フグロイ島への帰還
霧が深くなってきたことで、輸送船団に対する追撃戦は終わりを迎えた。
我々幸運にも、はほぼ無傷で護衛艦隊に痛打を与える事が出来た。ずっとガーズ号と一騎打ちをしていたP-08は機銃攻撃により、何か所か塗装が削られ、装甲に凹みを作った程度で、これもまた無傷と言っても構わない範疇だろう。
はるか上空で聞こえるのは、Uボート殺しの戦闘機ソードフィッシュだろう。この霧では、飛んでも無駄だろうに、輸送船の惨状を聞いて、無駄を承知で飛んできたというところか。
もしも今日、晴れていたら、この戦闘機も相手にしなければならかったはずで、そうなっていたら結果は大分変わっていたはずだ。
強力な七十五ミリKwK L/48戦車砲も、航空機を落すことはできない。
霧の白き裳裾に隠れて、我々は夜を待つ。フェロー諸島という、英国が占拠している場所に隠れているのを知られたくないのだ。
フェロー諸島の方向に微速で進む。テントが張られ、そこには砲手、装填手、機銃手の陸軍組が横になっていた。
一時間半も、ぶっ続けに砲撃を繰り返していたのだ。疲れもするだろう。今回、クラッセン軍曹とバウムガルテン一等兵の砲手と装填手のコンビは本当によくやった。幸いにして出番はなかったが、機銃手のバルチュ伍長も、狭くて寒い銃座のなか、砲塔が旋回するたびに振り回されながらも良く耐えたものだ。
霧の粒子に頬を撫でられながら、キューポラから頭を出して灰色の空を見ていると、私は本当は死んでしまっていて、カローンの渡し船の乗っているのではないかという幻想に囚われる。
「舌出して、なにやってるんですか?」
座席によりかかり、後を向いた操縦手のベーア曹長が、私に言う。
「なに、舌の上にコインがないか、確かめただけさ」
私はそう答えたが、彼には意味が分かっていないようだった。
なんだか気味が悪いものでも見たかのような顔になって、ベーア曹長は座席に座りなおす。基地に帰ったら、このことも言いふらすつもりだろうか?
夜陰に紛れ、フグロイ島の岩の隙間に入る。ぶっ続けで操縦席にいたベーア曹長も、やっとテントに移ることが出来る。艇長席をバルチュ伍長に譲り、私もテントに入った。
座りっぱなしだったので、足を伸ばせるのが本当にありがたい。
バウムガルテン一等兵が、私にマグカップを差し出す。ありがたい事に、舌が火傷しそうなほど熱い珈琲だった。
苦みが、疲れ果てた私の頭の中を癒してくれる。カフェインは活気を送り込んでくれた。
「適当にくつろいでくれ」
テントに居る当直外の三人にそう言って、私は戦闘記録を付け始めた。これは、カエルに渡し、暗号化されてロストックのP作戦本部に送られる。
実戦のデータとしてストックされ、計画されているはずの、第二群にフィードバックされるはずだ。
嘲笑の対象でしかなかったペンギンも、使い方次第で何とか戦えることが分かった。今回の様に、条件が整えば、戦力差を跳ね返すことだって可能なのが証明された。
祖国にとって海は「堀」。我々はそこを守る最前線の兵士なのだ。
補足
カローンとは
ギリシャ神話の死者の魂を小舟で彼岸に運ぶ渡し守の老人のこと。
古代ギリシャではその渡し賃1オボロス銅貨を死者の舌の上に載せて埋葬した。この渡し賃がないと、死者の魂は迷うと信じられていた。




