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第39話 属州浄化

「ふむ、確認が取れたであるな……ではピラト、軍団司令部へ戻れ」

「……旦那、こいつ殺して良いか?」

「だめである、帰れ」


 アルトリウスの指示で2人の兵士に抱えられるようにして退室させられるピラトは、それでも食い入る様に総督補佐の姿から目を離さなかった。

 ピラトが退出してから改めてアルトリウスが総督補佐に向き直ると、総督補佐はアルトリウスに掴みかかるが、敢え無くその両手首を掴まれて阻止される。

 しかし総督補佐はそのままの体勢でアルトリウスに噛みつかんばかりに食ってかかる。


「き、貴様!銀を……税銀をどこへやった!まさか本当に横領してしまったのかっ」

「ほう“本当に”と言う事は“見せかけ”あるいは“ウソで”税銀を横領する予定だったと言う事であるな~」

「うるさい!」


 アルトリウスが本当に、それこそ本当に税銀を横領して何処かへ隠してしまったとなれば、生かしたままにしておかなければならない。

 あの税銀はアルトリウスに横領の濡れ衣を着せて処刑した後に貴族派貴族へ横流しすることが決まっているのだ。

 それが無くなってしまうと大変に困った事態になる。

 何としてもアルトリウスから在処を聞き出さなければならない。

 アルトリウスに尻尾を掴まれてしまったという思いよりも、自分もおこぼれに預かるはずの銀が無くなったことの方が大きい問題だ。

 幾ら強くとも今やアルトリウスは1人、捕らえて拷問するのは然程難しくない。

 そしてあの海賊頭や護衛兵も殺さなければならない。

 そんな思惑を重ねている総督補佐の両手首が嫌な音を立てた。


「ぎゃあああっ!!!?」

「……我は今怒っている、きちんと答えねば殺す」


 怒りに満ちた情状で言うアルトリウスが、総督補佐の両手首をその強大な握力で握り込んだのだ。

 自分の手首が締め上げられるのを見て絶叫し続ける総督補佐。

 総督補佐の悲鳴を聞いて、治安官吏用の革製鎧兜を着た胡散臭い顔つきの連中がどっと部屋に入ってきた。

 そしてその後方から人相の悪いつるっぱげの巨漢が部屋に入って来ると、アルトリウスは総督補佐を放り出し、嘲笑を浮かべて徐に口を開く。


「おう、総督直々のお出ましであるか?」

「……やってくれたなアルトリウスとやら、軍人と言えども総督府の高位文官に理由なく手出しをして無事で済むと思うな」

「理由はある、国家情報漏洩罪に外患誘致罪である」

「……証拠は?」


 総督補佐を配下の治安官吏に介抱させつつ総督が尋ねるものの、アルトリウスは鼻くそをほじるとぞんざいに言い放った。


「お前らには見せてやらん」

「……捕らえろ、殺しても構わん」


 北西属州総督の躊躇無い命令にアルトリウスは顔をしかめる。


「本気であるか?」

「ためらう理由がどこにあるというのだ平民の英雄よ?」


 アルトリウスが呆れを含んで言った言葉に、総督は嘲笑しながら応じた。

 最初から何らかの手段で害するつもりでいたのだ。

 それが最辺境の砦になろうがここルデニウムの属州総督府になろうが、大義名分が用意できるのであれば何ら問題は無い。

 幸いにもアルトリウスは総督補佐という重要人物に危害を加えた、これ以上の大義名分はあるまい。

 そして捕縛の際に抵抗した平民の英雄アルトリウスは、治安官吏の制圧行為で不幸にも死亡するのだ。


「なるほど、それで普段棒杖しか装備していない治安官吏が短剣を胸元に忍ばせているのであるなあ~」


 見透かしたようなアルトリウスの言葉に驚く総督、そしてはっとして胸を押さえる治安官吏達。

 総督は苦々しげにその様子を見て声を上げる。


「ためらうな、どうせ最後は殺すのだ……今殺せ」

「おう、本音が出たであるな」


 ニカッと笑みを浮かべ総督の台詞にそう応じると、アルトリウスは近寄って来た治安官吏を正面からぶん殴った。


「て……抵抗すると為にならんぞ」

「いやいやいや」


 あからさまな反抗に驚いたたような総督の台詞に応じつつ、また1人の治安官吏の顎を打つアルトリウス。

 もう1人の頬を殴って一回転させた時、殺気立った治安官吏達が次々に短剣を抜いてアルトリウスに襲いかかる。


「や、止めろ!ここで騒ぎを起こすなっ」

「さっきは殺せと言ったである、気にせずかかって来いである!」


 予想外にアルトリウスが強く、普段から頼みにしている無頼上がりや傭兵崩れの治安官吏達が瞬く間に数名伸ばされ、総督が慌てて言うがもう遅い。

 アルトリウスは総督の言葉を打ち消しつつ短剣を突き込んできた治安官吏の鼻筋を拳で打ち抜き、横から突っ込んできた別の治安官吏の下腹を蹴り込んだ。

 そして総督の正面にいた治安官吏の膝を蹴り折り、左に居たものの顎を右拳で砕き、その勢いのまま右にいた治安官吏のこめかみに肘を入れる。

 10名もいた治安官吏が瞬く間にアルトリウスにやられてしまうのを見て、総督は顔を引き攣らせて下がるが、がっちりと楕円長衣の胸ぐらをアルトリウスに掴まれ後退を阻止されてしまった。


