第34話 砦の倉庫
アルトリウスは連れない態度に終始する海賊頭、ピラトへなれなれしい態度を崩さずに話し続ける。
「まあそう無下にするものでは無い。第一我の剣が光ったという事はお主も内心では名を受け入れたという事であろうが」
「ぐう、くそっ……負けた者は勝った者に従わなきゃなんねえ、それはこの世の常理だ」
「なるほど……それもまた真実の1つであるが、お主はその理屈故に我の名を受け入れたという事であるな?」
悔しそうに言ったピラトへ、アルトリウスが納得した様子で頷きながら言葉を返すと悔げな表情で下を向き、ピラトがこぼす。
「どうとでも取りやがれ」
後にメサリアとイヴリン、それから松明を携えた2人の兵士を引き連れたアルトリウスは、手を腹の前で縛られたままのピラトの肩を抱きかかえて歩く。
少し足を引きずってはいるが、あれ程の怪我をしたとは思えないアルトリウスの歩みに海賊頭であるピラトは何度目か分からないため息を吐く。
あれ程の策を取り、他を犠牲にしてまで頑張ったにも関わらず、結局の所アルトリウスに多少の怪我をさせただけで終わったのだ。
それもとびきり軽傷の、である。
「元気出せである」
「おめえに言われたかねえ!」
アルトリウスが優しく肩を叩いて言うと、ピラトは怒りの絶叫を上げた。
そんな遣り取りをしつつも一行が着実に向うのは、砦の南部に設けられた軍需物資用の倉庫である。
中央部に設けられた商店や兵舎の建物を通り過ぎ、砦の中心の通りからは少し離れていて直接見えないように設置されている。
しかしアルトリウスは意に介した様子もなくピラトを連れたまま直進した。
「……おい、俺に倉庫の位置を教えて良いのかよ?」
ピラトが思わず漏らした言葉にアルトリウスは小馬鹿にした様子で答える。
「ああん?こんな狭い砦で秘密もくそも無いのである。ちょっと探せば分かってしまうであろう?第一我の用兵は砦の大きさや構造に左右されるものでは無いであるしな。外の海賊達に知らせても無駄であるぞ」
「大した自信だな」
皮肉げに言い返すピラトに、アルトリウスはにんまりと満面の笑みで言葉を発した。
「わはははは、身をもって知ったであろう」
「……くそ」
結局言い負かされてしまうピラトの肩を手の平で軽く叩きながらアルトリウスが笑う。
未だ外には大多数の海賊が居残り、包囲体勢を崩していないが、アルトリウスの中では戦いは既に終わっているかのようだ。
その後で遣り取りを聞いていたイヴリンやメサリアが苦笑を漏らし、松明を持った兵士達が微妙な顔で続く。
やがてアルトリウスはガッチリとした錠前の掛けられた1つの倉庫の前に着くと歩みを止める。
「メサリア、開いてくれである」
「はあ……本当に良いのですか?」
「ああ、構わんである」
念を押した自分の言葉に躊躇することなく返答したアルトリウスに、ため息と微苦笑を返しつつメサリアは腰に付けていた先に鍵束のある鎖を取り出す。
その鍵束の中から1つの大きな鍵を選び出すと、メサリアは兵士に松明で錠前の鍵穴を照らさせる。
そして暗い手元と鍵穴を慎重に確かめつつ鍵を差し込んだ。
メサリアが一頻り鍵穴を鍵でひねくり回すと、やがてカチリと音がして錠前の鉄棒が落ちる。
残った兵士とイヴリンがメサリアが鍵を抜き、錠前を外しとるのを待ってから扉を開く。
兵士達が松明をもって倉庫の中へ入り、その中を照し出した。
「……なんでえ、銀貨はここに納めてたのかよ」
「まあそうであるな」
松明の橙色の光に照し出された倉庫の中には、四角い箱が所狭しと並べられていた。
その数は夥しく、相当数の銀貨がこの倉庫1つに詰込まれていることが分かった。
これこそが海賊頭であったピラトを引付けた蜜そのものであった。
ニヤニヤとして自分の反応を見ているアルトリウスに気付き、ピラトはへっと鼻で馬鹿にするような笑みを浮かべてから問う。
「こんなモノを見せてどうしようってんだ?くれるのか?」
「欲しければやらんでも無いである」
「なんだと!?」
あっさりとしたアルトリウスの回答に、ピラトは目を剥いて振り返った。
「こんなモノで良ければいくらでもくれてやるのである」
