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その時だよ。
ドアがノックされた。
こんな時、なんていえばいいの?えーと…。
「どうぞ」
ありきたりだ…。
けど、ありきたりでいいんじゃないか?
そして物凄く背の高い女性が入ってきた。
「失礼します」
この人は、たぶん、デュークさんよりも背が高い。
髪は緑。ルミナスの人は緑と白の髪色しかないのか?
瞳は赤い。けどデュークさん程赤くない。
「お初にお目にかかります、カナコ様。ジョゼと申します」
「初めまして、カナコです」
微笑みが優しい女性だ、嬉しいなぁ。
懐かしい感じがするのはどうしてだろう?
「ご朝食をお持ちしました」
「ありがとうございます」
「カナコ様?」
ジョゼは作業の手を止めた。
「はい?」
「陛下からは、どこに出しても恥ずかしくない程にリリフィーヌ様にそっくりにしろ、と仰せつかっております」
「はぁ…」
「きっとお嫌だと思いますが、この世界で生きていく覚悟をお決め下さい」
「覚悟?」
ニッコリ微笑むんだ、これが。
「厳しいとは思いますがやり遂げて下さい。出来なかった時は貴女様の居場所はございません」
マジかよ…。
そんなに追い込まないでください。
プレッシャーには弱いタイプです。
できれば褒めて育てて下さい。
いつの間にか食事の用意が出来ている。
この人は出来る人だ。
私といえば、さっきのジョゼの言葉にビビッてしまって、ボーっとしているよ。
「怖いですか?」
「怖いです」
「大丈夫ですよ」
「本当ですか?」
「ええ、私がおります」
ただ立ちすくんでいた私の手を取って、朝食が綺麗にセットされたテーブルに連れて行ってくれた。
私の手を握っている彼女の手は、暖かい。
「カナコ様、ここに貴女様が来られたのもきっと意味があるのですよ」
「そう?」
「ええ、このジョゼはそう思います。カナコ様にお仕え出来て嬉しいのですから」
その声の優しい響きが好きだなぁ。
なんか強張っていた顔が柔らかくなっていく感じがする。
椅子を引いて座るように促された。
「さぁ、朝食は優雅にお召し上がりませ」
「では頂きます!」
「いけません!」
「はぁ?」
「頂きます、という言葉はルミナスにはありません。よろしいですか?口角を少し上げて、侍女をゆっくり見上げて、こう言ってください」
ジョゼは優雅に優しい音色で言う。
「ありがとう、ジョゼ」
なるほど。
リリさんは優雅だったのですね?
上条加奈子、頑張ります!
「ありがとう、ジョゼ」
「上出来です、カナコ様」
「ほんと?」
「ええ、では、お召し上がり下さい」
よっしゃ食べるぞ!
メニューは定番のイングリッシュ風朝食。
薄いトーストは焼いて三角に切ってある。
目玉焼き、ベーコン、ソーセージ、マッシュルーム、トマト、ビーンズ。
「これは全てリリフィーヌ様のお好みです。この味に慣れてください」
「って、ことは、このメニューはリリさんの好み?」
「そうですね、アルホートの料理です」
そう、なんだ…。
ルミナスの料理ではなかったんだ。
今までの私のイギリス料理に対する、いや、ルミナスの料理に対する無礼をお許し下さい。
けどリリさんって、ルミナスに来てもアルホートの自分の生まれ故郷の料理を食べるんだ。
頑固な人なんだな。
「そうなんだ…、わかった」
ジョゼの指導は厳しいよ。
「わかったわ、です」
「わかったわ」
「では、まず、トマトから」
「順番があるの?」
「リリフィーヌ様は決まった順番でお食べになりました」
「そう、」
好きに食べたい。
「トマト、目玉焼きの黄身を割って小さく切ったパンにつけて、ソーセージ、ビーンズ、ベーコン、マシュルーム。ここまでは決めていらっしゃいました」
「どうしてなの?」
「存じません。けれども、毎日同じでした」
「わかったわ」
「一口は小さく。決して完食なさらぬように」
「え?」
「完食はしないで下さい」
あ、リックさんが私の食事する所を見て、リリさんじゃない、と言った理由がわかった。
「どうして?」
「城にはいろんな目があります。今までと変わったことがあれば、噂が飛び交いますので」
「そう、けど、…」
「お腹、空きますよね?」
「はい」
「取り敢えずはこの朝食は残して下さい。足りない分は後からお持ちしますから」
ジョゼさん、ありがとう!
「いいの?」
「ええ、朝はしっかり食べられるとお聞きしてます」
「リックから聞きました?」
「そうなりますね」
あっちゃ…。
ま、いいか。
食べよっと。
「一口が大きいです」
「は、」
「フォークの持ち方はこうです」
「はぁ」
「今のはお上手です」
「うん」
「あ、ゆっくりと動かして下さい!」
「…」
面倒…。
手が止まった。
思考も体も拒否してます、すみません…。
「カナコ様?」
心配されてるね、私。
そうだね。
ジョゼだって必死なんだ、きっと。
私の為に必死に教えてくれる。
感謝しないと罰が当たる。
頑張らないと気張らないと!
「うん、大丈夫。ここで生きてくって決めたから。頑張れるよ」
「宜しゅうございます」
「美味しい」
「お味はカナコ様に合いましたか?」
「ええ、丁度良くてよ?」
「今のお返事、宜しいです」
「ありがとう」
どうだい!
「この位残せばいいのかしら?」
「そうですね、今くらいが丁度いい感じです」
「終わったらどうすればいいの?」
「食事には必ず侍女が1人付きます。その者に、美味しかったわ、下げてくださる?と」
「美味しかったわ、下げてくださる?」
「畏まりました」
全てが下げられた。
ジョゼは一度部屋を出て戻ってきた。
疲れた。
そして、私は満腹じゃない。
腹減った。
「頑張りました、カナコ様。ご褒美です」
ジョゼさんは焼き立てのフワフワなパンと大きい焼き立てのソーセージを持って来てくれた。
「わぁ!なんて美味しそう!」
「どうぞ、お召し上がりください」
「わぁーーい!」
思わずかぶりつく。
ジョゼは見逃してくれた。
ありがたや、ありがたや!
美味しい!
美味しいよぉーーー!
美味しいものを自分が食べたいように食べる。
なんて幸せなんだ!
力が湧いてくる
よーし、頑張る。
私を助けてくれる人が側にいるんだ。
ここで頑張ることにしました。




