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次の日、アンリ兄様が来ている。
状況は深刻にならざるおえない。
アンリ兄様が、辛そうに、私を見る。
「私も、気づけなかった。ハイヒットの者は誰も、気づけなかったんだ」
「アンリ兄様?」
「マリーに言われるまで、私は気づいてもいなかった」
紅茶の入ったカップからは湯気が出ている。
ポポロもいる。
2人は昨日、サー姉様を取り調べていた。
「公式に報告する前に、と思いまして、伺いました」
ポポロの口調が重い。
いつもの彼ではなかったんだ。
そして、ゆっくりと語り出した。
「結論から参ります。今回の事件の首謀者はリチャードになります。目的はエリフィーヌ様の誘拐。サーシャ・ハイヒットが起こす騒動に紛れて事を起こす予定でした。関与していたのは、この2名とモンクと呼ばれるリチャードの侍従、他3名の計6名です」
「サー姉様が、…、嘘…」
嘘って、言いたかった。
「サーシャ姉様が関与していたのは、間違いないんだ」
そんなこと、信じたくなかった。
けど、私の横を姉様の魔法が横切ったんだ。
サー姉様は、ジョゼを狙って、ジョゼを…。
あのサー姉様が、人に魔法を当てるなんて。
私の自慢で、いつも優しくて、いつも前を見ていた、サー姉様だったのに。
「姉様は、どうなるんですか?」
「フィー、ハイヒットはサーシャ・ハイヒットを籍から抜くことに決めた」
「え?」
そんなことしたら、サー姉様はこのルミナスでは生きていけない。
いや、生きてはいけるけど、何の保護もハイヒットからは受けられなくなる。
ハイヒットの名前すら、使えなくなるんだ。
「けど…それじゃ、サーシャ姉様が余りにも可哀想だわ!」
「私達の家族の1人が、ルミナスに仇をなしているんだ。このままでは、お前がが陛下の元を去ることになるかもしれないんだぞ?それで、いいのか?」
そ、そんな…。
けれども、デュークさんは、急いで断言してくれた。
「アンリ、それだけはない。断じてない」
そう言って、私の手を強く握ってくれた。
私だって、離れたくない。
デュークさんと離れるなんて、考えたこと無かった。
そんなこと、耐えられない…。
「陛下、流れはどの様にでも動きます。可能性は否定できません」
「兄様…」
そんな現実が、本当に来るの?
私の顔が厳しい顔になっているらしく、場が固まりかけている。
そんな中、兄様は優しく言ってくれた。
「けど、フィー。私は兄として、弟として、家族の為に最善を尽くすよ。約束する。私を信じてくれないか?」
兄様の笑顔は、いつもの笑顔だった。
「わかったわ、兄様」
何が救いになるかは、わからない。
けれども、たとえ籍を抜いたとしても、サーシャ姉様は私達の姉様だ。
そう、アンリ兄様が言ってくれた。
それを信じよう。
「ところで、ジョゼは、大丈夫なのか?」
「はい、ザック殿が付きっきりでですので、お任せしております」
安心した。
「けれども、どうして、姉様はジョゼを狙ったの?」
「フィー、それは…」
「アンリ殿。その件は私から申し上げましょう」
ポポロが話してくれた。
「彼女はザック殿を慕っていたんだそうです」
「え?姉様が、ザックを?」
「はい。叶わないとはわかっていましたが、人を愛する気持ちは抑えられるものではないのでしょう。ジョゼ殿と仲睦まじい所を見せ付けられて、いなくなればいいと考えたようです」
「そんな、そんなの姉様じゃないわ。そんなこと、考えるなんて…」
「フィー、サー姉様は、今、まともではないんだ」
「まともではないって?」
「フィー、姉様は、もう、私達が間に合わない所にまで、行ってしまった」
「…、そんな…」
アンリ兄様は、陛下、と苦しそうな声で言った。
デュークさんが私の手を握ってくれた。
「媚薬を盛られてます。姉は、もう、男無しでは生きられません」
「そうか…」
デュークさんの手を握り返した。
「男無しで、って…」
「男なら誰でもいいんだよ。毎晩抱かれないと、気が触れるほど、苦しいんだ」
「酷い、どうして、姉様がそんな目に会わなくちゃいけないの?」
誰も答えてくれない。
沈黙の後、デュークさんの声が低く響いた。
「効き目は薄くなって行くんだろう?」
「おそらくは。時間が掛かると思いますが、薬の効力は薄れていくでしょう…」
「問題は、その間、だな…」
「禁断症状に耐えられるのか、それが、気がかりです。まさか、男を宛がう訳にも参りませんから」
「地獄だな…」
「ええ、それにどんな副作用が残るのか。幻聴なのか、幻想なのか、記憶退行なのか」
「そうか…」
兄様が静かに話を続ける。
「罪は罪として償わせます。ですが、どうか、治療することを許可して下さい。陛下、お願い致します」
「認めよう。が、刑罰は通常よりも重くなる。いいな、それで?」
「覚悟はしております」
これで、この場は終った。
公式の報告は各大臣達や主要な貴族達が集まった議会で行われて、大臣達が意見を交換し、その上で王が決める。
この席にはお爺様とアンリ兄様も出席するけれど、何も言わないつもりだろう。
結果はどうなるか、わからない。
待つしか出来ないんだ。
しばらくして、サー姉様の罪状が決まった。
禁固2年。
けれども、病院での治療が優先されるので、実質は隔離入院になる。
姉様は人を1人殺している。
それで、この罪状は軽いのか重いのか、私にはわからない。
でも、会議で決まったことだ。妥当なんだろう。
見舞いには行くなと、お父様からの言いつけだ。
私とマリ姉ちゃんは行っちゃ駄目なんだ。
いつの日にか、会えるんだろうか…。
リチャードは死亡しているけれども、死罪になった。
家族には累は及ばなかった。
残りの部下は禁固3年。ルミナスの北にある離れ小島に牢獄がある。
そこへ送られた。
これで、事件の幕は閉じられた。




