第29話 混戦
「チクショウ!なんてこった!」
頭上から振り注ぐ矢や石を避けようと、味方の死体からはぎ取った鎖帷子をかざしていた海賊の1人がうずくまったままぼやく。
周囲では同じようにうずくまって砦からの投射兵器の嵐を防いでいる海賊達が相当居るものの、誰もが身動きとれないままであった。
満足な備えの無い砦に大量の金貨が保管されていると聞いたときは、耳を疑ったが、やはり疑いは間違いなかったようである。
「うまい話には裏があるってな……」
今更ながら自分の迂闊さに呆れて再びぼやく海賊。
思えばそんなうまい話があろうはずが無いのだが、海賊頭も騙された口であろうというのは理解できた。
でなければあれ程慎重な頭がこの様な不始末をしでかすはずが無い。
「あの頭がね……よっぽど信頼できる情報源があったのか……それとも真実味のある話だったのか……」
「うむ、それは是非聞いてみたい所であるな」
「そう思うだろう」
ため息と共に吐いた言葉に応じる者が居たので、海賊は思わず声のした方を振り向いて言うが、その対象を見て驚きの声を上げる。
「って、なんだお前っ?」
「うむ、我はお主と同じ疑問を持つ者である」
そこにはどう見ても砦側の兵士、しかも将官と思しき若い男がにっと笑みを浮かべてしゃがみ込んでいた。
弓矢振り注ぐこの場所で短い槍を小脇に抱えているだけで、盾を持っていない。
何故平気でいるんだと激しく動揺しつつも、咄嗟に手にしたままだった剣を向けようとするがあっさりはたき落とされ、しかも頭上に掲げていた鎖帷子まで剥がれてしまった。
「なっ……ぐえっ?」
「ふむ」
すぐに降ってきた矢に首筋を射られて倒れる海賊を尻目に、その将官、アルトリウスは悠然と周囲を見回してから近くに居た別の海賊のかざす鎧の端切れを取り上げた。
「あっ?……うっ!」
呆気に取られたまま胸元を射貫かれた海賊が痙攣しながら倒れる。
「……兵士達の腕前はなかなかのものであるな」
アルトリウスが感心しながら後方を振り返れば、そこには驚愕したまま矢を射る砦側の兵士の姿があった。
その兵士達ににこやかな笑顔で手を振ると、アルトリウスはゆっくりと歩き出し、また近くの海賊が頭上にかざしていた皮鎧の端切れを取り上げる。
「な、何しやが……ぐはあっ?」
自分に食ってかかる間もなく、すぐさま飛んできた短矢に脇腹を射貫かれる海賊を見つつアルトリウスは歩みを進める。
「うむ、実に良い腕である!」
青い顔をして弩を構えている砦の兵士に向かって満面の笑顔で親指を立てたアルトリウス。
兵士も青ざめながらも親指を立てて返すと、アルトリウスはそのまま踵を返して歩き出すのだった。
一方のアルトリウス砦北正面。
1つの矢狭間を担当する2人の兵士が青い顔で話し合っていた。
「おい、今のって……」
弓を持った兵士がつぶやくと、その隣で弩を構えた兵士が応じる。
「ああ、間違いない」
深紅のマントを翻し、颯爽と歩き去る後ろ姿を見送りつつ2人は同時に叫ぶように言った。
「「アルトリウス司令官だろ!」」
そしてもう一度。
「「何で今砦の外に居るんだ!!?」」
砦の北正面で2人の兵士がこの事態をどう処理すべきか、弓矢を使いながら頭を悩ませているとき、アルトリウスは早くも逆茂木を越え、堀に渡された火矢の射込まれたままの木橋を渡り終える。
「ふむ」
そして混乱の極みにある海賊達の陣を眺めるアルトリウス。
海賊達は砦から振り注ぐ矢弾に気を取られて逃げ惑っており、アルトリウスの登場に気付く者は居ない。
海賊達は砦から振り注ぐ矢弾を防ごうと天幕を立て、木材を盾の代わりにしており、また個人で装備しているアルビオニウス風の丸盾を構えていた。
「イヴリンが攻めかかるのは……あっちであるか」
アルトリウスはイヴリンが潜んでいるはずの砦の北東方向にある森深い丘を見てから、アルトリウスは再び海賊達の陣を見る。
そして周囲より人の層が厚い場所を見つけて、目を鋭くした。