そう言いつつアルトリウスはピラトから離れると西方帝国の公印が焼き押しされている四角い箱をぱんぱんと叩いた。
しかし次の瞬間、その箱の一番上の者を無言で蹴り落とした。
凄まじい音を発し、転げ落ちる銀貨箱。
その光景に驚くピラトとは対照的に、転げ落ちていく銀貨箱をおうアルトリウスの視線は冷めている。
そしてその箱は倉庫の地面に落ち、バラバラに砕け散って自身の中身を倉庫の床にぶちまけた。
アルトリウスの突然の狼藉に、ただただ驚愕するピラトの足下にも箱の中身が幾つも転がり落ちてきた。
しかしその中身は……
「な、なんだこりゃ?」
「見ての通りであるぞ」
ピラトが上げた意味合いの違う驚愕の声に、アルトリウスは冷たい声で答えた。
「石ころじゃねえか!」
「見ての通りであるぞ」
再度同じ台詞を吐くアルトリウスを、ピラトは信じられないものを見る目で見上げる。
アルトリウスはピラトを無言で見下ろすと、次々と箱を開けた。
そのいずれもが中に詰まっているのは黒々とした石塊。
西方帝国の刻印が刻まれた銀貨は1枚たりとも入っていなかった。
「……ふざけんな」
「ふざけてなどおらん。我が受け取ったのはこの石塊だけである、銀貨などこの砦には1枚もない」
「てめえ!ウソを付け!」
「嘘では無い」
「ウソだ!どこに隠しやがった!出せ!出せっ、銀を出せ!出せええ!」
悲鳴じみた絶叫を発しているピラトを静かに見下ろすアルトリウス。
その目には、憐憫の色が濃い。
ピラトは海賊頭としての盛名を利用し、この砦に北西属州で収税された銀がたっぷり詰め込まれているとの情報を得、海賊達を集めて攻め寄せたのだ。
しかも砦を落とせる見込みは現時点でほぼ無く、多大な、余りにも多大な犠牲を配下の海賊達に強いてしまっているものの、そもそも犠牲は永遠に、そして決して報いられる事は無かったのだ。
この砦に税銀は無い。
ピラトは偽情報に踊らされた間抜けな道化であったということである。
「ウソなど付いておらん事がようやく理解できたようであるな?」
「ち、チクショウっ……!」
アルトリウスの言葉に力なく肩を落とし、悪態を付く以外に為す術の無いピラト。
箱の山からゆっくり下りてきたアルトリウスに、ピラトが勢いよく顔を上げる。
そして最後の機会と言わんばかりの形相で叫んだ。
「ぎ、銀は別の場所にあるんだろ!?」
「さっきも言ったであろう、この砦は小さい、倉庫に取れる空間も極めて少ない。隠し立てなど出来るはずも無いのである」
そう言いつつ銀貨箱の隣に積み上げられた糧秣や毛布、武具類を示すアルトリウス。
「見ろ」
アルトリウスの合図で兵士達が松明を倉庫の壁掛けに備え付け、周囲を照らせるようにしてから梱包されている武具や衣類、糧秣を開いていく。
その光景を食い入る様に見つめるピラトの目にはしかし、最後まで銀貨の光が入ることは無かった。
最後に大麦の梱包が解かれ、その中身を見せられたピラトはがっくりと再び肩を落とし下を向く。
やれやれと言った態度を隠そうともせず、憔悴しているピラトに対してアルトリウスは言葉を発した。
「他の場所を全部見ていくであるか?それとも見込みの無い砦の陥落を待ってから家探しでもするであるか?しても構わんであるが、おそらく銀を見付けるのは無理であろうな~」
「こ、こんな……」
「それにさっきも言ったが、この砦は陥落しないであるしな!」
揶揄するような、それでいて哀れむような声色で語るアルトリウス。
「こ、こんな馬鹿な……」
そう言いつつ膝を突き、縛られたままの両手を倉庫の床に置いたピラトは、今度こそ容赦の無い現実を正しく理解したのだった。
「まあ真実とは往々にしてこういうものである。これに挫けず頑張れ!であるな」
「てめえが言うんじゃねえ!」
「おう?」
無責任と言えば無責任なアルトリウスの言いぐさに、ピラトが食ってかかる。
そんな2人の遣り取りを見ていたメサリアとイヴリンが呆れた様子で見ている。
「まったく、アルトリウスも人が悪いな……」
「策と言えば策なんでしょうが、少し釈然としませんね」
海賊頭であったピラトに聞こえないように話すイヴリンとメサリア。
