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私はザックとの会話を忘れていた。
いや、忘れると決めていた。
けれども、ザックは忘れていなかった。
そして…、急にザックに呼び出された。
わざわざ、案内の人間を学園によこしてだ。
その人に案内されて、私は学園の制服のままで学院に入り、学院長室を尋ねた。
ここも懐かしい場所だ。
昔の私が最後に外出した場所だから。
ザックはあの時と同じ笑みだ。
年は取ったけどね。
私は、カナコに戻って、カナコの口調で話しかけた。
「なに?どうして、私を呼び出したの?」
「たまにならいいって、いったのはカナコだ」
「そうけど…」
ジャックは林檎ジュースをくれた。
美味しい。
学院特製なのかな?
急にジャック兄ちゃんの話を振る。
「ジャック・ハイヒット、彼は凄いな?」
「ジャック兄ちゃんが?」
どうやら、ザックの手元にある資料はジャック兄ちゃんが書いたものらしい。
「組み合わせた魔法の無駄な部分を削いで魔量を少なくする。こんな論文を仕上げた奴は初めてみた」
「どう?凄いでしょ?私のお兄ちゃん?」
私は自分のことのように、自慢げに言う。
「ああ、凄い。けれど、あのアイディアは、カナコが出したんだって?」
「ザック、まさか、ジャック兄ちゃんに、カナコっていってないでしょうね?」
「いってない、いってない!」
本当だな?思わず睨んだ。
ザックは慌てて首を左右に振る。
仕方がない、信じてやろう。
「なら、いいんだけど。で、用事って?」
照れた様子で頭をかくのが、ザックの癖。
それも、懐かしいね。
「なぁ、カナコ、この前、アリの店でボロ出しそうになっただろう?」
あ…。
しまった、バレたのか?
「やっぱりな、そうなんだ?」
「けど、この前っていったて、かなり前よ?どうして今頃になって?」
「今頃ってわけじゃないんだけど、ジョゼがエリフィーヌ・ハイヒットを怪しんでるんだよ」
「え?ジョゼが?」
「それに、カナコ、一度、陛下に会ったな?」
会ったよ。
子供の時だよ。
いいじゃん、無理やりに会わされたんだから。
私のせいじゃないもん。
「だって、私のお爺様が無理やりに会わせたのよ。私が会いに行った訳じゃないもの…」
「それでも、会ったくせに。一度会ったんだ。もう一度会ってもいいじゃないか?」
「あれは6歳のときなのよ?もう、昔の話だから関係ないわ」
「泣いてしまって、陛下から、離れなかったんだって?」
なんで、そこまで知ってる??
「…」
「会いたいくせに。なんで、無理するかなぁ」
「だって、デュークさんには、奥さんいるし、子供もいる」
「側室はいないぞ?」
「側室、いないんだ…」
相変わらず、律儀な人だ。
今の奥さんに義理立てするんだ。
ほら、その人を大切にしてるんじゃん。
今を、大切にしているんだよ、デュークさんは…。
「でだ、その6歳のときに、陛下に魔法を掛けただろう?」
「え?バレた?」
「カナコの魔法だと、陛下は信じている」
「うそ…」
「けど、6歳の君だとはバレていない」
「そうか…良かった…」
いいのかな?いい事にしよう。そうする。
「それから、方々をジョゼが探したんだ。なかなか見つからなかった。ところがだ、さっきも言ったように、最近、君を疑いだした」
「ザック、喋ったの?」
「喋ってないよ!カナコとの約束は守っている。信じてくれないか?」
「わかった、信じるけど…」
「どうやら、アリの店での行動が、かなり怪しかったらしいよ」
なんてことだ。
そんな私に追い討ちを掛けようとする、ザック。
「どうだろう、もう、会ってもいいんじゃないか?」
「誰に?」
「陛下に。会いたいくせに?」
「ザックは相変わらず、意地悪だ」
「カナコは相変わらず、意地っ張りだ」
ザックが笑う。
「その意地っ張りで、何回泣いた?何回後悔した?また後悔するの?また間に合わなくなるよ?」
「それは…」
「そうでなくても、その内にジョゼが君に接触するだろう。カナコはシラを切り通せるかい?」
「え、、と…」
「私にすら、白状したカナコが、ジョゼには瞬間で落ちると思うけどね」
ああ、ザックには叶わない。
言わせる気か?
言いたくないんだけど…。
だってさ、言ったら、止まらなくなるじゃないか。
ああ、口が、言いたいって…。
「デュークさんに会いたいよ。会いたくてたまらない」
「なら…」
「けどね、今の私はエリフィーヌなんだ。ハイヒットの家族もいる。みんなを捨ててしまう様なことはできない」
「捨てるって、別に捨てることはないだろう?」
「私は自分に自信がないの。一目デュークさんに会ったら、離れられる自信がないの」
そうだよ。
もう絶対に離れない、そう思うし、そうする。
「ハイヒットの家族と、会えなくなるのが嫌なの」
それも大きな理由だ。
けど…。
まだ他にも理由はあるんだ。
ただ、それがなんなのか、まだ、言葉にして言えるまでになっていない。
私は少し考え込んでいた。
「どうしたんだい、カナコ?」
「もう少し、時間が欲しいの。もう少し、ハイヒットの末娘でいたいの。ザック、お願い。時間を頂戴」
ザックのため息が聞こえた。
「どうせ、私の説得なんか聞く気、ないんだろう?」
「ごめん」
「わかったよ。私からは言わない」
「ありがとう」
話はそれで、終わり。
私達は昔の私達を消した。
「じゃ、お帰り。君の兄上は、図書館にいるよ?」
「うん、じゃ、学院長先生。兄に先生の言葉を伝えます。きっと喜びます。では、失礼します」
私は図書室に向った。
しかし、ジャック兄ちゃん、あんたは、最高にイカした兄ちゃんだ!
妹として、誇りに思うよ!
数週間後のこと。
ジャック兄ちゃんの論文は一躍有名になった。
卒業を待たずに、ザックの秘書として働くことを許された。
ザックは、見る目がある。