その場所は定石通り中央。
おそらくそこに主要人物が居るのだろう。
「そう、であるな……」
アルトリウスは徐に左の小脇に抱えた大矢を1本右手で取る。
それから槍を肩に担ぐような格好で構えると、助走を付け始めた。
「ぬん!」
気合い一閃。
アルトリウスの膨れあがった腕から放たれた大矢は一直線に飛び、海賊が立て掛けていた細い木材をはね飛ばしてその本陣の真っ直中へと飛び込んだ。
大矢は少し進路をずらして海賊戦士長の1人の胸に突き立った。
「おうりゃあっ」
更に一閃。
今度は狙い過たず本陣と思しき場所の中心部分に命中し、周囲の武具や調度品をはね飛ばす。
「な、何だあっ?」
今後の対応を相談すべく海賊の主立った者達を集めていた海賊頭は、本陣で爆発したかのような衝撃を受けて後方へ吹き飛ばされていた。
天幕が破れ飛び、調度品や木材が破砕されて崩れ落ち、中に居た海賊達の上に降りかかる。
「くそ!」
慌てて自分に掛かった瓦礫を払って立ち上がると、中心部分に大矢が突き刺さっており、それを見た海賊頭はてっきり弩砲の攻撃を受けたと思い込む。
「くそっ!こんな所まで届くのか帝国の弩砲はよ!」
悪態を付きながら瓦礫を蹴り上げつつ海賊頭が周囲を見回すと、海賊戦士長の1人が震える指で外を指さしながら言葉を発した。
「頭っ、違う!弩砲じゃねえっ」
「何だと!?」
海賊頭がその海賊戦士長の指さした方向を見ると、1人の帝国将官がこちらを睥睨している様子が見て取れた。
そして徐に小脇に抱えた大矢の束から1本を取りだし、それを思い切りこちらに向かって投げつけてきた。
どしゅっという凄まじい発射音を響かせ、一直線に突き進んできた大矢は海賊頭の手前を駆け抜けようとした海賊の一団の内、2名をいっぺんに縫い止めた。
「あが?」
「ぐえっ……」
驚くその一団を余所に、帝国人将官は無造作にもう1本大矢を手に取る。
それを見た海賊頭はぶるりと背筋を振るわせ、その迫力に思わず腰を引く。
「あ、頭!あれだ」
「分かってらあ!」
海賊頭は素早く周囲に倒れていた木材を立て、別の海賊戦士長は落ちていた丸盾を拾い上げて正面、その将官が居る方向にかざした。
海賊頭はしかし木材を立て終えると背を見せて後ろへと下がる。
「頭?」
「てめえら!早く逃げるんだよ!!」
その海賊頭の言葉と同時に丸盾をかざしていた海賊戦士長の目が裏返った。
「かかか……べへっ」
丸盾を撃ち抜き、海賊戦士長の皮鎧をも貫いた大矢の真っ赤に血濡れた穂先がその背中から突き出している姿を見て恐れおののく海賊頭。
海賊戦士長が丸盾をかざしたままの姿でドサリと後ろに倒れるのと同時に海賊頭は走り出す。
その時海賊頭の向かう先、海の方向に向かう手前の森から喚声が上がった。
数本の大矢を海賊達の本陣目がけて投擲した所で、さすがに周囲の海賊達がアルトリウスの存在に気付き始めた。
別に潜入などをするつもりも無かったので、アルトリウスの姿は帝国軍の将官装備のままであり、幾ら馬鹿な海賊達と雖も敵味方を違えるようなことは無い。
「てめえ!」
「どっから来やがった?」
早速近くで木材の影に隠れていた海賊達がアルトリウス目がけて殺到してくる。
砦からは撃たれる一方であるが、外にのこのこ出て来た帝国兵とあれば話は変わる。
直接剣を交えることが出来れば、これ程無様にやられることも無い。
長剣を燦めかせてアルトリウスに襲いかかる海賊達だったが、次の瞬間白い閃光が幾筋も空中を走り、海賊達は自分達の目算が大いに間違っていたことに気がついた。
「うごおっ!?」
「ぐわあ!」
「ぎゃあ?」
「イテエ!?」
「チクショウ!」
「うがあ!」
ひらめく剣閃にあてられた海賊達が次々に倒れ伏す。
腕や手指、顔を切られて戦意を喪失する海賊達。
「ふむ、ようやくであるが……見つかったのは都合が悪いであるな」
更に数度、周囲の海賊達に白の聖剣を振るい、もがくようにして倒れる海賊を尻目にアルトリウスは素早く鞘へ剣を収めると、小脇に抱えたままの大矢を付近へ次々と投擲し始める。
