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ジョゼが大きな包みを抱えてきた。
なんだろうか?
「ジョゼ?なに?」
「アンリ殿からです」
「お兄様達の肖像画ね?」
「はい」
「開けて見せて!」
ジョゼが器用に包みを開けて見せてくれた。
アンリ兄様、随分とデカイ肖像画にしたんだなぁ…。
随分と張り込んだものだ。
本当は式も挙げたかったんだろうな。
その思いがこんなところで爆発したに違いない。
ルミナスにはカメラがない。
不思議だけど、ないんだ。
だから、みんな記念の時は肖像画を作る。
そして家族や親しい人達に送るのが習慣だ。
例外は王家の肖像画。
お店で売ってるんだ。
もちろん、手数料がデュークさんに入ってくるんだけどね。
だから、私の顔も知られてしまっている。
自分の肖像画が売られている光景は、シュールな気分になったね。
しげしげと、絵を見た。
グレイス義姉様、素敵だ。
お義姉様のドレスは瞳の色に合わせた群青色だ。
群青色の中でも、お義姉様の肌の色に合うような色が選ばれている。
ネックレスはエメラルドと真珠。
イヤリングもお揃いだ。
扇はシルクの上品な輝きに、小さなサファイアがアクセント。
仕立てあがって、試着の時もお邪魔したけど、それはそれは美しかった。
私とマリ姉ちゃんとは違った美しさだったんだ。
思わず、ため息がこぼれていた。
「グレイスさんも、お綺麗ですね?」
「そうなの。あの時のアンリ兄様なんて、もの凄いデレデレの顔をしてたんだよ?当てられっぱなしでさ、見てられないよ。まったく。ご馳走様だったわ。人前で良くあんなに惚気られるわよね?」
「ま、まぁ、そうですね…」
あ、ジョゼの言いたいことが分かってしまった…。
無口になる私達。
「お幸せならば、それでいいのでは?」
「まぁ、そうだね」
そういう事にしておこうっと。
そうやって、月日は過ぎていった。
大きな事件もなく、私は、デュークさんにくっついて、ルミナス国内を巡った。
サー姉様の事もあって、皆に受け入れられるかどうかが不安だったけど、大丈夫だった。
行く先々で、もう直ぐ王妃になることを紹介されて、段々と実感が湧いてきたし。
エリフィーヌ様、と呼ばれることにも慣れてきた。
そう、もう直ぐなんだ。
あ、それと、ついに海苔の養殖場が完成した。
規模は小さいけれど、早々に、養殖を始めたい。
マサと私の密かな楽しみだった《お握り》は周りの人間にも受け入れられて、米の栽培が急務になりつつある。
だから、あの計画的な魔物征伐の頻度を上げている。
場所はルミナスの城下街から1時間行った所にある。
川が3本流れ、平野が続き、気候も暖かい。
ボッシュと名づけられたこの街には少しづつ人が集まりだした。
もちろん、地下からの移住者が多い。
だけれども、この時期に自ら地上に来て暮らそうというだけあって、穏健派の人が多い。
変な偏見や思い込みがないから、ここになじんでくれるのも早いと思うよ。
落ち着いたかに見える日々でも、引っかかることはある。
どこか心が落ち着かないのは、ハイヒットの家の人間は、みんな同じ。
サーシャ姉様のことが、気に掛かっている。
私とマリ姉ちゃんは姉様がどこにいるかすら知らない。
時々、状況を教えてもらうだけ。
私はデュークさんから、聞かされるんだ。
あの事件の後から、薬がかなり抜けて心が落ち着いたんだそうだ。
そして、お父様とお母様は頻繁にサー姉様に会っているそうだ。
3人でちゃんと向き合わなければ、今後も落ち着かないから、って。
サー姉様は、私とマリ姉ちゃんがお母様に甘えたように甘えたことがない子供だったんだって。
お父様とは私みたいに抱きついたことも無かったみたい。
3人きりで、向き合って、それでも、まだ答えは出ないみたいけどね。
けれども、お母様の表情が穏やかになってきたのは、私とマリ姉ちゃんの共通の見解だ。
お父様も元の優しい表情になってきてる。
きっと、良い方向に向っているに違いないんだ。
そう思いたいし、そうに違いない。
そうしてもらいたいんだよ。
そして、いよいよだ。
明日が、その日なんだよ。
私とデュークさんは前の夜から別々の場所で過ごした。
デュークさんは城で。
私はハイヒットの家で。
これはお母様のガンとした願いだったんだ。
「陛下、せめて、嫁入り前日は我が家で過ごさせたいのです。宜しいですね?」
デュークさんはお母様には弱い。
渋々、許可がでた。
そうなんだよ。
私はデュークさんの元に行ってから初めて、ハイヒットの家で夜を過ごしたんだ。
サー姉様がいない食卓には、グレイス姉様とカルロス義兄様が増え、お爺様は少し酔った様だった。
皆が明日を楽しみにしてくれている。
そして、夜。
みんなはそれぞれの部屋に篭っているのに、私は居間にいるんだ。
こっそりとデュークさんに電話するためにね。
なんか、小学校の頃みたいだ。
あの頃、家の電話しかなくて、よく友達と長電話して、怒られたもんだ。
「デュークさん?」
「どうした?」
電話の向こうの声は、いつもとちょっと違ってて、寂しそうだった。
「まだ、起きてるかなって、思って…」
「起きてたよ」
「1人?」
「もちろんだ。なぁ、カナコ?」
「なに?」
「おまえがいないと、寂しい」
「素直だね?」
「夜は怖いな、俺を猫にさせる」
「猫になったデュークさん、撫でてあげたいなぁ」
「こっちに、くるか?」
「馬鹿…」
「カナコはいつも俺の隣にいるから、1人は慣れない」
「私もだよ?」
「寂しいのか?」
「うん、だから、電話したの」
「可愛いな」
「へへへ、ねぇ、明日だね?」
「そうだな」
「私がルミナスを名乗るんだ…」
「ああ、俺の妻になってくれ」
「うん」
「ずっと、大切にするからな?」
「うん」
「よし、明日は早いから、もう、寝ろ?」
「…」
受話器を置くのが、嫌だった。
「どうした?」
「愛してるよ?」
「俺もだ、愛してる」
「うん、おやすみ」
「ああ、おやすみ」
受話器がなかなか置けなかったけど、明日があるから仕方ないよね。
1人で寝るのが久し振り過ぎて、寝れるか心配だったけど、…。
良く寝ました…。
きっとデュークさんの声を聞いたからだよ。
うん、そうしておこうっと。




