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第35話 援軍

 海賊頭ことピラトを砦の懲罰房へ閉じ込めさせると、アルトリウスは砦の防備状況を改めて見て回る。

 海賊達も指示を出していた海賊頭が捕らわれてしまった事で混乱している様子で、砦へ攻めてくる様子は無い。

 そのため奇妙な休戦状態となったのだ。

 その時間を生かして砦のあちこちを歩いて見て回るアルトリウス。

 背後には倉庫を見に行った時の兵士に代わって百人隊長であるカルドゥスとロミリウスが付き従い、さらにその後方にメサリアとイヴリンが付いていた。

 砦の北門にやって来たアルトリウスは、弩砲を担当する兵士達と顔を合わせる。


「おう、世話になったであるなっ」

「は、はあ、その」

「きょ、恐縮です」


 快闊な笑顔で包帯だらけの手を上げて言うアルトリウスに、2人の兵士は戸惑いつつも挨拶を返す。

 彼らはただ必死に弩砲を撃っていただけで、特段何をしたという訳では無い。

 その時にたまたまアルトリウスが外に出ているのを見つけてしまっただけだ。

 確かにアルトリウスを見つけてからは、出来るだけその周囲へ弩砲を撃ってはいた。

 しかし兵士達にとっては通常の戦闘行為に過ぎないものであっても、アルトリウスからすれば周囲の海賊達に対するよい牽制になっていた。


 それで礼を言ったのである。


 しかし言われた本人達はまったく意識が無いので戸惑うばかり。

 未だ訳が分からず互いの顔を見合わせてから、視察を続けるべくその場を去るアルトリウスの背に視線を向ける兵士達。

 そんな2人の前を事情を知らないロミリウスとカルドゥスが怪訝な表情で通り過ぎ、次いでメサリアが暖かみのある笑顔で肩を叩き、イヴリンが頷きながら通り過ぎた。


「何なんだ?」

「さあ?」


 やっぱり事情は分からない2人であった。






 固定弩砲の損耗はほぼ無し、壁面もそれ程痛んでおらず、兵士の負傷程度も軽い。

 一通り砦を見て回ったアルトリウスがゆっくりと歩きながら口を開いた。


「うむ、大事は無いようであるな」

「そりゃ当然ですぜ。高々3000程度の蛮族や海賊に攻められたくらいでどうにかなるような防備体制じゃありやせんからね。それは隊長が一番良く分かってるでしょうに」


 アルトリウスの言葉にカルドゥスがへへっと照れ笑いながら応えると、アルトリウスは満足そうな笑みを浮かべた。

 確かにアルトリウス砦はその基本設計こそ西方帝国の砦設置基準に準じてはいるが、壁面の構造や矢狭間の数、固定式弩砲の設置数などはその基準より遙かに増強されている。

 それに応じて矢弾も十分以上の数が文字通り掻き集められており、まだまだ防御戦闘を展開するに不足は無かった。

 アルトリウスは満足そうに頷くと、徐に言葉を発する。


「それでは100名を抽出し、傭兵戦士と共に打って出る準備をせよ」

「そ……それは無茶ですアルトリウス隊長」

「あ~ロミリウスの言うとおりですぜ隊長。無茶はイケねえ」


 しかし次いで出されたアルトリウスの命令に、慎重派のロミリウスはもとより武闘派のカルドゥスまでもが反対意見を述べる。

 メサリアは顔を凍り付かせ、イヴリンは面白いモノを見つけたかのような表情でアルトリウスを見ている。

 しかしアルトリウスは新調した深紅のマントを跳ね上げつつ淀み無く言い切った。


「無茶などであるものか、我が再び先頭に立つのである!」

「そ、それこそ無茶ではありませんかっ!」


 メサリアが悲鳴じみた叫び声を上げると、ロミリウスとカルドゥスも青くなって口々に止める。


「た、隊長~っ、無茶言わん下さい」

「第一その怪我でどうやって先頭に立って戦うのですか?」


 ただイヴリンだけは微笑したままアルトリウスを静かに見ていた。

 アルトリウスはそんな全員を見回してから首を左右にゆっくりと振り、否定の意を伝えると強い決意の籠もった口調で言った。


「出来る出来ないという問題では無い、やらなければならないのである!何、頭を失った海賊など怖くは無い。ここで散々に討ち破って2度とこの近辺に顔を出せないようにしてやるのであるぞ!」






 アルトリウス砦近郊



 大族長マッカーレイに率いられたダレイル族の戦士団900に、ファンガス村村長ファンガスに率いられたアルクイン族の戦士団300が、静かに、そしてゆっくりと海賊達の背後に近寄っていく。

