111 あなざーさいど21
ザックの視点
最近、ジョゼが綺麗になった気がする。
カナコが作った、トーフというものを食べているお陰らしい。
愛する妻が綺麗になるのはいいことだ。
出会った頃から、ジョゼは綺麗だった。
私にとっては。
それでいいんだ。
私達の出会いはルミナスの本屋だった。
どうしても欲しい本を上の棚で見つけた私だったが、届かなくて困っていた。
「取りましょうか?」
そう言って取ってくれたのが、彼女だ。
「あ、すみません、助かります」
「気にしないで下さい」
そう言って、去って行こうとする彼女を、思わず引き止めた。
「あ、あの?」
「なんでしょうか?」
「この本屋には、良く?」
「そうですね、週に1回程度です」
「そうなんですか…」
言葉が続かない。
「それじゃ、」
「あの、来週もきますか?」
「わかりません、けど、何故でしょう?」
彼女を見上げて、思わず言った。
「あなたと話がしたいんです。何故だかわかりませんが、あなた、と」
「?」
「僕と会う時間を、作ってくれませんか?」
ジョゼの顔が赤くなったのを見逃さなかった。
「急に言われても、どうしていいのか…」
「じゃ、明日、ここで待ってます。返事はその時でいいですから、いいですよね?」
「…、わかりました」
そう言って、別れたんだ。
何でそんな事を言ったんだって?
決まってるよ、一目惚れさ。
ジョゼは背が高くて、凛としていた。
髪は私と同じシルバー。薄い赤紅で、意志の強そうな口をしていた。
どこか、死んだ母に似ていた。
母も、ちょっと無愛想で、畏まったところがある人だった。
その次の日に再び会った。
また、その次の日も。
何度も会い、話をし、笑い合った。
25の時の出来事だ。
あれから、もう20年。
長いこと一緒にいる。
それでも、飽きない。
陛下とカナコもいい夫婦になると思うけど、この世で一番最高の夫婦は私達だと思っている。
誰にも言わないが。
陛下とカナコが城に戻る前の話に戻ろう。
学院でのこと。
先日の学院裏で発生した魔物の件を、サーシャが報告に来たときの事。
「じゃ、まだわからないんだね?」
「はい、どうして、魔物を学院の近くに準備できたのか。それをどうして、気づかなかったのか。そこのところがまだ…」
「肝心な部分だ。引き続き調べてくれ、頼んだよ?」
「はい」
全然、解決していなかった。
犯人の糸口も無いのだ。
そんな事で良い訳がない。
もちろん、軍隊は軍隊で動いているが、魔物のこと、学院も動くのは当然だ。
サーシャは良く動いてくれる。
「いつも助かるよ、サーシャ?」
「い、いえ…」
「そういえば、フィー様は、面白いものを作ってるね?」
私はカナコのことをハイヒットの人間と喋るときにはフィー様と言うようにしてる。
「え?」
「トーフだよ」
「ああ…」
嫌そうな顔になった。
「良くジョゼが持ってきて食べてるんだよ」
「奥様が?」
「フィー様が言うには肌に良いとか、って。真剣に食べてる」
「家でも、家族は時々食べてるみたいです。けど、私はまだ、抵抗があって…」
「え?サーシャは食べないの?」
「あんまり家には戻らないので、機会も少ないですし…」
「案外、保守的なんだね?」
「そうですか?」
そう言って、少し寂しそうに笑った。
「臆病なだけです」
「サーシャにしては、珍しいな?」
「どうしてでしょう?」
「学院の頃から、好奇心丸出しで、何にでも挑戦していた君の口から、臆病って言葉がでるなんてね」
「あの頃は幼かっただけです。今は…」
「今は?」
この子は、こんな風に笑う子だっただろうか?
「大人になってしまったのかもしれません」
それだけ言って、部屋を出て行った。
少し心配になったが、芯のしっかりした子だ。
少しの迷いならば、自分で解決した方が彼女の為になると、思うんだ。
そして、
陛下とカナコが城に戻って、落ち着いた頃。
例の学院半壊の件の報告のために、サーシャがやってきた。
部屋に入った彼女は、酷くやつれていた。
「サーシャ、どうしたんだい?」
「なにがでしょうか?」
「とても、疲れているみたいだ」
「大丈夫です。けれども、まだ何も掴めていなので、心苦しいです」
と、立っているのもやっとに見える彼女が言った。
私は気を紛らわすために、別の話を向けてみた。
「そう言えば、君の妹達が店を立ち上げるって聞いたよ?」
「らしいですね…」
「聞いていないのかい?」
「最近は家にあまり戻れてないので…」
「ああ、調査のためだね?」
「すみません」
その声が機械的に聞こえるのは、何故だろうか?
「彼女達にも会ってないの?」
「そうですね、会えてないです」
「寂しいな?」
「え?」
わからないと、そういう顔をした。
「寂しくないの?」
「別に、いえ、最近では妹達に圧倒されしまうので、遠慮しているんです」
「そうかも知れないな、フィー様もマリーも言い出したら聞かないからね」
「よくご存知ですね?」
「ジョゼが話してくれるんだ。毎日のように、フィー様とマリーが城で打ち合わせをしているからね」
まったく、興味がないようだ。
「女の子が行きたくなる店にするんだって?」
「らしいですね」
あんなに妹達のことを心配していたサーシャはどこに行ったのか?
「私はね、楽しみなんだよ、」
急に反応した。
「学院長が、ですか?」
「ジョゼと一緒に行くって決めてるからね」
「奥様と?」
「そうだよ。楽しみだなぁ」
「そうですか、」
恨めしく私をみるサーシャ。
そんな顔は、初めてみた。
私が知っていた少女は何処に消えたんだろうか?
ここにいる女性は、誰なんだろうか?
「引き続き、調べますので、失礼してもいいでしょうか?」
「わかったよ。けどね、体調を整えるのが先だ。サーシャ。少し休みなさい」
「いいえ、このままでは、休めませんので」
「いいや、駄目だ。家に戻りなさい」
「嫌です!」
私を睨む、目の前の女性は、誰なんだろうか?
「命令だ。ちゃんと家で休みなさい。ご両親には私から連絡をしておくから」
「…」
「サーシャ?どうしたんだ?」
「いえ、連絡は不要です。私からいたしますので」
「そうか。じゃ、仕事のことは忘れて、体を休めるんだぞ?」
「はい、ありがとうございます」
そう言った後、お辞儀して部屋を去っていった。
しばらくして、彼女は学院から姿を消した。
家に帰ったんだと、思っていたんだ。




