているんだけどね…」
「はい?」
「なんでもないわ」
爺は下絵を見ながら、思案してくれている。
私は庭を眺めた。
季節の花が沢山咲くように、爺が丹精込めて手入れをしている自慢の庭だ。
今も花が咲いている。
少しの風が花の香りを運んでくれる。
そこにジョゼが来た。
「カナコ様。ここでしたか?」
「あ、ジョゼ?どうしたの?」
「お客様がいらっしゃってますよ」
「陛下は?」
ちゃんと陛下って言えてる私に、満足そうに返事するジョゼ。
ジョゼ先生は厳しいんだよ。
「既にお待ちです」
「わかった、急がないと駄目ね?」
少し早歩きで移動。
そう言えば最近は、浮足は使ってないなぁ。
不自由を感じないからだろう。
この世界の魔法は面倒臭いんだ。
走った方が早いときもある。
屋敷に着いた。
ドアが開けられる。
「おお、フィー!」
お爺様とお父様と、アンリ兄様がいる。
「お爺様?どうして?」
どうした?
「どうだ?慣れたか?酷い目にはあってないか?」
お爺様、デュークさんの前だよ?
いいのか、そんな発言?
「お爺様たら!」
とりあえず、抱きついておこう。
苦笑いのデュークさんが発言する。
「スタッカード公爵、それは孫娘を奪った俺への嫌味か?」
「おお、陛下、まだ、おいでましたか?年寄りは目も耳も遠くなりましてなぁ、ハハハ!」
お爺様、あんたって人は…。
けど、デュークさんも笑っているし、いいか。
「相変わらずだな、公爵は」
すかさず、お父様が謝る。
「陛下、申し訳ございません」
「いや、公爵ならば仕方ない」
お爺様、どんな立場にいるのでしょうか?
意外に名家ってやつなの?
「フィー、元気そうだな?」
「はい、お父様、アンリ兄様」
「フィーは相変わらず綺麗だね」
アンリ兄様、本当に妹は心配です。
「と、ところで、今日は、どうしたの?」
「今日はね、陛下にご挨拶を兼ねて、フィーの様子を見に来たんだよ」
「心配してくれたの?」
「当たり前だよ、フィー。大切な娘を心配しない親が何処にいる?」
「お父様!」
お父様にも抱きついておこう。
けど、久し振りだな。
「で、安心して頂けたのかな?」
デュークさん、苦笑い。
このメンバーでは苦笑いしか出ない、か。
「はい、安堵しました」
お父様、そういうしかないよね。
そうだよね?
けどね、大丈夫だよ?
「お父様、私、幸せよ?だって、毎日陛下と一緒に過ごせるんだもの」
「そうか?ならいいんだよ。フィーが幸せならな」
「陛下、孫娘を泣かすようなことがあれば、例え陛下であろうとも、このスタッカード、許しませんからな?」
「公爵、肝に命じておこう」
お爺様、王様に対して強気すぎません?
しかし、挨拶ってなんだ?




