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◆乙女ゲームの制服を改善させていただきます!◆  作者: ナユタ


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5-3   彼女の言葉は魔法のように。


オーランド視点のジェーンとは……みたいな(・ω・`)



 彼女が襲撃されてからしばらく経つが、あの日以来襲撃はない。しかしその代償とでもいうのか――彼女を狙った襲撃者の身元が未だにはっきりしないのが困りどころだ。


 そして俺がいない間は常に他の誰かの傍にいるようにと言い含めてあるものの、実質彼女を監視下に置くような不便な生活を強いている。


 けれどそんな窮屈な生活環境の中でも、彼女はあの日の宣言通り驚異的な速さで制服の製作を進めてくれた。


 あまりにも目に余る無理をするようなら前と同様に止めるが、今のところは化粧もしていないので大丈夫だろう。


 学園が休みの今朝は、ユアンに場所の提供を頼んで男子寮の食堂で夏用制服の試着の席が設けられたのだが……。


「なぁ、ジェーンこれってさ、どれとどれを合わせて着るわけ?」


「はぁ……さっきも言われたじゃない。今アンタが持ってるそれは冬用のシャツ! 上はこれで、下はこっち! 何回言わせるのよ?」


「まぁまぁ、マリー。慣れない内は仕方がないわよ。でもこう何度も聞き返されるってことは……この柄の組合わせだと分かりにくいのかしら? それとももっと明るい色味の方が――」


「そんなの関係ないわよ。単にコイツの憶えが悪いだけだってジェーン」


 心配性の彼女と辛辣なマリー嬢のコンビにに挟まれたユアンが「言い過ぎだろ!」と抗議している。 


 前回訪れた時とは違い今回は事前に訪問の予定を組んでいたので、それに合わせて掃除業者に入ってもらえた。


 そのお陰で床は食べこぼしや埃で汚れていない。清潔な食堂の中、目の前では賑やかに――ユアンの馬鹿者が彼女とマリー嬢の手を焼かせている。


 しかしこいつは一度で、いや、せめて三度で理解出来んのか……?


 エメリン嬢は男子寮で着替えさせる訳にもいかないので今回は見学だが、広い食堂では風邪をひかれる可能性があるアーネスト様に付き添わせて、別室で着替えを手伝ってもらっている。

 

 夏用のジャケットを手にしたマリー嬢がユアンにそれを押し付け、前に回り込んだ彼女がだらしなく結ばれたタイをきちんと結び直してやっていた。


 その姿はさしずめ二人の姉に世話を焼かれる愚弟といったところだ。


 近付かないと分からない程度の極細い紺と白のストライプが入ったズボンに薄い灰色がかったジャケットは見た目にも爽やかで、今が夏であれば着心地も申し分ないだろう。


 あくまでも今が夏であれば……だが。間違えても二月に着るものではないとだけは言っておく。


 一番上のボタンを留められるのに抵抗しているユアンに手こずらされている彼女と一瞬目が合う。


 “困ったものだ”とでも言いたげな苦笑を浮かべる彼女に、俺も同意の意味を含めた微笑みを返した。


 たかが一番上のボタンを留められるのが余程嫌なのか、ユアンは彼女の手を掴んで引き離そうともがいている。手を掴まれた彼女が驚いた顔をした時、横からすかさずマリー嬢の平手がユアンの右頬にとんだ。


 当然急な攻撃にユアンが怒鳴っているが、線の細い男が怒鳴ったところで怯むマリー嬢ではない。つかみ合う両者の間にまたも彼女が宥めに入る。


 それに、知らず「よし」と呟いている自分がいた。……何が良いんだ? さすがに平手打ちをされるほどではなかっただろうに――。


 自分でも良く分からない感覚だったが、マリー嬢の行き過ぎた行為が俺には快かった。


「お待たせしましたぁ~! ほらアーネスト、みんな待ってるよ」


 この場をさらに賑やかにしそうなエメリン嬢が楽しげな声を上げて食堂に飛び込んで来る。


 その後ろから毛布を羽織ったアーネスト様が現れると、今までユアンにかかりきりだった彼女は二人の方へと向き直った。困り顔だった彼女の表情が途端に嬉しそうな微笑みに変わる。