 彼らはアルトリウスの応援要請に応じたアルビオニウスの精鋭戦士達だ。

 その中でもダレイル族は、分厚い長衣に身体の主要部に金属板を縫い付けて補強した防具に2色の色分けをした樫の丸盾を持ち、長剣や槍を手にしている。

 一方のアルクイン族は鎖帷子に鉄を打ち付けた丸盾に短めの剣を腰に、そして大半は短い手槍を装備しており、同じアルビオニウスの民でも随分と違いがあった。

 これは極北地域に近く、アルビオニウス諸島でも寒さの厳しいダレイル族は保温に重きを置いている為である。


 一方のアルクイン族は比較的温暖な島の南部に位置している事、それに加えて西方帝国との交易も盛んで、優れた鉄や青銅製品が手に入る為、金属の多い装備となっている。

 しかし両方の部族共に兜はアルビオニウス伝統のアルビオンヘルムと呼ばれる物を身に着けていた。

 これは天頂部が尖っており、防鼻棒と呼ばれる棒が目庇の中央から下へ伸びている形の物である。

 ただ、余計な装飾や付属品の無いアルクイン族の物とは別に、ダレイル族の物は兜の中に綿が仕込まれ、また厚い布製の垂れが兜の横と後方に付けられており、ここにも生活環境の違いが出ていた。


 そのアルビオニウスの精鋭戦士達が様子を窺っているのは、アルトリウス砦を囲む多数の海賊達。

 いくら勇猛果敢なアルビオニウスの精鋭戦士達が揃っているとは言えども、未だ勢力を減じたとは言え2000余りの海賊達に正面から突っ込むのは無謀であるからだ。


 しかしながら海賊達に隙が出来ているのも事実。


 一体何が起こったのか分からないが、確かに海賊達の戦意は低くなっており、また動きも緩慢で目的が無いように見受けられる。

 それと同様に砦側からの攻撃も散発的で低調だが、砦から飛来する弩砲の矢弾や弓矢を気にせずに済むので、白兵戦を得意とする戦士達にとってはむしろ好都合である。

 マッカーレイは手を静かに下ろす仕草で率いる戦士達を海賊の陣取る場所に直近の藪へ伏せさせると、アルトリウスの使者となったシルヴィアをちょいちょいと指先で呼び寄せてから、近くにすっと寄ってきた彼女へ声を低くして尋ねる。


「おい、こりゃどうなってるんだ?」

「分からない……でも、多分アルトリウスが何かした」

「その“何か”を知りたいんだがなあ」


 シルヴィアの素っ気なくも自信満々な答えに嘆息しつつ、マッカーレイは油断無く周囲を探る。

マッカーレイは、以前ブリガンダインの一件でアルトリウスには大きな借りがあると考えており、その借りを返す為にもこの一戦でよい働きをしなければならない。

 縁者のシルヴィアがアルトリウスの使者として突如現れた事にも驚いたが、変わり者であっても所詮は西方帝国の軍司令官としか考えていなかったその人物が、実に柔軟な思考の持ち主である事を知り、マッカーレイは無理を承知で即座に戦士を招集したのだ。

 先頃のブリガンダイン討伐を目論んで招集を掛けたばかりであったが、そこは大族長の威光で身心物資の負担をものともせず戦士はすぐに集まり、ここまで遠征してくる事が出来たのである。


 マッカーレイだけでなく、戦士達も援軍を求めてきた西方帝国の司令官に対して大いに興味を持ったらしい。

 またマッカーレイの姪に当たるシルヴィアが、言葉少ないながらもアルトリウスを褒めそやすのを聞きつけ、戦士達の興味は戦いそのものよりその戦いの当事者であるアルトリウスへと向いていた。


