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久し振りに、ザックのところに出掛けようと思うんだ。
文句の一つも言ってやろうと思うんだ。
言うなっていったのに…。
1人じゃ会うまでに時間が掛かるだろうから、知り合いと一緒に行こう。
「サー姉ちゃん?」
「なに?」
「一緒に学院に行って欲しいの。いい?」
「学院に?」
「うん、」
「どうして?」
「ザックに会いに行きたいから」
サー姉ちゃんは視線を外した。
どうしたんだろう?
「フィー、私は忙しいから、ジャックに頼んでくれる?」
「忙しいの?ごめんなさい、そんな時にお願いしちゃって…」
「いいのよ。一緒に行けなくて、ごめんなさいね?」
「ううん、大丈夫。ジャック兄ちゃんに頼んでみるね」
私は、出掛けるサー姉ちゃんを見送って、ジャック兄ちゃんを探しに行く。
ジャック兄ちゃんは部屋で本を読んでいた。
「兄ちゃん?」
「なんだい?」
「あのね、今日、学院に連れて行って欲しいの。いい?」
「フィー、アンリ兄様は良いって言ったか?」
「え?聞いてないよ?」
ジャック兄ちゃんは、立ち上がると私の頭を撫でた。
「おいで」
どうしてか、アンリ兄様の部屋に連れてかれた。
ジャック兄ちゃんがアンリ兄様に、話してる。
なに、2人で話しこんでるんだ?
「で、何しに学院に行くんだ?」
「え、と、ザックに会いに行きたかったの…、駄目?」
「学院長はお忙しいぞ?」
「え?そうなの?」
「そりゃそうさ」
「だって、いつでも会いに来ていいって、いわれてるよ?」
2人は顔を見合わせた。
「ちょっと、お伺いしてくるよ」
ジャック兄ちゃんは部屋を出た。
きっと電話しにいったんだ。
この世界の電話は固定電話のみだ。
それも、お金持ちの家にしかないんだ。
城の側に基地局があって、そこからの地下ケーブルは電話を置きたい家が自己で負担しないと駄目だそうだ。
ハイヒットの家にも1台しかない。
「フィー?」
「なに?アンリ兄様?」
「おまえの置かれている状況を理解しているか?」
「え?なに?」
今度はアンリ兄様に頭を撫でられた。
「いや、いいよ。だけどな、これからは1人で出掛けてはいけないよ?いいかい?」
「どうして?」
「世の中にはいろんな人間がいるんだ。用心した方がいいだろう?」
「そっか…、そうだね、そうするよ」
そこへジャック兄ちゃんが戻ってくる。
「フィー、会ってくださるそうだ」
「良かった」
「じゃ、支度して出掛けるぞ?」
「うん、じゃ、アンリ兄様、行ってきます」
「ああ、気をつけてな」
お互いの用意をすませて、私と兄ちゃんは馬車で出掛けた。
家から馬車で行って、学院について、ザックの部屋に行く。
どこにも寄り道しないんだよ?兄ちゃん達、大げさだわ、まったく。
で、ジャック兄ちゃんと一緒にザックの部屋に入った。
「カナコ!君から会いたいなんて、嬉しいなぁ」
「ザック、私の用事、わかるでしょ?」
兄ちゃんが私の腕を引いた。
「フィー、学院長に、なんて!」
ザックがジャック兄ちゃんを止める。
「ジャック、カナコはいいんだ。私はカナコには謝っても許されないことをしたんだから…」
「学院長?」
「ザック、それはザックが悪かったわけじゃないわ。誰も知らなかったんだもの」
「やはり、妹が言っていた事は…?」
「人格が入れ替わった後の人間は一切魔法を使わないようにしないと、肉体が持たずに死んでしまうんだよ。ジャック、覚えておきなさい」
「じゃ?」
「そうとは知らずに、カナコにバンバン魔法を使わせて、それが原因で…。もっと生きたかっただろ。カナコ?」
「もう、いいよ。こうやって、また会えたじゃない?だから、もう、いいの」
ザックはそれでも、納得しない。
「いい加減に、陛下に会えばいいのに…」
「会わないって、言ったでしょ?」
「まったく、強情なんだから、どれだけ陛下が悲しんだことか」
「ザック、それ以上この話を続けるんなら、帰る」
兄ちゃんは唖然としながら会話を聞いてる。
「わかったよ、もう止めよう。で、用事はなに?」
「ジョゼに喋った」
「あ、ごめん…」
「だから、馬鹿って言いに来たの」
「気の済むまで、言っていいよ…」
深呼吸した。
「ザックの馬鹿!!」
スッキリした。
大声で言ったら、それで、満足しちゃった。
もっと色々と言われると覚悟していたみたいなザックは、ちょっと間抜けな顔になっている。
「もういいの?」
「うん、もういい」
兄ちゃんの腕を突いた。
「ジャック兄ちゃん、私、帰る」
慌てたザックが言うんだ。
「カナコ、もっと、いていいんだよ?ジュース出すよ?お菓子も持ってくるから」
おいおい、私は、どんなキャラクターなんだ?
