第36話 終戦
「蹴散らせえっ!」
うおーっ!!
アルトリウスの号令で大盾を前面に構え、鯨波と共に一気に門からどっと押し出す帝国軍団兵100名。
橋板を堀に渡し、土を蹴立てて突撃する帝国軍団兵の迫力に、思わず前面の海賊達が背を向ける。
浮き足立った海賊達を見て、アルトリウスが更に檄を飛ばし、命令を矢継ぎ早に下す。
「海賊どもは逃げ腰であるぞ!兵停止!投げ槍用意!」
それまで足音を轟かせて突撃していた帝国軍団兵は、アルトリウスの号令で一斉に停止し、その反動で兵士達の足元から土煙が巻き起こり、周辺一帯を包む。
海賊達が戸惑いを隠しきれない様子で振り返り、様子を窺おうとしたとき、丁度図ったかのように土煙が風に流されて晴れた。
そしてその後に現れたのは、これまた一斉に投げ槍を肩に掲げるようにして構える帝国軍団兵の姿であった。
きらきらと鋭い鋼鉄の穂先を燦めかせる投げ槍は、斜め上空に向けて構えられている。
それを支える帝国軍団兵の腕には、ぎちぎちと音をたてんばかりに力が漲っていた。
「に、逃げろっ!」
海賊の1人が目を恐怖に見開いて叫ぶ。
その声を聞くと同時に周囲の海賊達は投げ槍の射程外に逃れようと慌てて振り返るが、それではもう遅い。
「放てえっ!」
アルトリウスが白の聖剣を振りかざすと同時に、細い投げ槍が唸りを立てて軍団兵の腕から次々と放たれた。
鋭くも重い風切り音を立てて飛来する投げ槍に、向けた背を射貫かれる海賊達。
もがくように前のめりに倒れ、また絶叫しながら地面に転がる者も居る。
帝国軍の投げ槍は重く鋭い上に特殊な工作が槍先に施されており、物に刺さるとぐんにゃりとあらぬ方向に曲がってしまう。
人に刺されば曲がったときの衝撃で傷口を広げ、盾に刺されば容易に抜けずに盾の取り回しを減殺してしまい、たとえ外れて地面に落ちても槍は曲がってしまうので投げ返す事も出来ない。
もちろん曲がらない形の投げ槍もあるが、今回使用されたのは西方帝国でも最も広く使われている曲がる型の物だ。
帝国軍団兵は海賊の背中を投げ槍で撃ち抜き、足や手を射貫いて倒し、頭や首筋に打ち込んで絶命させる。
一斉に投じられた100本の槍は、ほぼその全てが海賊達に命中した。
「ぬおりゃあっ」
「し、司令官~?」
驚き慌てるメサリアを余所に、ぽっかりと空いた海賊の陣にアルトリウスが躍り込み、負傷しているとは思えない身体のキレを見せ縦横に切り立ててゆく。
赤いマントを靡かせ、アルトリウスはあたるを幸いに周囲の海賊達を白の聖剣で切り、突き、薙ぎ倒す。
抵抗する暇すら無く海賊達はアルトリウスの武技に圧倒され、たちまち混乱した。
「はわっ、ぜ、前進!司令官に続いてっ」
そうして海賊達が足止めされている間に、メサリアの号令で後方から隊列を組んだままの帝国軍団兵が海賊達の中へ突入し、たちまちその最前線が崩された。
アルトリウスがさっと白の聖剣を頭上高くと、追いついてきた帝国軍団兵達は隊列を組み直し、その直前で大盾を折り敷く。
そして血濡れた剣を地面へ突き立て、大盾の裏から投げ槍を取り外して構えた。
「放ていっ」
アルトリウスの命令で、太い帝国軍団兵の腕から再び放たれる投げ槍。
逃げ惑う海賊達を帝国軍団兵の投げ槍が轟音を立てて再び追う。
次々と背中や膝裏を射貫かれて海賊達が倒れると、帝国軍団兵は素早く地面から剣を抜き取ると突撃に移った。
流れるような攻撃の連続。
アルトリウスは満足そうに微笑むと腰を抜かしそうになっているメサリアの背中をどやしつけてその後方から進む。
「しっかりするである」
「し、司令官っ、無茶はしないで下さいっ」
腰を抜かしそうになりながらもそこは訓練のたまもの、メサリアは涙目でキッとアルトリウスを睨み上げると抗議の声を上げる。
「無茶はしていないのである。コウゲキハヘイシニマカセテイルのである」
「さっき突っ込んだじゃないですかっ、それに何ですかその棒読みはっ」
アルトリウスが明後日の方向を向きながら抗弁らしい言葉を発するが、その口調の白々しさに、メサリアは戦場へ出ている事も忘れて怒鳴る。
「ソンナコトハナイノデアル」
「また棒読みですっ」
