52 あなざーさいど 2
ザック・リトルホルダーは思う。
カナコ。
まさか、君が、ここにいたとは…。
愛しの妻が、何年か前から密かにカナコを探していたのは知っている。
これは陛下とジョゼの秘密らしいが。
なんでも、陛下が必ずいる、と断言したそうだ。
とある結婚式で、魔法を掛けられた。
それは陛下とカナコしか分からない魔法だったそうだ。
話はそれるが、魔法をかけた者の癖の事。
癖、それは、確かにあるんだ。
けどね、今、はっきりと分かるのは私だけだ。
それが分かるから、学院長を務めている。
そして、その事を知っているのは陛下と僅かな人間だけ。
そうしておかないと、肝心な時に使えないだろう?
あ、もちろん、愛しの妻は知っている。
しかし、あの魔法は、分かりやすいよ。
魔法自体がカナコです、と主張してる。
サーシャの魔法とは全然違っていた。
あの時のままの癖だ。
たぶん、癖のことなど知らないカナコだから何にも考えないで使っていたに違いない。
けど、嬉しかった。
カナコが戻ってきてくれて。
ずっと後悔してたし、ずっと謝りたかったんだ。
あの日。
カナコが学院から帰った日。
城からの呼び出しに、私は慌てた。
カナコが意識不明?
まさか、そんなことが?
だから、急いで城に向った。
訪れた陛下の部屋の居間には、ベットが置かれ、カナコがそこで寝ていた。
「ザック…」
付き添っていた、妻であるジョゼが私を見る。
私は尋ねる。
「いったい、何が起きたの?」
「学院を出たところで、急に意識不明になられたの」
「学院を出て、直ぐに?」
「そう。倒れられてしまって。慌てて受け止めたんだけど、それから、この状態なのよ。医師たちにも分からないと言われてしまっているわ」
当然のように、陛下が側に付き添っている。
憔悴している。もっともなことだ。
「陛下、申し訳ありません。私が無理をさせたばかりに…」
「おまえのせいではない。学院に行って来いと言ったのは、俺だ」
「しかし、…」
「それよりも、原因が魔法にあるとすれば、目覚めさせる方法は魔法しかないだろう?ザック、急いで探してくれ」
「はい、分かりました」
全力を尽くそう。
だが、そのためにも、少しカナコの状態を確認したかった。
「カナコ様に触れてもいいでしょうか?」
「いい、」
私は丹念にカナコの体を調べた。
陛下は辛そうに見ていらした。
ところが、外見上には不審な点はない。
そうなれば、後は、過去の事例を探すだけだ。
「それでは失礼します」
私は急いで学院の図書室に向う。
カナコの名を伏せ状態だけを説明し、学院のもの総出で調べた。
日にちが過ぎる。
焦る気持ちを抑えた。
ようやく、「これでは?」と、差し出された本。
そこには、人格の入替りと魔法の関係が詳しく書かれていた。
「この部分です。入替り前の人格が持つ魔量と、入替り後の人格が持つ魔量に差がある場合には、後の人格が生きられる可能性は、きわめて低い。どうでしょうか?」
「ああ、これだな。ありがとう」
私は皆に礼をいい、解散させ、その本を読み始めた。
人格の入替りは稀なことだが、過去に事例があったようだ。
ただ、前の人格の魔量を後の人格の魔量が上回った時、肉体は長くは持たない。と記述されている。
そんなこと、…。
が、続きがある。
少しでも長く生きるためには、一切の魔法を使用しないこと。
目の前が真っ暗になる。
私がしたことは、間逆じゃないか!
なんで、このことを早くに調べなかったんだ、私は!
なんと進言したらいいのだ!
途方にくれていた私に、城からの呼び出しがかかる。
「どうした?」
「陛下が、お呼びです」
「直ぐ行く!」
慌てて本を持って、城に向う。
部屋に入った。
「ジョゼ?」
以前と変わらない。
カナコは眠ったままだ。
「一度、起きられたらしいの。丁度、陛下がいらした時で、」
「それで?」
「連絡をしようと、電話で話をしていたら、もう、眠られて…」
「そうか…」
「陛下は?」
「医師達とご相談を」
「私も、加わろう」
私は急いでその場所に向う。
「ザックか?」
「遅くなりました」
「いや、それは気にしなくていい」
「はい、で、カナコ様は?」
「…」
医師の長が代わりに話し出す。
「おそらく、大量の魔量が動いたために、肉体に歪みがおとずれたのでしょう。時間は掛かりますでしょうが、魔量が回復すれば、元にお戻りになると思われます。が、ザック様は、どの様に?」
「これを」
私は陛下に本を差し出した。
無言のまま、陛下は記述を読み出す。
「申し訳ありません、カナコ様が現れた段階で、この事を想定すべきでした。私の落ち度です」
「…」
陛下は本を医師の長に渡す。
彼の顔が歪んだ。
「これは…」
「ザック、カナコは持たないのか?」
「おそらくは…」
延命にも限界があるだろう。
「わかった」
「しかし、陛下、出来る限りのことは致します」
医師の長は力強く宣言したが、それはあくまでも、延命だ。
「カナコは目覚めるだろうか?」
「目覚めます。カナコですよ?陛下に黙って何処かに消えるような奴じゃありません」
「そうだな、」
思わず、呼び捨てにしたが、陛下は笑っている。
「あいつは寂しがりやだからな。側にいてやることにしよう」
そう言って、少し悲しそうに笑う。
この方は、なんて深くカナコを愛されているのだろうか。
それなのに、私は…。
「私は、もう少し調べます。何か方法があるかもしれませんので」
「頼んだ。だが、皆、少し休んでくれ。何かあれば知らせる」
「は」
そう言って、陛下はカナコの待つ部屋に向った。
私は医師達に挨拶をすると、学院の図書室に籠もった。
そして、私は図書室で、カナコの死を知った。
私は、ずっと謝りたかったんだ。




