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久し振りのカフェ・マリー。
心は躍る。
なんだか賑やかだ。
カフェ・マリーのロゴが目に入る。
紺地にアイボリーの文字。
上品さを狙ったんだ。
店の前に順番待ちの行列なないけれど、大体の席が埋まっているよ。
元々、行列をつくって事はルミナスでは考えられないことだから、席が9割がた埋まっているなんて、ありえない状態だ。
そして、そこには瞳をキラキラさせた女子が楽しそうにお喋りしている。
「カナコ様、盛況みたいですね?」
「そうだね」
ルミナス、特に地上の人達は、列につく位なら家でゆったり食事をするんだ。
「マリ姉ちゃん、いるかな?」
私は、恐る恐る、店に入った。
だって、試食会以来だもの。
あの時は、みんなに迷惑掛けたし…。
「いらっしゃいませ、エリフィーヌ様」
トミーだ。
うん、黒服も似合ってるぞ。
「トミー?久し振りね。大丈夫かしら、今?」
「もちろんでございます。以前から仰っていた席をご用意いたしますので」
「ありがとう!」
私は、トミーに相談してたんだ。
目立たないように、店内を観察できる席を作って欲しいってね。
だって、私の目的は、来てくれた女の子の幸せな顔を見ることなんだもの。
あ、いや、豆腐の普及だよ、もちろん、そうだよ。
当初の目的からも、ズレてはいない、いないと思う。
私達は、トミーに案内されて、店の奥に進む。
「あら、ほら!」
「まぁ、エリフィーヌ様よ?」
「お姉様のお店だから、寄られたのかしら?」
「お美しいこと、みた?」
「あれほどお美しければ、陛下が離さないはずね」
噂が聞こえてくる、恥ずかしいなぁ。
城下街では私の肖像画がデュークさんの隣に並んで売られるようになった。
この間の事件を受けて、私のことを周知させるんだって、さ。
ああ、こんなはずじゃなかったんだけど。
お陰で街も歩き辛くなった。
「こちらです」
私達は店内の客席からは見えない位置にある席に座った。
特殊な格子の壁で遮られているんだ。
こちらからは店内が見える。
さぁ、落ち着いて観察するぞ。
おお、乙女達は目をキラキラさせて、楽しそうだ。
あちらこちらで、話が盛り上がっている。
けど、声のボリュームも控えめ、トーンも控えめだ。
品がいいな。
その間を、黒服のボーイ達が行き交う。
これだよ、これ!
私の夢見た空間が、目の前に展開されている。
みんなが幸せそうで、よかったよ。
トミーが、そっとメニューを差し出してくれる。
料理の挿絵が可愛い。
絶対に入れた方が良いって、強固に主張したんだ。
イメージがわくでしょ?
さっそく、メニューを見る。
「ジョゼ、何にする?」
「そうですね…、カナコ様?」
「なに?」
「選ぶのは、ワクワクしますね?」
「でしょ?」
「少女に戻った気分です」
「私も!」
「カナコ様は、少女で大丈夫です」
「あ、そっか。まぁいいじゃん、ゆっくり選ぼう?」
「そうですね…」
やっとのことで、メニューが決まった。
私は、豆腐のハンバーグ、サラダ、と、温かいジンジャージュース。
ジョゼは、揚げだし豆腐となすの煮浸し、パン、ポテトと豆腐のサラダ、紅茶だ。
マリ姉ちゃんによると、意外に和食風が好評らしい。
そう言う事ならば、マサに頼んで醤油やら味噌やらを、仕込んでもらわないと。
黒服の彼等が、優雅に運んでくる。
こうよ、こうでなくっちゃ!
