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ラッキーストライク

 ペンギンを情報部にいいように使われるのは、私も不満だ。しかし、デーニッツのおかげで、多少とはいえ海軍が協力的になったが、しょせんペンギンたちは公式には存在も否定される幽霊部隊だ。

 その幽霊が、交戦国である英国の本土に張り付いている。独行の漁船サイズの船は警戒されない事を逆手にとっているのだが、ここが敵国の真っただ中であることが非現実的で、奇妙な感じだ。

 敵中で待ち伏せをするなどといった、奇策をやりとげたペンギンだ。無人の荒野に近いラス岬に隠れるなど、それほど意外ではないということか。


 ふて寝したまま、砲手のクラッセン軍曹は軽い鼾をかいている。

操縦手のベーア曹長も、腕組みをしてうつむいており、多分彼も寝ている。

 機関砲銃座からは、タバコの匂いがした。機銃手のバルチュ伍長が、貴重なタバコを楽しんでいるのだろう。フレーバーからすると多分、ラッキーストライクだ。

 撃沈された米軍の輸送船から、コンテナが回収されることがあるが、大量のタバコなどの嗜好品が入っている場合は、『分け前』と称して前線の兵士に分配される。バルチュは大事にそれを取っておいたのだろう。

 厳密にいうと、作戦行動中にタバコなど違反行為だが、まぁいい。どうせ我々は幽霊だ。

 装填手のバウムガルテン一等兵が、ハッチを開けて外に出る。

 じょぼじょぼと水音がしたところを見ると、小便でもしているのだろう。ついでに、バルチュ伍長からタバコを一本もらっていた。

「オーロラは、一回も見えなかったですよ。残念だなぁ」

 ベア島に潜伏していた時がチャンスだったのだが、あいにくと連日の雪模様だった。

「戦争が終わったら、見に行けばいいじゃねぇか」

 バルチュ伍長の声。退屈していて、欠伸をかみ殺した様な声だった。

 しばらく、バウムガルテンは答えなかった。

 遥か上空でウミネコが鳴き、斜めに空を切り裂くように飛んでゆく。荒磯の波にもまれて、舷側のシュルツェンが岩にこすれ、肺病患者の喘鳴のような音を立てた。

「そうですね。それまで、生きていたら、そうします」


 私はワルサーP-38を握り、セーフティを解除した。いつの間に泣いていたのか、鼻の奥がツンと痛い。

 あの日、四百人が目の前で死んだ。私が救えなかった命だ。

 あの日、何人の英国兵が死んだだろう。私が奪った命だ。

 あの日、何人の米国兵が死んだだろう。私が奪った命だ。

 あの日、アルペンローゼの花が好きだといっていたボーグナイン少尉が死んだ。私が殺してしまった命だ。

 あの日、あの日、あの日……

 私の手には拳銃が握られていて、私の手は人を殺すことが出来る。本人の意思に反して命を奪う権利が、果たして私にあるのだろうか?

 死ななければならないような事を、彼らはしているのか?

 ちょび髭の伍長は、その権利はあると叫んでいた。その信奉者たちも、殺せ、殺せと叫び、効率よく人殺しをした人物に勲章を与えている。これは独国に限ったことではなく、戦争に参加しているすべての国が行っていることだ。

「一人の殺害は犯罪者を生み、百万の殺害は英雄を生む」

 これは、ここ英国の牧師の言葉ではなかったか?

 私は、こめかみに銃口を押し付け、トリガーガードにかけた指をトリガーに沿わせる。

 あと少し、指に力を入れれば、殺したり、殺されたりすることに思いを馳せて、思春期の女学生のようにベソベソ泣くこともなくなる。

 そして、私はトリガーを……


「シュトライバー大尉!」

 誰かに耳元でそう言われて、私ははっと身を起こした。

 バルチュ伍長が私の顔を覗き込んでいた。

「大丈夫ですかい? うなされてましたぜ」

 気が付かないうちに、私はトロトロと眠っていたらしい。思わず、腰のホルスターに手を伸ばしたが、ワルサーP38が収まっているそれは、留め金がかかったままになっている。

「何か、悪い夢を見ていたらしい。今、何時だ?」

 空はすっかり暗くなっていて、ほんの三十分ほどうたた寝したつもりだったが、だいぶ時間が経過していたらしい。

「まもなく、十八時です。ひどい顔ですぜ。タバコいります?」

「ああ、すまんね」

 マッチとタバコを受け取り、キューポラから身を乗り出して甲板に出た。

 座ったままだったので尻と脚がしびれていて、少し歩きたい気分だった。

 ラッキー・ストライクを一服する。私はあまり喫煙をする方ではないが、今は必要だった。見れば、タバコを持つ手が微かに震えている。あのクソのような夢を、この紫煙で追い払わなければならない。

 私は、予備役とはいえ、志願して海軍に入った士官だ。弱みを部下に見せてはならない。

 好きでもない、リリーなんとかを鼻歌で歌いながら、くわえタバコで海に向かって小便をする。

 それで、少し気分が落ち着き、ラッキーストライクは、ポイと海に捨てた。

 

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