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頻繁にお母様とマリ姉ちゃんが城に来るようになった。
何でかって言えば、私の婚礼の準備のためだ。
私達の部屋はそのままで、側に新しい宮殿が建てられるんだよ。
もちろん、デュークさんと私が住むんだ。
宮殿だって、さ。
いいんだろうか…。
「この間、模様替えしたばかりなんだよ?なんか、勿体無い…」
「いいじゃない、陛下がフィーの為に建ててくれるって言うんだから。建てて貰えば?」
「そうよ?そういうのは殿方の器量なんだから、受け入れればいいの」
マリ姉ちゃんも、お母様も、言うなぁ。
そんな簡単でいいの?
自信ありげなお母様を見てると、逆らっちゃいけない気になる。
「設計段階から、ハイヒットが関わりますからね?」
「これはハイヒット家の威信も掛かっているんだから、派手にするわよ?」
なんかさ、お母様とマリ姉ちゃんの人格が変わってるような気がするんだよ?
私の式なのに、私より熱が高そうだ。
「来週は、ドレスの打ち合わせだったわね?」
「うん、マリ姉ちゃんは都合悪いんだった?」
「ええ、店に出す食器の打ち合わせがあるから、遠慮するわ」
「じゃ、お母様だけね?」
「そうね」
宮殿まで建てるんだよ?
一体、なにがどうなるんだか…。
けどね、この調子でルミナス中が浮かれ出すんだって。
凄いね。
けど…だ。
「けど、サー姉様がいないのが、寂しいね?」
「まったく、あの子も、まったく家に寄り付かないし…」
「そろそろ、様子見てきた方がいいんじゃない?」
「見にいったって、最近じゃいないのよ。あなた達の方が強情かと思ってたけど、サーシャが一番強情だわ」
「お母様、怒ってる?」
お母様のため息が深い。
「怒ってはいないわ。心配なのよ。素直ないい子だって思ってたんだけど、それは、我慢していいお姉ちゃんを演じてたのかしら、ってね。あなた達はいつだって、思いを行動に移して色々とやってくれたけど、サーシャにはそういう所がなかったのよ。だから、私もあの子なら、大丈夫って思い込んでたのね」
「お母様?」
「これは、私の後悔なのよ。あなた達も、親になったらわかるわ。そういうものなの」
「そうなの?」
親になる?
デュークさんとの結婚すら、想像出来ないのに、親ですか?
わかりません…。
「何事もなければ良いんだけど…」
そうだね、本当に。
あ、風呂…。
大きなお風呂がいいなぁ…。
今から設計に間に合うかな?
そして、ようやく、私達の店がオープンする。
店の名前は、カフェ・マリー。
だって、やっぱり、マリ姉ちゃんの店だもん。
カフェ・マリーは城から直ぐ側に出来た。
アリの店に近い場所で確保出来たんだ。
2階建てのお洒落な洋館で、珍しいことに、庭まである。
外でのお茶も楽しいよ?
私は内装工事中の店内を見に来た。
ここへはよく顔を出してるよ。
どうせ、アリの店で結婚式の打ち合わせをしなければいけないし、城からは10分程度で、城下街だから警備の人も沢山いるんだ。
デュークさんも異論は出さない。
と、いうよりも、このぐらいのことはさせて欲しい。
いつも部屋だけなんて、辛いんだよ。
今日はジョゼと隊長が一緒。
「フィー様、ようこそ!」
店長を務めるトミーが、滅茶苦茶カッコいい黒服のボーイスタイルで出迎えてくれる。
ふふふ。
これだよ、これ!
この店はイケメン揃いのカフェなのだよ。
男性客など、私とマリ姉ちゃんの視野にはない。
女性による、女性のための、お洒落なカフェ。
給仕は、当然、男性だよね。
「トミー、よく似合ってるわぁ。ね、ジョゼ、そう思わない?」
「そうですね、お似合いです」
目の保養だな。
あ、ジョゼには口止めしとかないと…。
テーブル席が20席。お天気がいい日は外に5席。
食器は全部、オリジナル。カフェ・マリーの刻印付き。
後々はこれも販売したらいいと思うんだ。
「フィー?」
「あ、マリ姉ちゃん。もう直ぐだね?」
「そうなのよ。もう、間に合うのかが心配よ」
「機械は順調?」
「ええ、やっと。品質を一定に保つって大変ね」
「上手くいってる?」
「なんとか、ね。だからオープンさせるのよ」
と、私達は喋りながら厨房に向う。
「カナコ様」
テッドだ。
しばらくは、ここを手伝う。
「テッド、どう?」
「勘のいい人間ばかりです。なんとかなるでしょう」
「なら、良かった。テッドには早く帰ってきてもらわないと、困るのよ?」
「ありがとうございます」
「マリ姉様、テッドは早く戻してね?」
マリ姉ちゃん、苦笑いだ。
「はい、わかってます」
本当に頼むよ?
けど、夢が形になるって、凄い。
目には見えない熱気が伝わってくる。
「オープン前の試食会、来るでしょ?」
「もちろんよ。デュークさんも来たがっていたけど、断ったからね」
「良かった。名誉兄様がいると、皆、どうしていいか困るものね」
「でしょ?だけど、早目に帰らないといけないの。残念だわ」
「それだけ、愛されているってことにしなさい」
「そうする」
「で、フィー、ちょっといい?」
手を引っ張られて、店内の人気のないテーブルへ。
そのまま、簡単な試作品であるトーフの黒蜜かけを頂いた。
トーフの味はいい。黒蜜が濃い気がした。
「黒蜜が濃い目ね?」
「フィーは薄味が好みだから、そう感じるかもしれないわね。これは万人受けを狙った味よ」
「なるほど」
マリ姉ちゃんは少しためらって、言葉を続ける。
「私ね、サー姉様に試食会の案内をだしたの。そしたら、届けた侍従が言うには、そこには誰も住んでいなかったって…」
「え?」
「荷物は残っていたし、近所の人が見かけたら渡してくれるっていうので、一応、招待状は置いてきたんだけどね」
「どこかに引っ越す感じなの?」
「そんな感じだったみたいよ。でね、慌ててアンリ兄様に相談したの。で、兄様が調べてくれたんだけどね…」
「どうだったの?」
「姉様、どこにもいないの。学院にも、どこにも…」
「いつ?いつの話?」
「一昨日のこと。私は店で動けないし、全部、アンリ兄様たちにお任せしてるところ」
「なら、直ぐに見つかるわよね?」
「だと、良いんだけど…」
マリ姉ちゃんは胸に手を当てた。
「なんだか、嫌な予感がするの。ここしばらく、姉様、荒れてたでしょ?」
「うん、別人みたいになってた」
「引き返せるところに、いるのなら、いいんだけど、…」
「マリ姉ちゃん、サー姉様に限って、そんなことないよ」
マリ姉ちゃんの群青の瞳が、不安そうに揺れる。
「私達、サー姉様のSOSに気づいてなかったのかもしれないわ」
「…ん?」
「もしかしたら、私、姉様を追い詰めたかもしれない」
「そ、そんなこと…」
私の心もざわついてくる。
「じゃ、私も?」
「かも、しれない」
「マリ姉ちゃん、どうしたらいい?」
私の手を握ってくれる。
「待つしかないわ。アンリ兄様たちをね」
「そうだね」
私達が追い詰めた、その言葉が棘になって、刺さる。
どうして??
サー姉様…、どこにいったの?




