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次の日も、泣いた。
その次の日も、だ。
今の私には泣くことしか出来ない。
泣いてばかりの日々だ。
最初はマリ姉ちゃんに見つけて欲しくて、だったけど、今は少し違う。
だって、本当にデュークさんに会えなかったら、どうしようって、…。
何の為に、生まれ変わったんだ、私?
今日も空を見たら、涙が流れてきてしまった。
帰りたい…。
ドアが開いて奴が入ってきた。
食事を乗せた盆を手にしている。
「泣いても、何も変わりませんよ?」
リックは、そんな私の様子にも動じることなく、淡々としてる。
こいつ、許せない。
「そんなこと、わからないんだから…」
「無駄な体力を使わないことです。泣いてばかりいると気弱になりますよ?」
意味がわからん。
「あなたが、こんな所に連れてくるからじゃないの!帰して!」
「嫌です」
「意地悪…」
意地悪そうに笑いやがった。
こいつ、悪魔だ。そうに違いないんだ。
そう思ったら、そうにしか見えなくなる。
白い悪魔だ。
ザックと同じ顔してるはずなのに、全然、別人になってしまった。
「リリフィーヌ様の時より、我が侭になりましたね?」
「…」
「さぁ、食事を持ってきました。少しは食べないと、体力がつきませんよ?」
そうなんだ、私は彼が持ってきたものには、手をつけなかった。
食べられないんだ。
それでも、侍女が持ってきた食事なら食べられるから、1日1食、食べられてる。
なんで、コイツは、ワザと持ってくるんだ?
「食べさせてあげましょう」
「来ないで、いらないんだから」
「そう言わずに。だいたい、あなたが空腹に耐えられるとは思えません。素直に食べたらどうですか?」
「いらない、出てって」
「睨んだって、無駄です」
「あなたが持ってこなければ、食べられるの。あなたの顔を見たくないの」
こんな状況でも、奴は笑う。
「私はずっと見ていたいんですから、気にしないでください」
なんなの?睨むしかできない。
「あなたは、私をどうしたいの?」
「どうしたい?私のモノにしたいんですよ」
「それは、無理って思わないの?」
「いつかは、変わります。変えてみせます」
「どうやって?」
「それは言いません」
「いわないんじゃなくて、いえないでしょ?だって、無理だもの。私はデュークさん以外を愛さないんだから」
「そんなの、何が起こるかわかりませんよ?」
「そうよね、何が起こるかわからないわよ、あなただって…」
「ここは、私の支配する場所です。私に都合の悪いとこなど、起きませんよ」
自慢げに笑って、居座った。
こんなことが続けば、私は持たないぞ?あ、狙いはそこなのか?
最悪だ。
こいつは手に入れるためなら、私が正常でなくてもいいんだ、きっと…。
絶望が、私を蝕んでいくんだ。
このまま、外に出ることも叶わないで、一生ココで暮らす。
そんな未来しか見えてこない毎日に、私は気力をそがれていくんだよ。
ベットの上から降りることすら面倒だ。
身支度だって、侍女がやってくれないなら、やりたくなった。
さすがに、最低限のことはしたけどね。
だって、デュークさんに会えるって希望だけは消えてなかったから。
けど、来てくれるのかな…。
だって、私がエリフィーヌ・ハイヒットに生まれ変わったことすら知らないでいるんだよ。
絶望と希望が私の中で交互に現れる。
その事が、ますます気力を奪って行くんだ。
もう、もたないかもしれない…。
「どけ!」
「早くしろ!」
その日は朝から慌しかった。
なんだろう?バタバタしているんだよ。
こんなにざわついた日は、ここに来てから初めてだ。
何かが起こる。
そうなんだ、その時が来たんだ。
あいつに都合の悪いことが起きたに違いない。
そう確信できた。
だって、奴が慌てて部屋に来たんだ。
珍しく、必死だ。
ドアの音が大きく響く。
リックの声は大きく慌てていた。
私はベットの上で、臥せっていた体を起こした。
「直ぐに、ここを出ます」
「なんで?」
「いいから!」
リックは私の腕を掴んで、部屋を出て、廊下を進む。
降ろしたままの私の髪が邪魔で、どこに向かっているのかわからない。
「離して!」
「大人しくしてください!」
「いやだ!」
「時間がないのです」
それは、、それって?