 羽織っていた毛布をソッとどかして全容を見せたアーネスト様にこの食堂の視線が集中した。


「良くお似合いですわアーネスト様。今日は残念ながらお見せ出来ませんけれど、次に寮にいらした時はエメリンの制服姿をご覧に入れますわね?」


 その彼女にしては珍しい含みのある物言いに、アーネスト様が年相応の照れた表情を見せた。


 そんなアーネスト様の姿を見ていると、やや彼女に対して世話役として負けたような複雑な気分になる。


 ――とはいえ壁に背中を預けながら眺める食堂内は、二月のまだ心許ない日の光に力を添えるような活気を見せた。


 首のタイを彼女に整えてもらっていたアーネスト様がふとこちらに視線をやってはにかんだ。その気遣いのお陰でさっき彼女に感じた負い目が少しだけ軽くなる。


 一週間前――彼女に相談をしたことで、俺とアーネスト様との間で以前までとは違った関係が築かれつつある。


 あの日、帰りの馬車の中で俺が彼女と交わした会話をほぼそのままアーネスト様にお伝えすると――意外な、本当に意外なことだったが……。


 あのアーネスト様が、泣いた。ずっと幼い頃から世話役をしている俺の前でも滅多に泣くことなどなかった彼が、彼女の発言に感じ入って泣いたのだ。


 酷い話だがアーネスト様のことだから、彼女の発言にもきっと嘲笑や冷笑の類を返すものだと思っていた俺は、一瞬本気で驚いた。


 いや確かに“これで嘲笑や冷笑をするようならどうにかしなければ”と密かに拳を堅くしていたところだったので、内心ではとても安堵していた。


 俺やエメリン嬢以外の他人の助言を訊いてまだ泣けるようであれば“目の前のこの少年はまだ人であれたのだ”と。たったそれだけでこの十数年が報われた気がした。


 しかしさすがというかアーネスト様は俺が差し出したチーフで涙を拭うと、一瞬で頭を切り換えて怜悧な表情になるとこう言った。


『それにしても……あの男なら充分ありえそうな話だね? オーランドと情報屋の彼のお陰でカードの切り方も大体思いついたし……。それに実を言うと今回の彼女の件は、わたし達王家のことに因縁のあるものじゃないかと思っていたんだ』


 涙を拭ったチーフを手の中で遊ばせながら、アーネスト様の表情はいつもの“仕事向け”の顔になる。


『彼女がそんな風に考えてくれる人だと知ってしまってはもう囮には使えないし……この件はわたし達の問題だ。それにね、上手くやれば長兄に睨まれずに、次兄にも恩を売れそうだよ。あの二人の協力を得られれば候補もある程度まで絞れそうだしね?』


 実の父親である現国王に対しての扱いがあれなのは……まぁ、有能だが情のない方ではあるので致し方ない反応だと言えるだろう。


 それに家族に縁が薄いアーネスト様にしてみれば、こんな機会であっても兄上方のことが話題に上っただけでも上出来だ。


 ましてやこうして昼間に学園以外で集う人間関係が出来るとは、少し前まで思ってもいなかった。これも彼女と出会えたからだと考えてから、自分が彼女に何も還元していないことに思い至って動揺している。

 

 そんなことを俺が考えているとは露ほども知らないであろう彼女が忙しそうに立ち働いているのを眺めながら、穏やかな時間が過ぎて行く……。



***



 それから慌ただしくも充実した数時間が経ち、手元が暗くなり始めた頃になって皆で片付けを始めた時だ。


「よ~し、今日のところはここまで! 夏服のデザイン画はまた後日張り出しに来るから――ユアン! アンタそれまでにあの汚い掲示板どうにかしときなさいよ?」


「あぁ? 何でオレがオタクの言うこといちイ、ッテテテテ!?」


 無謀にもマリー嬢に口答えをしようとしたユアンの頬をマリー嬢が捻り上げている。最近この二人はこれで中々良いコンビなのではないかと思い始めたところだ。


 他のメンバーもそう思って見守っているようだったが、同じ管理人の彼女だけは別だった。


「マリーったら、この後ここへ夕食の準備に人が来るんだからふざけていてはご迷惑をかけてしまうわ」


 と、揉めている二人の間に割って入る。


 今からやり合おうという時に水を差された二人は不満そうだったものの、彼女の言っていることも正論だと理解しているのか渋々片付けに戻った。


 けれどもそのすぐ後にマリー嬢に近付いた彼女が「ありがとう」とこっそり耳打ちしているのを目撃してしまった俺は、なる程そう言うことかと思わず噴き出しそうになる。


 今回スケッチした絵は協力店にも配られる為、彼女にはまた負担をかけることになる。そのことが気がかりでないわけではないものの、今日の彼女の様子からはそれを楽しむ余裕があるようで安心した。


 ユアンに礼を述べて男子寮を後にして、マリー嬢を店まで送り届けた。最後に残ったのはいつもの四人だ。


 俺とアーネスト様で二人に「女子寮の近くまで送ろう」と言うと、彼女とエメリン嬢も頷いてくれた。


 結局いつもの二人一組に分かれて歩く帰路にも最近慣れつつある。前を歩くアーネスト様とエメリン嬢に二人して保護者のようについて行く。


 日中に一度は溶けて水になった雪は夜半には再び氷に戻るのだろう。パシャパシャと水音を立てながら歩く道は、所々に氷の粒が残っていて足場が悪い。


 すぐ隣でそれに気付いた彼女が「足元に気をつけるのよ?」と前を歩く二人の背に投げかければ、ほんの少し顔をこちらに向けた二人が素直に頷いた。


 彼女が頷き返すと、二人は再び前を向いてお喋りに夢中になる。それを見ていたら思わず――。


「……ジェーンは凄いな」


「――えっ?」


 思わず口に出していたのだと気付いたのは、間抜けなことに彼女の反応を見てからだった。


「えぇ、と、それは――何がですか?」


 そう言って目を瞬かせる彼女の姿を前にしたら、返事を考えていなかったとは言えず咄嗟に使えそうな言葉を探す。


「あぁ、その、皆ジェーンの言葉なら素直に訊くのだなと思ってだな――」


 とはいえろくな時間も考えもなしに選んだ言葉は酷く稚拙なもので、良い歳をした大人が口にするにはあまりに情けない内容だった。


 しかし彼女は唐突な俺の答えに口許を綻ばせて「反抗期の寮生ばかり相手にしてきたかしら?」と微笑んでくれる。

 

 前を歩くアーネスト様とエメリン嬢の背中に視線を戻して、二人肩を並べて歩く帰路 。


 俺はすっかりなりを潜めた襲撃に油断しきっていた自分の落ち度を、後日嫌と言うほど悔いることになるとはこの時まだ思いもしないでいた。



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