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第28話 緒戦

 鈎縄を伝い登り、外壁の半ばくらいにまで達した海賊達。

 登っている当人達も、それを見上げて順番待ちをしている者達も、海賊側の人間がその時奇襲の成功を確信し、砦の陥落を疑わなかった。

 そして外壁の正に頂上に達し、奇襲が成功したと思ったその瞬間火山が爆発したかのような激烈な攻撃が始まった。


 突然の弓矢や弩砲、投げ槍などの投射攻撃の前に無防備な形で晒される結果となってしまう海賊達。

 彼らは呆気に取られる間もなく、ばたばたとアルトリウス隊が次から次へと放つ矢弾の前に倒れてゆく。

 アルトリウス砦からは鉄の籠に火の付いた薪を詰込んだ物が幾つも落され、闇と靄の中に蠢く海賊達を照し出す。


 折角掛けた鈎縄を断ち切られ、叫び声を上げながら転落する海賊。

 顔面に矢を射込まれてものも言わずに事切れる海賊。

 外壁に手を掛けたもののその顔面に手斧を打ち込まれ、脳漿を飛び散らせる海賊。

 外壁を乗り越えようとした所で腹に槍を突き込まれて呻き声を漏らしつつ死ぬ海賊。

 縄を登っている途中、投げ落とされた石に頭蓋を割られてしまう海賊。

 縄を下で押さえていた海賊は転落してきた同輩に押しつぶされ、また逆茂木を四つん這いで越えようとしていた海賊は背中に弩の短矢を射込まれて血泡を噴く。

 おまけにその逆茂木の上に掛け渡した板を縫い込んだ帆布へ火矢が射込まれ、後続する海賊達の行く手を遮った。


「くそ!気付かれていたのか畜生っ!?」


 海賊頭が悪態をつくが既に後の祭りで、先行した海賊達は情け容赦の無い矢弾の雨に為す術無く討たれてしまうこととなった。

 しばらくすると、暗闇の中でアルトリウス砦から幾つもの燦めきが発せられるのが海賊頭の視界に入る。


「うん?」


 海賊頭はその瞬く光を不審に思い、正体を確かめようと腰をかがめて手を額に当てて目を凝らす。

 そのすぐ上を凄まじい勢いで何かが通り過ぎた。


 どんっ

「おわっ?」


 余りの勢いに驚いた海賊頭が無様にひっくり返ったその後方で悲痛な叫び声が幾つも上がる。


「お、おい……」


 驚く海賊頭の眼前に、大きな矢によって地面に身体を縫い止められた護衛達が口から血泡を吹いている姿があった。

 その周囲には手足を吹き飛ばされた海賊達がうごめいている。


 どん、どん、どん


 絶句する海賊頭の周辺に先程の衝撃が幾つもの弩砲から放たれた大矢が突き刺さる。

 手足に当たった大矢はそのまま海賊の身体からそれを引きちぎった。

 また身体へまともに大矢をぶち当てられてしまった不幸な者は、そのまま後方へ飛ぶように身体が持って行かれてしまう。

 当然地面や周辺に生える木々へ縫い止められることとなるが、その時には既に息が無いのだ。

 大矢が周辺を飛び交う度に、その進路周囲から悲鳴と叫び声が上がり、少なくない海賊達が仕留められていった。


「くそう!弩砲か?」


 慌てて物陰に隠れた海賊頭の眼前に大矢が地面深く突き刺さる。

 蒼くなってその光景を見つめる海賊頭の前で、一方的な殺戮が繰り広げられていった。

 弩砲は大矢だけで無く、石弾や木弾をも撃ち込んできている。

 丸く成形された石弾は落下すると大矢のように地面へ刺さらないので、撃ち込まれたそのままの勢いで転がり、周囲にいる海賊達を容赦なく土ごと巻き込んで粉砕していった。

 木弾は弾に切れ込みが入れてあるせいか、落下すると木片をまき散らして破裂する事があり、周囲にいる海賊達をまとめてなぎ倒す。


「じょ、冗談じゃねえっ」


 海賊頭が思わず叫ぶその眼前で木弾が破裂し、絶叫が上がった。

 弩砲がこんなにも多数配備されているとは聞いていない。

 あくまで西方帝国の規定範囲内の設置数でしか無かったはずだ。

 しかし自分達に矢弾を撃ち込んでいる弩砲の数は以上だ。

 その内普通の槍まで弩砲で撃ち込まれ始めた。

 しかもその槍はアルビオニウスで造られたと思われる馴染みのある短槍を改造した物らしく、大矢の長さに合わせて柄が切られている。


「ぐ、補給を断ったと言っていたのにこの始末かよっ?話が違うじゃねえか!」


 海賊頭が付近に突き刺さった短槍を蹴り飛ばして吠えた。

 最初の話しでは、帝国側からは食糧と共に武器や矢弾の補給は一時的に絶ってあるとのことだった。

 援軍の方は話しに誤り無く砦の援護には来ないようであったが、それでも当初の話しとは随分と状況が変わっているのは間違いない。

