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全機進発! 戦旗を掲げよ!

 夜が明ける。

 目視できる明るさになったら、米軍お得意の絨毯爆撃と無差別砲撃が始まるだろう。

 夜が明けきらないうちに、食事を済ましておく。

「せっかく新しい軍服を着たのに、汚したら大変だから、クソと小便も済ませておけ」

 そう一斉通信えをしたら、応答のクリック音がまるで喝采の拍手の様に鳴り響いた。


 私は、チョコレートと珈琲だけを口にした。

 そして、タバコを吸った。

 米軍の攻撃を待ちながら、米軍の補給品のラッキーストライクを吸っている。なんだか奇妙な感じだ。

 『ラッキーストライクの緑は戦場に行きました』

 そんな小賢しいキャッチフレーズが思い出される。

 みんな頭がおかしいんだ。戦争するやつは、皆、頭がおかしい。

 私も頭がおかしい。

 

 空が明るくなってきた。

 私は手にしたタバコを投げ捨て、双眼鏡を覗く。

 長く戦場で暮らしていると、奇妙な感覚が身に着く。戦闘開始の予兆のようなものだ。

 空気が帯電し、ピリピリと肌を刺すような感覚。

「来るぞ!」

 私の呟きに、P-07の乗組員全員が、分かっているという風に頷いた。

 遥か彼方からの遠雷。

 否、これは艦砲射撃だ。

 シュルシュルという空気を裂く音。

 駆逐艦やコルベット艦の小型艦砲とは桁違いの質量が飛来する音だ。

 着弾した。地響きがする。耳をつんざく爆発音。

 これが、嚆矢だったのか、立て続けに巨大な砲弾が着弾した。

 海岸は沸騰したかのように爆ぜ、上陸を阻止するための鉄条網や逆茂木が紙細工のように吹き飛ぶ。

 ゴンゴンと音を立てて飛来したのは爆撃機だ。

 隠れていた高射砲が、迎撃の火蓋を切る。

 バンシーの鳴き声を思わせる、爆弾の風切音。

 迎撃の独軍戦闘機の姿はない。

 どうせかき集めても、たった百五十機だ。この空を埋め尽くす爆撃をを迎え撃っても、文字通り焼け石に水。

 爆音と光、衝撃波と火炎で、地面を掘り起こすかのような砲撃と爆撃だ。

 我々は直撃弾でも撃ち込まれない限り安全な岩場の隙間に機体を押し込んでいるが、それでも息を忘れるほどの光景だった。

 まるで地獄だ。いや、この地獄は始まったばかりなのだ。


 塹壕に籠っていた兵士たちは、どうやって生き延びたのだろう。

 あとで分かったことだが、この虱潰しのような爆撃と砲撃はそれほど効果を上げていなかった。

 準備不足とはいえ、トーチカと塹壕の整備は一九四三年十一月にロンメル将軍が着任して以来、急ピッチで仕上げが進んだためらしい。

 彼は、水際作戦を重視していた。上陸させてから叩くという、西部方面軍司令官のルントシュテット将軍とは意見が真っ向から対立しており、上陸してきた連合軍を水際に押し込めるための機甲師団が当初予定してた六個師団から半数に減らされてしまっていた。


 気が付けば、午前六時半だった。

 延々と続く爆発と振動に時間の感覚が麻痺してしまっていた。夜明けとともに始まった爆撃と砲撃は一時間も続いていたことになる。

「出番が来たら、起こして下せぇ」

 と、耳に綿を詰め、砲手席て高いびきをかいているクラッセン軍曹や、糖蜜を付けた乾パンをむしゃむしゃ食べている装填手のバウムガルテン一等兵、鼻歌を歌いながら銃身を磨いている機銃手のバルチュ伍長が、つまり乗組員全員がおかしいのだ。誰も緊張していない。


 不意に砲撃が止んだ。水平線上に、フラワー級コルベット艦のような、小型艦艇が見える。

 多い。なんという数だ。これが、ひしひしと爆弾と砲弾で掘り返された海岸を目指して進んでくる。

 箱のような艦艇は、おそらく上陸支援艦母艦だ。中には重装備の歩兵が一個小隊六十人規模で押し込まれいてる揚陸艇が詰め込まれている。

 波は荒い。

 海に慣れていない陸兵では、船酔い者が続出していることだろう。

 前に出てきたのは、コルベット艦たちだった。

 喫水線ギリギリまで接近し、主砲のMkⅨ四インチ砲で援護射撃を行うつもりだろう。

 こんな事をすれば、普通は急降下爆撃機の餌食になる。

 だが、我々に航空戦力は無い。

「わが軍の戦闘機はどこだ?」

 この日、独軍で多く通信で使われた言葉がこれだ。


 勇敢なSボートたちが、後方に控えている駆逐艦や戦艦に突っ込んでいくらしい。この艦艇たちも、ナメたことに主砲の有効射程距離内である沖合二十キロメートルのことろに停船し、要請があれば艦砲射撃を加えるべく、待機しているそうだ。

 独軍の航空支援はない。そう判断しているのだ。

 内陸側に作られた砲台から、遠距離射撃が始まった。

 コルベット艦の列に向かっての砲撃だった。

 沖合五キロ地点。

 更に前進してくるかと思ったが、上陸支援艦母艦が、揚陸艇を放出したのがその地点だった。上陸後、歩兵を支援するためのシャーマンDDの姿も見える。こいつは、上陸作戦用に開発された水陸両用戦車だ。

 内陸からの砲戦に焦ったのだろうか。

 上陸支援艦母艦は、いかにもまずい一手を打ったものだ。

 上陸部隊を放出する場所が遠すぎる。もっと、座礁するほど海岸に接近し、揚陸艇を放出すべきだった。

 

 勝機が見えた。

 ペンギンの活躍の場が、この沖合五キロメートル地点と海岸線の空間だ。


「一列縦隊で行く。先頭はP-07、二番機はP-21、三番機はP-20、四番機はP-22、殿しんがりはP-08! 第一目標、シャーマンDD。この野郎は、ヤンキー版ペンギンだ。どっちが本当の水上戦車か、教えてやれ!」


 カチカチと受信応答のクリック音を響く。


「いくぞ! オンボロ勇者ども! 戦旗を掲げよ! 全機進発!」


 ガルルルンとペンギンのエンジンが吠える。

 波に揺られて不安定に揺れるシャーマンDDの姿が見えた。

 その数三十台。一台でも上陸させてはまずい。水際作戦から機甲師団は削られてしまっている。

 この海岸を守る鋼鉄の棺桶は、たった五機のペンギンだけなのだ。


 

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