そうなんだ、そうに違いない!
「デュークさんが来るんだね?ここに来るんだ?」
しまったって顔した。
ああ、間違いない。
体がふらつく。
体力がなくなってるんだ、廊下に座り込んでしまう。
「立ってください。想定外のことが起こりました」
「リックでも、そんな事があるの?」
「…」
無言で私を引っ張って、立たせようとした。
私は気力を振り絞って奴の手を振り払った。
「私は、動かない」
「カナコ様!」
「だって…」
来てくれるんだ。
私のために、ここに、来てくれるんだもの。
「デュークさんが来るんでしょ?だったら、私は、ここにいる」
「奴と会うのは嫌なんでしょう!」
「もう意地を張るのは止める。会う、だって、私はその為に生まれ変わったのよ?」
決めた。
会うんだ、会っていうんだ。
「だって、私が愛してるのは、デュークさんだけなの」
その時、リックの顔が、しまったという顔になって、彼の前を見詰めた。
私は、思わず、振り返る。
ああ、そこにいたのは…。
「カナコ、待たせたな?」
デュークさんだ。
デュークさんが、立っていた。
鼓動がもの凄い勢いで、ドックンドックンと鳴る。
やだ、目が潤んでくる。
私は叫ぶ。
「遅いよ!デュークさん!」
言い終わらない内に、デュークさんは、リックから私を奪うと抱きしめてくれた。
私は気を失いそうになる。
安心し過ぎだ。
「大丈夫か?しっかりしろ?」
「…、うん」
1人で、立てない…。
デュークさんが抱き抱えてくれる。
そう、夢にまで見たんだ。
こうして、デュークさんに抱えられて甘える日を…。
叶うなんて、凄い。
「カナコ、約束を覚えているな?」
「うん」
「よし、いい子だ」
デュークさん、その笑顔は禁止だよ。
泣きそうになるじゃないか…。
リックはデュークさんと一緒に行動している人たちによって、既に縛り上げられていた。
それなのに、平然としている。
「見つかってしまいましたか…」
「リック、まさか、お前がカナコを拉致するとはな?」
「自分の人生です。誰に何を言われようと、思うように生きたかっただけですよ」
「後悔はないのか?」
「ありません」
なんて、この人は…。
「わかった。こいつを連れて行け」
リックはそのまま連れ去られた。
「俺達も直ぐに、ここを離れる」
「うん」
私はデュークさんにしがみ付いた。
軽々と私を抱きかかえたデュークさんは、キスをくれると、そのまま私達はルミナスへと向う。
馬車が揺れる。
私の消耗度合いはかなり、やばかった。
「俺が側にいるから、寝ろ?いいな?」
「わかった…、けど、お願い。この服は嫌なの。着替えたいの」
「わかったよ。俺が全てをやるから、安心しろ」
「うん、ならいい…、あとね、誰にもね、触れさせてないんだか、ら、ね?だから…」
「カナコ、おまえは俺のものだ。もう誰にも渡さない。そうだろう?」
「うん…」
スリープの魔法すら必要ない程に、衰弱している。
時々目覚めるけれども、基本は意識を失っていた。
けど、目覚める度に、私はデュークさんの温もりを探した。
知らない間に、ガナッシュを出て、海の上にいる。
船で2時間程度でルミナスに着く。
そっと服を脱がされる感覚に少し目覚めたんだ。
軽く唇がふれて、急に深い眠りに入る。
デュークさん、スリープ掛けてくれたんだ…。
そして、私は、ルミナスに着いたことも、港の側の王家の別荘に着いたことも、服も下着も着替えていたことすら、知らないままでいた。
安心できたんだ。
だって、これからは、ずっと、側にいてくれるから。
デュークさんがいてくれるんだから。