再度のアルトリウスの言葉も余りにも白々しく、引き続いてメサリアは噛みついた。
しかしアルトリウスは悪びれずに彼女へと向き直ると、ニカッと良い笑みを浮かべて言う。
「おう、どうやらいつもの調子が戻ったようであるな。そうでなくてはいかん」
「あっ?」
驚くメサリアに、アルトリウスは笑みを消して言葉を継ぐ。
「戦場で一番大切なのは冷静さと普段通りの気持ちである。焦っては事をし損じるのみであるぞ」
「は、はい」
どうやらアルトリウスはガチガチに緊張しているメサリアの気持ちをほぐす為に、わざわざ軽口を叩いたようだ。
それが理解出来たメサリアは顔を赤くする。
戦場慣れしていない自分の不甲斐なさとアルトリウスの心遣いに思い至ったのだ。
「……ありがとうございます」
恥ずかしそうに礼を述べるメサリア。
「ふむ、聞こえんなあ?」
しかしアルトリウスは意地悪く、わざとらしく鼻くそをほじり、次いで耳に指を突っ込んで耳糞を掻き出す振りをしながら応じた。
更には耳に手を当て、メサリアに迫る。
「あ、ありがとうございます!」
「おう」
怒声ともとれるほどの大声でメサリアが言うと、ようやくアルトリウスは納得したかのように微笑みながら答えて前を見る。
たちまちその横顔に厳しさが戻り、アルトリウスは戦場の様子を油断無く見守る英雄司令官へと戻っていた。
前線では100名の部隊が十人隊長達の指揮の下、海賊達を圧倒して戦いを進めている。
それを見てしばらくは安心とアルトリウスがメサリアへ話しかけた。
「では部隊の進退についてはムス臨時副官に任せるのである、我は隙があらばこれを突き、突撃して部隊の攻撃が通りやすいように海賊達を切り崩す」
「指揮については承知しましたが……司令官が突出する危険を行うべからずと言う問題の解決にはなっていません。小なりと言えどもアルトリウス司令官はこの場の最高司令官なのですから、後方での指揮をお願いします」
しかし冷静さを取り戻したメサリアはごまかされなかった。
その鋭い言葉にアルトリウスはうっと一瞬詰まるが、すぐさま猫撫で声でメサリアへ語りかけるように言う。
「……あ~それはそれ、我にも活躍の場をであるな……ちょっと融通して欲しいであるかなあ~何て」
「だ・め・で・すっ」
いつになく歯切れの悪いアルトリウスに対して、メサリアの回答は明快であった。
うぬと唸るアルトリウスから視線を外し、メサリアは微笑むと兵士に命令を下す。
「一旦集結!陣の緩みを締め直します!」
「了解!」
メサリアの命令に応じて伝令兵が走る。
やがて海賊達を追い散らして散開しつつあった兵士達が、伝令の到着と共に集結してくると、戦列を組み直し始めた。
メサリアの油断無い、しかも手堅い指揮振りを見たアルトリウスは、活躍の機会が減じてしまった事に気付いて苦笑いを浮かべた。
「……余計な事をしてしまったのであるかなあ?」
一旦攻勢を止め、隊列を組み直し始めたアルトリウス隊に、海賊達はようやく一息つくと、頭達が手下を集め直し始めた。
海賊達もやられっぱなしでは無い。
「てめえら何時までも逃げ惑ってんじゃねえ!」
頭の怒声が響き、ようやく手下の海賊達が我に返る。
そうしてあちこちで戸惑いつつも海賊達は反撃の気勢を示し、態勢を整えるべく頭が手下共を呼び集める。
踏みとどまった手下達が予想以上に多く、喜色を示すと頭は威勢よく振り返った。
そして手下共に活を入れる。
「よおっし、行くぞ野郎共!へなちょこ帝国人に……あがっ?」
そこへ飛来したのは弩砲の大矢。
反撃の糸口をつかみかけていた小海賊の頭の側頭部を射貫くと、短矢は反対側から抜け出て飛び去った。
後に残されたのは脳と血を撒き散らしながらゆっくりと倒れる頭の姿。
既に小海賊の頭の息は無く、手下達は折角掻き集めた勇気を霧散させる。
「わはは、見事な援護射撃である!」
アルトリウスがその光景を見て笑顔で後方を振り返ると、砦の北門から1人の帝国人将官が小さく手を上げる姿があった。
その帝国人将官、アルトリウス隊先任百人隊長、ロミリウスはうっすらと、しかし満足げな笑みを浮かべて手を下ろし、配下の兵士達に命じる。
「なるべく士気の高そうな集団を見つけて攻撃せよ」
「はっ」