「それでもこの砦に税銀は1枚も無いのは本当の事ですから」
「うん、確かにそれはそうだ」
メサリアの言にイヴリンは頷きながら答える。
メサリアとイヴリンも戦いの始まる直前に知らされたこの事実。
それは驚くべき物で、ロミリウスやカルドゥスを含めて知る者はごく少数だ。
アルトリウスはどういう手段を使ったのか、この砦で保管されるはずだった税銀を石塊とすり替えてしまっていたのだ。
倉庫番の兵士2人には口の固い者を選抜し事情を明かしているが、砦の兵士達は海賊達の追撃に怯え、自分達が散々苦労して原野を越えた末に砦へと搬入された荷馬車の中身が石塊とは夢にも思っていないだろう。
最初はアルトリウスを排除したい勢力の画策かと青くなったメサリアだったが、アルトリウスの説明を聞いて本人が中身をすり替えた事を知って納得する。
「さあて、これで事は成った……では連れて行け」
「はっ」
「さあ、立つんだ」
アルトリウスは砦に銀が無い事を十分示し、海賊頭ことピラトがそれを理解した事を認めてから連行を命じる。
それに応じて2人の兵士達が左右から海賊頭を挟み込み、強引に床から立たせて連行していく。
その哀れな後ろ姿を見送り、アルトリウスは包帯の巻かれた腕を組んで不敵な笑みを浮かべる。
アルトリウスが箱の山から下りてくると、メサリアが神妙な面持ちで声を掛ける。
「……海賊頭をどうするのですか?」
「まあそれなりに利用はさせて貰おう。今まで北西辺境で散々好き勝手してきたのであるからな、我の北西辺境安定策に組み込むのである」
「……そんな大層な策があったのですか?」
「あ、その目は信じていないであるなムス隊長」
アルトリウスの回答に懐疑的な目を向けて言うメサリア。
アルトリウスは即座にその心境を見抜くが不敵な笑みは崩さない。
一方のイヴリンはメサリアの態度を見て少しむっとするが、黙ってアルトリウスの答えを待つ。
アルトリウスはやれやれと言った様子で大きく息をつくと、徐に話し出した。
「まあ、我を排除せんが為にこの地に混乱をもたらした黒幕を暴き出して叩いておかねばなるまい、そのためには黒幕を知るあ奴を利用するのが一番である」
しかしピラトは海賊頭として荒くれ者の周辺海賊をまとめ上げた一廉の者。
北方人の常として、西方帝国には拭いがたい不信感と対抗心がある。
アルトリウスがたとえピラトを心服させたとしても、仲間を売る事にも繋がりかねない。
ピラトがアルトリウスの質問に対してそう簡単に口を割るとは思えず、イヴリンは更に問う。
「……素直にしゃべるとは思えないが?」
「取り敢えずは命の保証を天秤に掛けさせるであるが……」
顎に手をやり首を捻るアルトリウスだったが、イヴリンが問いを重ねた。
「それでも応じなければ……どうする?」
イヴリンのさらなる質問にアルトリウスは目を一瞬で凍り付くほどに冷たくした。
そして思わずその威圧感に怖気をふるったメサリアとイヴリンを気にする事無く言う。
「その時は残念ながら少々手荒い真似もせねばいかんであるな。我とて自分の部下や担当区域の平和の為には手段は厭うていられないのである。手足の1本2本は覚悟して貰うである」
その頃の砦外側。
「がははは!ちんけな砦でよくあの海賊どもを防いでいる!やるじゃねえか!」
鎖帷子に鉄製の臑当てと籠手で油断無く身を固め、兜を背負い金色の蓬髪を剥き出しにしている大柄な男が豪快な声で笑い、割れ鐘のような声で言う。
高い鼻梁に深い眼窩、髪と同じ金色の髭を顔中に生やし、恐ろしげな顔をしているが今は愉快そうな笑顔になっていた。
「マッカーレイ……アルトリウスは南の帝国の一流戦士長、これくらいは当然」
「アルクインの連中も出張ってきている、陸に上がった海賊ぐらい何てこたない」
ダレイルの大族長マッカーレイの横で同じ格好をしている小柄な戦士が、きっちりと兜を被った顔を少し上げて誇らしげに言うと、再び豪快に笑う男マッカーレイが言いつつその隣に楚々と佇む戦場に似付かわしくないアルクイン族の女性を見る。
「……レリア、無理はしなくてよい」
「シルヴィアさんこそ、無茶をせず気を付けて下さいね」




