57 あなざーさいど 4
ジョゼ 考える。
最近、夫の様子が変だ。
何かを話し出そうとしたかと思うと、黙り込む。
だから、こちらから聞き出そうとすると、黙り込む。
毎日という訳ではないから、気になる程度で終る。
まぁ、最近あんまりザックに構っている暇がないのが原因なんだろう。
ザック、ごめんね。
私が忙しい理由。
それは、私の妹のアリから聞いた話のせいだ。
ハイヒット家の末娘が、カナコ様の生まれ変わりなのでは?
アリが最初にそう思ったのは、なんと一昨年の春だったそうだ。
慎重な性格の彼女らしい。
そして、去年の春に、再び現れた彼女と接して、アリなりに思ったらしい。
カナコ様なのではないか、と。
子供じみた行動をするくせに、時々、大人みたいに話したりする。
それは子供が大人の真似をしているのではなく、子供の中に大人がいるようだ、とアリは言う。
そして、彼女はアリと2人きりになることを、明らかに避けている。
そうかと思えば、あのデザイン画の前から動かずに、その絵を愛おしそうになぞっていたらしい。
あの時の、あの絵を。
私は、カナコ様が亡くなられてから、侍女の仕事を辞めた。
ザックは私が無職になっても、気にも留めていない。
ありがたかった。
なにかしなければと、思うのだが、もし、カナコ様が戻られたら、と思うと、やはり何も出来なかった。
あの方が戻られたら、私は真っ先にあの方の元に駆けつけなければならない。
私は一生、カナコ様の侍女なのだから。
私が何故、カナコ様が戻られると思うようになったのか。
それは、カナコ様が亡くなった後の陛下の言葉だった。
ルミナスは土葬だ。
ご遺体は魔法によって腐敗しにくく処理された。
通常ならば、亡くなって2日後には埋葬されるが、陛下は1週間もそのままにしておくことを厳命された。
そして、側で過ごされたのだ。
そうでもしないと、気持ちのやり場がないくらいに、突然の死であった。
あの日もそうだった。
「陛下、たまにはお休みにならないと?」
「あ、ジョゼか…」
「何か食べ物をお持ちしますか?」
魔法を掛けて身支度を整えることすら、放棄して、ただ、カナコ様のお顔を見ている陛下。
「ジョゼ、カナコとな、約束したんだぞ」
「約束ですか?」
「ああ。おまえは身内みたいなもんだ。知っていて欲しい。こいつは、また、ここに来るつもりだ」
「それは、また入れ替わって来られると?」
「そうなんだよ。また会えるかな、なんて言ったんだ…」
「そうでしたか…」
「だから、約束したんだ。もし、もう一度会えたら、その時は抱いてもいいか?ってな」
このお2人らしい約束だ、と思った。
「まぁ?で、カナコ様は、なんと?」
「いいよ、って、言った」
「それは、カナコ様らしいですね」
「そうだろ?」
一瞬、お顔が明るくなる。
そして、私などいないかの様に、カナコ様に話しかけられた。
「俺は、おまえ以外の女は要らない。おまえが戻ってくるのを待つよ。だから、早く戻って来てくれ?俺が年寄りになってしまったら、どうする?おまえを抱いてもやれないぞ?いいか、今すぐでもいい。俺が許すから、戻って来い。聞いてるか?おい、カナコ…?返事がないぞ?」
私はそれ以上、いられなくて、その場を去った。
そして、私は、陛下をカナコ様を、信じた。
私が城を去ってから、6年程が過ぎた頃だ。
急に陛下から、呼び出しがあった。
珍しいこともある、そう思い、私は城に上がった。
カナコ様を亡くされてから、まるで、何もかもを遠ざけるかのように、魔物征伐に明け暮れておいでた陛下だ。
国の政を顧みることもなかった。
私がいた頃とは、何もかもが変わっていた。
「ジョゼ、元気でいたか?」
「はい、ザックが良くしてくれます」
「そうか、それは良かった」
だが、陛下は噂とは違って、明るかった。
陛下の執務室で、私は陛下と2人きりだった。
あの噂は、本当らしい。
「ところで、な、ジョゼ。カナコがいる」
「え?」
「カナコがこのルミナスにいるんだ」
「陛下、本当でしょうか?」
「間違いない。この俺が、あいつの魔法を忘れる訳がない」
「カナコ様の魔法?」
「先日、知り合いに乞われて誰かの結婚式に行ったんだ。その時にな、不意に、魔法を掛けられた」
陛下に魔法を掛けられる人間など、限られている。
生活に関する魔法、生活魔法は誰にでも掛けられるのではない。
例えば、男女の魔法の掛合いなどは、許しあったもの同士でしかできない。
嫌な相手から掛けられるのを防ぐ為だ。
掛けられても、消してしまうように自分で自然に幕を張っている。
そして、陛下クラスの魔量の持ち主の幕を外すなど、絶対に無理なことだ。
このルミナスにおいて、陛下に魔法を掛けられるのは、カナコ様しかいない。
「俺が許しているのはカナコだけだ」
そうでしょうとも。
ご自分が気づかないうちに、カナコ様に対しては許してらしたのですから。
「私が探しても、よろしいでしょうか?」
「頼む。今の俺はジョゼしか頼める人間がいないんだ」
「わかりました。内々に動きますので、時間がかかるかもしれません」
「待つよ。今までは半信半疑だったんだ。それが確信に変わった。何年でも待つ」
「畏まりました」
そうして、私は結婚式に出ていた人間を調べる事から始めた。
これが、意外に時間が掛かった。
面と向かって、問いただすことも出来ず、そうかもしれないと思えば、半年以上はその相手を見続けた。
やがて、6年以上が過ぎた。
時折、報告に行くのだが、6年前の、あの明るいお顔は見られなくなっている。
それでも、私の報告に、必ずこう答えられた。
「ありがとう、ジョゼ。カナコのことだ、意地を張っているのかもしれないな。けれどな、このルミナスにいるのだ。その内に見つかる。大変だろうが、続けてくれ」
陛下の想いの深さに、私は答えたいと思った。
捜索を続けたのだ。
が、だ。
こんなに近くにいたのか?
スタッカード公爵の孫娘で、巷で噂の美人姉妹の、あの、ハイヒット家の末娘だなんて。
私は見守り続けた。
そして、不審に思う。
どうして、エリフィーヌ・ハイヒットがザックと2人きりで会う必要があったのか?
あの、ザックの行動は、これだったのか?
今夜、口を割らせる。




