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思うところがあって、隊長から報告を受けているんだ。
「じゃ、あの少女はガナッシュの人の娘だったの?」
「はい」
「そう…」
私は不思議だったんだ。
あの少女の言葉が、行動が、ね。
けど、ガナッシュの人の娘ならば、何となく合点がいった。
あの聞いたことのあった名前も、思い出した。
「結局、処分が決まらないまま、あの娘も少年も牢に留まったままです」
主犯格の2人は既に処刑されている。
けど、処分が決まらないって、それって、いいのかしら?
「ねぇ、あの時の少年を覚えている?」
「もちろんです」
大陸特有の黒い髪と黒い瞳。
「あの少年はあの少女を愛してたって思うんだけど、どうかしら?」
「想いを寄せていたでしょう。きっと互いに」
「そうよね…」
私は、あの少女が気になって仕方なかったんだ。
私がデュークさんと再会しなければ、ルミナスの姫としてここで暮らしていた姫だ。
父がリチャードだとしても、その資格はあったんだ。
もちろん、罪は罪だ。
大勢のルミナスの民を魔物で攻撃した。
死者は出なかったけれど、傷ついた者だっているんだ。
それでも…。
彼女を哀れと思ってしまうのは、傲慢なんだろうか?
数ヶ月が過ぎた。
私のお腹も目立ってきて、子供も動くようになってきた。
今日は久し振りに、ハイヒットの家族が家に集まって食事をする日だ。
午後から集まりだして、夕刻に早い夕食を戴く。
メニューはお母様とマリ姉ちゃんが頭を悩ませた数々。
子供達は子供達で居間の隣にある遊びのための部屋で食事だ。
子供っていったって、量が少ないだけで、大人と同じ料理だよ。
ハイヒットの侍従と侍女では足りないから、城からもスタッカードからも人を出した。
メンバーはみんなだ。
18人だよ!
凄い大家族になったもんだ。
私達一家は最後に訪れる事になる。
それは仕方ない。
けど、出迎えは無しにしてもらった。
ここに来るときは家族でいたい。
「おおじいちゃま!」
「おおじいさま!」
セーラとアリスは、それでも玄関で待っていたお爺様を見つけて馬車から手を振ってる。
「セーラ!アリス!」
曾孫を見つけたお爺様が大きく手を振っている。
娘達もはしゃいで手を振り返す。
「まぁ、お爺様ったら、あれだけ中で待ってねって言ったのに…」
「いいじゃないか、スタッカード殿は待てるタイプじゃないぞ?」
「そうだけど、もういいお年よ?」
目の前にいる、待てるタイプではない娘達が、聞いてくる。
「いっていい?」
「ねぇ、お父さま、お母さま?」
「まだよ、ドアが開いてからよ。降りる時はどうするんだったかしら?」
セーラがお姉様の顔になって言うんだよ。
「ルミナスのひめは、ゆうがにおりるの」
「おりるの!」
「そうよ、できるわよね?」
「うん!」
「はーい!」
ちょっと安心。
ゆっくりと、馬車が止まった。
踏み台が馬車に付けられて、ハイヒットの侍従がドアを開けてくれた。
「さぁ、姫様」
「はい!」
「はい」
ようやく、ゆっくり降りるのが癖になってきたから、安心だよ。
けどね、ここまでだ。
「わーい!」
「おおじいさま!」
ああ、やっぱり走っていってしまったよ。
しかもお爺様に飛びついている。
「ああ、もう…」
「これは公式ではないから、別に、いいじゃないか?」
「駄目よ、そういうのはね、癖になっちゃうもの」
「そうか?」
そう言ってデュークさんが先に降りる。
私に手を貸すためだ。
「いいぞ?うん?」
そう言って差し出される手は、いつもの様に大きい。
安心して、その手を掴むんだよ。
「ありがとう」
もの凄くゆっくりと降りる。
ここで足を踏み外したりはできないものね。
お腹の子には迷惑掛けたもの。
元気に生まれてくるまで、大人しくするって、周りの人達に約束させられているし。
私が地面に降りると、当然の様に腕が差し出されて、その腕に掴まる。
娘達とじゃれているお爺様がデュークさんに挨拶をする。
「陛下、お出で戴きありがとうございます」
「元気そうだな、スタッカード殿。しかし、これは身内の集まりだ。待たずともよいぞ?」
「年は取りたくないものですぞ。馬車の音が聞こえるとソワソワして動いてしまいましてな。居ても立ってもいられずに、外へ出てしまいましたよ」
お爺様…、そんなに待ちどうしかったんだ。
「お爺様、ごめんなさいね。最近は出歩くのを控えているから、中々会えなくて…」
「フィーや、いいんだよ。おまえは早く世継ぎを生むことだけを考えるんじゃ」
おいおい、最近じゃみんな気を使ってその話題は避けてくれるんだよ?
「お爺様…、けどね、」
「いや、お腹の中の子は皇子に決まっておる。ワシが言うから間違いない!」
そんなプレッシャー掛けないでよ…。
まさか、身内から言われると思っても見なかった。
私がちょっと嫌な顔でもみせたんだろうな。
デュークさんが庇ってくれた。
「スタッカード殿、別に姫でもいいのだ。俺は気にしてない」
「いやいや、姫は2人もいるのですぞ。次は、次こそは皇子でなければなりません」
「お爺様…」
「フィーや、お世継ぎがなければ国は乱れる。男子を産むのは王妃としての仕事じゃ、いいな?」
「え…、」
弱ったよ。
今、ここで、そんなに言われても、どうしたらいいんだ?
もう性別は決まっているんだし…知らないだけで…。
そこにアンリ兄様が現れた。
「お爺様、そろそろ中へ?」
「ああ、そうじゃった」
「おおじいさま、はいろう?」
「いこう!」
「わかったぞ」
と、お爺様は私達を置いて、セーラ達と一緒に家に入ってしまった。
「陛下、申し訳ございません」
と兄様が謝る。
「何分にも年寄りでして、最近は堪え性がなくなってしまいました」
「そうか…」
「言葉も攻撃的になる場面が増えまして、食事の際にも不快になることがあられるかもしれませんが、何卒、お許し下さい」
アンリ兄様が申し訳なさそうに言葉を続けた。
デュークさんは寂しそうに笑うんだ。
「スタッカード殿でも、年を取るんだな」
「真に…」
「気にするな、俺達もああなるんだから」
「申し訳ありません」
「しかし、こうやって会えるのも、僅かかもしれんな?」
「そうですね、全員が揃うのは、最後かもしれません」
デュークさんがアンリ兄様の肩を軽く叩いた。
「さぁ、俺達も中に入ろう」
「そうしましょう」
「さぁ、足元に気をつけろ?」
「うん、わかったよ」
しんみりしてしまった。
お爺様って、いつでもお爺様だったから。
頼ったら何でもしてくれて、話したらいつでも楽しくて。
間違った判断なんてしたことがない、大好きなお爺様だったんだよ。
時が人を変えるんだろうか?
それとも、時を重ねたから変わったんだろうか?
どっちにしろ、いずれは私達も通る道だ。
あ、いや、私は通らないね、きっと。