「ううん、帰る」
ザックは苦笑いして、ジャック兄ちゃんに話しかける。
「君の妹は、いつもこんなに我が侭なのかい?」
「ええ、変な奴ですから。申し訳ありません」
「いや、いいんだ、まったく、カナコは変わらないと思って」
「ザック、お兄ちゃんに変なこと言わないで?」
少し真剣な顔になったザックが最後に言う。
「また、おいでよ?けど、1人で来ちゃ駄目だよ?必ずジャックかサーシャとおいで。いい?」
「うん、けど、もう来ないと思う」
「強情だ」
私は魔法だって使えるんだぞ?
小さい子供じゃあるまいし、迷子になんかならないよ。
私とジャック兄ちゃんはちゃんと礼をして退出した。
兄ちゃん、ついてきてくれてありがとう。
気づいたら、14歳なって半年が過ぎている。
それは、突然だった。
聞き覚えのある声がした。
「カナコ様?」
この日はマリ姉ちゃんが用事で早くに行かなくちゃいけなくて。
私は馬車で1人、学園に向っていた。
馬車から降りて、学園の門は目の前にあった。
私を降ろした馬車は家に戻っていった。
そんなときに、そんな場所に、リックが立っていた。
「…、」
返事が出来なかった。
どうしてだろう?
「どうなされました?」
「どうして、そう思うの?」
「どうして?この私が貴女様を見間違える筈はありません」
そんなに、特徴があるかい?
「違ったら?」
「この会話が成立している段階で、貴女様は自分からカナコ様だと告白してます」
参ったな、やっぱり、リックだ。
「やっぱり、リックには叶わないわ」
「そうですか?」
「うん、叶わない」
「それは、嬉しいことです」
相変わらず、だ。
けど、もの凄く年を取ったように見える。
昔のリックとは何かが違う、そんな気がした。
「で、用件は、なに?」
「陛下がお呼びです」
「私、行かないわ」
「酷いお怪我をなさって、カナコ様を呼んでいても、ですか?」
「え?!」
嘘だ…。
デュークさんは怪我なんかしない、そうだよ?
「今回は今までになく壮絶なものでした。最後の止めを放つと同時に魔物の牙が、陛下の肩に」
「大丈夫なの?デュークさん、死なないよね?」
「ご自分の目で確かめられた方が宜しいと思います」
「そ、そうだね…」
「できるだけ急いだ方がいいかと」
「今から?」
「はい、ご家族には後で連絡を入れておきますので、ご安心を」
「デュークさん、辛そうなの?」
リックと目が合ってしまう。
「はい、とても…」
そんな…。
ザックの言ったとおりになるの?
後悔するの?
…、いやだ…。
「わかった、行く。けど、必ず家に連絡してね?今日中に帰してね?」
「はい」
私はリックの用意した馬車に乗り込んだ。
馬車が走り出す。
「どの程度の傷なの?血は止まっているの?」
「…」
「ねえ?」
「カナコ様、ご安心下さい」
「え?」
「あの方は怪我などしておりませんから…」
え?
シュー。
なにこれ?
眠り薬?かけられた?
息しちゃった、よ、ああ駄目だ、意識が…。
意識がなくなってしまったっ…。