「ぬりゃ!」
殺到しつつあった海賊達の機先を制する形でビュンビュンと刃音を立てて飛ぶ大矢の威力は、アルトリウスに攻め寄せた海賊達を圧倒する。
アルトリウスは手持ちの大矢だけで無く、周辺に落下している砦から放たれた弩砲の大矢や手投げ矢、海賊の槍や剣をも拾い上げて凄まじい早さで投射する。
車輪のように勢いよく回転するアルトリウスの右腕から次々と放たれるその武器達は、狙い過たず海賊達の顔面や頭蓋を打ち砕き、胴を貫通し、その手足を千切り飛ばした。
ばたばたと倒れてゆく味方の海賊達を見て、青くなった海賊戦士長が周囲へ命じる。
「チクショウ!なんて化け物だ!盾だ、盾を用意しろ!」
隣に居た海賊がアルトリウスの大矢で腹を撃ち抜かれたときの血しぶきを浴びながら、海賊戦士長が絶叫するのを聞いて、丸盾を持っていた海賊達が集まり始める。
たった1人だけならば数で押し包んで槍衾で仕留める所だが、砦から飛来する弩砲や投射攻撃が激しくてとても1人だけに関わっている余裕は無い。
砦からの攻撃を防ぎつつアルトリウスにも対峙しなければならないので、どうしても砦方向に居るアルトリウスに向かって盾を構えて進む必要があるのだ。
しかしアルトリウスは意に介さず、投擲攻撃を継続する。
「うわははははは!」
アルトリウスの高笑いと共に放たれた長い槍。
死んだ海賊の物だったが、アルトリウスの右腕からびしゅっと言う音と共に放たれたそれは、凄まじい勢いで飛び、集まってきた海賊のど真ん中に入り、周囲の海賊達を貫き、傷つけ、更には近くにあった大きめの石に命中して派手な音と共に破砕し、木片や鉄片を周囲にまき散らした。
「うがあ!」
「くそ、何て奴だ!」
「いてえよ!腕が、腕がああ!」
「目をやられたあ!」
槍の破片を浴びた海賊達の悲鳴と絶叫が起こり、混乱が起こった所に更にアルトリウスから放たれた大矢が数本飛来し、ふらつく海賊達を射貫いてその混乱に拍車を掛ける。
「野郎ども!さっさと盾の壁を作れ!早くしろ!」
海賊戦士長の命令ですぐさま集まった海賊達が盾の壁を作る。
「よ~し、前進!あの化け物を押し包んで仕留めるぞ!」
海賊頭が一応揃った盾の壁を満足げに見てから号令を下し、それに合わせて海賊達はゆくりとアルトリウスに向かって前進を始めた。
ようやく盾の壁の影で人心地付いた海賊達だったが、次いでアルトリウスから放たれた短槍が先頭の海賊が構える丸盾を突き破ってその身体を撃ち抜くのを見て青くなる。
「う、ウソだろっ……」
「冗談じゃねえっ」
周囲の海賊が倒されてしまった海賊の穴をすぐさま埋めるが、その目は驚愕と恐怖に見開いている。
幾ら木製で粗末な丸盾といえどもアルビオニウスに自生する頑丈で固い上に柔軟性に優れた樫材で作られており、手投げの矢や槍で射貫かれるほど柔い造りはしていない。
しかしそんな盾をいとも簡単に貫通してしまうアルトリウスの威力と正確さの合わさった投射攻撃に、海賊達は怖気を振るった。
「くそ!切り込め!」
「無駄である!」
盾が効果無しと見切った海賊の一部は、必死に近接攻撃を試みるものの今度は白の聖剣を軽やかに振るうアルトリウスに討たれ、または抜き打ちを受けて崩れ落ちる。
更には武器を奪われてそれを投射攻撃に転用されてしまい、防戦に努めていた海賊達は大矢に加えて長剣や槍の飛来を防ぐのに必死となる有様。
しかもアルトリウスはまるで後方に目でも付いているかのように、砦から凄まじい勢いで飛んでくる矢弾を白の聖剣で弾いて自分の思う箇所へと振り向け、海賊達を圧倒する。
「うぎゃあ!」
海賊戦士長の脇に居た海賊が、アルトリウスの弾いた鉄弾を受けて盾ごと粉砕されて後方へと倒れ込む。
「あんな化け物どうしろってんだ!」
海賊戦士長が絶望の嘆きを発したと同時に、その後方から聞き慣れた蛮声が上がった。
「砦側の伏兵だあ!!」