私、大満足。
「エリフィーヌ様、ごゆっくりお召し上がり下さい」
「ありがとう」
私達は、味わって食べた。
「上手だわ。テッドがいってた通り、勘のいい人が集まったのね?」
「この、揚げたトーフが、いいですね。香ばしい」
「それ、本当はご飯と一緒が一番美味しいと思うよ」
「ご飯ですか?」
「うん、ジョゼはまだ、食べたことなかった?」
「はい、マサが感動したのは知ってますけれど」
「じゃ、今度、テッドに作ってもらうね?」
「楽しみです」
そこに、トミーが現れた。
「エリフィーヌ様、お味はいかがでしたか?」
「素晴らしかったわ。みんな、素晴らしい仕事をしていて、感動したの」
「それは、ありがとうございます。そのお言葉、みんなに伝えます。きっと、喜びますよ?」
「ううん、私が後から、厨房に行くから。案内してくれるでしょ?」
トミーが慌てた。
「え?」
「カナコ様?」
「だって、肝心なときに、私の家が迷惑かけたんだから…」
「そんな、お気になさらないでください!」
「いいの。私は我が侭で通っているんだから、その位のこと、させてね?」
「あ、ありがとうございます!」
そうだった、忘れるところだった。
「それと、先日、私を城まで運んでくれた方たち、今日はいるのかしら?」
「ええ、おりますが?」
「忙しいところ、申し訳ないんだけど、呼んできてもらっても、いい?」
「もちろんです、が?」
「お礼を言いたかったのよ。なかなか、訪れることが出来なくて、申し訳なかったんだけど」
「わかりました」
トミーが2人を連れて来たのは、ジンジャージュースを飲み終わった頃だった。
「失礼します」
おお、この2人もイケメンだぁ。
よくテレビで見てた戦隊モノのイケメンだな。
「エリフィーヌ様、この者達です」
「えっと、あの時は、ありがとう。私、気を失っていたから、お礼も出来てなくて。ごめんなさいね」
「い、いえ!」
「私達は、カルロス様に申し付かっただけで…」
「ううん、その時、なんか、居た堪れない空気になってしまったって、聞いたから、せめてものお礼がしたくて。ジョゼ?」
「はい」
私は、爺に頼んで男物の扇子を作ったんだ。
だって、ルミナスにはエアコンなんてないし、扇風機は高価らしくてあまり出回ってない。
デュークさんにプレゼントしたら、凄く気に入って執務室に常備しているんだよ。
だからね、きっと喜んでくれるって思うんだ。
ジョゼが、2人に渡す。
柄は市松模様だ。
「良かったら、使ってね?」
2人は恐縮しているようだった。
いや、何を渡されたかわかってないのかも知れない。
「男性用の扇子なの。使い方わかるかしら?」
女性用の扇子は羽やら宝石やらが、これでもかって付いていて大きいからね。
こんなコンパクトなの、初めてだろうな…。
「わかります、が…」
「いただけません…」
それは、弱る。
「いいの、私の気持ちだから、受け取って?トミー、いいでしょ?」
「はい。エリフィーヌ様からのお気持ちだ。遠慮するな?」
店長にそう言われて、2人は明るい顔になった。
良かったよ。
「ありがとうございます」
「大切にします」
「ええ。これからも、姉を助けてね?」
「「はい!」」
2人は喜んで行ってしまった。
それから、厨房に出かけて、そこにいた裏方のみんなにも挨拶をした。
「素晴らしい料理だったわ。作った人も、運んだ人も、それから、その他の仕事についている人も、誰一人欠けてはできないと思うの。ここにいるみんなが、素晴らしいのね。ありがとう」
テッドの後を任されている男性が、泣いていた。
うんうん、頑張ったね。
本当に、美味しかったよ。
「これからも、姉を助けて下さい。お願いするわね?」
「お任せ下さい!」
みんなが頷く。
嬉しいなぁ、お願いだよ?
「みんな、ありがとう」
「エリフィーヌ様、それでは?」
「あら、もう、そんな時間?もっといたいのに?」
「陛下がお待ちです」
「あ、そうだった」
「さようです」
早目に帰る約束だった。
しかない。
渋々、けど、優雅に家路についたんだ。
あ、チヤホヤされてない気がする…。
仕方ないか…、段々と街に長居が出来なくなってきたんだものね。