 このまま攻め続けるのは不安だが、攻撃を始めてしまった以上、無頼集団である海賊達を途中で止めるのは非常に難しい。

 それこそ退却するのは、痛撃を受けて敗走する以外に無いだろう。


「くそ、とっくに射程に入ってたのに撃ってこなかったのはこういうワケか……てっきり矢弾不足かと思ってたぜ畜生っ!」


 海賊頭は自分が読み間違えていたことに今更ながら気付いたが、もう遅い。

 戦いは既に始まってしまっているのだ。

 海賊達は奇襲を狙った為に既に砦へ近付き過ぎており、今から矢戦を始めた所でこれだけの投射兵器を備えているアルトリウス砦に対しては著しく不利であろう。

 そもそも海賊達は弩砲や弩などは持っていないので、多数の弓矢を使ったとしてもまともに正面から撃ち合った所で負けるのがオチだ。

 相手の兵士達はそれを見越しているのか堂々と身体を曝し、狙い定めて弓矢を撃ち下ろしてきている。


 堀と逆茂木を越える為になるべく軽装備に止めて余分な武器を持たさなかったので、今砦に迫っている海賊達は弓矢を持っていない上に皆剣を装備している者ばかりである。

 槍があれば牽制に投げつけてやることも出来るだろうが、それすら出来ないのだ。

 歯ぎしりしながら身を伏せている海賊頭の目の前で、海賊達は次々に血祭りに上げられていたのである。







「さあて、頃合いであるかな……」


 圧倒的な投射攻撃で海賊を次々と討ち取るアルトリウス隊の兵士達を見守りつつ、アルトリウスは主郭の屋上から踵を返した。

 今南側を覗いた全方位から海賊達がアルトリウス砦に攻め上がってきている。

 海賊達も南側は援軍の来る可能性があるという事を考えたのか、見張りと思われる者以外の海賊を配置していないようだ。


 しかし何れの方角においても圧倒的少数のはずのアルトリウス隊が優勢に戦いを進めており、今のところ外壁を越えられた所はない。

 因みにアルトリウス砦の東側はカルドゥス、西側ではロミリウスが指揮を執っており、南の方角は当初からアルトリウスの指示で少数の兵士か配置されていない。


「何をするのですか?」


 付き従っているメサリアが軽やかに階下へと下り立ったアルトリウスへ問う。

 アルトリウスはメ、サリアが自分に続いて梯子状の階段を降りてくるのを待ってから口を開いた。


「イヴリンに合図を出すのである」

「イヴリンさんにですか?……ああ、そうでしたね」


 籠城が長くなってしばらく会っていなかったので忘れていたが、イヴリンは今アルビオニウスの傭兵戦士を率いて山中に潜んでいる。

 山中でしかも乱戦に慣れ、その上近隣の村出身で地理にも明るいので撹乱戦術には最適だとアルトリウスがあらかじめ砦の外へ送り出していたのだ。

 その彼らを今使おうというのである。


「しかし……少し早過ぎませんか?それにイヴリンさんの兵力は100名前後です」


 一瞬混乱する海賊達を見て良い考えだと思ったメサリアだったが、すぐにイヴリン率いる戦士達が少数である事に気付いて懸念を示す。

 海賊は相当討ち取ったと雖も、まだ2000人以上が無傷であり、混乱しているのも最前線の海賊達とその直後の者達だけで、集団自体はそれ程大きく乱れている訳では無い。

 そこに幾ら暗闇に紛れてとはいえ、100名弱の人数を突っ込ませるには抵抗がある。


「おっと待つのである」

「はっ!」

「東の塔のカルドゥスへ合図を出すように伝えるである。何、合図を出せとアルトリウスが言っていたと言えば分かるである……ああ、その大矢は我が受け取ろう」


 しかしメサリアの懸念を余所に、アルトリウスは近くを通りがかった矢弾運び役の兵士を捕まえて、イヴリンに合図を出させるよう命じる。

 そしてその兵士が運んでいたアルビオニウス製の短槍を改良した大矢を取るべく手を差し出した。


「え、いや……しかし……」


 しかし流石に緊急事態とは言え砦の最高司令官に雑用をさせる訳にも行かず、兵士が大矢を渡すのを躊躇していると、アルトリウスが優しく言葉を重ねる。


「何の構わんのである、良いから渡すのである……今は伝令を優先するである」


 大矢を少し強引に取り上げながらアルトリウスが命じると、兵士は吹っ切れたのか胸に手を当てる敬礼をしてから命令を復唱した。


「りょ、了解しました!伝令を優先致します」

「うむ、重要極まりない合図であるから、間違いの無いよう伝令を頼むのである」


 アルトリウスが大矢を左脇に抱え込みつつ敬礼を返すと、兵士は一目散に掛けだした。

 そしてその兵士が走り去って間もなく、東側の弓射塔から大きな火矢が天高く放たれる。

