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セーラが13歳になった。
おそらく、私は後1年とどれだけかだ。
もういい頃だ。
やっぱり私はセーラの花嫁姿が見たいんだよ。
早速、ビクラード公爵夫人と共に、作戦を決行する。
彼女は武将の妻らしくサッパリした性格で、セーラが嫁いでも苛められるような事は絶対にないと思う。
あれから何度も話してきたし、彼女も私を友人として扱ってくれるようになった。
「じゃ、アネモード。話を進めましょう」
「エリフィーヌ様、本当にあの息子でいいのですね?」
「ええ、マリウス君だから決めたのよ。アネモードも、セーラでいいのよね?」
「もちろんです。我が家はルミナスの姫様に嫁いで頂けるような立派な家ではありません。が、もし嫁いでくださるならば、息子の嫁として、必ず大切に致します」
「それを聞いて、安心したわ。じゃ、作戦を開始しましょう」
「わかりました、御武運を」
その畏まった言い方が可笑しくて、私達は笑ってしまうんだ。
彼女には、こういうセンスがあった。
場を和ませるセンスだ。
いい人がセーラの姑になる、本当に安心するんだよ。
そして、私達は結託して、2人の結婚を、何も知らない私達の夫に認めさせる作戦を決行したのだ。
この話をするためだけに、私はデュークさんを丘の上に連れ出した。
「どうしたんだ?ここに連れ出したりして?」
「いいじゃない?たまには、ゆっくり話がしたかったのよ」
切り出し方は考えている。
だって、きっと暴れるもん。
「ねぇ、私、娘達の花嫁姿が見たいの」
「そ、そうだな」
「セーラなんだけど、いい頃だと思うのよ?ビクラード公爵の息子さん。どうかしら?」
予定通り、デュークさんは嫌がっている。
即効で否定だ。
「セーラは嫁がせん。断れ、断ってくれ」
私の話を聞いて直ぐに、これだ。
「どうして?」
「俺は娘を嫁がせないって、言ってきただろう?それはカナコも知ってるじゃないか?」
「デュークさん、我が侭言わないの。私だってデュークさんとこうしているから幸せなのよ。セーラの幸せを奪うつもり?」
「いやだ」
大きな子供が暴れている。
「けど、良いお話だわ」
ルミナス軍将軍ボルゾイ・ビクラード公爵の長男マリウス君だぞ。
ボルゾイの事はデュークさんも良く知っている。
そして、年はセーラの3つ上。
いいじゃないか、どっかのおっさんに嫁ぐよりも、ずっといい。
それに、2人は想い合っているぞ。
デュークさんは気づいてなかったかも知れないが、何度か宮殿にも遊びに来ているし、アリスもルイもマリウス君の存在が姉の彼氏だと感づいている。
当然、娘の恋愛相談所を開設している私は、彼女達のこれまでを、見て聞いて、知っている。
デュークさんには今日まで何も言わなかった。
言わないで周りを固めておいたんだ。
そして、今。
私は娘のために、あれを解禁するんだ。
デュークさんの頬に両手で触れて、口角を上げて、優雅に微笑んでから、優しくお願いするんだ。
「ねぇ、私、セーラの花嫁姿を見たいの。デュークさんは、私の願いを叶えてくれるでしょ?」
「か、カナコ…」
「だって、あと1年なんだもの。それまでに、見たいの。お願い、って!」
途端に、抱きしめられた。
苦しい…。
「言うな、それを。カナコ、言わないでくれ…」
「デュークさん、苦しいよ」
「あ、すまない…」
楽になった。
「ねぇ、いいでしょ?婚約って形にして、簡単に式だけ挙げて、マリウス君が軍に入ってからセーラが向こうへ嫁ぐの。ビクラード公爵夫人もその方が良いって、快諾してくれたわ」
「なんで惨いことを言うんだ?」
「良い子よ?本当にセーラのことが好きなんだもの」
「その相手の事、知ってるのか?」
「もちろんよ。宮殿にも遊びに来てるじゃない?」
「え?俺は知らない、見てない」
「あら、会ってるわよ?」
うん、デュークさんが早くに帰ってきた時に、マリウス君が丁度帰っていった。
あの時、1回だけ…。