「さあて……貴公はどこまで知ってるであるか?」

「こ、こんな事をしてっ、無事で済むと思っておるのかっ。これは明確な反逆罪だぞ!」

「どっちか反逆か、公の場にて明らかにするであるか?」

「き、貴様が大人しくしておれば良かったのだ!貴族に逆らい、世の流れに逆らって賢しらに自分の能力誇りひけらかす!貴様の立てた功績のお陰で貴族は肩身の狭い思いをし、平民共は付け上がった!これは西方帝国の根幹を揺るがすものだ!」


 アルトリウスの問いに応じず、まるでアルトリウスが全て悪いかのような物の言い方をする属州総督。

 そもそも西方帝国は貴族と平民が融和し、対立を長い時間を掛けて解消出来たが故に飛躍的な発展を遂げることが出来たのだ。

 皇帝を中心として貴族と平民が一致団結し、その能力に応じて役目を担う制度を構築したからこそ戦乱の時代を乗り切ることが出来たのである。

 しかし戦乱が終息に向かい、社会平和が実現され始めると貴族はその財力と政治基盤を全力で使って平民を押さえ込みにかかった。

 それに反する貴族達もいたがやがて排除され、貴族は貴族、平民は平民の社会を分担する制度にすり替えられていったのである。

 今も帝国方には戦乱期に成立した貴族平民採用均等法が生きているのだが、実際にその法律を知り、使うのは貴族。

 その法律を知る者は多いが、使われている事を知る者は少ない、つまりはすっかり有名無実化しているのだ。

 属州総督は黙り込んだアルトリウスを見て、言い負かしたと感じたのか、脂汗を以下来つつにやりと醜悪な笑みを浮かべた。


「き、貴様が如何に優秀だろうと我々の前ではゴミ同然だ!わ、分かったら手を離せっ」


 しかし総督の胸元をアルトリウスは逆にそっと握り込む。


「まあそう怒らずに」


 どかっ


「あぎっ?……き、貴様っ、何という真似をっ?」


 床へ仰向けに押し倒された痛みに鼻水と唾を飛ばし、笑みをしかめ面へと変えて叫ぶ属州総督に、馬乗りになったアルトリウスは凄惨な表情で迫る。

 それは地獄を何度も味わった事のある、アルトリウスにしか持ち得ない凄み。

 流石の属州総督も痛みを忘れて棒を呑んだような顔で固まる。


「今回は間に合ったが……一歩間違えれば我はまた優秀な多数の部下と信頼できる同盟者を失い、市民は蹂躙される所だったのである。貴様ら貴族派とか言うくだらん連中のくだらん虚栄心のせいでな!」


 ばちん


「ぎえええええ!」


 右の頬を拳で殴られた総督が痛みと屈辱で顔を真っ赤にしてアルトリウスに力の無い拳でぽかぽかと殴りかかるが、アルトリウスは落ち着いて鼻くそをほじりながら応じる。


「全部しゃべれ」

「な、何をだ……あっ、や、やめろ!?」


 空とぼけようとした属州総督の顔面に、躊躇無く鼻くそを突き付けるアルトリウス。

 しかも馬乗りになった際に巧みに属州総督の両腕を押さえ込み、アルトリウスは自由になった両手の右手で鼻くそを、そして残った左手で……


 ぶうっ


「なあっ?」

「さあ、我の屁はクサイであるぞ~しかもしばらくは戦場でろくなものを喰っていないであるから、さぞかし強烈であろうな!」

「き、貴様わしの上で放屁したのみならずっ……!」


 馬乗りになった腰を少し浮かし、大きな放屁音と共に握り屁をこしらえるアルトリウスはすごくよい笑顔。

 必死に顔を逸らそうとする属州総督へ、それをそのままぐいぐいと押し付ける。


「や、やめろっ!」

「止めて欲しければやった事とお主に指示を出した者をしゃべるのであるな~」


 く、この若造め……わしが決して口を割らない事を分かっていてわざと嫌がらせをしてやがる!