付近に目立った動きは見えないが、出イヴリンには来るだけ静粛に目立たず行動するよう言い含めてあるので、まず間違いは無いだろう。


「うむ、間違いなく……」

「あ、あの、アルトリウス司令官、大矢はどうします?」


 満足げに打ち上げられた火矢を眺めるアルトリウスに、メサリアが遠慮がちに声を掛けるが、アルトリウスは少し考える振りをしてから答える。


「まあ……途中矢弾が不足している弩砲台に渡せば良かろう、持っている分にはそれ程手間になる訳で無し」

「そうですか?」


 メサリアが見た所少なくとも30本近くの大矢が縄で束ねられており、それなりにかさばる上に重量もありそうだ。

しかしそれを脇に抱えている当の本人である所のアルトリウスが涼しい顔をしてそう言ったので、メサリアは引き下がる。

 周囲の兵士達は何れも海賊達との攻防に掛かり切りで、とても雑用を頼める雰囲気では無い。


 アルトリウスはメサリアが諦めたのを見て取り、にっと笑みを彼女に分からないよう浮かべると、一旦その大矢の束を壁に立てかけた。

 そして自分の鎧兜の状態を確かめて帯を結び直し、兜の緒を締め、マントの留め針をしっかり差し直す。

 次いで剣帯の長さを調節してから白の聖剣を抜き放ち、2回ほど素振りをしてから静かに鞘に収めた。

 最後に立て掛けてあった大矢の束を取り、小脇に抱え直すと壮絶な笑みを浮かべて海賊の居る北を見つめて言う。


「まあ、心配いらんのである」

「……今、すごくすご~ぅく嫌な予感がしたのですが……私の気のせいですよね、アルトリウス司令官?」


 アルトリウスの行動を見て最初は訝しげな表情をしていたメサリアだったが、次いで発せられたアルトリウスの言葉と笑みを見て背筋を凍らせる。


 まさか、まさかだが……この司令官ならやりかねないっ。


 もし嫌な事に自分の予想が当たっていれば、大矢もその為にわざわざ取ったのだろう。

 そして些か引き攣りを交えた厳つい笑みを浮かべて可愛く尋ねるメサリアの姿に、アルトリウスはそれこそ引き攣った笑顔でわずかに身を退きながら答えた。

 じりじりと迫るメサリアに合わせて下がるアルトリウス。


「明るくゆってもダメなのである」


 そのアルトリウスの回答を聞いた途端にメサリアの顔が強張った。


「ま、まさか本当に……そ、そんなまさか、ウソですよねっ?」


言葉の途中にアルトリウスの顔が見る見る内に笑み溢れるのを見て、メサリアは形振り構わず制止せんとし、慌ててその手を掴みに掛かるが、あらかじめメサリアの行動を察していたアルトリウスは素早く身体を翻した。


「おっと、である」

「い、いけませんっぅぅ!」


 そして空振りしてつんのめるメサリアを余所に、主郭から赤いマントを翻して外壁に飛び降り、完全装備とは思えない身軽さで外壁へ取り付くアルトリウス。


「わはははは!ムス隊長、その予感は正しいのであるっ、カンはなかなか良いであるから、大切にした方が良いであるな!では、後の指揮は任せたのである~!」   

「ま、待って下さいアルトリウス司令官っ!だ、誰か止めてええっ!」


 メサリアが絶叫するが、悲鳴にも似た声に反応してちらりとその方向を見る兵士は何人か居るものの、基本的に海賊との戦いに掛かり切りであるので動く者は居ない。

 そもそも彼らは近衛兵駐屯地でアルトリウスに鉄拳で伸されて以来、アルトリウスの行動を制止しようとも制止できるとも思っていないのだ。

 それを見越してのアルトリウスの行動だったが、泣き出しそうな有様で自分を見ているメサリアを見てにっかり男臭い笑みを返す。


 それを見て引き攣るメサリア。


「まあ、その気持ちは少し分からんでも無いが、諦める事も時には必要なのであるぞムス隊長……とは言っても我は何があっても金輪際、徹頭徹尾、絶対に諦めんがな!」


 一旦振り向き、半泣きで主郭の窓から自分を見ているメサリアに手を振りつつそう言い残し、アルトリウスは登ってきた海賊を前蹴りで文字通り蹴り落としてから、残された鈎縄を使って北門の外へと躍り出てしまった。


「ぎゃーっ!」


 巧みに右腕一本で鈎縄を操り、外壁を降りるアルトリウス。

 女性らしからぬ悲鳴を上げて頭を抱えるメサリアを尻目に、アルトリウスの高笑いが響き渡る。


「うわはははははははは!」

「アルトリウスしれいかああああああああんっっっっ!?」


 後には砦中に響くメサリアの悲痛な叫びだけが残されたのだった。



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