まぁ、まったく知らされてなかったもんだから、衝撃度はレベルマックスだろう。
デュークさんは私から離れると、髪を自分でグシャグシャにした。
あんなにも親馬鹿を発揮してきた娘の結婚なんだ。
デュークさんの心境を思うと、可哀想になってきた。
落ち着くまで、待ってみる。
最愛の夫はため息に次ぐため息だ。
居間のソファに座り込み、頭を抱えている。
充分な時間の後、夫が私を見た。
「なぁ、何時からなんだ?」
「そうね、たぶんあの時からだわ。ほら、1番最初にセーラが舞踏会に出たでしょう?」
「ああ」
トリミダ事件の後に、デュークさんが娘達をデビューさせたんだ。
娘達は、それはそれは喜んで出席した。
親馬鹿丸出しの私達は娘達のために、アリの店で最高級のドレスを仕立てて2人に贈った。
もちろん、靴も飾りも、髪も、全て最高の人の手によって彼女達を仕立ててもらった。
その時の肖像画は今でも飾ってある。
「あの時に、1番最初に踊ったのが、マリウス君なの。それから意識しだしたんだと思うわ」
「なんてこった!俺が、出席を決めなければ、…。ああ!」
五月蝿いなぁ。
「それから、ちょくちょく舞踏会で見かけて、ほら、お互い学院にいるでしょ?帰りに送ってくれたりもしてるしね」
無言だ、無視だ、知らん振りだ。
聞こえてるのか?
「聞いてる?」
「聞こえない」
「もう、子供ね?」
ソファに座り込んでいる放心状態の夫の隣に座った。
デュークさんの肩に頭を乗せた。
「セーラの大好きなお父様は、セーラの幸せを奪わないわよね?」
「なぁ、セーラは、その、マリウスが好きなのか?」
「そうよ」
「嫌いなんじゃないか?」
「それは、ないわ」
「どうして…」
「だって、マリウス君の事を話す時のセーラはキラキラ輝いているもの」
2人きりの時はいつも下ろしている私の髪を、デュークさんの指が梳いてくれる。
その優しい感触に、私はエリフィーヌになってからの時間を思い出していた。
「私がデュークさんと再会した時も、きっとあんな風だったって思うのよ」
「そうか…」
私はデュークさんの大きな手を掴んで、強く握った。
「お父様が賛成してくれたら、セーラ、喜ぶわよ」
「喜ぶ?俺が賛成しただけで、セーラは喜ぶのか?」
「もちろんよ。だって、大好きなお父様に祝福されたいわよ。そうじゃない?」
「そうだな…」
「私のお父様だって、私の嬉しそうな姿を見て諦めてくれたでしょ?今じゃ、孫の顔を見れて良かったって言ってるわ。デュークさんだって、きっと同じよ」
「ダニエル殿も、こんな気持ちだったのかな?」
「そうね…」
「孫か…」
「私の分も、私達の孫を可愛がってね。いいでしょう?」
私はその指を弄んだ。
されるがままになっている愛しい夫だ。
そして、私の手を取ると、指に口づけてくれる。
「分かったよ。一度、セーラと話をしよう」
「大丈夫?ちゃんと認めてあげてね?」
「大丈夫だ。俺はセーラが大好きな父なんだぞ?」
さすが、王様だ。
ちゃんと心を切り替えてくれる。
「うん!ありがとう!」
抱きついた。
「デュークさんの匂いがする」
2人きりの時は、思う存分甘えることにしてる。
いい年をした2人が、甘えられるのは誰もいないからだよね。
見つめ合って、クスクス笑ったり、軽いキスを繰り返したり…。
「大好きよ?」
「俺もだ、大好きだ」
互いに触れ合ったりして、感じあったりする。
イチャイチャしたいんだよ。
そうさ、イチャイチャは若者の特権ではないんだぞ!
「カナコ?」
「なあに?」
「今日は俺達の1日だな?」
「そう、ポポロにお願いしてお休みにしてもらったの」
大きな手が私を包み込む。
「なら、離さない。いいな?」
「うん、」
私達は深いキスを交わすんだ。
溶けてしまったしまった私はデュークさんの腕の中で愛される喜びを感じた。
デュークさんの側にいられる幸せを、ね。
次の日、セーラはデュークさんの前で、嬉しくて泣いた。
それからは話は慌しく進み、マリウス君は良く城に来るようになった。
2人はお似合いで、安心したよ。