「大族長、アルトリウスとやらはあの砦ですかね?」

「ちいせえ砦だなあ……」


 マッカーレイの周囲に居た上級戦士達が砦を見て拍子抜けしたような声を出すと、あからさまにむっとした様子のシルヴィアが彼らに向き直る。


「アルトリウスの砦は小さいけれど……小さいからこそ威力を発揮している」

「シルヴィアさん、そうは言ってもあれじゃいくら兵がいたって保ちませんぜ……」


 シルヴィアの言葉に上級戦士でも年嵩の1人が言うと、他の戦士達も密かに笑う。

 彼らからすれば建物の大きさも権勢の大きさに比例するからだ。

 しかしシルヴィアはむっとした様子を隠そうともせずに言葉を次いだ。


「アルトリウスの手勢は300を越えない……それでもそんな事が言えるの?」

「……え?」

「たった……300?それでこの数の海賊を?」


 今度はさすがに上級戦士達もざわめく。

 南の帝国の強さはその兵力数にある。

 アルビオニウスの戦士達が精鋭揃いとは言っても、西方帝国に破れ続けて島の南半分を奪われてしまったのは武具や兵器の性能もさることながら、兵力に依る所が大きいのだ。

 1000名の戦士を集めるのが精々のアルビオニウスの各部族に比べ、西方帝国はこの島へ3個軍団2万1千の帝国軍団兵を常駐させている。

 しかもそれは正面兵力だけで、国境守備隊やルデニウムの都市警備隊、更には補助兵等は含まれていない兵数だ。

 故に小砦といえどもアルトリウスの指揮下には500から800程度の兵士がいると戦士達は思っていたのである。


「そう言えば……ブリガンダインの時もアルトリウスって帝国人は単身乗り込んだらしいからなあ~襲われた村の村長や攫われた娘達が言ってたぞ」

「え゛?」

「ま、まさか」

「ウソじゃ無い……私はその時捕まっていて、アルトリウスに助けて貰った」


 マッカーレイの言葉に棒を呑んだような顔で反応する上級戦士達へ、追い打ちを掛けるようにシルヴィアが頬を紅潮させて言葉を継ぐ。

 そんなシルヴィアの様子を見てマッカーレイははは~んと言った風情で頷き、改めてそのアルトリウスが籠もっている砦を見る。

 木造だが所々に石を使い、更には鉄の板や青銅の部品で補強がされている。

 矢狭間の数は夥しく、堀は深い上に土塁は高く、逆茂木も結構な厚みを持っている。


「ふ~ん、一見何の変哲も無い南の帝国の砦だが……これだけの海賊から攻撃を受けて凌ぎ切ってんだからな、アルトリウスはやっぱりただモンじゃねえぞ」

「それは当然……アルトリウスはとても……スゴい」


相変わらずの無表情でマッカーレイの言葉を肯定するシルヴィア。

 その様子に上級戦士達も考えを改め始める。


「ま、まあ確かに」

「……分かりました、それ相応の敬意を払いましょう」


 上級戦士達のアルトリウスへの態度が改まり始めたのを確認し、再度海賊達の様子を窺うマッカーレイ。

 そうしてしばらく海賊の陣地を窺っていたマッカーレイは、その陣の中に指揮を取る者がほとんど居ない事に気がついた。

 マッカーレイが思案していると近くの藪の草葉が揺れ、それと同時に娘であるレリアを伴ったダレイル族ファンガス村の村長であるその名もファンガスが現れた。


「大族長マッカーレイ、どうやら敵に主立った戦士長は居ないようだ」

「ふむ……そちらも気付いたか」


 ファンガスの言葉にマッカーレイは藪の中でも威厳を失わず鷹揚に頷いて応じる。

そのまま何も言わずに海賊達を見るマッカーレイとファンガス、その後方にはレリアとシルヴィアがかがんで2人の後ろ姿を見ていた。


「好機か?」

「罠……では無さそうですな。そう言った怪しげな様子は見られません」


 マッカーレイがつぶやくように言うと、ファンガスが即座に肯定する。


「ふ、では仕掛けるか?」

「そうしましょう」


 マッカーレイの不敵な笑みを伴った言葉に、ファンガスも獰猛な笑みを浮かべて応じ多その時、突如アルトリウス砦から歓声が上がった。

 それと同時に海賊達が激しく動揺する。

 その様子に不審を抱いたマッカーレイと戦士達が前を見ると同時に、とんでも無い光景が飛び込んできた。


「……な、何だとうっ!?」

「さすがアルトリウス……すごいっ」


 驚いて目を丸くしているマッカーレイに、感動の余り涙目になるシルヴィア。

 そして口をあんぐりと開く上級戦士や普通戦士達。

 その視線の先、アルトリウス砦の北門がゆっくりと開かれ始める。

 そして次第に広がる門扉の間から、満面の笑みを浮かべて深紅のマントをたなびかせたアルトリウスの腕を組んだ姿が見えたのだ。





 北門の内側では、イヴリン率いる傭兵戦士100名弱に加えてアルトリウス砦の守備兵から抽出したカルドゥス率いる帝国軍団兵100名が続いている。

 陣形は中央に帝国軍団兵100、左右に傭兵戦士を50ずつ配していた。

 さらに戦闘指揮はアルトリウスで副官役のメサリアが半べそをかいて従っている。


「ほ、本当に討って出るんですかアルトリウス司令官~」

「くどいであるなムス補給隊長!ここまで来たら覚悟を決めるのである」


 訓練を積んでいるとは言え女性でしかも補給隊のメサリアが一線に出る事は少ない。

 しかしアルトリウスはためらう事無くメサリアを自分の臨時副官に任じ、砦の指揮をロミリウスに任せて、イヴリンとカルドゥスを伴って砦外へ打って出るべく準備を始めたのである。

 そして早くも準備は完了し、砦に居残る兵士達によって北門が開かれ始めたのである。


 目を丸くしてその光景を見る海賊達。


 彼らはアルトリウス砦を攻め落とそうと頑張っていたが、まさか自分達が攻められる立場に立つとは考えもしていなかったのだろう。

 しかもその先頭で不敵な笑みを浮かべて腕を組んでいるのは、先程まで悪魔のような大活躍をしていたアルトリウスである。


 怪我は?苦労して負わせたあの大怪我はどうしたのか?そしてアルトリウスに攫われた海賊頭はどこへいったのか?


 混乱と疑問の渦巻く海賊達に向けてアルトリウスは腕を解き、すらりと抜き放った白の聖剣を振りかざして叫ぶ。


「うわははははは、行けえいっ、海賊どもを蹴散らすのであるっ!」

  

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