 アルトリウスの左拳から漏れ臭う臭気に充てられて冷や汗をにじませ、右人差し指の先に突いた青黒い物体を恐怖の目で見つめる属州総督。

 そこへ突然、兵士達が乱入してきた。

 乱雑な様子では言ってきた兵士達は、部屋に転がる治安官吏達に驚き、次いで属州総督に馬乗りに生っているアルトリウスを見て目を丸くする。


「……アルトリウス、何をしているのかね」


 それはその後から入ってきたポエヌス第10軍団軍団長も感想は同じだったらしく、留トリウスを見て戸惑いを多分に含んだ表情で問いかけた。


「嫌がらせである!」

「……そうか」


 あくまでも明快なアルトリウスの回答にそれ以上どうすることも出来ず、動きを止めてしまうポエヌスや兵士達。

 しかし属州総督はてっきり応援に来たものと勘違いした様子で、喜色を表わしてポエヌスに話し掛ける。


「おお、ポエヌス軍団長、良い所へ来てくれた!こやつ無茶苦茶な狂人だ!わしに乱暴も働いた!即刻捕らえてくれ」

「屁と鼻くそが暴力であるか?」

「黙れ!この状況でどう申し開きするつもりだ!」


 アルトリウスの茶茶にも動じない属州総督が一喝するが、アルトリウスはそれこそどこ吹く風といった様子で抗弁する。


「申し開きなどするつもりは無いのである。我は外患誘致罪と国家情報漏洩罪の容疑者を捕らえただけなのであるからな」

「何だと!ふざけるな!どこにその様な証拠が……」


 言いかけて属州総督ははたと気付いた。

 何故このタイミングで軍団が動いたのか?何故この応接室と行っても良いような場所に軍団長が現れたのか?


「ま、まさか……」

「お主らを一旦全員拘束してから家探しさせて貰うである」

「……馬鹿な!そんな許可が下りる訳がない!」


 属州における統治行政権や司法権、裁判権、軍事指揮権を一手に握っている属州総督の権限は非常に強い。

 その属州総督が本来家宅捜索や逮捕の権限、はたまた軍指揮権を治安官吏や軍団に付与するのだが、属州総督はそんな許可を出していない。

 となると属州総督以上の権限を持っているのは……


「それは監察官の私が居るから可能なことだな」

「ま、マグヌス様っ!」


 ポエヌス軍団長の後方から現れたのは、赤い貫頭衣に白の楕円長衣を纏い、その上から簡素な鎧を身に着けた西方帝国皇族嫡流家の御曹司、マグヌスであった。

 堂々とした立ち居振る舞いでその手にした監察官任命状を示し、監察執行を告げるマグヌスに属州総督の顔が一気に青ざめる。


「……か、かような辺境の属州に何故」

「もちろん役目だ」

「や、役目?」


 堂々と言い切ったマグヌスに、困惑を隠しきれない属州総督。

 しかしマグヌスは怒りに目を逆立て、激しく言い放つ。


「どこぞの属州で宥和すべき族民を拉致し奴隷と為して帝国各地に売りさばく、そういう闇組織が暗躍していると言うことだ。私はその組織を追ってここまで来たのだ!」

「ま、まさか……!」


 慌てて属州総督はアルトリウスを見ると、件の将官は皇族の前であるというのに不貞不貞しくも鼻くそをほじっている。

 いつまで鼻くそを!

 思わず怒鳴りつけそうになった属州総督だったが、自分の視線に気付いたアルトリウスがにやっと笑みを浮かべたことでことの顛末を朧気ながら知る。

 どういう伝手があるのか知らないが、この厄介な皇族監察官を呼び寄せたのはこの将官で間違いなさそうだ。

 ぎりっと歯を食いしばって怒る属州総督を余所に、マグヌスが言葉を継ぐ。


「それにここは本来皇帝家直轄の地、総督は居ないはずなのだが……お前は誰だ?」

「だ、誰だとおっしゃいましても……」


 本来皇帝の直轄地であれば皇帝代官が派遣されて属州の統治に当たるが、北西辺境属州はその財に目を付けた貴族派貴族の手練手管でうやむやになっているのだ。

 元老院や官吏の中から任命される訳でも、皇帝に勅任される訳でもなく慣習としてここ数十年間、貴族派貴族の推挙する者が元老院で仮の承認を受けて赴任する事になっていたのである。


「……わ、私はルシーリウス卿の推挙を受けて総督に任じられました」

「そうか、ではその手続きは誤りだ」

「なっ、そんな横暴な!」


 切って捨てたようなマグヌスの物言いに属州総督が食い下がるも、マグヌスは怯まない。


「横暴はどちらか!本来皇帝家の直轄領に貴族の権勢を背景に無理矢理総督を送り込んでいる方こそ横暴ではないか!私が監察官としてこの地の行政をつぶさに調べ、制度を改めることにする!よってお前のような任命根拠の分からぬような輩は全員追放だ!」

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