「特にアルトリウス隊長の方陣、左右の敵の動向に注意」
「分かりました!」
ロミリウスの的確な指示に兵士達も小気味よく応じる。
ロミリウスはアルトリウスの援護を手厚くすべく戦場となる北側に残された兵士の大半を集め、その他の場所には見張りを兼ねた最低限の兵士だけを配置しなおしていた。
その配置転換のお陰で北側だけは一番戦闘の激しかった時と同程度の密度で射撃攻撃を継続する事が出来るようになっている。
「射撃始め!」
「了解!!」
静かな気迫がこもったロミリウスの号令で、一旦中断していたアルトリウス砦からの投射攻撃が本格的に再開された。
それまで砦から打って出たアルトリウスの動向に注意していた海賊達は、不意を打たれた形になる。
次々とアルトリウス砦から飛来してくる矢弾に撃たれ、アルトリウスの左右に居た海賊達がばたばたと倒れる。
「効果的な援護であるな!では……」
「前進!」
「ああんっ」
号令しようとしたアルトリウスだったが、敢え無くその機会をメサリアに奪われる。
メサリアの号令で兵士達が歩調を揃えて前進を始めると、海賊達は気圧されて下がる。
その次の瞬間、海賊達の斜め後方から喚声が上がった。
「……お、ようやくであるな」
その蛮声に思わず身構えた兵士やメサリアを余所に、アルトリウスは楽しそうに言う。
「ようやく……ですか?」
その言葉にメサリアが訝しげに問うと、アルトリウスは楽しそうなまま答えた。
「おう、大族長マッカーレイとレリアの所の援軍であるな!」
「え?こんなに早く?」
メサリアが驚くのも無理は無い、予定では後半月は掛かるはずだったのだ。
「わはは、マッカーレイもレリアの父殿も頑張ってくれたようであるな!」
そうアルトリウスが言っている間にも、後方から海賊達への攻撃は激しさを増し、とうとう海賊達が海の方向へと潰走を始めた。
「イヴリン!マッカーレイと共に海賊共を追撃せよっ」
「……承知した」
右翼で傭兵戦士達を指揮していたイヴリンがアルトリウスの呼びかけに応じ、アルトリウス隊の左右に陣どっていた傭兵戦士100人を率いてイヴリンが追撃を始める。
帝国軍団兵は重装備である為、身軽な海賊を追うのには適していないので、遊撃で疲れている所を悪いと思いつつもアルトリウスは部族戦士達に追撃を依頼したのだ。
潰走した海賊達をマッカーレイとファンガスの戦士達が追い、それにイヴリンが加わる。
部下の戦士達を追撃に派遣したマッカーレイとシルヴィア、それに同じくファンガスとレリアがアルトリウスの元へやって来た。
「おう、あんたがアルトリウスか!会えて嬉しいぜ」
「……やっほ、アルトリウス」
「アルトリウス将軍、お久しぶりですな」
「お待たせしましたアルトリウスさん」
相次いでそう呼びかけられ、アルトリウスは白の聖剣を鞘へと収めてから応じる。
「うむ、支援有り難し!西方帝国は最大限の敬意と感謝を捧げる」
しかしアルトリウスの発した言葉にファンガスが驚愕し、やはり驚いたレリアが思わず口元を押さえる。
「……そんな事を言ってしまって良いのかい?」
片眉を上げ、アルトリウスにならって剣を鞘に収めたマッカーレイが腕を組みつつ呆れた様子で言うと、シルヴィアも同意見らしくこくこくと無言で頷いた。
「あん?西方帝国が謝意を示した事が問題であるか?」
「おう、いくらあんたが強くてこの場での最高責任者といえども、帝国や帝国の上位の連中は死んでもそんな事言わねえだろう?」
マッカーレイが今までの西方帝国の態度を思い起こしたのか、些か怒りを含んだ口調で問い詰めるが、アルトリウスは何食わぬ顔で答える。
「そんな安くてちっさい、意味の無い誇りなど振り立てる奴らは犬に食わせろである」
「おいおい、まあ確かにどこにもそういう連中はいるが……」
今度は肩をすくめながらもにやりと不敵な笑みを浮かべるマッカーレイに、アルトリウスも笑みを浮かべて応じた。
「誇りを盾に礼を言わんなど全くもって論外である。助力を貰って礼も言えぬ国など滅びれば良い、我はそんな腐った礼儀知らずの国に仕えたつもりは無いのである」
「違いない……あんた本当に型破りだな、いやオモシレえ、あんたオモシレエよ!」




